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一学期 夏休み前 編
第6話 俺は(男)友達の趣味を邪魔しない
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ついに着いてしまった……。
ゆっくり歩いたせいで、辺りはだんだんとオレンジ色に侵食され始めている。俺は若干震えている指でインターホンを鳴らす。
ピンポーン♪
聞き慣れた音が聞こえてくる。なんだかいつもよりも音が低く聞こえた。その数秒後、俺のポケットの中からも聞き慣れた音が聞こえてきた。
ピコンッ♪
メッセージの受信音だ。俺はRINEを開いて確認する。送り主は……千鶴だ。
『部屋まで来て』
その一文だけが送られてきていた。こりゃ……相当怒ってるよな……。もう、縁を切られるくらいの覚悟はしておいた方が良さそうだ。土下座の脳内予行演習でもしておこうか。勝手にタンスを開けた訳なんだし、10対0で俺が悪いのは確定だ。俺はやけに重く感じる玄関の扉を開いて、家の中へと入った。
廊下をまっすぐ進んで右に曲がる。突き当たりが彼の部屋だ。無意識に足音を立てないように歩いていたことに気がついて、一度深呼吸をする。
すぅーはぁー。
扉はすぐ目の前だ。手を伸ばせば届く距離にある。
あとはそれを開いて中に入るだけ。それだけ、なんだがな……どうも上手くドアノブが掴めない。
少し体が遠すぎるらしい。
一歩近づいてドアノブに手を伸ばす。掴めた!……が、回す手に力が入らない。まるで弱体化の魔法をかけられたかのようだ。かけられたことないけど。これはきっと、体が部屋に入ることを拒んでいるんだ。脳は行けと命令しているのに、全細胞がそれを嫌がっている。でも、今更逃げ帰るわけにもいかない。
俺も男だ、腹をくくれ!両手で頬を叩いて気合を入れる。よし、今なら行ける!ドアノブを握り直し、手首に力を入れる。ガチャリという音とともに、勢いよく扉を開いた。
ゴンッ!
「――――――へ?」
鈍い音が部屋の中に響いた。
「いてて……」
ドアの後ろから声が聞こえる。俺はそっと覗いて見た。床にペタンと座り込み、涙目でおでこを擦っているのは――――――――。
「ブロンドちゃん……なのか?」
見覚えのあるストレートのブロンドヘアー。昼に廊下ですれ違って以来だ。誰もその正体を知らないはずの彼女が、どうして千鶴の家に……?初めに思いつくのは彼女だろう。
彼氏である千鶴の家に彼女が遊びに来るのは何もおかしなことではない。彼氏の通っている学校を探索していた、というのもありえない話ではない。……いや、ありえないか。
彼女は見た目からして高校生。学校に行っているはずの時間に彼氏の学校を覗きに来るなんてありえないだろう。もしそれが真実なら、俺は千鶴が心配になってしまうだろう。
ま、まあ、とりあえずは謝らないとな。
「ご、ごめん……そんな所にいるとは知らずに……」
手を差し伸べると、彼女は躊躇うことも無くその手を掴んで立ち上がる。背丈は俺と同じくらいか。ただ、こうやって近くで見てもやっぱり綺麗な人だな。
相変わらず俺の学校の女子生徒用の制服を着ているのは謎だが、コスプレの一貫だろう。
ん……?コスプレ?あ、そういうことか!
千鶴の持っているコスプレ衣装は全部ブロンドちゃんのものだったんじゃないか?コスプレはブロンドちゃんの趣味で、千鶴相手にミニファッションショー的な感じだろうか。なにかのアニメでこんなシーンを見たことがある。きっとそれに違いない!
「やっぱりそうだよな!千鶴女装趣味なんてあるわけないよな!全部ブロンドちゃんの趣味で……」
「ちがう……」
ブロンドちゃんが俯きながら呟いた。
「……え?」
少しの間沈黙が流れたが、彼女は決意したように頷くと、俺に歩み寄り―――――――。
「触って!」
俺の手を取って自らの胸に押し付けた。
「お!?えっ…………あ、あれ?」
女子の胸に手が……と一瞬焦ったが、とてつもない違和感によって一気に冷静になる。
――――――――やわらかさを感じない。
ほら、女子の胸といえば少しくらいはやわらかーいイメージがあるもんだろ?彼女のそれはむしろ筋肉質というか……。なんというか、男の胸を撫でているみたいだ。
「わ、わかった?」
震える声でそう聞くブロンドちゃん。俺の腕を掴む手も、同じように震えていた。
「えっと……ブロンドちゃんって胸筋を鍛えてるタイプの人だったりする?」
「ちがうっ!」
ち、違うだと!?なら、この美少女は何を伝えたがっているんだ?
「な、ならこっちを確かめて……」
彼女は掴んだままの俺の手を、彼女の股の間へと滑らせた。
「ま、待て!それはさすがにまず…………あれ?」
女子の股に手が……と一瞬焦ったが以下省略。
俺はついに理解した。
「ブロンドちゃんって男だったのか!」
俺がそう言うと、彼女……いや、彼は何度も頷いた。
「ってことは千鶴は男と付き合ってるってことか?」
「ち、違うから!もお!本当に鈍感馬鹿野郎だな、お前は!」
突然ブロンドちゃんの声色が変わったかと思うと、彼は頭に手を伸ばして……そのブロンドヘアーを投げ捨てた。
その下から現れたのは短くて程よくボサボサの金髪。一見チャラそうに見えて運動も勉強も抜群な彼、山猫 千鶴だった。
「……は?」
待て、状況が理解できん。ブロンドちゃんがかつらを脱ぎ捨てたら、千鶴になった……よな?
「つ、つまり、ブロンドちゃんは千鶴だったってことなのか?」
「そうだ、やっと気づいたか」
呆れたように言う千鶴。いや、本気でわからなかったぞ。普通に美少女だと思ってたし。
「じゃ、じゃあ、声は!?声は違ってただろ?」
さっきまで聞こえていたのは完全に女子の声だったはず。突然千鶴の声になったんだが……。
「あれは練習したら出せるようになったんだよ。俺も元々声低いって訳でもないしな」
「そ、そんなことありえんのかよ……」
「ありえるんだよ、現に」
いつもと変わらない表情で彼は言う。
「お前、なんでそんな平気な顔でいれるんだよ。そもそも、お前の秘密を知っちゃったから呼び出されたんじゃ……」
「ああ、もちろんそうだ」
千鶴はその場で振り返ると、タンスをあけて、二着のコスプレ衣装を取り出した。
「お前が帰ってから確認してみたら、ここに着けてる札の番号が逆になってたんだよ」
彼が両手に持つ衣装には、それぞれ4、5と書かれた札が付けてある。確認用に着けているんだろうか。
「俺はそれのせいで秘密を知ったことがバレたと……」
どうやら慌ててタンスに戻したせいで、順番を間違えたらしい。我ながら情けない……。
「それで、その秘密を知った俺をどうするつもりなんだ?」
「いや、どうもしないけど?」
「いや、このままじゃお前の性癖がバラされる危険もあるんだぞ?」
「お前はそういうことをするやつじゃないって知ってるからこそだ」
彼の声は真っ直ぐに俺に届いてくる。
「むしろ感謝したいくらいだよ。いつかはお前に言おうと思ってたんだ。でも、タイミングだったり気持ちの整理だったり……言えないまま時間が過ぎていってさ……」
千鶴は衣装をタンスに片付けると、俺の方を振り返って笑った。
「ずっとひとりで抱えてたんだ、他の人と違うって……。だから、お前に言えてちょっと楽になったよ」
彼は投げ捨てたウィッグをもう一度付け直し、俺の手をぎゅっと握ると、満面の笑みで、
「ありがとう!」
そう言った。
女の子にしか見えない男友達がスカートを履いている。その精神的な違和感を抱えつつも、俺はその手を握り返した。それで勇気が出たのか、彼は本当に聞きたかったことを口にする。
「こんな俺でも、受け入れてくれるか?」
伺うような視線を向ける彼。だが、既に俺の心は決まっている。
「もちろんだ、どんな姿でもお前はお前だ」
ありきたりな言葉だったが、彼にとってはそれが救いだったらしく、飛び跳ねて喜んでくれた。いや、まあ……受け入れる以前に、似合いすぎてるからな。
想像していた中での最悪の展開にならなかったことに対しての安堵感もあるんだろう。この難題を乗り越えた今の俺になら、なんでも受け入れられるような気が―――――――――ガチャッ!
「あおくん!あんまり遅いから心配で来ちゃっ……あ……」
「さ、早苗!?」
突然、部屋に飛び込んできた彼女は、俺と千鶴が手を握り合っている様子を見ると、その目から光を失い、何も言わずに出て行った。
「……やばいよな、これ」
閉じた扉を見つめながら呟いた言葉に、千鶴はただただ口をパクパクさせていた。
ゆっくり歩いたせいで、辺りはだんだんとオレンジ色に侵食され始めている。俺は若干震えている指でインターホンを鳴らす。
ピンポーン♪
聞き慣れた音が聞こえてくる。なんだかいつもよりも音が低く聞こえた。その数秒後、俺のポケットの中からも聞き慣れた音が聞こえてきた。
ピコンッ♪
メッセージの受信音だ。俺はRINEを開いて確認する。送り主は……千鶴だ。
『部屋まで来て』
その一文だけが送られてきていた。こりゃ……相当怒ってるよな……。もう、縁を切られるくらいの覚悟はしておいた方が良さそうだ。土下座の脳内予行演習でもしておこうか。勝手にタンスを開けた訳なんだし、10対0で俺が悪いのは確定だ。俺はやけに重く感じる玄関の扉を開いて、家の中へと入った。
廊下をまっすぐ進んで右に曲がる。突き当たりが彼の部屋だ。無意識に足音を立てないように歩いていたことに気がついて、一度深呼吸をする。
すぅーはぁー。
扉はすぐ目の前だ。手を伸ばせば届く距離にある。
あとはそれを開いて中に入るだけ。それだけ、なんだがな……どうも上手くドアノブが掴めない。
少し体が遠すぎるらしい。
一歩近づいてドアノブに手を伸ばす。掴めた!……が、回す手に力が入らない。まるで弱体化の魔法をかけられたかのようだ。かけられたことないけど。これはきっと、体が部屋に入ることを拒んでいるんだ。脳は行けと命令しているのに、全細胞がそれを嫌がっている。でも、今更逃げ帰るわけにもいかない。
俺も男だ、腹をくくれ!両手で頬を叩いて気合を入れる。よし、今なら行ける!ドアノブを握り直し、手首に力を入れる。ガチャリという音とともに、勢いよく扉を開いた。
ゴンッ!
「――――――へ?」
鈍い音が部屋の中に響いた。
「いてて……」
ドアの後ろから声が聞こえる。俺はそっと覗いて見た。床にペタンと座り込み、涙目でおでこを擦っているのは――――――――。
「ブロンドちゃん……なのか?」
見覚えのあるストレートのブロンドヘアー。昼に廊下ですれ違って以来だ。誰もその正体を知らないはずの彼女が、どうして千鶴の家に……?初めに思いつくのは彼女だろう。
彼氏である千鶴の家に彼女が遊びに来るのは何もおかしなことではない。彼氏の通っている学校を探索していた、というのもありえない話ではない。……いや、ありえないか。
彼女は見た目からして高校生。学校に行っているはずの時間に彼氏の学校を覗きに来るなんてありえないだろう。もしそれが真実なら、俺は千鶴が心配になってしまうだろう。
ま、まあ、とりあえずは謝らないとな。
「ご、ごめん……そんな所にいるとは知らずに……」
手を差し伸べると、彼女は躊躇うことも無くその手を掴んで立ち上がる。背丈は俺と同じくらいか。ただ、こうやって近くで見てもやっぱり綺麗な人だな。
相変わらず俺の学校の女子生徒用の制服を着ているのは謎だが、コスプレの一貫だろう。
ん……?コスプレ?あ、そういうことか!
千鶴の持っているコスプレ衣装は全部ブロンドちゃんのものだったんじゃないか?コスプレはブロンドちゃんの趣味で、千鶴相手にミニファッションショー的な感じだろうか。なにかのアニメでこんなシーンを見たことがある。きっとそれに違いない!
「やっぱりそうだよな!千鶴女装趣味なんてあるわけないよな!全部ブロンドちゃんの趣味で……」
「ちがう……」
ブロンドちゃんが俯きながら呟いた。
「……え?」
少しの間沈黙が流れたが、彼女は決意したように頷くと、俺に歩み寄り―――――――。
「触って!」
俺の手を取って自らの胸に押し付けた。
「お!?えっ…………あ、あれ?」
女子の胸に手が……と一瞬焦ったが、とてつもない違和感によって一気に冷静になる。
――――――――やわらかさを感じない。
ほら、女子の胸といえば少しくらいはやわらかーいイメージがあるもんだろ?彼女のそれはむしろ筋肉質というか……。なんというか、男の胸を撫でているみたいだ。
「わ、わかった?」
震える声でそう聞くブロンドちゃん。俺の腕を掴む手も、同じように震えていた。
「えっと……ブロンドちゃんって胸筋を鍛えてるタイプの人だったりする?」
「ちがうっ!」
ち、違うだと!?なら、この美少女は何を伝えたがっているんだ?
「な、ならこっちを確かめて……」
彼女は掴んだままの俺の手を、彼女の股の間へと滑らせた。
「ま、待て!それはさすがにまず…………あれ?」
女子の股に手が……と一瞬焦ったが以下省略。
俺はついに理解した。
「ブロンドちゃんって男だったのか!」
俺がそう言うと、彼女……いや、彼は何度も頷いた。
「ってことは千鶴は男と付き合ってるってことか?」
「ち、違うから!もお!本当に鈍感馬鹿野郎だな、お前は!」
突然ブロンドちゃんの声色が変わったかと思うと、彼は頭に手を伸ばして……そのブロンドヘアーを投げ捨てた。
その下から現れたのは短くて程よくボサボサの金髪。一見チャラそうに見えて運動も勉強も抜群な彼、山猫 千鶴だった。
「……は?」
待て、状況が理解できん。ブロンドちゃんがかつらを脱ぎ捨てたら、千鶴になった……よな?
「つ、つまり、ブロンドちゃんは千鶴だったってことなのか?」
「そうだ、やっと気づいたか」
呆れたように言う千鶴。いや、本気でわからなかったぞ。普通に美少女だと思ってたし。
「じゃ、じゃあ、声は!?声は違ってただろ?」
さっきまで聞こえていたのは完全に女子の声だったはず。突然千鶴の声になったんだが……。
「あれは練習したら出せるようになったんだよ。俺も元々声低いって訳でもないしな」
「そ、そんなことありえんのかよ……」
「ありえるんだよ、現に」
いつもと変わらない表情で彼は言う。
「お前、なんでそんな平気な顔でいれるんだよ。そもそも、お前の秘密を知っちゃったから呼び出されたんじゃ……」
「ああ、もちろんそうだ」
千鶴はその場で振り返ると、タンスをあけて、二着のコスプレ衣装を取り出した。
「お前が帰ってから確認してみたら、ここに着けてる札の番号が逆になってたんだよ」
彼が両手に持つ衣装には、それぞれ4、5と書かれた札が付けてある。確認用に着けているんだろうか。
「俺はそれのせいで秘密を知ったことがバレたと……」
どうやら慌ててタンスに戻したせいで、順番を間違えたらしい。我ながら情けない……。
「それで、その秘密を知った俺をどうするつもりなんだ?」
「いや、どうもしないけど?」
「いや、このままじゃお前の性癖がバラされる危険もあるんだぞ?」
「お前はそういうことをするやつじゃないって知ってるからこそだ」
彼の声は真っ直ぐに俺に届いてくる。
「むしろ感謝したいくらいだよ。いつかはお前に言おうと思ってたんだ。でも、タイミングだったり気持ちの整理だったり……言えないまま時間が過ぎていってさ……」
千鶴は衣装をタンスに片付けると、俺の方を振り返って笑った。
「ずっとひとりで抱えてたんだ、他の人と違うって……。だから、お前に言えてちょっと楽になったよ」
彼は投げ捨てたウィッグをもう一度付け直し、俺の手をぎゅっと握ると、満面の笑みで、
「ありがとう!」
そう言った。
女の子にしか見えない男友達がスカートを履いている。その精神的な違和感を抱えつつも、俺はその手を握り返した。それで勇気が出たのか、彼は本当に聞きたかったことを口にする。
「こんな俺でも、受け入れてくれるか?」
伺うような視線を向ける彼。だが、既に俺の心は決まっている。
「もちろんだ、どんな姿でもお前はお前だ」
ありきたりな言葉だったが、彼にとってはそれが救いだったらしく、飛び跳ねて喜んでくれた。いや、まあ……受け入れる以前に、似合いすぎてるからな。
想像していた中での最悪の展開にならなかったことに対しての安堵感もあるんだろう。この難題を乗り越えた今の俺になら、なんでも受け入れられるような気が―――――――――ガチャッ!
「あおくん!あんまり遅いから心配で来ちゃっ……あ……」
「さ、早苗!?」
突然、部屋に飛び込んできた彼女は、俺と千鶴が手を握り合っている様子を見ると、その目から光を失い、何も言わずに出て行った。
「……やばいよな、これ」
閉じた扉を見つめながら呟いた言葉に、千鶴はただただ口をパクパクさせていた。
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