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第30話 褒めも過ぎると嫌味に変わる

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「……」ジー
「……な、何か?」
「……」ジー

 唯斗ゆいとは今、夕奈ゆうなの褒められる箇所を探しているところだ。足先から頭のてっぺんまでを舐めるように観察し、見つからないとまた足先へと視線を戻す。
 その異様な行動を不審がったのか、さすがの彼女も少し警戒しているようだった。

「あ、髪型変えたんだね。似合ってる似合ってる」
「何その言わされてる感。ていうか今更?今日は朝からこれなんですけどー?」

 せっかく褒めたと言うのに、なんだか逆に不機嫌になったような気がする。
 唯斗は心の中でため息をつくと、ゆらゆらと揺らされるポニーテールの毛先を目で追った。

「夕奈って髪綺麗だよね」
「お、おう?まあ、気を遣ってはいるかんね」
「よく見たら爪も綺麗」
「一応手入れはしてるけど……」
「あ、歯並びもいいよね」
「……なんか怪しくない?」

 怒涛どとうの褒めラッシュをぶった斬ってそんなことを言った夕奈は、唯斗へ疑うようにジト目を向けた。「何企んでるの?」と聞いてくるあたり、彼の思惑はバレバレだったらしい。
 唯斗がチラッと瑞希みずきの方へ視線をやると、口パクで「もう少し頑張れ」と言われた。
 しかし、人を褒めることにも夕奈に付き合うことにも慣れていない彼にとって、ここまでの時間だけでもかなり体力を消費した。
 唯斗からすれば、もうクレープ分(350円)は働いたつもりだ。これ以上やらせるというのなら、クレープをもうワンクレジット追加してもらう必要がある。

「……」
「……」

 視線のみのやり取りで理解してくれたのだろう。瑞希は仕方ないと言いたげな表情をすると、財布の中からLポテトの割引券を取り出して見せた。
 なるほど、クレープ2つは食べれないだろうから、代わりに期間内ならいつでも使えるクーポンを……さすが瑞希、気回しが上手いね。
 唯斗は満足気に頷いて見せると、視線を夕奈の方に戻して褒めを再開。彼は投入されたクレジットご褒美分だけはきちんと働くマシンなのだ。

「夕奈って頭いいよね」
「バカにしてんのかおら」

 どうやら失敗したらしい。視界の端でクーポンが財布の中に戻されていく様が見えた。
 これこそ、唯斗が生まれて初めて歩合制の難しさを思い知った瞬間である。

「褒めてどうこうしようっていうならやめてくれる?私はそんなことで動かないから」
「そのヘアゴム可愛いね」
「え、分かる?この前のお出かけで買ったんだよねー♪さすが夕奈ちゃん、なんでも似合……って、乗せられないからね?!」
「ほぼ乗ってたよね。既にチケット片手に搭乗口通過してたでしょ」
「し、してませんけどー?」

 どう見てもノリノリでヘアゴムの解説と自慢をしていたのに、それでも否定できるのはある意味才能レベルのメンタル持ちである。
 それがこんなちゃらんぽらんの手に渡っているのだから、唯斗からすれば神は実に不公平だ。……まあ、前回の席替えの時に既に神は死んだことになってるけど。

「とにかく!お世辞とかノーサンキューだから!」
「褒めてもバカにしてもダメ。僕はどうすればいいの」
「本音で語りおうや!」
「本気で言ってる?」
「もちのろんよ!」
「わかった。じゃあ言わせてもらうけど……」

 その後、唯斗の夕奈への不満やダメ出しは、瑞希によって口を押さえられ連れ出されるまで続いた。

「んーんー!」
「大人しくしろ。全く、お前は言われた通りにやるってことも出来ないのか?」
「……」
「ごめんごめん、言い過ぎた。夕奈を褒めるのは難しいよ。けど、悪口は言う必要なかっただろ?」
「確かに。つい我慢できなくなっちゃって……」

 これでクレープともおさらばか。唯斗がそう思いながら項垂れると、瑞希は彼の気持ちを察したのか少し遠慮がちに頭をポンポンと撫でた。

「そう落ち込むな、夕奈はあれくらいじゃめげない。約束通りクレープは奢るよ」
「本当?」
「おう、風花ふうかとマル、花音かのんも誘って行くか」
「よしっ」

 夕奈を誘わないのは、カロリーのことを口にしかねないのと、奢る理由を聞かれると面倒だからとのこと。
 後から行ったことがバレないように、他の3人にも口止めをしておくと言っていた。これで安心してクレープを味わえる。

「トッピングは?」
「……まあ、頑張ってくれたからな。好きなだけしていいぞ」
「やった」

 さすがは瑞希、太っ腹である。
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