令和百物語

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第九十二夜 お隣さん

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ピンポーン

「はい。」

「隣に越して来ました丸山です。宜しくお願いします。これは‥つまらない物ですが。」

「まぁ、ご丁寧に。こちらこそ、宜しくお願いしますね。」

我が家の隣に若い男性が越してきました。若いのに、挨拶の熨斗の付いた洗剤を持ってきてくれました。礼儀正しい方で良かったです。

我が家の隣家は少し前までは、若い親子が住んでいたのですが、それからずっと空き家でした。その為、防犯上や衛生面でも色々心配していたので、良い方に入ってもらえて本当に安心しました。

「あら、あなた、起きてらしたの?今のはお隣さんよ。良い感じの人でしょ。」

「母さん、今度はもう隣をあんまり構うなよ。」

「あら、そんなに構ってたかしら?‥‥でも、今度はなるべく関わり過ぎないように気を付けるわね。」


私は、以前隣に住んでいた若夫婦に、強引に子供を預けられたり、事件に巻き込まれたりしたので、さすがに今回は、お隣りさんときちんとした距離をおこうと思っていました。


ピンポーン、

「はい。‥‥あら、お隣りの‥丸山さん?」

「はい。あの、昨日言い忘れてたんですけど、僕は隣の家で母の介護をしながら暮らしています。それと‥家で出来る仕事という事で、学習塾をしています。その‥小さい子の声が煩くて、ご迷惑をかけるかもしれませんが‥‥。」

「あら、お母様の介護をなさってて、お家で学習塾も開いてるの?素晴らしいじゃない!小さい子の声なんて、ちっとも気にしないから安心して下さいね。‥まぁ、本当に立派ねぇ。」
 
「‥いえ、そんな大した事じゃ‥。では、宜しくお願いします。」

丸山さんは、そう言って頭を下げてから帰って行きました。

「‥本当に良い人が来たわ。」

私は心底丸山さんに感心しました。


ガラガラ、

「あっ、あなたお帰りなさい。」

「‥ただいま。‥何も問題はないな。」

「大丈夫よ。あっ、そうそう。お隣りさんね、お母様の介護をしながら、小さな子達に勉強を教える塾を経営してるんですって。」

「‥本当なのか?」

「‥ええ、だって丸山さん本人がわざわざ私に言いに来てくれたもの。」

「‥お前、もう二度とお隣の家庭事情に首を突っ込むなよ!」

「‥分かってるわよ。」

「‥‥なら、良い。‥それより窓を開けてくれ。何だか蒸し蒸しする。」
 
「‥エアコンつけましょうか?」

「‥いや、エアコンはまだ早い。それに、夜の風は気持ち良いからな。」

夫がそう言うと、真っ先にお風呂に向かったので、私はその間にリビングの窓を開けて、ご飯の支度を始めました。

夫はお風呂から出ると、リビングの窓際のソファーにもたれてビールを飲みました。

「今日は冷奴にしますか?それとも枝豆にします?」

私がそう言って、おつまみを用意しようとすると‥‥

ぎゃあー、ぎゃあー、うああー、

「‥‥!」

「‥‥。」

「‥あなた、お隣りさんよね‥。誰かがずっと叫んでるわ。‥救急車呼ぶ?」

「‥いいから、放っておきなさい!」

私はお隣から響き続ける叫び声に怯えながら、朝を迎えました。

ピンポーン、
      
「‥丸山です。昨晩はすみません。‥母が興奮してしまって、奇声をあげ続けてましたので‥‥うるさかったですよね。」

「‥いえ、それよりも‥あなたも大変ね。市とかに相談に行ったの?」

「‥あの、うちの事は僕でどうにかしますので、どうか口出ししないで下さい。」

「‥あっ、‥ごめんなさいね。いらない事だったわね‥。」

私の要らぬ一言のせいで、その日から丸山さんは、私と挨拶も交わさなくなってしまいました。

そんな日々が続いたある日の事です。

ピンポーン、

「はーい‥。」

「‥‥。」

玄関のチャイムが鳴り、扉を開ければそこに、小さな女の子がいました。

「‥‥。」

女の子は黙ったままうちの玄関に入りこんで来て、鍵をかけてしまいました。

「あっ、えっ、ちょっと‥。」

女の子は人差し指を口元にあてて、シーッのジェスチャーをしました。そして紙とペンを求める素振りをしました。

私は何となく状況を察し、すぐに紙とペンを渡しました。

女の子が急いで書いたメモを、私に見せてきました。

『助けて!隣の家に閉じこめられてる!‥他にも二人子供がいる。‥警察に連絡して!』

私は、もちろんすぐに警察に通報しました。

ピンポーン、

警察へ電話した直後、お隣りの丸山さんがやってきました。

ガチャ、ガチャ、

チャイムを鳴らしてもすぐに出ない私に痺れをきらしたのか、丸山さんは、玄関を無理矢理開けようとして一生懸命に揺らしています。

「おい、今女の子がこの家に入ってったよな?‥早く出せよ!誘拐する気かよ!」

丸山さんは、いつもと違う荒い口調で、そう言ってきました。

私は女の子を抱きしめて、ぶるぶる震えていました。

すると、音を立てずにやってきたパトカーがガラス戸越しに見えました。

「お取り込み中、失礼します。中川署の者です。こちらで、トラブルがあったとご近所から通報がありましたので、お邪魔しました。」

「ちっ。‥ばばぁ、覚えとけよ!」

「ひぃっ‥。」

丸山さんはその場で捕まり、警察に連れて行かれてました。

丸山さんのお家には、うちへ逃げてきた女の子の他にも二人、小学校低学年くらいの女の子がいました。

皆んな無事に保護されて、親元に帰されるようです。

‥丸山さんのお家の奥の部屋には、死後間もない老人の死体があったそうです。老人は、丸山さんのお母様でした。死因は大量の出血によるものでした。痩せこけて体中に傷があり、背中も床擦れが酷くて部屋には異臭が漂っていたそうです。どうやら日常的な虐待を受けていたようでした。

‥あの晩丸山さんのお家から聞こえてきた悲鳴は、丸山さんのお母様が包丁で何度も刺されていた時の悲鳴だったようです。


結局またお隣は空き家となってしまいました。おまけに曰く付きなので、当分空き家のままでしょう。

不動産屋が奥の部屋を、天井から壁、床までリフォームしたそうですが、不思議とすぐに血のりが浮き出てきてしまうのだそうです。

近所では、夜中にお隣りさんのお家に、丸山さんのお母様が霊となって現れるんだといった噂まで流れています。

その為、お隣の家はまだ人に貸せる状態ではないようです。

‥‥ですがやはり我が家としては、お隣りが空き家のままでは物騒で不安なので、早く霊が成仏してくれて、次こそは良い方達に来て貰いたいと願う日々なのです‥‥。
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