異世界を創って神様になったけど実際は甘くないようです。

ヨルベス

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第一章 出立

第42話 空の下からキミへ

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 夢幻の微睡の中にフィーリは浸っていた。
 覚束ない意識に、古き光景が彼方から流れ込む。過去の記憶だ。


 あの日、孤児の少女フィーリは激情に身を任せた。


 瑕疵みぎうでを嗤う者に憤慨し、手を出してしまった。
 地べたに蹲る少年。傷から流れる血。言葉を失う同居者孤児たち。
 この時フィーリは己の過ちの重さ、、を思い知った。

 子供である彼女には抱えきれない重さだった。謝れば済むような軽い事態ではないと子供ながらに感付いた。
 じわりと何かが変わっていく感覚が這った。それまでいつも通りに見えていたものが違って見えた。

 耐え切れなくて、フィーリは行く当ても無いまま育った孤児院から去った。

 自分に居場所は無いのだと――涙を溜めて。


 その後は孤児院での生活よりも厳しい毎日が襲った。
 事務的な愛も、蔑みと憐憫の眼差しも、男の子達の苛めも、涙で濡らした寝床もそこには無い。

 フィーリはいつも一人となってしまった。

 温かい食事は無く、残飯を漁り、木の実を拾い、生き物を捕まえ、それでも食べる物に困った時期は草や根を食べて空腹を紛らわした。
 生きる為に盗みや暴力も働いた。飢えを凌ぐ為に必要だと割り切った。

 飢餓の苦しみ、疼くせいさいの痛み、蔓延るモンスターの脅威、雨風染みる身の震え……。
 子供にとってはひどく厳しい世界が、フィーリを苛ませる。

 心身は痩せ細り、金糸は薄汚れ、服はボロボロ。
 貧しく、寂しく、苦しく。そんな時、フィーリは空を見上げる。


 ――どうして生まれたんだろう。


 存在意義、生きる意味を疑う。

 両親はいない。物心がついた時は孤児院にいた。
 唯一自分に残してくれたものはフィーリという名前だけ。

 今は生きているのか死んでいるのか、そんな事は知ることも無いが、自分を捨てた理由は何となく分かった。

 他人とは違う歪な右腕――。
 物を掴む手は存在しない。昔からこの姿だった。

 不気味がる子供。憐れみを向ける大人。これが普通じゃないことは成長にするにつれ思い知った。

 まともな右腕を持たない子を育てたくない。だから捨てたのだと考え至った。

 自分は普通じゃない。手を握り笑顔で親を見上げる子供にはなれない……。
 そう思うと堪らなくなって、ぼろぼろと雫が蒼い瞳から滴り落ちる。
 
 心は枯れども、惨めな涙は尽きない。
 哀哭が誰の耳にも届かず、ぼやける空の下に散る。

 世界を憎む。を恨む。

 何故このような醜い姿で生まれ落としたのか。何故このような運命を背負わされるのか。漠然とした存在ものに憎悪を向ける。

 憎んでいても世界は自分を救ってはくれない。
 何度訴えても応えてくれない残酷な世に、フィーリはすすり泣く事しか出来なかった……。



 逞しくも16歳まで生き延びたある日、転機は訪れる。
 彼女は眠っていたはずだった。けれどそこは眩い光の中だった。


「フィーリ……フィーリ……」


 誰かが声を掛けてくる。自分の名を呼んでいる
 姿の見えない声の主は、やがて煌めく粒子に形作られ現れた。

 集合する光に形成したそれは、変わった身なりをした女性だった。

 貴族や金持ちでもない。あの格好は見たことない。
 絢爛であり素朴でもあり、いとも形容しがたい雰囲気を纏っていた。
 ただの人間ではなく、人間の姿をした別の存在に見える。

「誰?」
「私は――光の大精神ソール。この世界の一部であり、自然であり、光の片割れです」

 眩い後光を背に、女性はそう言った。

 大精神とは何のことか知らないが、ソールという名前には覚えがあった。
 ソールはパニティア一の宗教・ソール教で崇められている神だ。目の前の人物がそうだとしたら……とんでもない邂逅を果たした事になる。

 まさか、とフィーリは疑った。信じがたい事だとも可笑しく笑ってみせた。
 どうして神様が自分の前に? ああ、そうだ。これは現実じゃない。さっきまで自分は眠っていたのだ。

 よってこの光景は夢だと結論する。
 だがそれは、光の速さ、、、、で目の前に迫ったソールの行動により覆された。

「ひとまずは――己が不浄つみを恥じなさい」

 彼女の腕が伸びて、輝きを帯びた掌が顔面を覆ってきたのだ。
 そして――すぐさま激痛が走った。

 頭が痛い。息が苦しい。心臓が悲鳴を上げている。
 
 痛い、痛い、痛い。
 夢や幻なんかじゃない。まるで腫れ物、、、をぎゅっと掴まれているような苦痛だ。

「この光は不浄を灼く光。罪科の深い者ほど苦しみが増す裁きの光です」

 手を剥がそうと暴れるも、振った片手はソールを掴めない。幽霊でも相手にしてるような気分だ。

「離してっ! 離しなさいよぉっ!!」
「行動を改めなさい。でなければこの裁定が貴方を貫くでしょう」

 耐え切れず、全身を締め付ける痛みを声に変え続ける。
 ようやく離す前に、何となく「石を当てた仕返しっ」という声が聞こえたのは気のせいだろうか。

「っ……本当に、アンタがソール様~ってバカ共に崇められてる神様?」
「辛辣な物言いは感心しませんが……然り。地上の人々が信仰するソール教の神はこの私です」
「それじゃあ、アンタがこの世界を創った神様なの?」
「いいえ、それは誤りです」
「違うって言うの?」
「ええ。この世界……トールキンをお創りになったのは私ではありません」

 じゃあ誰なのかとフィーリは問い掛けに応じ、ソールは答える。


「――オリジンです」


 唯一の存在の名が、二人だけの空間に静かに、しかし妙にフィーリの耳朶にしっかりと焼き付く。

「オリジン?」
「彼はこの世全ての創造主。人間も私も、全ての存在は我が主オリジンを根幹みなもとに生まれ落ちました」

 ソールは語る。かの存在こそが自分達の創造者であると。
 星を創り、無を生み、光を生み、闇を生み……世界の理を生み、あらゆる生命を根付かせた起源だと伝えてきた。

「オリジン……」

 怨敵の名を知り、邂逅は失い散る光と共に終わる。

 幻想的でありながらも現実めいた経験だった。全てを真に受けるには時間が掛かったが、フィーリの胸中にはある存在が根付いていた。

 世界を創った神オリジン……。
 その名を決して忘れない。いつかその存在に出逢える事を願って。

 憎しみや怒りを訴えたかった。

 でも本当は――。



 その日からフィーリは足を洗った。
 とりあえずは惨めな生活を変えよう。惨めに生きるのは止めようと心に決めた。

 あの非常に苦しい裁きを二度と受けたくなかったのもあるが、フィーリが生き方を変えた理由はもう一つ存在する。

 彼女ソールは言った。改めなければオリジンの神意、、は聞けないと。

 耳煩い事をぐちぐちと聞かされたが、言う通りにしよう。
 そのオリジンとか言う神の意思を知る為にも。



『我の真名はオリジン。この世界を創った創世主であり創造主である――!』


 不思議な事を言う青年に出会った。

 青年は自らをオリジンと名乗った。創造主とも言い切った。
 自分を創世主とか創造主とか、普通なら頭のおかしい変人に見えるだろう。

 しかし、フィーリは驚きを溢した。青年を注意深く見た。
 これまでにオリジンという名を持つ者は出会わなかった。その名を口にする者もいなかったからだ。

 ただの偶然かもしれない。神と名乗る割にはあまりにも人間染みている。この人物こそが神オリジンそのものとは思えない。
 けれどフィーリは放っておけなかった。



 青年を連れ帰った日の翌晩、彼女は思わぬ再会を果たす。

「まさかまたアンタに会うとはね……」

 誰なのかすぐに分かった。記憶の引き出しから答えを取り出せた。
 だって一切姿が変わっていないのだから。

 名前も思い出せる。彼女はそう……ソールだ。

「何年振りでしょうか。大きくなりましたね。金髪もより輝いて見えます」

 呑気な事をソールは開口一言目に放った。

 人の苦労も知らないで……と返したくなる。まともな生活を手に入れるまでどれだけの苦労をした事か。

 でも苦労だけじゃなく気付いたこともある。自分の認識は狭かったことを。
 憎んでいた世界は広く、綺麗で快くて美しいものに満ち溢れていた。

 だから思う。愚かな行為を犯した過去の自分が恥ずかしい、と。
 他者から感謝を受ける度に胸騒ぎが起こる。自分は有難く思われるような人間に相応しくない。

「ありがたいお説教でもしに来たの? 今度はなに?」
「此度は貴方に施しを。その為に会いました」
「は? なにそれ? 私に?」
「ええ。我が主オリジンからのお恵みです」

 いつの間にかソールの手には、輝く珠のようなものが浮いていた。
 それは彼女の手から離れ、流星のように尾を引きながら近付き、フィーリの身体の内側へ侵入していく。

 輪郭が一瞬光っただけで身体に異常は起っていない。今の光は何だったのか。

「それは――」

 自分に宿った光の正体を、フィーリはソールの言葉によって知らされた。

「どうして……!?」
「我が主オリジンは貴方の行いに深謝を表していました」
「オリジンが……?」
「貴方の罪を赦し、報いてやりたいとも仰せになられました。だからこのを授けたのです」

 フィーリは困惑した。一体何の行為に対する報いか分からないからだ。
 どうしてこんな力を授けるのか。見えないオリジンの考えに理解が苦しむ。

「いいですか? その力は人間には過ぎたるもの。過度な使用は貴方に大きな負担を与えます。無理は禁物ですよ」

 落ち着かない心境も余所に、ソールは彼女に身に宿った力について説明する。
 受け取るとは言ってない。しかし断る理由も返せない。

「それでは、再び貴方に会える日を――」
「待って! オリジンは……オリジンは何処にいるの!?」
「さあ、何処におられるやら。でも存外に近傍におられるかもしれませんね」

 去っていく素振りの見えたソールははぐらかし、けれどふっと笑顔を残した。

「あっ……まさか……!」 

 フィーリは察する。煮え切らない疑いが確信へと変じた。

 やがて光の空間は消え去り、闇の幕が降りる。
 途絶えた意識が戻った時、そこは朝日を迎えた寝床だった。



 世界を憎む。神を恨む。
 でも本当は――自分を見捨てないでほしかった。

 だから右腕を触らせた。醜い自分を認めてほしいから。
 怨恨も吐露した。哀れな者の訴えを聞いてほしいから。
 過去の罪も懺悔した。穢れた自分を赦してほしいから。


『どんな過去があったって、今のフィーリの姿を見てそう思う。もし誰かがひどく憎んでも……俺は赦すよ』


 人の身で人の罪を赦そうと断言する君は何者だろう?

 ああ、そうか。きっと君が……。

 おかしな事を口走って、頼りなくて、妙な魔術を使って……。
 それでも得意げに、誇るように創世主オリジンを口にした彼こそが――



「っ…………うあぁっ、う……!」

 現実に引き戻したのは、左腕の痛みだった。
 スキル『インビジブルβ』の効果が解除され、手負いの肢体が再び現れる。

 ロギニやネメオスライアーは居ない。奴らの追跡を退けたようだが……。

「シンジ……?」

 目が覚めたら不安な面持ちで俯瞰しているはずの人物が見当たらない。
 代わりにレトが心配そうに見守っていた。

「ねえ、シンジは何処?」
「キュウ……」

 シンジの安否を尋ねられた相棒は別の方向に視線を向ける。
 その直後にネメオスライアーの咆哮とシンジの雄叫び、戦闘の苛烈な轟音がレトの視線の意味を示した。

「まさか……アレと戦ってるの……!?」

 シンジの無謀な行動は、左腕の痛みを忘れさせた。
 彼一人では倒せない。なにせ自分が左腕を失う状態に追い込まれたのだから。自分よりも酷い目に遭うと思うと休んでいられるはずがない。

 助けに行かねば、シンジが殺される……!

「く……うっ、うぅ……!!」

 しかし、フィーリの意志を阻害するは手負いの肉体。身体を起こそうにも左腕が無い状態では身動きが取り難い。

 両手を失った。得物も失った。体力も少しは楽になったが良好とは言えない。
 項垂れた視界に映る血の痕跡は、離れ落ちた失った力の一片にようにも見えた。

 この時もシンジが命を落とすかもしれないのに、十分に戦えないほど限界が近いと痛感させられる。


 けど、それでも自分は――。


「…………レト、お願いがあるの……」

 重創の身に意志おもいを込めて奮い立たせる。
 意を決したフィーリは、傍に居るレトに呼びかけた。


 フィーリから告げられた言葉は、レトに新たな運命をもたらすことになる。
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