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世界を救った勇者はパーティメンバーに内緒で終活していました
しおりを挟む聖ヴィリアン暦1092年――桃色の花が咲く頃。
この日、勇者が死んだ――。
彼は魔王討伐という偉業を成し遂げた翌朝、王都へ帰還している道中に宿泊した宿屋のベッドの上で、静かに息を引きとっていた。それを発見したのは、同じパーティメンバーであり親友の戦士マイク。
マイクはすぐに残り2人の仲間達を、その部屋へと呼び込んだ。3人はなぜ18歳という若さで、魔王すら倒した強者である勇者レインが死んでいるのか、理由も分からずにただ呆然と立ち尽くす他なかった。
すると僧侶のような服装の少女が、レインの枕元まで音も立てずに近寄った。
「ヒール……」
彼女がそう唱えると、レインの体が緑色のオーラで包まれる。
「ヒール……ヒール! ひーる……!」
少女が回復魔法を何度も唱えるが、レインが目を覚ます事はない。
それでも彼女は、それをやめようとしない。
「ヒーール…………」
その様子を見ていられなくなったマイクが、目頭を押さえながら言う。
「サン、もう辞めろ! ヒールじゃ死人は生き返らない……」
「分からないじゃない……やらせてよ……」
サンは尚も呪文を唱え続ける。
「サン……本当はあなたも分かっているのでしょう? このままではあなたの魔力まで尽きてしまうわ……」
耳の長いエルフの女性が、僧侶の少女サンを戒める。
「シルヴィアの言う通りだ。そこまでにしておけ……」
マイクはサンの肩をそっと抱いて、ベッド脇の丸椅子へと腰掛けさせた。
「なんで……どうして……」
サンはその後も、とめどなく嗚咽を漏らした。
エルフの魔法使いシルヴィアは、サンを後ろから優しく抱きしめながら、彼女もまた……静かに涙を流す。
「こいつ……なんでこんなに幸せそうな顔で死んでやがるんだ……ふざけんじゃねぇぞ、てめぇ……」
マイクはレインの顔を見てそう声を漏らすと、その場で腰を下ろし、拳を床に叩きつけた。
パーティメンバーが悲しみに暮れていると、部屋の扉が軋んだ音と共にゆっくりと開く。
「皆様、この度はご愁傷様でございます」
部屋に現れた男は、この世界では見たことのない、上下が黒のシュッとした服を着ていた。襟元からはピンと張った黒いスカーフのようなものを真っ直ぐに垂らしているが、それがなんと言う着衣なのか、パーティメンバーには分からない――。
「お前は誰だ? 今こっちは取り込み中なんだ。部屋を間違えていないか?」
「いえ。私は生前のレイン様からこの日、自らの葬儀をパーティメンバーの皆様と執り行って欲しいと言付かっておりました」
「レインが!? それじゃあ、まるでこいつは今日死ぬことが分かっていたみたいじゃねぇか!」
「はい。仰る通りでございます」
「どういう事なのか、詳しく説明していただいて宜しいかしら?」
シルヴィアは、冷静な口調で黒い男に尋ねる。
「もちろんでございます」
黒い男は部屋の扉を閉め、話を始めた。
「申し遅れましたが、私は葬儀屋を営んでおります『カガミ』と申します。本日はどうぞ宜しくお願い致します」
カガミは深く頭を下げ一礼して続けた。
「さて、故人であるレイン様が私の元を訪れたのは、一月ほど前のことでした――」
***
――葬儀屋の扉前に立ち、一度深呼吸をしてから扉を開く勇者レイン。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
出迎えたカガミが対応すると、レインは笑いながら言う。
「僕の葬式をやって欲しいんです」
この言葉に一瞬戸惑ったカガミは、冷やかしかとも思ったが引き続き丁寧な接客を続けた。
「どういうことでしょうか……?」
レインの顔から、笑みが消える。
「僕は勇者をやっているんですが、実は……あと1ヶ月の命みたいなんです」
「それは……何かの"呪い"でしょうか?」
カガミの問いに答える前に、レインは背中の剣を抜く。
「この聖剣"バーリアル"は、魔王をも倒すことの出来る伝説の武器です。でもこれには、持ち主の寿命を少しずつ奪っていくという代償がありました。それをこの剣から教えられたのが、実は今朝なんですよ……」
勇者は淡々と話していたが、ある朝にいきなり「あなたの寿命はあと1ヶ月です」と言われた人間が、こんなにもあっけらかんとしているものだろうかと、カガミは不思議に思った。
「それで勇者様は、すぐにそれを受け入れてここへ来たということですか?」
「いえ……流石にすぐには受け入れられませんでしたし、さっきまでずっと泣いていました。でも……どうせ死ぬのなら、それまでの時間をこれ以上1秒も無駄にはしたくないと思ったんです」
そう語る勇者の目元をよく見ると、確かに赤く腫れていた。
カガミは、この勇気あるお客様の希望に出来るだけ応えたいと思った。
「では勇者様の終活を、僭越ながら私がサポートさせて頂きます」
「"終活"って、なんですか?」
勇者が尋ねると、カガミは笑顔で返す。
「人生の終わりを見越して行う活動のことです。主に財産や身の回りの整理、ご家族やご友人へメッセージを残す『エンディングノート』の作成なども含まれます」
「へぇ……そんな言葉があるんですね。何から始めればいいんでしょうか?」
「まずはエンディングノートを作成しましょう――」
こうして、パーティメンバーには何も告げずに、勇者の終活が始まったのだった。
***
「なんでそんな大事なこと、俺らに何も言わなかったんだよ……!」
マイクは横になるレインに向かって一喝する。
「きっと、私たちを思ってのことだったのよ……どうしてこの子の苦悩に気付いてあげられなかったのかしら……」
シルヴィアがマイクを宥めながら、同時に自分を責めた。
「…………」
サンはうつろな目で、斜め下を見つめ放心状態だった。
カガミは悲しみに暮れる皆に、生前のレインの言葉を伝える。
「勇者様は、皆様に笑顔で送り出して欲しいと申しておりました。皆様は勇者様にとって、家族同然だったから――と……」
「家族同然なら、言ってくれれば良かったんだ……。そうすりゃ、どうにか助かる方法を見つけられたかもしれねーってのに……」
マイクが涙を腕で拭いながら声を絞り出す。
「レイン様は、こうも申しておられました。この話をすればマイク様は必ずそう言い出す――そうなれば、出来るか分からない事の為に時間を取られ、もしかすると魔王を倒せずに命の終わりを迎えることになるかもしれない。自分の使命は魔王を倒し、皆様がこれからも平和に暮らし続けられる世界をつくる事なのだ――と」
「なんで……その平和な世界に、肝心のお前が居ないんだよ……お前が救った世界なんだぞ……!」
マイクは遺体の胸ぐらを掴む。
「やめてマイク! お願ぃ…………」
シルヴィアが震えた声でそれを止めると、マイクはゆっくり手を離し、俯きながら後ろを向いた。
「クソ野郎がっ……」
カガミは持っていた鞄から3通の手紙を取り出す。
「皆様お1人ずつに、それぞれお手紙を預かっております。こちらをどうぞ」
マイクとシルヴィアはそれを受け取ったが、サンは未だに放心状態で手を出さなかった為、カガミはベッドの端にサン宛の手紙を置いた。
「レイン様は……それを葬儀の前に読んで欲しいと言っておられました」
手紙を受け取った2人は、封を開けて読み始める――
――マイクへ。
君に手紙を書くことになるなんて、思ってもみなかったよ。君はきっと、怒っているんだろうな。黙っていて悪かった。この中で1番付き合いの長い君には、何度も助けられたし救われた。
小さい頃から親のいない孤児だった僕たちが、まさか魔王を倒すことになるだなんて、未だに信じられないよ。ここまで来られたのはマイク、君のおかげだ――
マイクは溢れ出す涙を拭いながら、昔の記憶を思い出していた。
***
――10年前――
「おいレイン、お前また八百屋の親父にこっぴどくやられたらしいな!」
幼いマイクが、裏路地で腰掛けていた傷だらけのレインに声をかける。
「あの人、トメト1個盗っただけで怒りすぎだよ……」
「もっと上手くやれよ。ほら、今日は豊作だったからこのパンお前にもやるよ!」
マイクは持っていたバケットを1本、レインへ投げた。
「いいの?」
「困った時はお互い様だ」
レインとマイクは幼くして両親を亡くし、スラム街で孤児として生きていた。幼い2人に仕事などなく、盗みを働いてなんとか生きながらえていたのだ。彼らは年も近く、似た境遇だった為すぐに打ち解けた。
「このパン、すごく美味しいよ……」
「それ、新商品らしいぞ! 俺、もう少し大きくなったらパン屋になろうかな」
それを聞いて思わず笑ってしまうレイン。
「フフ……マイクがパン屋なんて似合わないよ」
「なんだと? そう言うお前は夢とかないのかよ?」
レインは胸の内に秘めていた想いを、目を鋭くさせながら言葉にする。
「僕は……強くなりたい。いつか、母さんと父さんを殺した魔族に復讐するんだ」
マイクは指を差しながら返す。
「お前こそ、復讐だなんて似合わねーよ」
「僕は本気だよ」
「八百屋の親父にやられてる奴がよく言うぜ」
レインはムキになって言い返す。
「こ、これから頑張って修行するんだ!」
「じゃあ腹も膨れたし、俺もそれに付き合ってやるよ」
こうして2人は、共に強くなる修行を始めたのだった。努力を続けた結果、彼らの実力はみるみる上達し、僅か10歳にして冒険者として生計を立て始める。
そして更に5年後、マイクがある提案をする。
「俺らも来年には成人だし、そろそろパーティを組んで旅に出ないか?」
レインはこの提案を受け入れて、2人はパーティメンバーを探し始めた。そこで出会ったのが、僧侶でありヒーラーのサンだった。
サンは回復魔法は得意だが、それ以外はからっきしだった為、どこのパーティにも必要とされていなかったのだ。こうして剣士と戦士、ヒーラーという3名で編成したパーティで世界中を旅した。
その道中で、足りていなかった遠距離攻撃を得意とするエルフの魔法使いシルヴィアと出会い、4人パーティとなる。
2人が17歳になった頃、魔王がこの世界に復活した。それから魔王軍は人間の国に侵攻を始め、人類存亡の危機に陥った。そんな時に、レインはとあるダンジョン内で誰も抜けなかった聖剣を引き抜き、名実共に勇者に選ばれたのだ。
一行はそれを機に、魔王討伐の旅へと向かうこととなる。
「まさかお前が本当に勇者になるだなんてな」
「僕もビックリだよ……」
「それよりお前……サンとはどうなんだよ?」
マイクがからかったような顔で尋ねる。
「どうってなんだよ……」
レインは顔を赤くさせながら目を逸らす。
「とぼけんじゃねーよ! 側から見てる俺たちが気を使っちまうくらいなのによ?」
「……気には、なってるけど……」
「そんな煮え切らない態度なら、俺が奪っちまうぞ?」
「それはイヤだ!!」
突然大声で反論するレインを見て、マイクは笑みを溢す。
「じゃあ……もっと自分の気持ちに正直になれよ」
「魔王を倒したら、ちゃんと伝えるよ……」
――魔王討伐より、少し前の事。魔王軍四天王を倒し、残るは魔王ただ1人にまで追い込む事に成功したとある夜。サンはシルバの部屋をノックする。
「レイン……話があるんだけど……」
「入りなよ」
サンが部屋に入り、椅子に座るとレインが問う。
「こんな時間にどうしたの?」
彼女は顔を赤らめながら、勇気を振り絞る。
「もうすぐ魔王との決戦が近いから、その前に伝えたいと思ったの……。……私、レインが好き……」
「……」
ベッドに腰掛けていたレインは両手を組み、下を向くと、そのままの体勢で答える。
「ごめん、僕は好きじゃない……」
サンは、スッと立ち上がった。
「……そっか。ごめんね、こんな時間に……。じゃあ私、部屋に戻るね……」
足早に、早口で、少し目を光らせて、彼女は去っていった。
間もなく、マイクが鬼の形相で入室すると、有無を言わさずにレインを殴り飛ばす。吹き飛ばされたレインは、頬に手を当て小さく呟く。
「痛いよ」
尚もマイクは激怒する。
「サンの方が100倍痛いに決まってんだろ! ここまで来るのに、アイツがどれほど勇気を振り絞ったか考えたのか! オメェの気持ちはその程度だったのかよ!」
「今は……魔王を討伐する事以外、考えられないんだ」
2人が出会ってから、これが初めての喧嘩だった。
***
手紙を読んでいるマイクは、あの時の告白の答えの意味を、ようやく理解した。そして彼は心中で「殴ってごめん」と呟くと、再び手紙に目をやる。
――あの時は、ごめん。君の拳は、本当に効いたよ。君がサンのこと、好きなのも本当は知ってるんだ。その上で僕を応援してくれていたことも。僕はそれに甘えていたんだ。こんなことなら君の言う通り、もっと早くに伝えておけば良かったのかな。
どちらが正解だったのか、考えても僕には分からない。だから、君が正解を作ってよ。サンのこと、これからも支えてあげて欲しい。君になら安心して任せられる。
僕の愛した人を幸せにしてあげて欲しい。僕が不幸せにしてしまった人を、今度こそ笑顔にしてあげて欲しい。
最後に、僕を旅に誘ってくれてありがとう。みんなと出逢わせてくれてありがとう。僕を勇者にしてくれてありがとう。マイクは僕の友達で、親友で、兄さんみたいな人で、そして恩人だ。恩返しが出来なかったのが心残りではあるけど、それは来世でさせて貰うから、楽しみにしててね。――また会おう。
レイン――
手紙を読み終えた時、マイクは膝をついていた。叫んでいるつもりなのに、声が出ない。そのまま、肘と額を床につけ悶えた。
同じ頃、シルヴィアは静かに涙をつたわせながら、勇者からの手紙を噛み締めていた。
――シルヴィアへ。
これを言ったら君はまた、年寄り扱いするなって怒るかもしれないけど、言わせて欲しい。家族のいない僕にとって、シルヴィアはお姉さんとも、もう1人の母のようにも思ってた。いつも心配してくれてありがとう。いつも心配かけてごめんなさい。
初めて四天王と戦ったあの日、言ってくれた言葉は今でも鮮明に覚えてる。あれがなかったら、きっと僕たちは道半ばで全滅していたと思う――
***
初めて四天王と戦った日、レインは退却を促しているシルヴィアの忠告を聞かずに、傷ついた体を何度もサンのヒールで回復をさせて無理な戦いに挑んだ。その結果、かろうじて勝利を収めたのだが、レインは満身創痍だった。
シルヴィアはボロボロのレインに近寄っていく。
「ほら、なんとか勝てたでしょ?」
立っているのがやっとのレインに、彼女は思い切りビンタをした。乾いた音が響くと、静寂が訪れる。
「え……?」
レインが唖然とする。
「2度とこんな戦い方しないで……。確かに目に見える体の傷は、ヒールで治るかもしれない……。でも、あなたが傷つく姿を見ると、仲間の私たちは心に傷を負うの……心の傷は、ヒールでは治らないのよ……」
シルヴィアは涙を流しながら怒りを露わにした。
「ごめんなさい……」
全く意識をせずに、レインの口から自然とその言葉が出た。
「こんな戦いを続けてもし仲間を失ったら、次に心に傷を負うのはあなたかもしれない。私達は、誰も欠けることなく魔王を倒すの。約束して……?」
「うん……もう無茶はしない……」
――その夜、キャンプでスープを作っているシルヴィアの元へレインがやって来る。
「今日は本当にごめんなさい」
「分かってくれたのなら、もういいのよ。こちらこそ叩いてごめんなさいね」
「四天王の攻撃より痛かった」
レインが笑ってそう言うと、「そんな意地悪を言う子にはスープあげませんから」と返した。
「僕、シルヴィアの作るこのスープ大好きなんだ。僕にとってのお袋の味って感じがする」
「また年寄り扱いするの? 私はまだ160代で、エルフの中では若い方なんだから……」
「だって、僕の約10倍だよ……?」
いたずらっ子のような無邪気な顔をする勇者。
「もうレインは今日ご飯抜きですから!」
シルヴィアはプイッとそっぽを向く。
「隙ありー!」
そう言ってレインは、スプーンを直接鍋に突っ込んでスープをひと口啜った。
「あ! こら、お行儀悪い!」
「うんまぁ……」
そのレインの満面の笑顔に、シルヴィアはため息を吐きつつも、つられて笑った。
――魔王討伐の前夜。この日、勇者一行は魔王城付近でキャンプをしていた。シルヴィアは皆に尋ねる。
「今日何か食べたいものはある? 明日は決戦だから、沢山食べて力をつけないとね」
すると、1番にレインが手を挙げる。
「あのスープがいい!」
「えぇ? あんな質素なものでいいの?」
「あれが良いんだ。むしろあれ以外いらないくらい……」
夕食を食べている際、レインがボソッと呟く。
「前に、心に効くヒールはないって言ってたけどさ……?」
「えぇ……覚えていてくれたのね……」
シルヴィアがそっと微笑むとレインは続ける。
「――僕にとっては、このスープが心に効くヒールだよ」
「どうしたの突然……煽ててもなにもでませんよ?」
レインは照れた様子の彼女の目を、じっと見つめた。
「本当にそう思ってるんだ。スープだけじゃない。このパーティのみんなの存在が、僕にとっての心のヒールなんだって、最近思うようになったんだ……」
「あなたが魔王を倒したら、今度はあなたがこの世界みんなの心のヒールになれるわね……」
「それいいね! 勇者なんかよりも、ずっと素敵な響きだ!」
***
シルヴィアは手の震えで文字が読めなくなり、テーブルの上に手紙を置いて続きを読んだ。
――最後にもう一度、あのスープが食べたいな。もしその機会があって、魔王を倒せているのならば、僕はもう何も思い残すことはない。
僕が死ぬことで、もしシルヴィアの心に傷をつけてしまってたらごめんなさい。でも、シルヴィアにはまだ仲間がいる。彼らが君の心のヒールになって、きっと時間をかけてでもその傷を癒してくれる。
長命の君と違って、僕たち人間は遅かれ早かれ先に死んでいくと思う。でもその子孫達とも、君が仲良くしてくれると嬉しいな。そして僕たちが成し遂げた事を、ずっと語り継いで欲しい。
最後に、僕は君を母のように思ってきたけど、シルヴィアはどうだったかな? 僕は良い息子でいられたかな? もしそうだったら嬉しいな。短い間だったけど、君といた時間は、本当に心が温かくなったよ。だから、怒らないでこう呼ばせて欲しい。
――お母さん、今まで支えてくれてありがとう。
レイン――
シルヴィアは、もう我慢の限界だった。このパーティの最年長で、多くの人の死を経験してきた筈の自分がしっかりしなければと、なんとか保っていた自我が崩壊してしまい、この中の誰よりも大きな声で慟哭した。
その初めて見るシルヴィアの様子に驚き、サンは一瞬だけ我に帰った。そして、手紙を恐る恐る手に取る。
――サンへ。
この手紙を書いている今日は、とても星が綺麗だよ。
君がこの手紙を読んでいる時はどうかな? 星は見えているかな?
サンは窓から空を見上げるが、昼間に星なんて見える筈もなかった。でもこの文の意図は、彼女に伝わった。彼女は意を決して続きの文章を読む。
――君は強い人だから心配はいらないと思うけど、もしも他の2人が下を向いていたら、君が支えてあげてほしい。それと、もう一つ僕からお願いをしても良いかな?
僕のお墓は、星の見える丘にでも建ててくれないかな?
そして、毎年君に手入れを頼みたい。そこで1年に1度くらいは、僕のことを思い出して欲しい。かける言葉は文句でも憎まれ口でもなんでも構わない。いつか君に子供が産まれても、その子供と一緒に僕の悪口を言うといい。
死人に口なし、僕には反論なんて出来ないからね。
でも、死ぬ前にひとつだけ、君に言葉を残すとするならば、僕からは"ありがとう"と言わせて貰う。そしてこれから毎年、君がお墓の手入れをしてくれる時の分のありがとうを先に前払いしておくことにするよ。流石に100回くらい書けば足りるよね?
この後には丁度100回、ありがとうの文字が連続して続いていた。そして手紙はこう続く。
――先にこれだけ送ったんだから、もう返品はきかないよ? 頑張って118歳まで生きてね。長生きの秘訣は、シルヴィアに聞くと良い。そして、君は沢山の家族に囲まれて幸せな最期を迎えるんだ。
それが出来たら、来世では付き合ってあげてもいいよ。
まぁそれは冗談としても、君は負けず嫌いだから、本当に100歳以上生きそうだよね。
最後に、みんなが僕の分まで幸せにならないと、命をかけてまで世界を救った甲斐がなくなっちゃうから、サンがしっかり見張っててね。
君は回復魔法以外は、なんにも出来なかったけど、君のヒールは誰にも負けない素晴らしい効力だった。僕はそんな君とだからこそ、勇者になれたんだと思う。僕を癒してくれた君の実力を、この傷一つない体が証明している筈だ。大丈夫、君は強い。君は太陽みたいにみんなを照らし、導ける人だ。だから、君は道には迷わない。
もし今、雨が降っているとしても、太陽の君には関係ない。
最後にと言ってから、随分長くなってしまってごめん。これで本当に最後にするよ。こんな僕のことを好きになってくれてありがとう。今度は、君をちゃんと幸せにしてくれる人を見つけてね。意外と近くにいるかもしれないよ。
――ではまた100年後くらいに会おう。
レイン――
手紙を読み終えたサンには、悲しみに暮れる2人とは対照的に、怒りの感情がふつふつと沸いていた。
「絶対に許してあげない……私が死ぬまで、許さない……」
どこかレインに見透かされていると感じたサンは、悔しくて、悲しくて、それになんとか反発するように肩を落とす他の2人を支え起こしあげた。
「ではこれより、葬儀を執り行いたいと思うのですが宜しいでしょうか?」
カガミがそう言うと、3人は無言で頷いた。
「では、準備をさせていただきます。ご遺体を清めたいので、皆様は少しの間、ご退室願えますでしょうか?」
3人が退室すると、カガミは遺体を拭き着替えさせると、ベッドに花を並べた。
「皆様、葬儀の準備が整いました」
「こんなちゃんとした葬式って初めてなんだ。どうすれば良い?」
マイクが尋ねる。
「私たちは亡くなった人を送り出す時、故人を"偲ぶ"と言います。この"偲ぶ"とは、大切な人の死を嘆いたり、悲しむだけで終わらせるのではなく、故人の人柄や思い出を懐かしみ、思いを馳せ、故人を忘れないようにするという意味です。
ですから堅苦しい作法などは今は考えず、勇者レイン様との皆様それぞれの思い出に心を預けて下さい」
3人は、カガミに言われるがまま、それぞれの想いに耽った。その中でサンは昨日、眠りにつく前の事を思い出していた。
――昨夜、宿屋にて。
「……サン、ちょっといい?」
サンの部屋の扉越しに、レインが語りかけた。
「こんな時間にどうしたの?」
「ちょっと声が聴きたくなって……」
「え、どういう風の吹き回し?」
「深い意味はないよ。今日まで本当にお疲れ様」
「それはレインの方だよ。勇者レインの名前は、きっと明日には全世界に轟くよ!」
嬉しそうな顔で言うサン。
「僕は自分のことを知らない誰かにより、僕を知っている人に出来るだけ長く覚えていて貰いたい」
「これだけ長く一緒に旅をしてきたんだから、忘れたくても忘れられないよ……」
「そっか……それを聞いて安心したよ」
「さっきから何を言ってるの? もしかして魔王の攻撃で頭でも打った?」
「ううん。あの戦いでの傷は、君に治して貰っただろう?」
「そうだけど……なんか変だよ?」
「なんでもないよ。お休み、サン……」
「お休みなさい、レイン」
――レインと過ごした時間を振り返り、また涙を流す勇者パーティの3名は、部屋で別れを存分に偲んだ後、彼の望みだった見通しの良い海辺の丘へとやってきた。
皆はレインの棺桶に土をかぶせながら、いつまでも溢れ出てくる涙で顔を歪めていた。地面を固めると、マイクがそこに墓石を建てる。
「では皆様、最後にもう一度手を合わせましょう」
カガミが手を合わせると、見よう見まねで3名もそれを真似て手を合わせる。
「これには相手を尊敬したり、敬意を示すという意味がこめられています。勇者レイン様は、魔王を倒し多くの人を救っただけではなく、自分の亡き後に共に戦った皆様が道に迷わぬよう、終活をもご立派にやり遂げられました。私はそんな勇者様を心から尊敬いたします――」
――彼の魂が眠る墓石には、その名前の周りに3つの言葉が刻まれていた。
勇者レイン――ここに眠る。
――親友――
――愛しの息子――
――バカ――
世界を救った勇者はパーティメンバーに内緒で終活をしていました――完――
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