過労死したアラフォーSE、異世界では穏やかに暮らすはずが⋯快適環境構築しまくった結果、国王にまで目をつけられてしまった件

ちゃぶ台

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第9話 特訓

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​アーノルドさんたち北方騎士団による、俺とアンリのための特別な訓練は、翌日から早速始まった。

俺の日常は、新たなリズムを刻み始める。
朝はこれまで通り父さんの農作業を手伝い、身体を動かす。
騎士団の面々も午前中は周辺の見回りに出ていて、ちょうど昼飯時に帰ってくる。
そして午後になると、村の広場が俺たちの訓練場となった。

​「いいか、腰を入れろ!手だけで振るんじゃねえぞ!」

​アーノルドさんの檄が飛ぶ。
彼が俺とアンリにまず教えたのは、剣の握り方、足の運び、そして素振りという、あまりにも地味な基礎の反復だった。

アンリは最初こそ戸惑っていたが、持ち前の身体能力ですぐにコツを掴んでいく。

また、彼女の弓の指導は、アーノルドさんの部下で、寡黙だが凄腕の斥候であるヨナスさんという騎士が担当してくれていた。

​訓練が始まって数日も経つと、基礎訓練に加えてアーノルドさんとの組手も日課になった。

​「たぁっ!」
「せいっ!」

​俺とアンリが、二人がかりで木剣を手にアーノルドさんへ打ちかかる。
しかし、その刃が彼に届くことはない。アーノルドさんは巨大な両手剣を片手で軽々と振るい、俺たちの攻撃を柳に風と受け流し、時には的確な一撃でいなされてしまう。その実力は、まさに圧倒的だった。

​「ガハハハ!軽い!軽すぎるぞ!そら、どうした!そんなことではゴブリンにもやられてしまうぞ!」

嬉々として大剣を振るうアーノルドさんは、まるで戦鬼だ。大剣の剣圧だけで俺もアンリも簡単に吹き飛ばされる。

​悔しい。
けれど、それ以上に楽しかった。
痛いし、疲れるし、大変なはずなのに。
前世では、誰かとこんな風に汗を流すことなどなかった。
前世でブラック企業にどっぷり浸かって磨耗した心が浄化され、充実感という潤い成分が満ちていく。

ある時はアーノルドさんと一対一でコテンパンにされたり、またある時は団員の皆さんと一対複数人の模擬戦をやったり、とにかく毎日日が暮れるまで稽古に明け暮れた。

スキル取得以来、ずっとLv1で停滞していた俺の【剣術】スキルも、この実践的な訓練のおかげでぐんぐんと成長していった。

そして、​そんな充実した日々は、瞬く間に過ぎていく。



​◇

​季節が夏から秋へと移り変わろうとする頃、一ヶ月という約束の期間が訪れた。
俺の剣術スキルはLv6まで成長し、もはや素人とは呼べないレベルに達していた。

まだまだアーノルド団長には遠く及ばないが、団員との模擬戦なら互角以上の戦いができるようになってきた。

アンリの成長も目覚ましい。
剣術だけでなく、彼女の本領である弓術は、師であるヨナスさんが「俺が教えることはもう何もない」と舌を巻くほどの腕前になっていた。

​そして、アーノルドさんたちが州都へと帰還する日がやってきた。

​「短い間だったが、世話になったな」

​村人たち総出の見送りの中、馬上のアーノルドさんが豪快に笑う。
俺とアンリは、ただ寂しさをこらえてその前に立っていた。

​「シリウス、嬢ちゃん。餞別だ、持っていけ」

​アーノルドさんはそう言うと、部下から二振りの剣を受け取り、俺たちに手渡した。

子供の体格に合わせて作られた、小型の片手剣。
しかし、その造りは一級品で、鞘には北方騎士団の紋章が彫り込まれていた。

​「お前たちが12になる頃には、州都の教会で洗礼を受けるだろう?その時は忘れずに騎士団の詰所を訪ねてこい。歓迎してやる」

​「……はい!ありがとうございました!」

​俺とアンリは、声を揃えて頭を下げた。

「お前たちの入団ならいつでも歓迎だ!」
「待ってるぞ!」

1ヶ月間共に汗を流した団員の皆さんの言葉も温かい。

込み上げてくる寂しさを、必死に飲み込む。
​騎士団の一行が出発しようとした、その時だった。

「あぁ、そうだ」

アーノルドさんが何かを思い出したように馬から降り、俺を手招きした。

​「シリウス、二人だけで少し話がある」

​アンリや両親から少し離れた場所で、アーノルドさんは懐からゴソゴソと二つの袋を取り出した。

​「そういえば、これを渡しそびれていた。お前のだ、持っていけ」

​差し出されたのは、こぶし大の革袋が2つ。
一つの袋は、複数の硬い何かがジャリジャリとぶつかる感触がある。
そっと覗いてみると淡く光を放つ黄色い石……これは……グレイウルフの魔石か?
そして、もう一つの革袋は、大きな硬い何かが1つ入っている。
こちらもそっと中を確認すると、禍々しいオーラを放つ大きな赤い魔石。
さっきのがグレイウルフだとすると、ブラックウルフのものじゃないか。

​実は、あの襲撃の後、俺はこっそり戦闘があった森を探索していた。
ルーンの刻印を試すために、どうしても高品質な魔石が欲しかったからだ。
しかし、あれだけ大量にいたはずの魔獣の死体は一体残らず、魔石ごと綺麗に消え失せていた。

村で討伐されたグレイウルフの魔石は毛皮や牙とあわせて村の財産とし、ゲートの強化や壊れた家屋の修繕費用に使われたと聞いている。

森のウルフたちは騎士団に回収されたのだろうと、諦めていたのだ。

そして俺も助けられたわけだし、それについてとやかく言うのもなんだかなぁと思って今に至る。

​「で、でも、これは騎士団の戦利品では……?僕は受け取れません」

​魔石や魔物の素材は基本的に拾った者が所有権を持つ。
俺は途中で気を失ってたわけだから、素材の回収をしたのは騎士団の皆さんだし、ブラックウルフにとどめを刺したのだって紛れもなくアーノルドさんだ。

俺が受け取るわけにはいかない。
しかし、俺がためらっていると、アーノルドさんは有無を言わさぬ力で俺の手に魔石を握らせた。

​「うるせえ、こいつらを仕留めたのはお前だ。それに、子供がごちゃごちゃ難しい事を言ってんじゃねえ。もしもの時は、これを売って家族のために金にでもしろ。いいな、これは命令だ」

​その瞳は、からかいの色を一切含まない、真剣なものだった。
俺は、もう何も言えなかった。

​「……ありがとうございます!」

​再び馬に跨ったアーノルドさんは、最後にニカッと白い歯を見せて笑い、今度こそ仲間たちと共に去っていった。

​遠ざかっていく騎士たちの背中を見送りながら、俺は手の中にある魔石を強く握りしめた。

売って金にしろ、か。
たしかに、それも一つの使い道だろう。
家が困窮するようなことがあれば間違いなくそうするさ。

……でも、せっかく手に入れた一級品だ。
有効活用しなければ、もったいないだろう?

​Cランクのグレイウルフの魔石が8個。
そして、Bランクの希少種、ブラックウルフの魔石。
これだけの強度と魔力量を持つ魔石があれば、一体どんなルーンが刻めるのか。
俺のエンジニアとしての探求心が、再び静かに、燃え上がったのだった。
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