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第七十四夜 妻の夢
しおりを挟む俺は古い木造の二階建て家屋に一人で暮らしていた。
娘二人は成人してすぐに嫁に出ていたし、妻は五年前に他界してた為、一人暮らし歴は長かった。
そんな彼の唯一の楽しみは、近所の喫茶店で毎日仲間達とモーニングをとる事だった。
今朝も鏡の前で髪を整えると、お気に入りのポロシャツを着て、いつもの喫茶店へやって来た。
「やあ、田崎さん。‥あんたはいつ見ても良い男だなぁ、アハハハ。」
「そういう河野さんこそ、白髪一つないし、ちっとも歳をとらんなぁ、ハハハ。」
「‥平野さんは、最近見んなぁ。」
「‥平野さんは亡くなったよ、知らんかったのか。部屋で孤独死してたんだって。玄関の郵便受けに新聞紙が溜まって来たから、隣の住人が不審に思って警察に知らせたらしい。県外にいた息子さんが遺体を引き取りに来たらしい。」
「‥孤独死かぁ、他人事じゃないよなぁ、」
「まあねぇ。」
年寄りが集まると、話題はいつでも誰かが亡くなった話か病気の話ばかりだった。
俺は二時間ほど仲間と話し、一足先にコーヒーチケットを手にしてレジへと向かった。
朝10時開店のスーパーで、セール品の卵を買う為だった。チラシには、卵は限定50パック先着順とあった。
「‥1人暮らしが長いと、こうなってしまうよなぁ。」
なんて呟きながら、彼は開店前のスーパーの扉の前に並ぶのだった。
三十分ほどで買い物を終えると、上機嫌で自宅に戻った。
そして帰るなり、一服して一息ついた。
外はどこもかしこも禁煙で、家でしかタバコを吸えない為、朝から何時間も我慢していたのだ。
「ハァーッ、落ち着く‥。」
俺はタバコの火を消すと、台所のテーブルの上に買い物袋の中身を全て出した。戦利品の卵を置き、缶ビールや刺身、漬物、納豆、魚の切り身を並べていった。
「‥全部冷蔵庫に入れる物ばかりか。」
俺は慣れた手つきでそれらの商品を冷蔵庫の所定の位置へ入れていった。彼の妻がこうしていたのを、妻の生前にさりげなく見ていて自分も覚えていたのだった。
俺はモーニングが胃にまだ残っていた為、お昼ご飯を抜いて昼寝した。
「‥あなた、あなた。起きて。‥して、‥だから。」
「‥ん?早苗か?」
俺は亡き妻に起こされて目を覚ました。
「‥夢か。久しぶりに早苗の顔を見たなぁ。‥でも何て言ってたんだろう‥?」
早苗が何を言っていたのかが気になったが、どうしても分からなかった。
昼寝から起きると、洗濯物をとりこみ、夕飯を作り、いつも通りのルーティンをこなした。
そして夜になった。俺は昼寝をしたせいかなかなか寝付けずにいた。
俺は布団から体を起こすと、窓を開けてタバコを吸った。
窓から入ってくる風が気持ち良かった。
俺はタバコの火を消し灰皿に捨てると、また布団に横になった。
「‥あなた、あなた。起きて。灰皿の火を消して、カーテンに燃え移ったら大変だから。」
「ん、んん‥早苗?」
俺はいつの間にか眠っていたようだ。夢の中で、また妻の早苗に起こされてしまった。
そして、目を覚ましてすぐに窓際の異変に気付いた。
消したはずのタバコの火が、灰皿の中で他のゴミと一緒に燃え盛っていたのだ。風で揺れていたカーテンに、今にも燃え移る所だった。
「危ない!」
俺は急いで座布団を持ってくると、燃え盛る灰皿を叩いて火を消した。そしてバケツの水をかけてやった。
もう少しで火事になるところだった‥。夢の中で早苗に起こしてもらわなかったら、火事で死んでいたかもしれない。
俺は心を落ち着かせる為に、ついいつもの習慣でタバコを探してしまったが、もちろん吸う気にはならなかった。
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