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第1回 異能力審査会 編

嫌なことが近づくとテンション下がるのは俺だけじゃないはずだ

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「はぁ……」
 主人公クラスの教室の中、俺は自分の席に突っ伏してため息をついた。
「いつにも増して変な顔ね」
「顔見えてないだろ」
「見えなくてもわかるわよ、いつだって変な顔だもの」
「それは言い過ぎだ、かっこいい時だってあるだろ」
「そういう所がキモイのよ」
 顔を上げて、いつも通り毒饒舌どくじょうぜつな紅葉を見上げながら俺は眉間にシワを寄せながら言った。
「お前、来週何があるのかわかってるのか?」
「ええ、待ちに待った異能力審査会よね」
「ああ、永遠に待っていたい異能力審査会な」
「そんなこと言うのは主人公クラスの中では一郎だけでしょうね」
「そうだろうな」
 異能力審査会とは、そのままの意味でその個人の異能力についてを審査するものだ。
 ハイレベルな生徒ばかりが集まっている主人公クラスの生徒達にとって、それは存分に力を使える絶好の機会だ。
 楽しみなのも頷ける。
 ただ、それはハイレベルだからであって、そうでない者たちにとって異能力審査会は苦でしかない。
 わかりやすい例えを出すなら、体力がない人が体力テストをさせられるようなものだ。
 そして俺は審査をするまでもなく主人公クラス最弱、下手すれば学校内で最弱の可能性もある。
 そんな俺が異能力審査会を待ちに待っているかと聞かれれば、答えはNOの一択だ。
 そんな俺の目の前で「待ちに待った異能力審査会」なんてことを言う紅葉は、平常運転で性格が悪い。
「一郎はきっと、今年もダメダメなんでしょうね」
「それは俺が一番よくわかってることだからお前が言うな」
「一郎、ダメさを認めることも成長への第1歩よ」
「とっくに認めてるっての。努力してもダメなものはダメ。諦めてるよ、キッパリとな」
「ふーん、負け犬の一郎らしい言葉ね」
「はいはい、なんとでも言え。勝ち組の紅葉さんよ」
「ええ、上と下の関係、ちゃんと理解していて偉いわね」
 そう言って腕を組みながら見下してくる紅葉。
「お前はいいよな、異能力が強いからってそんな……」
「異能力が強いから威張れるんじゃないわよ?自分に自信があるから威張れるのよ」
「出来もしないのに自信なんか持てるかよ」
「『異能力は精神の芯がブレると上手く使えない』とか専門家が言ってたけど、一郎にその芯はあるのかしら?自信すら持てない一郎に、そんなのがあるとは到底思えないわね」
「何が言いたいんだ?」
「自信を持ちなさい、そうすれば異能力はついてくるわ」
「……できるならもうやってるさ」
「はぁ……ほんと、一郎のそういう所は嫌いだわ」
「ああ?出来るやつには分からないんだよ」
 ていうか、今、そういう所『は』って言ったよな。
 好きなところもあるってことだろうか。
 まあ、聞いたら殴られそうだから聞かないけど。
「仕方ないわね」
 紅葉はそう言ってため息をつくと、俺の肩に手を置いて自信に満ちた表情で言った。
「なら、私が自信をつける特訓をしてあげるわ!」
「特訓?」
 俺が聞き返すと、紅葉はふんっと鼻を鳴らしてドヤ顔をする。
 今のところ、嫌な予感しかしない。
「ええ、私が直々に訓練をしてあげるわ」
 特訓から訓練に変わってるんだけど……。
 普通にスパルタされそう。
「この私が直々に教育してあげるなんて、こんな名案、中々ないわよね~」
「ああ……それが迷案にならないことを願ってる……」
 紅葉の満面の笑みに、背筋の凍る思いの俺であった。

 俺は翌日、日曜日だと言うのに制服で来いと紅葉に呼び出された。
「……で?ここが特訓場所か?」
「ええ、ここが一郎の墓場よ」
「言い方どうにかしろよ、縁起悪いな……」
 俺が紅葉に連れてこられたのは近くの小さな公園。
 小さい頃はよく一緒にここでブランコをしたな。
 あの頃の紅葉はまだ弱っちくて、よく俺に甘えてきたなぁ。
「一郎、何を考えてるのかは知らないけど、余計な事言ったら殺すわよ?」
「言わない言わない、命は大事だからな」
 紅葉だったら殺すまで行かなくても、殴ったり刺したりくらいまでならしそうだしな。
 俺もまだ死ぬには早い。
 無難に下手したてに出ておいた。
「じゃあ、殺す気で特訓してあげるから覚悟してね」
「あの、命が大事って言ったところなんですけど……」
「あ、そうそう、先に宇佐美うさみ先輩が先に来てるはずなのだけれど」
 普通に俺の言葉を無視して、紅葉はあたりを見渡す。
「ん?先輩なんてどこにも……」
「……あ、いたいた。宇佐美先輩!」
「居た……って、あれが?」
 紅葉が手を振っている先に、こちらに気づいて手を振っている人がいる。
 でも、どう見ても先輩だとは思えない見た目をしている。
「もお、遅いですよ!」
「先輩が早いんですよ。どうせ時間を間違えて早く来たんですよね?」
「ぐっ……なんでバレてるんですか……」
「先輩は遅刻はしないですけど、早く来すぎるというのが毎回のようになってますからね」
「もお、くーちゃんは相変わらず鋭い……って、その人は誰です?」
 宇佐美先輩は俺の方を見て首を傾げた。
「あ、えっと、佐藤一郎です……せ、先輩?」
「なんで疑問形ですか!?」
 宇佐美先輩は俺に近づいてきて、俺の腹をポカポカと叩いてくる。
 力も幼女レベルの見た目に比例して幼女レベルで、全然痛くない。
「宇佐美先輩はこんな可愛い見た目をして、中身は暴力大好き人間だから注意した方がいいわよ」
「ち、違います!私は暴力は嫌いです!」
「可愛いという部分は否定しないんですね」
「あぅ……うぅ……」
 紅葉のやつ、先輩相手でも容赦ないな。
 俺も傍から見たらこんなふうに見えてるんだろうか。
 そう思うとなんか恥ずかしくなってきたな。
「って、先輩うずくまっちゃったじゃないか」
「大丈夫、先輩はドMだから」
「は?」
 俺はうずくまった先輩に耳を近づけてみる。
「うへへ……くーちゃんはいつもしゅごい……///」
「……」
 俺は紅葉の方に向き直った。
「……お前って凄いな」
「今更気づいたの?」
「いや、まあ……うん……」
 ロリドM先輩を目の当たりにした時、人の思考は止まるということを学んだ。

「落ち着来ましたか?」
「あ、はい……変なところを見せてしまいました……」
「いえいえ、世界にはいろんな人が……いますから……」
「ひ、引かないでくださいよぉ!」
「引いてないですよ」
「うそだうそだ!」
「いててて、た、叩かないでください!」
「ほら、先輩は暴力大好き……」
「ちーがーうー!!」
「はいはい、もういいですから、早く一郎の訓練を始めますよ」
「うぅ……わかりましたよ……」
 そう言うと先輩は、俺に手を差し出した。
「握ってください」
「は、はい」
 突然のことに少し動揺したが、俺はゆっくりとその小さな手を握る。
「一郎、何緊張してるのよ」
「き、緊張とかじゃないし……」
「これは先輩の異能力の発動に必要な条件だから。決して一郎と手を繋ぐこと自体に意味があるわけじゃないのよ?」
「わ、わかってるわ!」
「はい、出来ました!」
 紅葉の執拗な茶化しをなんとか乗り切って先輩と手を離した。
「これで一郎くんのデータを受信できます」
「データを受信?」
「はい、私の異能力は……」
「宇佐美先輩の異能力は『異能力値の可視化』よ」
 得意気に話そうとした先輩を遮って紅葉が勝手に説明を始める。
「先輩の異能力は、普通は見ることが出来ない異能力の大きさを表した異能力値を数値として認識することが出来るもので、相手の手を握ることによってその後の一定時間に消費された異能力値を把握することが出来るのよ」
「つまり、簡単にまとめると先輩は歩く異能力計測器ってことか」
「ひ、酷いです……せっかくの私の見せ場だったのに……」
 先輩はしょぼんと落ち込んでしまった。
 せっかく得意気に自分の異能力を紹介しようとしていたのに、全部紅葉に取られたんだもんな。
 紅葉はそんな先輩を見下ろしてニヤニヤしている。
 本当にこいつの腹の中は真っ黒だろうな。
 一度開いて見てみたいもんだ。
「先輩のこの能力は国運営の異能力審査会でも、先輩の力をコピーさせて異能力値を測定するのに使われているわ」
「コピーって、そんなことが出来るのか?」
「ええ、ただし戦闘に使えないような異能力のみね。私の異能力みたいな攻撃向きの異能力のコピーはまだ不可能な段階らしいわ」
「なんだ、残念だな」
「まあ、私はコピーされない方が嬉しいわね。私は唯一無二でありたいもの」
「確かにな」
 誰かと一緒は嫌だという気持ちはよく分かる。
 主人公ってそういうもんだろ?
 同じ力とかじゃなくて、唯一無二の力で敵を倒す、みたいなさ。
 まあ、俺のはコピーされる心配なさそうだけどな。
「先輩は国に異能力を貸している状態だから、毎月かなりの額が納金されているらしいわよ」
「え、そうなんですか?」
 俺が興味津々にそう聞くと、先輩は体をビクッとさせて目をそらした。
「そ、そうですけど……別にそんないっぱい貰ってるわけじゃ……」
「先輩はそのお金で学費や生活費を払っているとか。つまり、普通に暮らしていける程度には貰えているという事ね」
「羨ましいな……」
 つい本心がこぼれてしまった。
 先輩の方が俺よりもっと凄い能力を持っている。
 自分も誰かに必要とされる能力を手に入れたかった。
 そう思ってしまうのは、俺にとって必然だった。
「全然羨ましいことなんてないですよ?私はもっと強い能力が欲しかったですし……」
 そう言って先輩は俯いた。
 過去に異能力関連で何かあったのだろうか。
 聞こうか迷ったが、それを紅葉が遮る。
「そろそろ訓練をはじめましょうか」
「……ああ」
 俺の周りを、嫌な予感を乗せた風が舞った。


 公園のど真ん中、俺と紅葉は10メートルほど離れて向かい合う。
「じゃあ、私に向けて思いっきり異能力を撃ってくれる?」
「わかった」
 紅葉の言葉に素直に頷く。
『異能力を紅葉に向けて撃つ』
 それは一見するとかなり危険な行為だ。
 でも、心配する必要は無い。
 紅葉の能力は『創世神デミウルゴス』。
 その名の通り生み出す力だ。
 彼女はその力で防御障壁を発生させることが出来るから、そこそこ強い異能力者が本気で攻撃しても、彼女は念じるだけで攻撃を跳ね返すことが出来る。
 だから、思いっきり撃っても問題ない。
 そして、俺が思いっきり撃てる理由はもうひとつある。
 いや、むしろ俺の場合はこの理由だけで十分だ。
「異能力発動!いっけぇぇぇぇぇ!!!!!」
 ―――――――――ボッ。
「…………」
 そう、俺の異能力が弱いからだ。
「ぶっ!うはははは!!!!!」ゲラゲラ
「え……よわ……」
 俺の異能力を見た紅葉は腹を抱えて大笑い。
 宇佐美先輩はそのしょぼさに目を丸めて、若干引いていた。
 紅葉はいつもの事だからもういいとして。
「先輩……弱いは酷いですよ……」
「あ、えっと、ささやか……?」
「言い換えても落ち込みます……」
 本当は別に慣れているから傷ついていないけど、先輩って多分こういうのが効くタイプだと思うんだ。
 落ち込んだ顔をしていると手を差し伸べてしまう的なやつだ。
「あぅ……ご、ごめんなさい……」
 ほら、やっぱりそうだ。
 先輩は慌てながらペコペコしている。
 なんかかわいいな。
「……一郎ってもしかしてロリコンなのかしら?」
 いつの間にか俺の隣に立っていた紅葉が言う。
「なんでそうなる」
「だって、先輩がペコペコしているのを見てニヤニヤしているんだもの」
 自分でも気づかなかったが、無意識にニヤついていたらしい。
「俺はロリコンじゃない、どちらかと言うと年上が好きだ」
「世界一不必要なカミングアウトをどうも」
 感情の全くない声でそう言った紅葉は先輩の方に目を向ける。
「ロリ先輩、計測の結果はどうだったんですか?」
「わ、私はロリじゃありません!くーちゃんと一郎くんの先輩ですよ!?」
「はいはい、学年は上でも心と体は年下ですよ」
「うぅ……///」
「先輩、キモイ」
「あふぅ……///」
 紅葉にディスられた先輩は、腰が抜けたようにその場にぺたっと座り込む。
 頬を赤らめているのは見なかったことにしよう。
 紅葉も相当やばいやつだとは思うが、先輩も同じくらいやばいな。
「で、結果は?」
「え、えっと……0.2ダメージです」
「ぶっ!あはははは!!!!!0.2って!弱すぎ……うはははは!息が……息がくるじぃ……あははは!!」
「……笑いすぎだ」
 そこまで笑われるとさすがの俺でも傷つく。
 ちなみに、一般的には500Dくらいが平均とされていて、3600Dくらいが主人公クラスの生徒の最低基準とされている。
 その中で俺は0.2D。
 明らかに最弱だ。
 0.2Dをわかりやすく表すと、ロウソクに火をつける時、なかなかつかなくて、煙だけがモワッてする時を想像できるだろうか。
 あの時にロウソクの先端を触った時くらいのダメージだ。
 要するに、何も感じない程度だ。
「はぁはぁ……ふぅ、久しぶりにこんなに笑ったわ」
「楽しそうでなによりだよ」
 俺はあくまで嫌味で言う。
「一郎もとっても楽しそうね」
「俺のどこを見てそう思ったのか教えてもらおうか」
 嫌味をいえば嫌味で返す。
 紅葉はそういう人間だ。
「じゃあ、一郎を成長させるための訓練を続けましょうか」
 紅葉はそう言うとパンパンと手をはたいた。
「訓練って一体何を……って、あぶなっ!」
 俺が紅葉の方を向いたその瞬間、紅葉の握りこぶしが目の前に迫っていた。
 ギリギリのところでそれをかわす。
「おい!いきなり危ないだろ!」
「ふふっ、避けるなんて一郎にしてはやるわね」
 紅葉がそう言って右手を握りしめるのが視界の端に写った。
「これは一郎に強くなってもらうためなのよ?だから……あはは!」
 紅葉はそう言って、異能力で右手に出現させた剣を俺に向かって振る。
「お前はそう言って、俺を切りたいだけだろ!」
 そう叫んで俺は紅葉に背中を向けて逃げる。
「束縛」
「ぐっ……おわっ!?」
 紅葉が呟いた瞬間、俺の手と足を黒い鎖が拘束した。
 これも彼女の異能力だ。
 ほんと、万能すぎて面倒だ。
 拘束されたことで走ることが出来ずに、俺はそのまま仰向けに倒れる。
 その直後、紅葉が俺にまたがるように立って、剣を両手で握って振り上げる。
「お、おい!それをどうするんだよ!」
「殺す気で特訓してあげるって、言ったでしょ?」
 紅葉の目は本気だ。
「2、3回は殺される気でいてね?」
 そう言って紅葉は剣を振り下ろす。
「ま、待て!ひとつ言わせてくれ!」
「……何かしら?」
 ギリギリのところで剣が止まる。
 本気で心臓が飛び出すかと思った。
「紅葉、あのな……」
「はっきり言いなさいよ」
 そこまで言うならはっきり言ってやることにしよう。
 今、スカートで俺にまたがっている紅葉に。
「お前、パンツ見えてるぞ」
「っ!?み、見ないでよ!」
「お前、縞パンなんだな」
「い、言わないで……!」
 紅葉が顔を赤くした瞬間、俺を拘束していた鎖が消えた。
 異能力は心の芯が大事って、本当だったんだな。
 紅葉の心がぶれた瞬間に鎖が消えたってことはそういうことだろう。
 専門家に感謝だな。
 結局、紅葉は恥ずかしさのあまり訓練どころでなくなってしまった。
 紅葉って意外とそういう部分は弱いんだよな。
 気が強そうに見えて、実は下ネタとか聞くとすごい顔を赤くするんだよ。
 そういう時は「こいつも女の子なんだな」って感じる。
 けどまあ、今回はさすがにやりすぎたかもしれない。
 男の俺でも、社会の窓が空いててパンツ見えてますよって言われたら恥ずかしいしな。
 おまけに色まで言われてみろ。
 次の日からズボンを二重に履いてくるわ。
 いや、それは冗談だけど。
 とにかく、ベンチに腰掛けて熱くなった顔を冷ましている紅葉に、冷たいお茶を買ってきてやる。
「……忘れなさい」
「縞パンのこと?」
「っ……そうよ」
「わかった、俺も言いすぎたよ。ごめんな」
「謝るなら代わりに一郎もパンツを見せなさい……と言いたいけど、一郎のを見ても私は得しないからやめとくわ」
「俺だってお前の見ても得なんかしねぇよ」
「むしろ得しかないじゃない、こんな美少女の縞パンよ?」
「もう自分で縞パンって言っちゃってるじゃねぇか」
 こいつのこういう所が残念なんだよな。
 自分で美少女とか言われたら、どんな美少女でも「は?」ってなるだろ。
「とにかく、一郎のせいで訓練する元気無くなったから、今日はもう中止にしましょ」
「今日はって、またやるのか?」
「もちろんよ?異能力審査会も近いんだし、雑魚の一郎も準備は必要なはずよ」
「……わかったよ、意味あるのかわからないけどな」
 本気で異能力審査会までに死ぬかもしれないしな。
 強くはなりたいけど訓練はしたくない。
 そんな矛盾を抱えている俺であった。
 いや、結構普通の事言ってると思うけど。
「一郎、意味があるかないかとか、そういうことを言っている時点で負け組よ」
「はいはい、俺のやる気がないと意味が無い、だろ?」
「よく分かってるじゃない、ならちゃんとやる気を出して……」
 ドゴォォンッ!!!
 凄まじい爆発音が紅葉の言葉を遮った。
「なんだ!?ぐぁっ……」
 その直後、鼓膜が破れそうな爆風が耳をつんざく。
 紅葉も隣で同じように耳を塞いでいる。
「ど、どこから聞こえるんだ!?」
「あっちよ!」
 音が収まって、紅葉が指さした方を振り返ると、黒い煙が上がっているのが見えた。
「あれは……銀行の方角ね」
「銀行強盗……ってことか?」
「その程度ならまだいいのだけれどね、行くわよ」
 紅葉はそう言うと銀行に向かって走り出した。
「おい、待てよ!」
 俺も追いかけて走り出した。

「酷い有様だな……」
 紅葉の予想通り、爆発が起きたのは銀行だった。
 逃げ惑う人々が多く視界に映る。
 抉られるように破壊された銀行は今にも崩れそうだ。
 そして、その中から姿を現した者が1人……。
「あ、あれは……」
 その姿をテレビで見たことがある。
 深緑のローブを纏まとい、顔はガスマスクで覆われている。
 数々の施設の破壊を繰り返してきた悪名高き七脅の1人。
「……爆弾魔ボマー
 爆弾魔は自らの体を自由に爆発させることが出来るというかなり危険な異能力を持っている。
 それも、銀行をここまで破壊できるレベルだ。
 もし巻き込まれたら、俺なんかじゃきっと一溜りもない。
 異能力警察が来るのを待つしかないんだろうか……。
 俺がそう思った時、紅葉が1歩前に出た。
「おい、紅葉……」
「爆弾魔!こちらを見なさい!」
 爆弾魔は紅葉に気づくと、じっとこちらを見つめる。
 シュゴーシュゴーという呼吸音がガスマスクから聞こえる。
「なんだ?お前」
 爆弾魔の声は変声機をつけているのか、機械音声のような声だった。
 体を包み込むローブのせいで、体格からも男なのか女なのかも分からない。
「私は清陵学園主人公クラスのつぐみ 紅葉くれはよ!」
「ほう……主人公クラスの……」
「あなたをここで制圧します!覚悟しなさい!」
 紅葉はそう言うと、右手に深紅の剣を、左手に白色はくしきの魔法陣を出現させる。
「ほう、創世の力か。俺の破壊の力とは真逆だな」
「ええ、あなたの力を相殺……いや、抹消できる力よ」
 2人の視線がバチバチと音を立てている気がする。
 俺は明らかに場違いだよな。
 俺のでる幕がない……。
「さあ、行くわよ」
「かかってこい」
 紅葉はキッと笑うと金色のオーラを纏まとう。
 これが主人公Lv.16の力か……。
 しかし、それに対抗するように爆弾魔も闇色のオーラを纏まとう。
 2つのオーラは押し押されのほぼ同格と言っていいレベルのものだ。
 俺なんかは、この場にいるだけで吹き飛ばされてしまいそうなくらいに激しい。
「……はっ!」
 先に動いたのは紅葉だった。
 深紅の剣による切りつけが爆弾魔に直撃……かと思われたが。
「甘いな」
 爆弾魔は剣が触れるスレスレで小さな爆発を起こし、その剣を弾く。
「くっ……」
「隙だらけだな」
 爆弾魔はそう呟くと紅葉の肩に手を当てる。
 バンッ!
「ぐぁっ!?」
 紅葉の肩で小さな爆発が起き、彼女はその衝撃で大きく後ろに吹き飛ぶ。
「大丈夫か!?」
「も、問題ない……大丈夫だから」
 紅葉は肩を抑えながら立ち上がる。
 やられた側の肩が動いていない。
「お前まさか……」
「一郎は何も言わないで。何も出来ない一郎はさっさと尻尾を巻いて逃げなさい」
 紅葉はそう言って俺を睨む。
 きっとこれは彼女なりの優しさだ。
 戦うことの出来ない俺が傷つかないようにと、気遣ってくれているんだろう。
 でも、今はその優しさに甘えていい時じゃない。
「ちょっと……一郎!?」
 俺は紅葉を爆弾魔とは反対の方に突き飛ばした。
 紅葉は尻もちをついた。
「いてて……何するのよ!」
「お前はそこで待ってろ」
「い、一郎……?」
 いつもとは違う俺に驚いたのか、紅葉は大人しくその場に留まってくれた。
(まあ、これも演技なんだけどな)
 今、正直ビビっている。
 危険な異能力者が目の前にいて、自分は無能の異能力者。
 戦いようのない試合に自ら突っ込んでいくその姿を俺自身が見たら、きっと馬鹿だと笑うだろう。
 でも、このまま紅葉を戦わせても勝ち目はない。
 彼女の創世の力は、爆弾魔の破壊の力に及ばない。
 守るものがある正義と躊躇ためらいを知らない悪では、悪の方が圧倒的な支配力を持つ。
 漫画やアニメだと、初めはそういう悪が勝つんだ。
 そして、そこから主人公達は成長して、最後には逆転して勝つ。
 これが定番だよな。
 なら、ここら辺で俺という尊い犠牲を払った方が、紅葉という主人公の物語は絶対に盛り上がる。
 この犠牲を経て紅葉は成長し、いつかこの爆弾魔を倒す。
 その理想の主人公像が俺の中で完成しちゃっているんだ。
 なら、物語を進行させるフラグ役にならなくてどうする。
「爆弾魔!今度は俺と戦え!」
「……オーラを感じない、貴様は不要だ」
「知らねぇのか?最近、オーラを隠せる異能力者が現れたっていう噂をさ」
「……貴様がその異能力者だと?」
「戦ってみればわかるさ」
「……」
 爆弾魔は何も言わずに戦闘態勢に構える。
「怖くなっても逃げんなよ、頭ん中爆発野郎」
「……」
 爆弾魔は何も言わずにポケットから爆弾を取り出す。
「遠距離攻撃も出来るのかよ」
 近づかなければ大丈夫だと思ったが、こうなるとまずいな。
「爆ぜろ」
 爆弾魔ボマーが投げた爆弾が俺目掛けて飛んでくる。
「あぶなっ!」
 その爆発はなんとか避ける。
 だが、顔を上げると次の爆弾がいくつも飛んできていた。
「おいおい、無理だろ……」
 体を転がして爆発を躱すも、背中に爆風を受けて吹き飛ばされる。
「いってぇ……」
「やっぱり雑魚だな」
 爆弾魔はゆっくりとこちらに近づいてくる。
「あはは、やっぱり無理か」
「この爆弾魔に歯向かったことを悔いながら死ぬんだな」
「ああ、無能に生まれたことを悔いながらな」
 そう言って俺は目を閉じた。
 爆弾魔が俺の胸に手を当てる。
「……なんてな」
「っ!?」
 俺がそう言った瞬間、爆弾魔の腕に深紅の剣が刺さる。
 爆弾魔は手を引っ込めると同時に後ろに下がる。
「一郎、私が立ち上がらなかったら死んでたわよ」
 そう言って紅葉は手を引っ張って俺を立ち上がらせる。
「お前なら立てるって信じてたからな」
「……ばか」
 紅葉は少し嬉しそうな顔をしたように見えた。
 いや、やっぱり気のせいかもしれない。
「一郎のおかげでここから本気が出せるわ」
「紅葉様の本気か、それは楽しみだな」
「ええ、Lv.0の出番はもう終わりよ」
「そんな事いちいち言わなくていいだろ!」
 俺が紅葉にそうツッコミを入れると、爆弾魔は何故か戦闘態勢を解いた。
「レベル……ゼロ……?」
「……ん?」
「何やってるのよ、私と戦いなさい」
「お前ごときと戦う必要は無い」
「片腕をやられている今のあなたとなら互角に戦えると思うけれど?」
 爆弾魔は紅葉の言葉を無視して、俺を見つめる。
「お前が噂のレベルゼロか……」
「あ、ああ、そうだが……」
「なら、いずれまた会うだろうな。お前と本気で戦える日を楽しみにしておくよ」
 そう言って爆弾魔は足元を爆発させると、建物を飛び越えて消えた。
「あ、ちょっと!逃がさないわよ!」
「いや、紅葉、追いかける必要は無い」
 俺が向こう側から異能力警察が来ているのを伝えると、紅葉は納得して抵抗するのをやめた。

 その後、俺達は公園に戻った。
 爆発音の鳴り響くさっきの場所とは違い、公園は変わらず平穏だ。
「一郎、ありがとうね」
 紅葉がボソッと呟いた。
「さっきの、無理だってわかってたくせに立ち向かって……私を回復させるためにわざと……」
「いいや、そんなんじゃない」
「え?」
「ちょっといけるかなとか思っちゃったんだよな~あはは!」
「……素直に褒められときなさいよ」(ボソッ)
「ん?何か言っ……いてっ!なんでデコピンするんだよ!」
「一郎がカッコつけた罰よ!雑魚のくせに!」
「べ、別にいいだろ……」
 結局はこうなるんだよな……。
 まあ、実際何も出来なかったわけだし、仕方ないと思うけど。
「ところで先輩は?」
 さっきから先輩の姿を見ていない。
 爆発の前まではいたはずなんだけど……。
「えっと……あ、いた……」
 先輩は公園の中にいた。
 楽しそうにブランコに揺られていた。
 先輩は、俺達が近づくと、見られていたことに気づいて顔を赤くする。
 そして、慌ててブランコを飛び降りると、俺の方へ走ってきた。
「ち、違うんです!別にブランコ楽しいとか思ってないんです!」
「はいはい、わかってますよ」
「わかってない顔です!」
「いてて……先輩、叩かないでくださいよ」
 ポカポカと叩いてくる先輩を軽く片手で抑える。
 本当に力は幼女レベルだな。
 いや、ブランコで楽しんでたくらいだから、心も幼女レベルなのかもしれない。
「それにしても先輩は本当に呑気ですね」
「ほんとにな、あんなことがあったのに……」
 俺達が苦笑いすると、先輩は可愛らしく首を傾げる。
「まあ、先輩は知らない方がいいのかもね」
「確かに」
「え?何の話ですか?」
 そう言っておろおろする先輩を見て、少し和む俺と紅葉であった。
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