異世界を創って神様になったけど実際は甘くないようです。

ヨルベス

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第一章 出立

第23話 リージュの街

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「出ーたぁー!」

 鬱蒼な緑の世界から抜け出ると――待っていたのは、炎のように灼けた色へと変わり始めた空だった。
 時計は無いが、夜が近付いてるのは確かだ。

 あぁ、やっと出れた……夜になる前に出れてよかったぁー。

 もしフィーリ達が見つけてくれなかったら、夜になってもモンスターの闊歩する地帯ばしょに居続ける羽目になってたんだろうか。あー怖や怖や……。

「シンジ、あれを見て」
「……おっ、うおおぉっ!」

 フィーリの指差す方へ視線を送る。
 その先には、ひらけた地を通る川を中心に、人の背丈を優に越えた高い壁――モンスターの襲撃を防ぐ為か――に縁取られた街と、外周にぽつぽつと散らばっている民家があった。

 そこから離れた場所には、遠くから見ても目立つ大木が生えている。

「街だ! 街だー!」

 腹の奥から歓喜が込み上げ、叫ばずにはいられなかった。
 トールキンここへ来てようやく訪れた人里の遠景は、いつモンスターと遭遇するかもしれない状況に張り詰めてた胸中を十分にほぐしてくれた。

「シンジったらはしゃぎ過ぎ。子供みたいじゃん」
「いやぁー、つい興奮してなあ」
「街が見えたのがそんなに嬉しいの? そんなに恋しかったんだ?」

 少し前までモンスターの居る場所を歩いて、襲われて、さらに命懸けで戦ったんだ。そんな峠を越してやっと人の居る場所に着いて嬉しいに決まってる。

 異世界へ来て初めてとなる街……あの街から俺の異世界生活が始まるんだ。

 突然飛ばされて、環境が異なってて、知識が少なくて、オリジンらしい力を出せなくて、明日の身をも知れぬ生活だけど、自分の思うがままに異世界生活を堪能しようじゃないか!

 できればテンプレとラッキースケベに溢れた展開が起こってくれると良いな。

「――――ようこそ。リージュへ」

 胸に満ちた期待(と欲望)が表情に出ていたのか、それを見かけたフィーリが静かに呟いた。





(マジの鎧着けた人、初めて生で見たよ……)

 ヨーロッパの田舎町に似た景観が目に優しいリージュの街は、夕方という事もあってか大変賑わっていた。

 周囲は、自分の家へ帰る者、出店に寄る者、人の多くなる時間帯このときを狙って声を張る商売人、聖職者らしき身なりの人、そして……冒険者っぽい装備を身に付けた人達――きっと討伐者だろう――が各々行動していた。

「スキルの書~。スキルの書はいりませんカ~? 今ならポッキリ10000カンドデース」

 向こうに、獣耳ケモミミ付けて日本語覚えたての外国人みたいな胡散臭い喋り方をする妙な少女が客呼びをしてるが、あの子も商人かな。

「やあ、フィーリさん」
「あ、フィーリさんだ」
「フィーリさん、ごきげんよう」
「……?」

 石畳の敷かれた大通りをフィーリの後に付いて歩いてると、温かく迎えたのは俺……ではなくフィーリに対する数多の声だった。

 な、なんなんだ、アイツらは……?

「おかえり、フィーリちゃん」
「フィーリさん、おかえり。今日も無事ですね」
「お姉ちゃんおかえりー」

 右も左も老若男女を問わず、通りに居た人達が彼女を見かけては挨拶や会釈を送っている。フィーリも笑顔で返し、手を振った。

 その後もオバチャンと雑談を交わしたり、幼い子供達にレトをモフらせたりといったやり取りが続いた。
 あんなにたくさんの人に声を掛けられて……フィーリって有名人なのか?

「お前、人気者だな」
「そう?」
「そうだよ。何をどうしたらあんな風に声を掛けられるんだ?」
「んー、モンスターの討伐クエストをたくさんこなして、子供達の面倒を見て、いろんな話して、お手伝いしてあげてるだけだよ。ほぼ毎日ね」

 うっわ。面倒臭い事のオンパレードだな、こりゃ。
 ちょっと頭が痛くなってきたかも……。

「聞いてるだけで気が滅入るな。そんな事して疲れないか?」
「疲れないよ。だって当たり前の事だし、楽しいと思うけど?」
「…………」

 楽しい、ね。
 俺には簡単に真似出来ないな……。

 討伐はともかく、子供の面倒を見るとかコミュニケーションを取るだとか、現実あっちのダラダラした生活じゃ積極的にやろうとも思わないし、楽しいとも思わない。
 それを屈託無く「楽しい」と言えるフィーリは、心の底からこの日常せいかつを好きでいられるんだろう。

「凄いな……」

 何気なく――羨望と尊敬を込めて――呟いた声は、風に溶けてフィーリの耳朶には届かなかったらしい。

 雲泥に思えたのは、人柄の差だ。
 モンスターを叩きのめすあの戦闘力に加えて、この人徳の高さ……俺は自身を救ってくれた人に輝かしいもの、、、、、、を見た。
 輝きは、初めて会ったあの時のと同じだった。

「…………」

 それから何も話せなくなって……だんまり。
 石畳を打つ足音と声音しか響かない空気に耐え、どれほどの時が経ったか……フィーリがこっちに顔を向ける。

「帰る前に行きたい所があるんだけど、いいかな?」
「? どこへ……?」

 彼女は、地平線の彼方に身を収めようとする光を背に、にひっ、と口端を上げた。

「『クエスト案内所』っ」





「はぇ~。ここが『クエスト案内所』かぁ」

 あの後、俺達は街の中央ほどにある『クエスト案内所』って場所に寄った。モンスターを倒した報酬を受け取るために。
 木造の建物の中は思ったよりもきちっとしていて、受付とずらりと並んだテーブルがある。入口や受付の近くには、数人の見張りが立っていた。

 意外だな。こういう場所は酒場があるイメージだったんだが……。
 まあ、こういうのもアリか。そこら中から聞こえる討伐者達の会話が作る喧騒は冒険者ギルドって感じがするし。


『クエスト案内所』と言うのはいわゆる冒険者ギルドだ。
 ヘリオスフィアが各地に蔓延るモンスター対策として設けた機関で、大陸中にあるんだそう。

 クエストを受けたい者はここで登録の手続きをすることで初めて討伐者になれる。案内所がクエストを紹介し、討伐者はクエストを完了クリアすると報酬が貰える。バカでもわかる単純明快なシステムだ。
 
 報酬の額は難易度の高さやモンスターの種類、討伐数によって変わる。強いか倒したモンスターの数が多ければ報酬はより多く貰えるって事だ。

 トールキンでも当然の話だったが、クエストに保障や保険は付かない。
 討伐者が死んでも案内所は何もしてくれないので、自分の命を天秤に掛けて慎重にクエストを攻略するしかない。クエストはちゃんと自分の能力に見合ったものを選ぶ必要がある。

 フィーリが受付で報酬受け取りの手続きを行ってる間、何もする事が無い俺はレトと一緒――あまり居たくないが――に案内所の中をぶらついていた。

『聞けよ! 【閃傑】があのファルホークを倒したようだぜ!』
「ん?」

 近くのテーブル席から男の声が耳朶に飛んでくる。振り向くと、おそらくはパーティメンバーであろう複数の男女が会話を展開していた。

『おいおいそれってマジか!? また一人でか!?』
『ああ、その通りさ。今回も見事に一人で倒したんだってよ!』
『すげーな。アイツならあのデカブツ、、、、も倒せるんじゃね?』
『ねえ、どうにか【閃傑】を仲間にできないの?』
『そいつぁ無理な話だぜ。アイツは誰ともパーティ組まねえ頑固ヤローだからよ。諦めちまいな』
『えぇー、そんなー』

 見てて、何故か……という程でもないけど、胸がちくちく痛んできた。
 リア充っぽい空気は好きじゃない。少し離れておこう……。

「……お?」

 ちょっと歩くとその先に、カビが生えたような色の紙が何枚も貼ってる掲示板があった。

「クエストの依頼、か……?」

 掲示板に貼ってある紙達はたぶんクエストの依頼だ。
 たぶんというのは、紙に書かれてある文字がやはりと言うか当たり前と言うか、見たことのない文字で…………んんっ?

「読める……?」

 この文字って、この世界の言語だよな? 初めて見たのに何が書いてあるのかよく解るぞ! 
 これも、あれも……それもだ! 読める! 読めるぞ!

 一体これはどういう……はっ!

 もしかして俺って実は神様から与えられたチート能力が備わっていて、都合良く読めるとか……。
 そんで他にも隠された能力があったりして! 右手であらゆる異能を打ち消す能力とか、武器や兵器を使いこなす能力とか、オラオラする超能力とか!

 なーんだ。やっぱり神っぽい能力持ってたじゃん。あの時――石を宙に浮かせようとした時――は自分にそんな力は無いのかと落ち込んだけど、あるにはあったんだな。
 これならきっと他の能力もそのうち目覚めるに違いない。

「えーっと、これは……」

 自分の隠された能力に――大した根拠も無いまま――期待を掛け、改めて依頼の紙を注視する。
 このドクロマークが何個も印された紙は……ははあ、そういう事か。

 ここに貼ってあるのは、難易度が高いクエストだ。ドクロマークの数は難しさの度合いを示しているんだ。
 まだあるって事は、討伐者の手を焼かせてるって事だよな……。

 死傷者も出ている可能性に小さな戦慄を抱きつつ、そのうちの一枚を見やる。こいつは……ネメオスライアー?

「――!!」

 この黒いライオンみたいな絵……俺を噛み殺したあの角付きライオンに似ている……! いや、まさしくあのライオンだ!

 アイツも強敵の内に入ってるのか。ドクロマークの数は……13個!? あのモンスター、かなり強いのか!?
 まさかそんな恐ろしいヤツとは知らなかった……怖えぇ。

「シーンジ。おっ待たせー」

 トラウマを覚え、二度とあの場所には行くまいと胸に誓った時、フィーリの姿が視界の端から近付いて来た。
 どうやら手続きが終わったみたいだ。

「どうしたの? なに震えてんの?」
「いや別に。震えてなんかいませんヨー」
「ふうん……ま、いいや。はいコレ。シンジの分」

 そう言って、目の前に手を出してくるフィーリ。彼女の掌の上には、何かが詰まった袋が一つあった。
 ちゃりっ、と金属の擦れる音が鳴る。中に何か入ってるらしい。

「これ、なに?」
「お金に決まってるじゃん。クエスト報酬の半分、、。3000カンド」
「は? え? え?」

 理解が追い付かなかった俺の手に、金属っぽい何かが入った件の袋が置かれる。
 紐を解くと……袋の中には丸くて薄い銀色のコイン――銀貨かな――が三枚入っていた。

 コインは一面に鳩らしき鳥と金額を示す数字が、もう一面には女性の横顔が刻まれていた。

「…………えぇっ!?」

 ほ、本物の金だあー!?

「なんで? なんで? 俺、金貰うほどの事はしてないぞ?」
「モンスターを一匹倒したじゃん。だから半分、、

 一匹倒しただけで半分!? そんなにくれるのか……!?

「そんな、受け取れないって……!」
「お金が無いんでしょ? だったら遠慮無しに受け取って」

 このまま受け取るには後ろめたく、すぐに返そうとしたが、フィーリはこれを断った。

 返そうとした金を断る彼女の行動が理解できなかった。
 クエストで何匹イノシシ倒したのかわからないけど、明らかに半分は貰い過ぎだ。せいぜい一割程度で十分なのに……。

「……フィーリはどうして、今日会ったばかりの馬の骨にそこまで優しくできるんだ?」

 これだけの金額を与えてくれるフィーリが異常とも思えて、なにが彼女をそうさせるのか尋ねてみた。

「だって、困ってる人がそこに居るからそうしたいんだもん。私の自己満足だよ。それじゃダメ?」

 フィーリはいつもの態度を崩さず、けど真摯に答えた。

「……ダメ、じゃない。あ、ありがとう……」

 またしても差を見せつけられた……。

(そうしたいから、か……)

 現実あっちに居た時の俺はどうだった? ああ、そうだ。いつも「そうしなきゃ」だ。
 お金を稼がなきゃご飯が食べられない。働かなきゃ金が貰えない……などと、いつも受け身で行動していた。

 そんな俺がフィーリの立場に居ても、素性の知れない相手に金を与える真似はしない。与えたいなんて思わないし、利点が無いからな。

 でも、フィーリは……利点とかそういうのはどうでもよくて、自分の意思を持ってそうしているんだ。

 性根が俺とは大違い。彼女のそれはもう……高潔の域だ。

「何から何まで助けてくれて……恩に着るな」
「私が頑張って稼いだお金も入ってるんだから賢く使うんだぞぉ~?」
「っ……わかってる、わかってるよっ」

 目尻が熱くなったところを、フィーリが冗談交じりに額をぐりぐりと突いてくる。ちょっと鬱陶しいけど、嫌いにはなれなかった。

「――よおっ、カタウデ、、、、! 男連れとは珍しいな!」

 男の声が突然、討伐者達で賑わった空気を貫く。
 やかましいくらいの声量が、せっかくの雰囲気をぶち壊してくれた。

 気が付けば、目の前にガラの悪そうな姿の男が三人。ヘラヘラと薄ら笑いを浮かべていた。

 この如何にも小物っぽい奴らは誰だ……?

『ガヌロ、ヴォール、ザックの三人だ……』

 近くに居た討伐者から小声が聞こえた。
 そんな名前の三人組は俺とフィーリを見て、へへへと笑い声をまた溢した。

カタウデ、、、、が男連れてやがる。明日は雨が降りそうだなあ!」
「アソコもヘナチョコそうな奴連れてよう、夜満足できんのかあ~?」
「…………」

 男達はフィーリに因縁があるのか執拗に絡んでくる。
 フィーリはいつもの事と慣れている感じだが、それでも溜息をせずには居られなかったらしい。レトは「不快」と態度を露わにしている。

「カタウデ……」

 奴らの会話に出た、ある言葉が耳に纏わり付いてくる。

 片腕カタウデ……その言葉は禁句だ。フィーリに言っては一番いけないものだ。
 コイツら、フィーリをいつもその蔑称なまえで呼んでんのか? よりにもよって、その蔑称なまえで……!

「ッ……」

 衝動に火が点き、いつの間にか右手は拳の形を作っていた。
 きっと険しい顔をしているな、俺。

「なあ、カタウデ、、、、よぉ。オメーがやっすい報酬のクエストばっかりやりまくってるから報酬額が下がってきてんだよ」

 トリオの筆頭らしき男がなおも軽蔑し、ある話を切り出す。
 自身を呼ぶ蔑称に、フィーリは少しも顔色を変えない。呼ばれ慣れているのだろうか。それか敢えて無視しているのか……。
 
 このやり取りが今まで何度もあったかと思うと、だんだんとが上がり始めた。

「それがどうかした?」
「このまま報酬が下がり続けりゃ割に合わなくなるんだよ。これじゃ俺達討伐者はいずれ干上がっちまう」
「オメーのせいで首が絞まってきてんだよね~! どうしてくれんの~!?」

 冷静に話を聞くフィーリに、男達は憎らしい事に文句を浴びせてきた。
 他人ひとを、言っちゃいけない言葉で呼んでおいて、更に文句を言ってくるとは最低のヤツらだ。

『アイツら、リージュここの上位を争うくらい実力はあるのにがめついんだよな……』

 注目が集まってるせいか音量の下がった喧騒の中から、そんな声が飛んできたのを耳に捉えた。
 なるほど。討伐者としての実績は高いが、金が第一のクズ野郎ってことは理解した。

「アンタ達ね、いい? お金が少なくてもモンスターに悩まされている人はたくさん居るの。私はその人達を助けているだけ。助けを求めている人達の為に動いてるの。お金も重要だけど二の次だよ」
「ハッ、大層な心掛けだな。だがよお、ロクに捌けねえ騎士共の代わりに俺達が命を懸けて働いてやってるおかげで街の安全は守られてるんだ。奉仕精神なんか要らねえ。必要なのは金だけだ」
「そんなにご奉仕したけりゃ娼婦にでもなって俺達の相手すりゃいいんだよ」
「腕は片方えけど、美人だからしっかり可愛がってやるぜ?」

 そこで何がツボったのか、男三人は息を合わせて下品な笑いを合奏した。

「っ……お前ら!」

 恩人フィーリに浴びせてくる侮蔑に居ても居られなくなり、男達の前に踏み出した。

「シンジ……」
「なんだオメー? ヘナチン野郎の出る幕じゃねえぞ」
「…………ッ」
「その目……まさかオレらとやり合おうって気か?」
「いいねえ~。コイツやっちゃいましょうよ!」

 敵意を剥き出した双眸しせんに男達は悟り、売った喧嘩を買って出た。
 身体を慣らす俺の肩を、細い手が掴む。

「やめてよ、シンジ。相手にしなくていいって。怪我だって負ってるんだし……」
「構わん。任せておけ。今の俺は非常に調子が良い……」
「は?」

 普段は喧嘩なんてやりたくもないけど、今は違う。ある理由があったからだ。
 この展開はいわゆるアレだ。絡んできたチンピラ共を、異世界に来たばかりの俺がいとも簡単にボコしちゃうノーストレス展開だ。

 今の俺は、神様による身体能力の強化ブーストが掛かっているはず。だから負けることが無かろうなのだっ!

「フッ、お前ら覚悟はできたか? 俺はもうできてる」
「「「あぁ?」」」

 男達は揃いも揃ってマヌケな顔を晒している。
 ふっふっふ、覚悟できるはずも無いよなあ? お前達はこの後すぐボコボコにされるオチを知らないんだからなあ。

 だが喜ぶが良い、クズ共。お前達は食傷気味のテンプレ展開に選ばれた受難者第一号だ!

「行くぞおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ――――!!」
「「「 !!? 」」」

 俺の真の強さを見せつけてやる!!

「シ、シンジ――!」

 背を叩くフィーリの声。俺は、チャンネルを変えたボクシング中継の記憶を頼りに、それっぽい動きで男達の懐へ踊り出る。

 炸裂した拳の鈍い音は、周囲に居た討伐者達を野次馬へと変えた――。
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