主人公Lv.0の俺がなぜこのクラスなのだろうか

プル・メープル

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第1回 異能力審査会 編

結局の話、幼馴染って大事にしたいよな

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「一郎、これを見て」
「ん?なんだ?」
 昼休み、食堂で紅葉と一緒にご飯を食べている時紅葉が1枚の新聞紙を見せてきた。
 その見出しには大きく『七脅の爆弾魔逃走中』と書かれている。
「昨日の爆弾魔、取り逃したみたいよ」
「あそこまで弱っていたのにか?」
「ええ、私達も間近で見たけれど、あいつは爆発を起こした反動で空を飛ぶことが出来る。だから能力が使える限りは捕まえるのは困難という事ね」
「どこか一箇所を封じるだけじゃ無駄ってことか」
「そうね、爆弾魔は全身が起爆可能。だから、どこを封じたって爆発を起こせてしまう」
 紅葉は俺に視線をむける。
「つまり、能力を使うという意識から断ち切らなければいけない……か」
「ええ、そういうことになるわ」
 紅葉は神妙な顔つきで頷く。
「でも、もうお前が爆弾魔と戦う必要は無いんじゃないか?」
 爆弾魔のテロリストじみた行為によって奇跡的に死者はまだ出ていないが、建造物やオブジェクトの破壊、金品の強奪などによっての被害はかなり大きいと聞く。
 そんな凶悪犯は今、国によって指名手配され、異能力警察によって追われている。
 そこにわざわざ紅葉が関わる必要は無いんじゃないだろうか。
「必要無い……なんてことは無いわよ」
「でも、危ないだろ?昨日みたいなことになったら……」
 実質、昨日紅葉は爆弾魔に負けている。
 自分で言うのもなんだが、俺がいなければ最悪の事態だって考えられた。
 まあ、結果的に俺が助けられる形にはなったが。
「あれは相手の戦い方を知らなかったからよ。今はもうちゃんと理解したわ。私は一郎と違って成長する生き物だもの」
「俺も成長する生き物だわ!」
「7年前から成長していないくせに」
「うっ……痛いところをつくなよ……」
 ちょっと心が痛い。
 紅葉は嫌味な笑顔を見せたあと、それは優しい笑顔に変わった。
「それに、自分に出来ることなら誰かのためになりたい。そう思うのは不自然なことかしら?」
 俺は少しの間、その滅多に見せない純粋な笑顔に見蕩れてしまった。
「……なによ、あまりジロジロ見ないでくれる?気持ち悪い」
「お、おう。ごめん……」
「謝らないでくれる?気持ち悪い」
「俺はどうしたらいいんだよ……」
 結局のところ、紅葉はどうしても俺には優しくしてくれないということが分かった。
「ところで一郎、どうして今日は食堂なの?」
 紅葉は弁当のウィンナーを口に運びながら言う。
 我が家の料理担当が俺であるのと同時に、弁当作りも俺がやることになっている。
 もちろん亜照奈にもたまには手伝ってもらうけど。
 いいお嫁さんになるのに料理は必須だからな。
「ああ、今日も弁当作ったんだが、忘れてきちゃってな」
「亜照奈ちゃんにはちゃんと持たせたんでしょうね?」
「ああ、亜照奈にはちゃんと持たせた。お兄ちゃんのお弁当飽きた~って言われたけどな」
「まあ、そうでしょうね。一郎のお弁当の中身って変わり映えしないもの」
「やっぱり毎日作ってると少し面倒になっちゃうんだよな」
「まあ、それは分からなくもないわね」
「紅葉は自分で作ってるのか?弁当」
「ええ、当たり前じゃない」
 確かに、紅葉の両親は共働きで海外にいる。
 お手伝いさんがいる訳でもないし、作るのは紅葉しかいないかと思って納得する。
「そうだ、いいこと思いついたわ」
「ん?なんだ、いいことって」
「明日から私が亜照奈ちゃんのお弁当を用意してあげる」
「いや、結局俺は俺のを作るから変わんないだろ」
「じゃあ、仕方ないから一郎のもついでに作ってあげるわよ」
「いや、そこまでしてもらったら悪いって」
「これでも幼馴染よ?少しくらい甘えなさいよ」
 そう言って胸を張る紅葉が、なんだかいつもより優しく感じてしまうのは俺だけだろうか。
 でも、だからこそ怪しい。
「何を企んでるんだ?」
「企んでるわけないでしょ、馬鹿なの?」
「ストレートな悪口、やめてくれ」
 まあ、でも今のは俺が悪いか。
 紅葉もたまには優しさを見せることがあるんだな。
「勘違いしないでよ?あくまで亜照奈ちゃんのを作るついでだから」
「はいはい、ありがとうな」
 ツンデレ(?)な幼馴染に少し頬を緩めてしまう俺であった。


 翌日の朝。
「……ん……今何時だ……?」
 俺は目を擦りながら時計を見る。
「……え、7時30分!?べ、弁当作らないと!」
 いつもなら6時に起きているはずなのに、今日は何故か目覚まし時計が鳴らなかった。
 ついに目覚まし時計にも反抗期が来たんだろうか。
 俺は飛び起きると部屋を飛び出してキッチンに向かう。
「……あれ」
 キッチンにはエプロンをつけた女の子が立っていた。
 鼻歌なんかを歌いながらフライパンを軽く振っている。
「あら一郎、おはよう」
「あ、おはよう」
「朝イチだといつもより変な顔ね」
「仕方ないだろ」
「そうね、早く顔洗ってきなさい。もう少しで朝ごはんできるから」
 紅葉はそう言うと、またフライパンを振りながら鼻歌を歌い始めた。
 俺は顔を洗うために洗面所に向かう。
 冷たい水を出して、顔にバシャバシャとあてる。
「ふぅ……」
 おかげで眠かったのがスッキリした。
 そう言えば昨日、弁当を作ってくれると言っていた気がする。
 てっきり自分の家で作ってくれるのかと思っていたけれど、まさかこっちで作るとはな。
 朝ごはんまで作ってくれるなんて、少し感動しそうだ。
「ほら、餌よ」
 リビングに戻り、食卓についた俺の前にトーストと目玉焼きとベーコンが並べられる。
「餌って言うな。でも、ありがとうな」
 俺はトーストにかぶりつきながら言う。
「弁当を作りに来たついでよ、感謝されるいわれはないわ」
「お前はついでが多いな」
 ついでと言いながら色々とやってくれるところが微笑ましい。
「ほら、亜照奈ちゃんと一郎のお弁当、ここに置いとくわよ」
 そう言って紅葉は、テーブルの真ん中に2つの弁当箱を置く。
「わざわざありがとうな」
「ええ、お弁当の件はもっと感謝するといいわ。そして靴を舐めなさい」
「そこまではしねぇよ」
 弁当のお礼に靴舐めるって、どんな性癖だよ。
 とその時、廊下の方から足音が近づいてきた。
 亜照奈がおきてきたらしい。
「ん……お兄ちゃんおはよ……って、紅葉お姉ちゃん、なんでいるの?」
「亜照奈ちゃん、おはよ。ご飯作りに来たのよ」
「え!?ご飯って……まさかお兄ちゃんと紅葉お姉ちゃん、結婚するの!?」
「そんなわけないだろ」
 我が家の妹は少しばかり想像力が豊かなようだ。
 まあ、寝起きだから仕方ない。
「そうよ、一郎と結婚なんてありえないわよ」
「そ、そうだよね!紅葉お姉ちゃんがお兄ちゃんなんかと結婚なんてありえないよね!」
 亜照奈はてへぺろ♡と言わんばかりに舌を出しながら後頭部を掻いた。
 ありえないは言い過ぎなのではないかと思ったが、紅葉との結婚生活を想像してみたら寒気がしたからそこはスルーした。
「普通に亜照奈ちゃんのお弁当を作りに来たのよ。そのついでに一郎の分と朝ごはんを作っただけ」
「なぁんだ、そういうことね!安心した!」
「なんでお前が安心するんだ?」
「あ、いや、それは……ね!紅葉お姉ちゃんがお兄ちゃんのお嫁さんになるなんてもったいないと思うから!」
「そうよ、一郎。身の程をわきまえて発言をしなさい?Lv.0のくせに」
「それは今関係ないだろ!」
 紅葉はすぐに異能力の話ばかり出してくる。
 まあ、容姿とか、運動神経とか、ほかの部分を出されても勝てる気がしないけど。
 それより、もったいないってのはな。
 確かに紅葉の容姿は俺にはもったいないかもしれないが、「お兄ちゃんが取られるのは嫌だから!」位の事は言ってもらいたかったな。
 そう心の中だけで呟いたことは内緒だ。
「でも、異能力の強さは今後の人生にも影響してくるのよ?その時点で一郎は負け組よ」
「くっ……」
 紅葉の言っていることは言い方はともかく正論なので、何も言い返せないのが余計に腹が立つ。
 それにしても、ますますなんでこんな俺が主人公クラスなのかが分からなくなってきた。
「ほら、亜照奈ちゃんも早く食べちゃって」
「はーい!いただきまーす!」
 亜照奈が焼きたてのトーストにかぶりつく音が耳に心地よかった。

「そうだ、一郎」
「ん、なんだ?」
 学校に向かって歩いていると、紅葉が話しかけてきた。
「今日の放課後の訓練はお休みにしてもらえる?」
「ああ、俺はいいけど……」
 俺と紅葉は爆弾魔と戦ったあとの日も毎日公園で訓練していた。
 まあ、意味は見いだせないし、結果も伴ってないんだけどな。
 でも、それを紅葉の方から休みにするなんて、放課後になにか予定があるんだろうか。
「そう、なら良かったわ」
 紅葉はそう言うと、スタスタと歩いていってしまった。
「……なにか怪しいな」
 いつもの紅葉なら理由くらい言ってくれるはずだ。
 なのに、聞かれたくないという雰囲気を醸し出していた。
「放課後、調べてみるか」
 ストーカーと言われたらおしまいだが、バレなければ問題ないはずだ。
 紅葉のことだから、危険なことをしたりはしないと思うけれど、一応幼馴染だし、どうしても心配はしてしまう。
 俺は放課後、紅葉の跡をつけることにした。

「どうしたの?神妙な顔して」
「ん?あ、なんでもないよ」
「そうかな?いっくん、すごい考え込んでるように見えたんだけど……」
「ああ、そんな顔に出ちゃってたか」
「なになに?悩みなら話聞くけど……」
 朝、そう言いながら俺の向かい側に座った金髪赤眼の少女は、俺と同じく主人公クラスの、アルメリア=ミルフィだ。
 彼女も今年から主人公クラスに入った生徒だ。
 去年も主人公クラスに入る予定だったらしいのだが、直前で通常のクラスに入るように言われ、結局俺や紅葉と同じクラスだった。
 直前でクラスが変わった理由というのは、彼女の異能力にある。


 彼女のもつ異能力の名は『血狂鬼化けっきょうきか』。
 これは彼女が人間の血を舐めることによって発動できるようになり、血に狂った鬼のような破壊力を一定の時間内だけ身につけられるというものだ。
 気づいた人もいるかもしれないが、発動時に人間の血を舐めるという行為が必要であるのは、彼女が純粋な人間ではなく、人間と吸血鬼のハーフであることが影響している。
 しかし、純粋な吸血鬼でないので、童話などで聞くように太陽の光に当たると灰になるだとか、ニンニクが苦手だったりなどはしないし、彼女に血を吸われても吸われた人間は吸血鬼にはならないらしい。
 ちなみに、心臓に杭を刺されたら死ぬのか?と聞いた時には、「そんなことされたら誰だって死んじゃうよ~」と笑いながら返された。
 確かにその通りだと納得できてしまう答えだったな。
 ただ、吸血鬼一族についての研究は進んでおらず、真に人間との共存を望んでいるのかなどは分かっていない。
 それ故に、異能力学校に通わせているのは監視という目的も兼ねているらしく、彼女は現在、特別枠という形で入学している。
 それ故に、主人公クラスレベルの実力はあっても、主人公クラスに入れてもいいのかということが議論されていたらしい。
 そして1年間議論した結果、彼女を主人公クラスに認めたという訳だ。
 彼女は異能力である『血鬼化』と、吸血鬼特有の高い機動力を持ち合わせており、彼女は主人公Lv.8と認定されている。
 その高い評価をひけらかさないミルフィは本当にいい子だと思う。
 紅葉にはもう少し彼女のことを見習ってもらいたいものだ。
「ぼーっとしてるけど大丈夫?」
 ミルフィは俺の顔を心配そうな顔で覗き込んでくる。
 白人と吸血鬼の混血である彼女の肌は白く、老いにくいと言われているがゆえに綺麗な肌をしている。
 それに一瞬、見蕩れそうになりながらも、俺は理性を無理矢理働かせて彼女から目をそらす。
「大丈夫だ。それより、悩みって言うほどのことじゃないから、聞いてもらうのも馬鹿らしいよ」
「いいよいいよ、聞くから!どうせ暇だし!」
「暇だから聞くんだ?」
「い、いや、興味があるから!」
 わざわざ言い直したミルフィの慌ただしい姿に少し頬が緩む。
「まあ、どっちでもいいんだけど……。せっかくだし、じゃあ聞いてくれ」
 俺はミルフィに、紅葉が放課後に何か用事があるのかもしれないこと、なんだか様子がおかしかったことを話した。
「んー、それは調べる必要があるね~」
 ミルフィは顎に手を当てながら言う。
「やっぱりそうだよな?」
「うん、もしかしたら怪しいバイトをするのかもしれないし……」
「あ、怪しいバイト?」
 怪しいバイトと言うと、あの怪しいバイトのことだろうか。
 それをあのプライドの高い紅葉がしているというのだろうか。
 普段の彼女からは想像もできない。
 まさか、お金に困っているんだろうか。
「いっくん、紅葉ちゃんのことがそんなに心配?」
「あ、ああ、心配だ。紅葉がそんなことをしてるんだったら止めてやらないと」
「なら放課後、私も跡をつけるよ」
「おお、仲間がいた方が心強いからな」
「うん!一緒に紅葉ちゃんの秘密を暴こう!」
 そう言って俺達はハイタッチをした。
 そしてここに『紅葉調査隊クレサーチ』が誕生した。


 そしてドキドキの放課後がやってきた。
 俺は先に帰ったふりをして紅葉が学校から出てくるのを待ち、ミルフィと合流して紅葉を追いかけた。
 歩いている方向からして、駅の方だろうか。
「どうやら電車に乗ってどこか行くらしいな」
「そんな遠くに行くってことは、あまり知られたくないことなのかな?」
「そうかもな……」
 ますます怪しいバイトっぽさがでてきた。
「あ、電車がもう来てるよ!紅葉ちゃんもあれに乗るみたい!」
「よし、走るぞ」
 俺はミルフィの手を掴んで走った。
 背丈が少し低いミルフィの歩幅は俺より少し小さいみたいで、無理をさせてしまったかもしれないが、おかげでギリギリ電車に間に合った。
『駆け込み乗車は大変危険です、おやめください』
 車掌のアナウンスが胸に刺さる。
 俺たちのことを言っているわけじゃないよな?
 偶然のアナウンスだよな?
 そう信じることにしよう。
 ともかく、隣の車両にいる紅葉が俺たちに気づいた様子はない。
 ひとまず安心だ。
 それから数駅の間電車に揺られた。
 そして、そこでやっと紅葉が席を立った。
「降りるみたいだ、行くぞ」
 俺達は紅葉に気づかれないよう、少し距離を開けてついて行く。
 紅葉は振り返ることも迷うことも無く進んでいく。
 そんなに頻繁にここに来ているのだろうか。
 駅から数分間歩いた辺りで紅葉はひとつのビルの前で立ち止まった。
「ここみたいだな」
 そのビルの看板には『AONアオン』と書かれている。
 AONとは、色々な店がこの建物の中に入っている巨大ショッピングモールのことだ。
「買い物のために来たってこと?」
「いや、中に喫茶店とかもあるだろ。そこで男と待ち合わせしてるのかもしれない」
「確かにそれもありえるかも」
「見失う前に追いかけるぞ」
 自動扉の向こうに消えていく紅葉を早足で追いかけた。

 紅葉が立ち止まったのは、服屋の前だった。
 俺達は向かい側の店で物を見ている振りをしながら紅葉の観察を続けた。
「新しく服でも買いに来たのか?」
「紅葉ちゃんも女の子だもんね。ファッションに気を遣う年頃だもんね」
「あいつのファッションか。悔しいが、あいつは何着ても似合うからな」
「紅葉ちゃん細いし綺麗だし、確かになんでも似合いそうかも」
 俺達が話している間に、紅葉はお気に入りの服を見つけて試着室に入っていった。
 そして数分後、彼女が試着室から出てきた時、俺達は息を飲んだ。
 白地に会社のロゴの入っただけのシンプルなTシャツ、その上にはチェック柄の薄い上着を羽織っている。
 そして太ももを大きく露出したショートパンツ。
 白くて美しい肌がキラキラと輝いているように見えて、目のやりどころに困る。
「なあ、紅葉がかわいい女の子に見えるんだが……」
「紅葉ちゃんは可愛い女の子だもん。でも、制服の紅葉ちゃんと違ってすごく爽やかだね」
 ミルフィでさえも紅葉に見蕩れている。
 こんな姿で一体、誰に会うというのだろう。
 もしかしたら、彼氏なのかもしれない。
「あ、お会計を済ませて店から出ていくみたいだよ」
「あ、ああ!」
 モワッとした形のない嫌な感情を振り払って、俺達はまた紅葉にバレないように跡をつける。
 次に紅葉が入ったのは雑貨屋だった。
 小さいものから大きなものまで、色々なものを取り揃えていて、若者に人気な店だ。
 店の名前もそのままで『雑貨屋 若者人気』というらしい。
 もし若者に人気が出なくなったらどうするんだろう。
 そんなことを思っている間に、紅葉は店の包装に包まれた平べったい何かを持って店から出てきた。
 紅葉は珍しく満面の笑みを浮かべている。
 その姿を見た俺の脳裏に、ある思いが浮かんできた。
 俺は今、すごく嫌なことをしているんじゃないだろうか。
 紅葉に彼氏がいるなんて話は聞いたことがない。
 でも、居ないとも聞いていない。
 俺が知らないだけで、実はそういう相手がいていも不思議じゃない。
 それを追いかけて、俺は一体何がしたいんだろう。
 俺は今、ものすごい罪悪感に押しつぶされそうになっている。
「あ……お店の影で見えないけど紅葉ちゃん、誰かと話してるみたい!あれ、何か箱を受け取ってるよ!早く行かないと見失っ……ん?」
 俺は紅葉を追いかけようとしているミルフィの肩を掴んで引き止める。
「なあ、ミルフィ……帰ろうか」
「え、なんで?ここまで来たんだから……」
「こっそりついて行くなんてやっぱり良くないんだ。それに、紅葉にも秘密の一つや二つ、あってもいいと思う」
 そう、守るだとかそういうのは建前で、結局は興味があっただけだ。
 でも、もうそっとしておいてやりたい。
 普段上から目線で勝気な紅葉が、あそこまで女の子らしくなるんだ。
 例え理由が危ないバイトだったとしても、紅葉がすることなら止めることは出来ないんじゃないか。
 止めたところで俺が彼女に対して何か出来る訳でもないんだ。

 いや、違う……。
 きっとこれも全部建前うそなんだ。
 俺が自分の本当の気持ちを隠すための建前うそ
 本当は、紅葉の付き合っている相手を知りたくないだけ。
 危ないバイトをしているという確証を得たくないだけ。
 大切な幼馴染だからこそ、これ以上深い部分を本当は知りたくないから、ただただこの場から逃げたいだけなんだ。
 ミルフィの肩を掴む俺の手に力がこもる。
「……頼む、帰ろう」
 俺の気持ちを察してくれたのか、ミルフィは小さく頷いて、紅葉に背を向けて歩き出した。

「わざわざ着いてきてくれたのに悪かったな」
「ううん、大丈夫!私も余計なことしすぎたって思ってるから……じゃあ、また明日学校で!」
 そう言ったミルフィに別れを告げ、俺はゆっくりと家に帰った。
 家に入ると、いつも通り亜照奈がゲームをしている姿が見えた。
「お兄ちゃん、おかえり~」
「……ああ」
「……?」
 こんな気分でも、夜ご飯は作らないといけないからと、キッチンに立つ。
 いつも通りに料理をして、出来上がったのを食卓に並べる。
「……明日、どんな顔で話せばいいんだ」
 悩みながら作ったせいか、その日の夕食は、亜照奈から少ししょっぱいというダメ出しをくらってしまった。


 翌朝、俺は紅葉を待たずに家を出た。
 紅葉と二人きりになる時間があるのが不安だったんだ。
 昨日、あの後どこに行って何をしたのかなんて、怖くて聞けるはずがなかった。
 朝も、昼休みも、授業が終わってからも、紅葉はコンタクトをとろうとしてきたが、その度に俺はそれを避けてしまっていた。
 ダメなことだとは思うけれど、今紅葉と顔を合わせても、きっと俺は歪んだ笑顔しかできない。
 それを見た紅葉は、昨日の尾行に気づいてしまうかもしれない。
 そうなれば、俺はもう二度と彼女の顔を見ることが出来なくなる。
 興味だけで追いかけて行った昨日の自分が憎い。
 別に紅葉に対して恋愛感情があるわけじゃない。
 でも、ずっと一緒にいた幼馴染に、男がいるかもしれないというのが、嫌にもどかしい。
 それに、それを俺に話してくれなかったことも、悲しいと言うより悔しい。
 紅葉は俺に伝える必要は無いと思ったんだろうか。
 それなら、俺は信用されていないんじゃないか。
 そう思うと、今は紅葉と話すなんてできない。
 結局、俺は今日、紅葉と一度も関わらないまま家に帰った。
 紅葉と鉢合わせにならないように、時間をずらして学校を出たせいで、家に着いた頃にはすっかり夕方になってしまっていた。
「ただいま」
 家に入ると、どこも電気がついていなかった。
 いつもなら既に帰っているはずの亜照奈は、まだ帰っていないんだろうか。
 俺は廊下の電気もつけずにリビングに向かった。
「あれ……?」
 大きな窓から差し込むオレンジ色の光が、ソファを照らしている。
「すぅ……すぅ……」
 そこには制服姿の亜照奈と、昨日買っていた服を着た紅葉が、寄り添った状態で眠っていた。
「なんで紅葉がここに……ん?」
 一瞬、この場から離れようかと思ったが、視界に紅葉の握っている何かが入って足を止める。
 それは、昨日雑貨屋で買っていたものだった。
 包装の紙に『雑貨屋 若者人気』と書かれているから間違いない。
 持ち上げて裏を見てみる。
 そこには1枚の付箋が貼ってある。
 オレンジ色の光のせいで見えにくかったが、目を凝らしてそれを読んでみる。
 そこには丁寧な字でこう書いてあった。
『一郎へ、誕生日おめでとう』
 ……そうだ、今日は俺の誕生日だったんだ。
 異能力審査会のことで頭がいっぱいで、すっかり忘れていた。
 紅葉は覚えていてくれたんだ。
 このプレゼントが俺に向けてのものであるということは、昨日の買い物は俺のために……。
 そう思うと、目頭が熱くなってしまう。
 俺は涙がこぼれるのを我慢しようとしたが、それはできなかった。
 心が沈みこんでいた分の反動で、涙が溢れるように出てくる。
 そして、俺は堪えられず、気がつくと寝ている紅葉を抱きしめていた。
「……ん、一郎?」
「紅葉……ありがとう……」
「え、泣いてるの?そんなに私のプレゼントが嬉しかったのかしら……」
「ああ、すごく嬉しい……ありがとうな……」
「もぅ……高校生にもなって幼馴染の前で泣いてるのよ?恥ずかしくないの?」
 紅葉はいつものように馬鹿にしたような口調で言った。
 でも、今日はその声が温かく感じた。
 もっとその声を聞きたいと思った。
「……仕方ないわね」
 そう言ってため息をついた紅葉は、控えめに俺を抱きしめてくれる。
 俺は紅葉に対する考え方を変えないといけないらしい。
 結局のところ紅葉は、なんだかんだ言っても俺に優しい。
 幼馴染という関係は伊達じゃないらしい。
 その事がよくわかった日だった。


 亜照奈も爆睡していたらしく、俺が紅葉に抱きついたことは知らないらしい。
 妹にそんな場面を見られていたら、恥ずかしすぎて発狂するところだったからほっとしている。
 それと、後で知ったことなのだが、昨日、雑貨屋を出たあとに会っていたのは紅葉のいとこのお兄さんで、受け取っていた箱の中身は俺の誕生日ケーキだったという。
 結局は全部、俺の早とちりのせいで生まれた勘違いだったという事だ。
 紅葉が「そんなに私のことが心配だったの?」とからかってきたが、もちろん心配だ。
 俺の唯一の幼馴染なんだ。
 心配に決まっている。
 どれだけ性格が悪くても、根は優しい奴だから。
 こんなこと言葉にして言えるわけがないから、質問の答えは誤魔化しておいたけど……。

 ちなみに、亜照奈もプレゼントをくれた。
 中身は手作りのがま口財布だった。
 亜照奈に裁縫を教えたことがあったが、ここまで上手くなっているとは思っていなかった。
 それに、紅葉には見せなかったが、内側には刺繍で『大切なお兄ちゃんへ』と綴られていた。
 普段は素っ気なくても、ちゃんと俺のことを考えてくれているということに感動して、また泣きそうになってしまった。
 そして、紅葉からのプレゼントの中身は綺麗な写真立てだった。
 俺は自分の部屋にそれを飾っている。
 夕日に照らされた3人の笑顔と一緒に。
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