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領都へ
第142話 辺境伯の屋敷にて4
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月の魔女とよばれるまで
第142話 辺境伯の屋敷にて4
お菓子を食べた沙更の表情が変わったことに、ジークもメアリーも気付いていた。ある意味、料理の知識だけならばこの世界随一と言っても良いだけに、このお菓子に納得がいくわけが無かった。
沙更は、すっと立ち上がるとジークを見た。
「ジークさん、申し訳ありませんがこのお菓子を作らせてもらえませんか?」
「幼い貴女が?」
ジークはその申し出に、流石に驚く。それもそのはず、この幼い娘が辺境伯家で出されるお菓子に異論を唱えるなんて思いもしない。
「非常に失礼だとは思うのですが、どうしてもこのままではこの素材が可哀想で」
「うーむ、ならばメアリー。一緒に行って差し上げなさい。この屋敷の間取りも分からないでしょう。案内をしてあげて欲しい」
ジークからそう言われたメアリーはその言葉に頷く。
メアリーと共にリビングを出るとメアリーが口を開いた。
「貴女は本当に平民なの?お嬢様からは開拓村の出って聞いているけれど、あたしが貴女の年にそんな受け答えは出来なかったわ」
「私が、開拓村の出であるのは確かです。それと見た目と精神が乖離していますから、戸惑うのも当然です。厨房までお願いします」
「本当に、丁寧な受け答えね。本当に見た目と違うんだって分かる。厨房はこちらよ」
メアリーに連れられて、やってきたのは辺境伯の屋敷でリエットが使える小型の厨房。大型の厨房は辺境伯当主や婦人、子息や子女たち専用になっているらしい。そういう点でも格差があるのを沙更は感じていた。
連れてこられた厨房自体、手入れはキチンとされており使い勝手は良さそうに見える。沙更がメアリーを見るとメアリーは先ほどのビスケットの材料を既に探し出していた。
強力粉、バター、牛乳、砂糖、塩の五つを出したところで沙更は膨らまし粉が無い事に気付いた。だからこそ、パサパサになったのだろうと推測したのだ。
多分、この世界には膨らまし粉がない。発酵食材が無いのかもしれないと沙更は思う。ならば、同じ物にはならないだろうが重曹ならあるだろうと思い、メアリーに尋ねる。
「メアリーさん、重曹ってありますか?」
「重曹?あの洗剤の?」
メアリーが重曹と聞いて、すぐに思い浮かんだのが洗剤であった。重曹を料理で使うことは流石に頭に無いらしい。
「メアリーさん、その重曹を少しだけ分けてもらえますか?」
「えっ、重曹を使うの?」
沙更の申し出に、メアリーは驚く。今まで、重曹を料理に使ったことは一切無い。それだけに異質に思えて仕方が無かった。
それでも、ジークに言われているので沙更に重曹を分けてくれる。その分けてくれた重曹を使って、さっきと同じ物では無いけれど近い物を作る事にした。
既に材料はそろっている。後は、いつも通りに作るだけだ。
小さいパン窯があるので、そこを使わせて貰うことにした。火加減は沙更の魔法でやることにして、その前に生地を馴染ませるところも氷魔法で代用することにしたのだが、それを見ていたメアリーが驚きの表情を浮かべていた。
それもそのはず、料理で魔法をこれほど使う人間は他にいない。しかも氷魔法は、現代魔法士にしてみればかなり上級魔法の扱いで、おいそれと使える人間はいなかった。
それを沙更はいともあっさりと使いこなしているし、温度調節すらこなしていた。それが異質に見えない訳が無い。
「氷魔法をこんなにあっさり使いこなすなんて、貴女本当に何者!?」
「ただの五歳の娘ですよと言っても信じませんよね」
「ええ、こんなことが出来る五歳の娘が居たら神童って呼ばれていますよ。貴女はそれに値するのでしょう?」
「私自身としては、そう思われたとしても遠慮したいですけれどね」
メアリーの言葉をあっさりと否定しつつ、生地を氷魔法で閉じ込めておく。その間に、強力粉をこね始めておく。
しばらくして、氷魔法を解除して生地と粉をしっかりこね回す。それをする時には言うまでも無くマイティアップを唱えておき、牛乳と粉と生地を混ぜ合わせる。
混ざったところで平たく伸ばして、丸く風魔法で切っていく。
手際の良さもそうだが、あまりにも自然に魔法を使っていることにメアリーは驚くしか無かった。
(本当にこの子何者!?お嬢様が小さい治癒士様って言っていたけれど、まさかこれだけの魔法に治癒魔法まで扱うのなら、まさに神童じゃない)
メアリーは魔法にばかり気を取られていたが、沙更の凄さはそれだけではなかった。
丸く切った生地をパン釜に入れていく。本来ならば余熱が必要なのだが、そこは火の魔法で代用した。
「炎よ、私の声に応えて。ブレイズスクエア」
パン釜の中で四角い炎が一気に生地を焼いていく。200度を若干上回る位の熱量を維持しつつ、魔法も維持していると言う事にメアリーの驚きの度合いは更に増すばかり。
(本当に、この子凄すぎる。炎の魔法を温度調節しながら維持してるなんて、どれだけ高度なことをしてるの?普通の魔法士じゃこんなこと出来るわけ無い)
辺境伯の屋敷で働くだけに、ある程度魔法には詳しいメアリーだが、それでも沙更の魔法は桁が外れていた。こんなに便利に魔法を使いこなす魔法士なんて他に居るとは思えない程だったのだから。
きっちり焼き目を付けたところで、炎の魔法ブレイズスクエアを解除する。そして、釜から生地を出してみればきっちりと焼き目が付いたクッキーのできあがりだ。シンプルだけれども、その分素材の味はしっかり生きている。そんなお菓子だ。
第142話 辺境伯の屋敷にて4
お菓子を食べた沙更の表情が変わったことに、ジークもメアリーも気付いていた。ある意味、料理の知識だけならばこの世界随一と言っても良いだけに、このお菓子に納得がいくわけが無かった。
沙更は、すっと立ち上がるとジークを見た。
「ジークさん、申し訳ありませんがこのお菓子を作らせてもらえませんか?」
「幼い貴女が?」
ジークはその申し出に、流石に驚く。それもそのはず、この幼い娘が辺境伯家で出されるお菓子に異論を唱えるなんて思いもしない。
「非常に失礼だとは思うのですが、どうしてもこのままではこの素材が可哀想で」
「うーむ、ならばメアリー。一緒に行って差し上げなさい。この屋敷の間取りも分からないでしょう。案内をしてあげて欲しい」
ジークからそう言われたメアリーはその言葉に頷く。
メアリーと共にリビングを出るとメアリーが口を開いた。
「貴女は本当に平民なの?お嬢様からは開拓村の出って聞いているけれど、あたしが貴女の年にそんな受け答えは出来なかったわ」
「私が、開拓村の出であるのは確かです。それと見た目と精神が乖離していますから、戸惑うのも当然です。厨房までお願いします」
「本当に、丁寧な受け答えね。本当に見た目と違うんだって分かる。厨房はこちらよ」
メアリーに連れられて、やってきたのは辺境伯の屋敷でリエットが使える小型の厨房。大型の厨房は辺境伯当主や婦人、子息や子女たち専用になっているらしい。そういう点でも格差があるのを沙更は感じていた。
連れてこられた厨房自体、手入れはキチンとされており使い勝手は良さそうに見える。沙更がメアリーを見るとメアリーは先ほどのビスケットの材料を既に探し出していた。
強力粉、バター、牛乳、砂糖、塩の五つを出したところで沙更は膨らまし粉が無い事に気付いた。だからこそ、パサパサになったのだろうと推測したのだ。
多分、この世界には膨らまし粉がない。発酵食材が無いのかもしれないと沙更は思う。ならば、同じ物にはならないだろうが重曹ならあるだろうと思い、メアリーに尋ねる。
「メアリーさん、重曹ってありますか?」
「重曹?あの洗剤の?」
メアリーが重曹と聞いて、すぐに思い浮かんだのが洗剤であった。重曹を料理で使うことは流石に頭に無いらしい。
「メアリーさん、その重曹を少しだけ分けてもらえますか?」
「えっ、重曹を使うの?」
沙更の申し出に、メアリーは驚く。今まで、重曹を料理に使ったことは一切無い。それだけに異質に思えて仕方が無かった。
それでも、ジークに言われているので沙更に重曹を分けてくれる。その分けてくれた重曹を使って、さっきと同じ物では無いけれど近い物を作る事にした。
既に材料はそろっている。後は、いつも通りに作るだけだ。
小さいパン窯があるので、そこを使わせて貰うことにした。火加減は沙更の魔法でやることにして、その前に生地を馴染ませるところも氷魔法で代用することにしたのだが、それを見ていたメアリーが驚きの表情を浮かべていた。
それもそのはず、料理で魔法をこれほど使う人間は他にいない。しかも氷魔法は、現代魔法士にしてみればかなり上級魔法の扱いで、おいそれと使える人間はいなかった。
それを沙更はいともあっさりと使いこなしているし、温度調節すらこなしていた。それが異質に見えない訳が無い。
「氷魔法をこんなにあっさり使いこなすなんて、貴女本当に何者!?」
「ただの五歳の娘ですよと言っても信じませんよね」
「ええ、こんなことが出来る五歳の娘が居たら神童って呼ばれていますよ。貴女はそれに値するのでしょう?」
「私自身としては、そう思われたとしても遠慮したいですけれどね」
メアリーの言葉をあっさりと否定しつつ、生地を氷魔法で閉じ込めておく。その間に、強力粉をこね始めておく。
しばらくして、氷魔法を解除して生地と粉をしっかりこね回す。それをする時には言うまでも無くマイティアップを唱えておき、牛乳と粉と生地を混ぜ合わせる。
混ざったところで平たく伸ばして、丸く風魔法で切っていく。
手際の良さもそうだが、あまりにも自然に魔法を使っていることにメアリーは驚くしか無かった。
(本当にこの子何者!?お嬢様が小さい治癒士様って言っていたけれど、まさかこれだけの魔法に治癒魔法まで扱うのなら、まさに神童じゃない)
メアリーは魔法にばかり気を取られていたが、沙更の凄さはそれだけではなかった。
丸く切った生地をパン釜に入れていく。本来ならば余熱が必要なのだが、そこは火の魔法で代用した。
「炎よ、私の声に応えて。ブレイズスクエア」
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(本当に、この子凄すぎる。炎の魔法を温度調節しながら維持してるなんて、どれだけ高度なことをしてるの?普通の魔法士じゃこんなこと出来るわけ無い)
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