これがホントの異世界チート?

センシティ部 エッ太郎 ノリ芳

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1章:初期所持アイテム変更チート

いきなり修羅場のイベントバトル

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「なあ、なんか一匹増えてないか?」
「俺にもそう見える。そう、オスが増えてる。誰か捕まえてきたのか?」
「俺は知らんぞ」

 そんな会話が聞こえてくると、オークの一人と、もろに目が合った。

「……どうやって分ける? こっちも剥いて、肉を柔らかくして、血を抜いてからか? でも、これだとさっきの話と変わって来るぞ」
「いやいや待て待て、一度決めたんだ。同じように切り分ければ良いんじゃないか?」

 聞こえてくる会話の内容から、檻の中では不穏な空気が流れ、思わずシヴィの腫れた目と目を合わせ、互いに見開いてアイコンタクトしてしまう。

「足が4本になったんなら、俺も手より足が良い。太ももを食いたい」
「この前は足を食べただろ。それより頭はどうする? 割って分けるか?」

 明らかに、ヤバい状況と言う事だけは理解できた。
 今が自主的な脱出イベントなのか、強制イベントなのか分からないが、仮に自主的なイベントだったら何もしなければ殺されるだけだ。


 視界にゲームのUIは一切出ておらず、他のゲームでは特定の視線や脳波制御で呼び出せるウィンドウも、色々試しているが一切反応しない。

 なんだこれ。
 もっと直感的に出て来いよ、色々と。

 オンラインゲーム故に、リアルタイム制なのでメニューを開いた所で時間は止まらないだろうが、どうすればいいのかのガイドが、驚くほど一個たりとも出てこない。



 確か、死亡した場合はリスポーンまで24時間の基本デスペナルティがあり、デスペナ回避にはゲーム内でも手に入るレアな課金アイテムが必要だった筈だ。
 これが、全ロス時のアイテム回収の難易度を上げる要因の一つで、蘇生アイテムが手に入るまで死ねない原因でもある。
 実に嫌らしい課金要素だ。

 α版のテストプレイヤーの話では、チュートリアルでも死ぬ時は、容赦なく死ぬらしいので、仕様変更が入っていないなら油断はできない。

 βテストの段階で無駄な課金はしたくないが、仮にデスペナで24時間もログイン出来なければ、その分だけオレはプレイできずチート対策される事になるので、出来れば死ぬのは避けたい。

 残ったエリクシールの1本を強く握りしめ、そんな思考を巡らせていると、シヴィが小声で話しかけてきた。

「ねえ……」

 お、次のイベントが始まったか。
 とオレは思った。

 相変わらずシームレスなイベント発生で、ゲームのリアリティ表現の向上に素直に驚く。

「な、なん、だ?」

 オレは、間抜けに、小声で聞き返す。

 選択肢が無い自由会話での進行は、難易度が高い。
 オレのロールプレイが、単純に下手すぎる。

「……あいつらが、入ってきたら、私が、気を引くから……その隙に……私が、時間を稼ぐ間に……」

 提案に対して素直に同意して良いのか分からず、首を縦に振る事も出来ないオレは、思わず固まった。

 シヴィが囮になっている間に、オレだけ逃げればチュートリアルイベントが前に進むのか?
 それとも、作ってくれた隙を使って、オレが敵を倒せば良いのか?

 職業的にも装備的にも、勝てそうな気配は無い。
 髪の毛の束と銀貨とエリクシールしか持っていないし、周囲に使えそうなものは見当たらない。

 そうこうしている内に、オーク達が檻のカギを開け、入ってきてしまった。


 檻の広さは、まだ十分にあり、距離こそある。

 だが、オーク達の大きさによる圧迫感は、ゲームと分かっていて冗談抜きで恐ろしく感じた。


 例えるなら……

 一人カラオケをしていたら、力士の様な体格でゴツくてバカそうなDQN達が勝手に部屋に入ってくる様な、逃げ場が無く、何をされるか分からない様な居心地の悪さだ。

 その手や腰に、斧や剣を持っているのを想像すれば、どれほど恐ろしいか分かる筈だ。



 うお、やばい。

 恐怖で、からだが思い通りに動かない。
 ゲームでも、これはキツイ。

 オークごときでこれでは、ドラゴンなんて出てきたらちゃんと戦えるのだろうか?

 事前に、ちゃんとトイレに行っておいて良かった。
 ゲーミングチェアに粗相しかねない怖さだ。



 しかし、気を引くって、何をする気だ?

 心臓の鼓動がバクバクとうるさく耳に響く中で、オークの一人が床に倒れているシヴィに近づき始めた。
 これは、シヴィの予定通りなのか?

 オレは、どのタイミングで動けばいい?
 そもそも恐怖で固まって動きがぎこちない。

 ちゃんと、ゲーム的な指示は表示されるのか?

 誰か助けに来てくれたりするのか?
 他の敵の乱入とかは?



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 おいおいおいおい!?

 そのまま、何の躊躇もなく斧を振りかぶるオークを見て、オレは自分でも思わず声を張り上げてしまった。

「うわあ!!? まったっ! まったっ!」

 同じ事を頭の中でも言っている。
 

 きっと、誰の目にもパニックに陥ったように見えただろう。
 その場で、シヴィが最も驚いた視線をオレに向けているのが分かった。

 マジでゴメン。

 いや、実際、ゲームとは言え、あまりの恐怖と、目の前で現実と見紛う人が殺されそうな時に、どうすれば良いのか分からなさに、叫ばずにはいられなかった部分もある。
 逃がしようのないストレスを発散させる方法も、冴えた気を引く方法も知らないオレは、絶叫するしか手段を持ち合わせていなかった。

 輪をかけて情けない事に、久しぶりに声帯を酷使したせいか、肝心の絶叫も思い通りには出来ていなかったが、とりあえず必死に叫んだ。
 相手が待ってくれるのは予想していなかったが、待っていると言うよりは単純に突然の大声で驚いてこちらを窺っている様子だった。


 さて、逃げなかった、と言うか逃げられなかったせいで、チュートリアル失敗が見えてきた。
 皆目、正解のアクションが分からないが、これが正解ではない事だけは確かだ。


 即生き返る課金アイテムは、初回120円だったし、まあ出せない訳ではないので良いか。
 仮に全ロスでエリクシールが無くなったら、何を増殖させると金まわりが安定するだろうか?
 普通にエリクシールが手に入るタイミングは、いつだろう。

 と、心のどこかに残った冷静さで、オレは次の事を考えて現実逃避をしていた。



 完全にまずった。



「まっはぶっ!?」

 そんな事をオレが考えているとは露知らず、オレの「まった!」が、よほど耳障りだったのか、オークがオレの顔を大きな手で力強く掴み、叫ぶのを無理やり止めた。

 鼻をつく獣集と生臭い鉄の臭いに、一気にギアチェンジした様に、頭の中が大パニックになるのを感じた。

 不快値が絶頂に振り切れる。
 良く出来たVRゲームの触覚再現とは言え、あまりにも実在性が高すぎて感じた。



 ゲームの五感再現は脳を錯覚させれば出来る為、かなりの事まで再現性がある。
 だが、ゲームに使っていいとされる五感の再現は、あくまでもゲームの快感と没入感を高める為と言う範囲に限られる事が多い。

 例えば「美味しい」と言う感覚は高いレベルで再現されるが「本当に吐くほどに不味い」と言う再現は、ゲームプレイを「本当に吐く」と言うリアクションが阻害する為、高いレベルで再現される事は、あまりない。

「尿意」「便意」「吐き気」等は、ゲーム側で率先して再現する事は無く、それらに伴って「放出する快感」も、実際に出してしまうと問題があるため、再現される事は、まず無い。
 世の中には、稀に「オムツ着用プレイ」をする猛者もいるが、それは廃人か極限られたリアル至上主義者だけだ。

 で、オレはゲームの設定で、いじれる不快値の設定は、あらかじめOFFにしていた。


 その筈だった。
 オプションで変更保存をし損ねたのかオレは?


 理由は単純に、ゲームの中ぐらい楽しい事だけを感じたいと思ったからだ。
 誰が好き好んで、遊んでいる時に苦痛や不快感を感じたい物か。


 なのに、今、オークに頭を掴まれ、鼻を突いた臭気は、設定をONにしていたとしてもゲーム内で再現されて良いレベルではなく、手の平による頭部の圧迫感は、プレス機などの大型工業機械に誤って挟まれるような、いや状況的には、安全装置が壊れたゴミ収集車に巻き込まれる様な絶望感さえある痛みを伴った。



 同時に、これは現実なのかもと、オレは本気で錯覚した。
 それぐらい、あり得ないぐらい、本当に死ぬほどに痛いのだ。


「もう、こいつは肉が固くなる前に〆ちまおう」
「そうだな、首を、こう、外すと良いぞ」

 ご丁寧な〆方のアドバイスに、大きなお世話を感じながら、オークの手の平越しにでも聞こえる野太い声に怒りを覚える。

 オレはオークの手の皮に必死に噛みつき、全力でオークを殴ったり蹴る事で必死に抵抗した。
 しかし、手足が痛い。
 殴る側も痛いのは、本当だ。

 暴れて、床にシヴィに渡された髪束がスルリと落ちた。
 握っていたエリクシールが、どこかに落ちたが、そんな事を気にする余裕すらない。

 それでも殴る蹴るが止まらないのは、今がパニックである以上に、マジでそれ以外には何も出来ないからだ。

「いってっ!? こいつ、くそ!」

 オークの声が聞こえ、毛ほどの動揺が伺えるが、攻撃が効いていないのも同時に分かった。
 厚すぎる筋肉の表面を叩くだけで、まるで攻撃が通っていない。

 こいつこそチートかよ、と思った。

 これは、負け確定のイベントバトルなのか?
 時々、いきなり殺される所から始まるゲームがあるが、そういうヤツか?


 オレの頭を掴む手の力は、むしろ強まっているのを感じる。
 頭蓋骨が聞いた事の無い悲鳴を上げていた。

 それから、頭を掴んだまま、腹も力任せに掴まれ、内臓の位置が変わったのを感じる。
 そのまま勢いよく、絶対に人体を引っ張ってはいけない方向に引っ張られるのを全身で感じ、鈍い痛みに叫びたいがオレは声も出せない。

 幸か不幸か、〆方のアドバイスは、まるで活きていないらしい。

 それでも、首の骨が外れそうな悲鳴をギリギリとあげ、体内で血管や筋繊維や神経か何かが物理的に切れたり弾けているのが分かる。
 冗談ではない。

 どうやってゲームとして再現しているのかは知らないが、あまりの痛みに「痛い」と言う事から逃げる事しか考えられなくなるが、逃げられる筈もない。

 口に広がる苦みと口内から鼻に上る臭気も手伝って、本当に吐きそうだ。

 全身に走る激痛と共に、自然と眼球が言う事を聞かずに変な方向を見ようとしている。

 まずい。
 痛みが引いてきた。

 今度は寒くなってきたぞ。
 本当に死にそうだ。

 ヤバい。

 あごの力も抜けてきた。
 手も、いつの間にか止まっている。
 足もダランとし、重くて蹴り上げるに上げられない。

 鼻の奥から血が昇ってくる。

 涙だと思ってたのは、血らしく、ドロリとしている。
 耳からも、何かが溢れているが、確認するまでもなく血だろう。

 意識が遠のく。



「このまま潰しちまうか」
「そっちのメスもさっさと潰して、あええ? ぐえっ!? なっ!? ぎゃ!!!?」
「なんでこいつ、あのケガで動けっ!? うわああ!?」
「ぐがっ!? こいつ! 早く殺せ! 殺せ!」

 オーク達が、声にならない悲鳴を漏らし、混乱しているのが分かった。


 穴と言う穴から血が出ているオレの頭を掴むオークの手の力が緩む。
 すると、脳に血が巡り、からだは床に自由落下し始める。

 床に足がつくまでの間に、真っ赤な世界がスーパースローに感じた。

 さっきまで倒れていたシヴィが、エリクシールの効果で回復したのだろう。
 必死に戦い抗う後ろ姿が目に飛び込む。

 隙をついてオークの腰から奪った剣を使い、どうにか一人のオークを絶命させ、それからも他のオークを切りつけている。



 シヴィは、オークとオレの間に割って入り、まるで守る様に立ちはだかって見えた。

 シヴィ自身の血と、オークの返り血で赤く染まっていく姿が、白目が赤くなるぐらい充血しつつ血の涙も流して、真っ赤な視界を更に赤くする。
 頼りないが荒々しく、決して強くないが生命力を感じる姿が、オレの目に焼き付く。

「が……ぐ……あ……」

 オレは、うめき声をあげながら、膝をつき、減速する事なく床に頭を叩きつけた。
 普通に、超痛い。

「シ……」

 言葉が出ない。

「……ル」

 名前を呼ばれた気がした。

 急速にブラックアウトする感覚を感じ、オレは抗う事も出来ず完全に意識を失ったのであった。
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