異世界ゴーレム浪漫譚

半田圭

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第3章<怪物と少女>編

102話「神、憂う」

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    私、戸田山仁美と夫の戸田山蓮は山奥の小さな家でひっそりと暮らしていました。
    私は小さな畑で野菜を作り、蓮さんは山の下の街に降りて医者をしていました。
    私は蓮さんを愛し、きっと蓮さんも私の事を愛してくれていたと思います……私なんかには身に余る喜びです。

    1000年前の日本においてはありふれた日常の中で私達は生きていましたが、その日常の中に小さな歪が生まれ、それは少しづつ、でも確実に大きくなっていったのです……。

「人間が人間を喰った……だって?」

「熊か何かと見間違えたんじゃないのか?」

「いや本当なんだよ!それもただの人間じゃねぇ……妖術を使う人間だったんだ!」

    ある日を境に、街では「鬼人族」の話題がしきりに飛び交うようになりました。
    その街からそう遠くない村で、村人全員が鬼人族に喰らいつくされたという噂話が国全体に広がっていき……鬼人族への恐怖心が人々の心に根付くのにそう時間はかかりませんでした。
    やがて人々は鬼人族が村に来ないように、そして人々が鬼人族に喰われないように「おまじない」を行うようになりました。

「鬼人よ、鬼人よ、山に帰りたまえ。人々を喰らう悪業を止めたまえ。」

「「「鬼人よ、鬼人よ__」」」

    各地域の神社に人々が集まり、神主様と共に皆で祈りを捧げる……それが一種の行事となったのです。

「き、鬼人よ、鬼じゅ……か、噛んでしまいました……。」

「気を落ち着かせてください。心が強ばっていてはちゃんと思いが届きませんよ。」

「はい。」

    私と蓮さんも街の神社で行われるその行事に参加していて、何度か参加した事のあった私ですがどうしても緊張してしまい、蓮さんが私を気遣ってくれていたのを覚えています。
    ですが……ある日、事件は起こってしまいました。

「うわぁぁぁぁぁ!!鬼人族だ!!」

「ひひひひっ、人間がたくさんいるぞぉ~!神社に人間が集まるというのは本当だったんだ!」

    私と蓮さんがいた神社を鬼人族が襲撃し、その場にいた私と蓮さん以外の全ての人間が無惨にも喰い殺されてしまったのです。
    私と蓮さんは神主様によって神社の中へと逃がされ生き延びる事ができたのです。
    鬼人族が私達を追って神社の中へ入って来なかったのは、仏様が私達を守ってくれたのだと今は思っています。

    ただ……蓮さんはその惨劇によって鬼の残虐性を身をもって痛感し、それをどうにかして解決しようと決意したのです。

「何故だ……何故人々が邪悪な鬼に苦しめられなければならないんだ!」

「蓮さん……。」

「私はできる事なら……この国の全ての人間を鬼から救いたい……もうこうなったら、鬼を全滅させるしかない!」

「……だったら、叶神(かなえがみ)様にお願いしましょう。」


    私は彼にそう提案しました。
    かつて農夫に莫大な富をもたらしたという伝説……それを成した神、「叶神様」の力で鬼人族を滅ぼしてもらう事……それが私の考えでした。

「しかし、それには黒いシロツメクサが必要だが……見つけるのにどれ程の時間がかかるだろうか……。」

「2人で頑張ればきっと見つかります。鬼人族が滅び、この国が平和になって欲しい……そう願う私達の思いにきっと叶神様は答えてくれるでしょう……。」

「……そうだな。やろう……2人で……。」

「蓮さん……。」

    そうして私達は叶神に願いを叶えてもらう為に必要なもの……黒いシロツメクサ……黒いクローバーを探す事を決めたのです。
    雨の日も風の日も、起きている時間の大半をかけて黒いクローバーを探し続け、その日々を何日も何週間も、何ヶ月も続け……その日々が1年を経過しようとしていた頃に私達はようやくそれを見つける事ができたのです。
    まるで漆を塗ったかのように真っ黒なクローバーは森の中で1本だけポツンと咲いていたのです。

「……ついに見つけたぞ……黒いシロツメクサだ……!」

「良かった……これで……!」

    私と蓮さんはそれを見つけられた事で今までの努力が報われたような気持ちになり2人で今までの苦しみと今この瞬間の喜びを分かちあいましたが、その瞬間も鬼人族の被害は留まっていなかったのだと我に返り、すぐさま黒いクローバーにこうべを垂れて祈りました。

「叶神様……どうか鬼人族を滅ぼしてください!」

「どうか……!」

    私と蓮さんは叶神様への祈りを捧げました。
    そして明日にはきっと鬼人族などこの世からいなくなり、平和が戻っているだろうと確信してその日は眠りにつきました。
    しかし翌日……街にやってきた私達が見たものは……。

「…………」

「与太郎!与太郎!あぁぁぁあ!」

    街にはわが子を抱えながら泣きじゃくる母親が1人。
    それ以外の全ての人間は鬼人族に喰い殺されていたのです。
    
「……蓮さん……?」

「……与太郎君は……数ヶ月前、風邪をひいたと病院に来て……私が診た少年だ……。」

「……そんな……!」

「あぁ……鬼人族は滅びていなかったのか……!!願いは叶わなかったのか……!!」

    その真実は私達を絶望へとたたき落とし、その苦しみに耐えられなかった蓮さんは体を悪くして床に伏してしまいました。



「……この辺りの話は手短に済ませるつもりが、この話だけで少し長くなってしまいましたね。」

「いえ……ヒトミさんと闇のティアマト……レンにそんな過去があったのですね……詳しく聞けて良かったです……。」

    私は部屋にやってきた良太郎さんに謝るけど、彼は気にしていない様子だ。
    でもここからは良太郎さんが聞きたいと願った「ティアマトの話」をするつもりなので、彼の力になる為にティアマトという役目……私自身がしてきた事とレンさんがしてきた事について分かる事は全部言わないと……。

「ここからは、鬼人族が全滅できないのなら「せめて死者の魂を救済しよう」と決意した私達のお話になります。」

「よ、よろしくお願いします!」

    私の言葉を聞いた良太郎さんはかしこまってそう言う。
    良太郎さんが元の世界にいた時の事は私も少し見たことがあるけど……その誠実さは彼の本質なのだろう。
    石を投げられる事は無かったけれども、相当辛い目にはあってきただろうに……でも、彼には友達がいた。

    それが彼の原動力だったのかもしれない。
     良太郎さんはヒーローに憧れているも言ったけど……彼の境遇ならヤケになってもおかしくないはずなのに……人々を助けるテレビの中のヒーローに憧れ、めげること無く彼は頑張って__

「ヒトミさん?」

「え?」

「どうしたんですか?」

「あ、えっと……ティアマトについてのお話ですね!始めましょう!」

    私は自分一人で思いふけっていた事を良太郎さんに声をかけられた事で気付かされハッとする。
    いけないいけない……では話を始めましょう……。



_______

追伸
シロツメクサ(クローバー)は本来江戸~明治時代に海外から輸入された外来種だそうです。
1000年前に日本にシロツメクサ(クローバー)は無かったそうです。
これは完全に僕のミスです……この設定が気になっていた人は大変すみませんでした。
次回以降、このキーアイテムの名前は「黒い花弁の花」と訂正させていただきます。
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