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第43話 誰かのためなら心は先走るくらいでいい

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「いい汗かきましたね!」
「おだっちはダウンしてたけどね~♪」
「それな」

 そんな話をしながら、受付のところへ戻ってくる4人。ケラケラと笑われている唯斗《ゆいと》は、風花ふうかとのラリーで疲れてしまい、後半はずっとイスに座ってだらんとしていた。
 彼からすれば、こまるが2対1でも平然と戦えていたことの方が異常だと思うところである。もちろん、高すぎず低すぎない球に限ってだが。

「あれ、瑞希みずきちゃんまだ居ないみたいですね」

 30分後に集合と言っていたはずなのに、瑞希がまだ戻って来ていない。ここからダーツの場所はすぐ近くだからと、花音かのんが小走りで様子を覗きに行ってくれた。
 しかし、こちらを振り向いた彼女は「た、大変です!」と声を震わせ、ブンブンと腕ごと上下させて手招きする。

「一体何が大変なの~?」
「ナンパ?」

 こまるも冗談のつもりで言ったのだろう。ダーツエリアを覗き込んでから、「まじか」と目を丸くした。

「なあ、姉ちゃん。俺たちと遊ぼうぜ?」
「やめてくれ。私は友達と一緒に……」
「居ないじゃねぇか。少しくらいいいだろ?」

 瑞希は本当にナンパされていた。それもチャラそうな見た目でガタイのいい男2人から。
 彼女も女の子だから、男に囲まれるのは少し怖いのだろう。いつものクールな表情が少し強ばっていた。
 逃げようとすると腕を掴まれ、よろめいた拍子に机の上にあったダーツの針を落としてしまう。

「やめてくれ」
「抵抗するからだろ?大人しく着いてこいよ」
「っ……」

 一瞬、瑞希の表情が痛みで歪んだ。それと同時に風花が飛び出そうと前のめりになるが、それよりも早く唯斗が動いていた。

「瑞希、行こう」
「お、小田原おだわら……」

 彼女の手を取り、みんなのところへと連れ帰ろうとすると、「なんだこいつ」と鼻で笑ったもう一人の男が、唯斗を思いっきり突き飛ばした。
 彼はそのまま後ろにあったダーツの台に頭をぶつけてしまう。当たりどころが悪かったせいか、元々疲れていたせいか、足がふらついて立ち上がれない。

「弱いくせに突っかかってくんなよ」
「こんなやつより俺らの方がいいだろ?」
「私は小田原と……」

 それでも抵抗する瑞希に大袈裟なため息をついた男は、「こいつのどこがいいんだよ!」と言いながら台を蹴る。

「瑞希は僕の友達だから、迷惑かけないで」
「あ?」

 そこまでされても一切怖がらない様が癇に障ったのか、その男は胸ぐらを掴んで激しく揺らした。
 唯斗はその頭の悪い行動にため息を着くと、心底嫌気が差したように言う。

「夕奈より面倒臭い人っていたんだね」
「あ?なんだとこの野郎!」

 男は唯斗を台に押し付けると、衝動的に右手を拳にして振り上げた。しかし、その手は背後に忍び寄った瑞希によって掴まれる。
 キッと睨みつけるその目は鷹の如く。屈強な男さえ思わず怯んでしまう。彼女は男の足を思いっきり踏みつけると、痛みのあまり握力の緩んだ手から唯斗を解放した。

「この女ッ……ぶへっ?!」

 反撃しようと顔を振り向かせたところですかさずビンタ。よろけた体を軽く押して台へと背中をつけさせると、チラッと風花の方を振り向いた。
 それが合図とばかりに、落ちたダーツの矢を拾い上げた彼女は、それを素早い動きで的目掛けて投げる。
 風花の手から連続で放たれた三本の矢は、目にも止まらぬ速さで男の頭の上と両耳スレスレに突き刺さった。

「久しぶりだから上手くいかないね~♪」

 いつもと変わらない口調でそんなことを言う彼女はゆっくりと台へ歩み寄ると、隠し持っていた矢を取り出して男の鼻先へと近付ける。

「次はド真ん中に当てるけど、な?」

 黒いオーラを発するダークスマイルに恐れをなした男たちは、「す、すみませんでしたぁぁぁぁ!」と腰を抜かしながら逃げていった。
 その後ろ姿を見送りながら、唯斗は少し痛む後頭部を押さえて自分の無力さに肩を落とす。自分は結局何の役にも立たなかったなぁと。

「ありがとうな」
「気にしないで~♪」

 瑞希は風花にお礼を言うと、ちらりと唯斗の方を見る。そしてしょんぼりとしている肩に手を置くと、「小田原もありがとうな」と微笑んだ。

「僕は何もしてないよ」
「いや、勇気出してくれただろ?あの時、お前が来てくれたおかげでめちゃくちゃ安心した」
「……そっか、役に立ててたんだね」
「おう。あと、巻き込んで悪かった」

 彼女はそう言いながら、唯斗の頭をポンポンと撫でる。軽く触っただけでも、たんこぶが出来ているのがわかった。

「ご飯食べに行くか。そこで氷を貰えないか聞いてみような」
「別に大丈夫だと思うけど」
「馬鹿。もしものことを考えてだよ。それにそのたんこぶのせいで婿むこに行けなくなったらどうする」
「……そんなことあるの?」
「多分ないな」

 そりゃそうだ。たんこぶくらいで無くなる結婚なら、何もしなくても破局していただろうし。
 唯斗は今のがジョークだったのかと頷くと、少しクラっとする体を瑞希に支えられながら歩き出した。

「小田原はいざって時には頼りになるんだな」
「まあ、力は少し足りないけどね~♪」
「ウケる」

 和やかに笑いながら、受付へと向かう一行。
 少し後ろでカバンからメモ帳を取り出した花音は、そこに『唯斗さんがナンパさんを撃退!』と書き込んみ、小走りでみんなの背中を追いかけた。
 夕奈ゆうなへの土産話がひとつ増えたのである。
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