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ゲーテ王子とルナール 最後の語らい
しおりを挟むルナールの部屋の扉がノックされました。中に入って来たのは、ゲーテ王子と私の護衛の二人です。
「ゲーテ王子‥!こんな姿ですみません。」
私は寝巻き姿での無礼をお詫びして、礼をしました。でも、なぜゲーテ王子が私に会いに来たのでしょう?
「‥いや、気にしなくて良い。僕を命がけで助けてくれてありがとう、ルナール。」
「あっ、いいえ。お元気になられて良かったです。安心しました。」
ゲーテ王子は、いつもの私に対する冷たいお顔とは、打って変わって優しい表情で私を見つめてきました。
「ルナール‥僕はリリーと婚約を破棄して王宮を去り、領地でゆったりと暮らす予定なんだ。」
「王子は、王宮を去るのですね。では、もう会えないのですね。」
「‥ルナール、君が良ければ一緒に来ないか?」
ゲーテ王子は、ルナールの手をとり自身の胸元に引き寄せ、すがるような瞳で言いました。
「‥何故私と?」
「‥君と一緒に生きていきたいんだ。ルナール、僕はリリーの魅了の魔法で、今までリリーを愛してると勘違いしていた。だが、僕が今心から求めるのは君なんだ。」
ゲーテ王子は、今更何を言っているのでしょう。私はゲーテ王子の元婚約者とはいえ、もうニーチェ様の婚約者だと言うのに‥。
それにしても、私は何故ゲーテ王子の婚約者の時にあんなにもゲーテ王子に尽くしていたのかしら?何故、リリー様やバラード様、ラッセン様の仕打ちにも耐えていたのかしら?
あの頃の私は、本気でゲーテ王子の幸せだけをひたすら願っていたような気がします。何故かしら?
あの日、ゲーテ王子が狩猟へ行かれた日からこれまでの間に、何かを思い出したような‥思い出してないような‥‥。
私は急に思考が混乱して頭痛を感じました。頭を押さえて俯いていると、ゲーテ王子が言いました。
「ルナール、君と僕は前世で同じ時を同じ場所で生きていた。‥君は前世を思い出したんだろ?あの狩猟会の日に、君は倒れながら僕に言ったじゃないか。僕に兵十ですかって。自分は狐のごんだと言っただろ。
‥僕も前世を思い出したんだ。前世で君が僕にしでかした悪戯は、僕をとても傷付けたんだよ。君が憎くて堪らなかった。それに君は狐だったからね、それだけで僕にとっては狩猟の対象だった。
なのに、一人ぼっちになった僕の為に、君が毎日木の実やきのこをうちに届けに来てくれたと知ってどんなに驚いた事か。
君がまた悪戯しに来たと勘違いして、撃ち殺してしまった事をずっと後悔していたんだ。
‥‥今度こそ、二人で和解しようじゃないか。
これから向かう領地には、あの頃のような田舎の風景が広がっているんだよ。
ごん、何か言ってくれ。」
ゲーテ王子は、何を言っているのでしょう?私には分かりませんでした。でも何故か涙が出てくるのです。
私の心の奥底で、何か府に落ちたような、納得したかのような感覚がありました。
私の中の誰かが、喜んでいるのを感じました。
ただ、私にはゲーテ王子が言う「ごん」が何なのかは最後まで分かりませんでした。
「ルナール‥狐のごんだった頃の記憶を思い出したんだろ?」
「ゲーテ王子、私は今思考が混乱しています。あなたの言う事がよく理解できません。ただ、あの日聖魔法をゲーテ王子の為に使った時から、頭の中にあった違和感が消えて、すっきりした感じはありました。」
「ルナール‥‥まさか、ごんの記憶がなくなってしまったのか!?
あの日‥僕を命がけで助けた時に、ごんは‥ごんの記憶は消えてしまったのか?
そんな‥‥僕はまたごんを傷つけたまま失ってしまったというのか‥。
ごん、そうやって君はまた僕をひとりぼっちにして、先に一人で逝ってしまうのだな。あの頃、君をすぐに撃ち殺さなければ良かった‥‥。
それに、せっかくこの世界に二人して生まれ変わってきたというのに‥僕は君の生まれ変わりのルナールにまで酷い仕打ちをしてしまった。
ルナール、君にももっと優しくしてやれば良かった。君が僕の婚約者だった時、僕は君を蔑ろにしていた。リリーばかりを優先させて、君に寂しい思いをさせてしまった。リリーやバラード、ラッセンの悪事も咎める事をしなかった。本当にすまなかった。」
私に対し必死に謝罪するゲーテ王子ですが、私だけでなく私を通して「ごん」さんにも謝罪されているようでした。
「ごん」さんは、ゲーテ王子が言う事を信じるならば、どうやら私の前世の人格のようです。人格?狐と言っていましたね。狐が木の実やきのこを、兵十さんというゲーテ王子の前世の人に届けていたようです。‥でも、狐だから撃ち殺してしまった。
狐ならこの世界では、狩猟会でいつも貴族達が撃ち殺してますが‥‥
ただ、ゲーテ王子が、狐を殺した事をずっと後悔する程のお優しい人物だったという事が、今やっと分かりました。
「ゲーテ王子、私はもう何も気にしておりません。それに、今はニーチェ様との結婚が待ち遠しくて、毎日が幸せです。
それに、私の前世だという狐のごんも、きっとゲーテ王子が元気な姿になられた事を喜んでいると思いますよ。」
私は、ゲーテ王子をなんとか慰めたくなって適当な事を言ってしまいましたが、ゲーテ王子は、私の言葉に嬉しそうに微笑んでらっしゃいました。
「君との最後の語らいで、ごんや君への謝罪の気持ちをこうして伝えられて、僕も幸せだよ。もう思い残す事はなくなったのだから。
君の幸福をずっと祈ってる。さようなら、ルナール。」
ゲーテ王子はそう言って、静かに私から離れていきました。そして泣きそうな笑顔で私を一瞬見つめるも、すぐに扉へと向きを変え、部屋を出て行かれました。
ゲーテ王子、さようなら。私もあなたの幸せを祈っています。
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