異世界を創って神様になったけど実際は甘くないようです。

ヨルベス

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第二章 その魂、奮い立つ

第76話 お嬢様の秘密

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(ひ、広ぉ……!!)

  両開きのドアを抜けた先には、ホテルのスイートルームのような豪華な光景があった。

 富裕層であり貴族であり、わざわざ家を建てるぐらいだから予想はできていたはずだが、その絢爛さは目を瞠らせた。
 俺の部屋より何倍もある広さには、高そうな家具がいっぱいあって、天蓋付きのベッドだってある。

 ま、眩しい……っ。

 部屋だけでも見せつけられる格の違い。凄いという感嘆と虚しさが訪れ、またロザリーヌがいかなる家の生まれかを知らしめられる。

 これだけの家、これだけの部屋に住んでいるのだから権力も相当だ。ま、お嬢様が偉いんじゃなくてフィオーレ家が偉いわけだが、油断はできない。声一つでこの身は容易に処される。

 ロザリーヌは自覚していないが、闘いは始まっている。細心の注意を払って目的を果たそう。

「素晴らしいですっ。きらきらですぅっ。こんなに広くて綺麗なお部屋に居られるだなんて素敵ですぅっ」
「そうかしら? 生家と比べればこんなもの、お粗末ですわよ?」

 げっ。これでお粗末と言うのか。お前の実家どうなってんだよ。

「しっかりとその目に焼き付けておくのです。これから毎日お手入れするのですから」
 
 残念ながら手入れする予定は無いんですけどね。本日付けで辞めますんで。

 しかし、部屋は凄い。芸術品だってある。
 部屋の壁の一面には、これまた良い絵画が飾られている。タイトルは……『ああ、美しき水の都』? どこかの街の風景か。

 絵画はそれだけじゃなく、別の場所にもあって……ん? あの絵に写ってる女の子、なんだかテレサに似てる気がするなあ。

『あっ、あれは【聖遺物】ではないか! どう手に入れたのじゃ!?』

 と、音量を抑えつつ驚くトゥール。何に驚いてるのか知らんが、ちょっと静かにしてくれませんかね?

「何か言いました?」
「いえ? 気のせいでしょう。それよりもお嬢様、あの絵に写っている方は何方でしょうか?」
「あれはこの長閑な村に住む乙女を、絵描きに依頼して描いてもらったのです」

 その乙女ってテレサなんだろ。あの女の子、どう見てもテレサ以外の誰かには見えんぞ。何故あいつの肖像画がロザリーヌの私室にあるんだ。

「ワタクシのお気に入りの絵ですのよ」

 うっとりとしたご様子で肖像画を観賞するお嬢様。絵を舐め尽くすその目が少し怖い。
 テレサが怯えるのも分かる気がするが、あの視線は変だ。気に入っている以上の感情を込められているような……。

「はあ。いつ見ても美しいですわ」
「そうでしたかー……どっせい!」
「はきっ!?」

 絵に見入る様子を間隙とみて、後ろからお嬢様の首元に手刀をお見舞い。傾いた身を受けとめる。
 ふう、ロザリーヌも気絶させてやったぜ。これで楽に部屋の中を調べられる。

『此奴、やりおった……』

 婦女暴行(二人目)の現場を目撃し、唖然とするトゥールだが、何がおかしかったかクククと笑い出すのであった。

 そんなロリっ娘を放っておき、お嬢様をソファまで運ぼうとする──途端、

「ぬおっ……!」

 気絶したロザリーヌの身を運ぼうとして、急に目の前が斜めに傾く。いや、傾いたのは俺のほうだ。
 履き慣れない靴を履いた足を捻ってしまい、バランスを崩してロザリーヌごと転倒してしまった。

 背中から行ったが、痛みは大したことない。床がふかふかの絨毯で助かった。身体を打たないようロザリーヌを守ってやれたが……。

「うわっ……」

 ある物体が存在を強調する。
 胸だ。ロザリーヌのワガママボディを構成する豊胸が当たっていたのだ。

 俺が下に居て受け止めてることもあって、大ぶりの果実が乗っかっている。胸と胸同士が触れ合い、大小のフルーツが寄り合わせている状態だ。

 初めて会った時から良い身体をしているとは思ったが、近くで見るとその大きさに驚く。
 しかも彼女の着てる服は、ドレスではなく室内着。より身体の線が出ている上に生地が薄く柔らかい。服越しに肉感がよく伝わっている。

(すっげぇ……!)

 よって、ぐんぐん込み上がる男のサガ。それは女の肉体に変わっても抑えることができなかった。

 内に潜むケダモノは叫ぶ。

 デカああああい!!
 柔らかああああい!!
 弾力あるううううぅ!!

 こ、これがお嬢様の肉体っ! 素晴らしいっ!! 性格は悪いけど、身体は百点満点だ!
 この胸には何が詰まっている!? 希望が詰まっているんですっ!

『抱けっ、抱けぇっ、抱くのじゃあっ!!』

 横から男の欲情を煽る悪魔トゥールの囁き。こいつ、面白がってやがる。
 でも抱きてえ。抱きてえよ。男の欲望を遂げてえよっ。

「んんっ……あ?」

 やべっ、ロザリーヌの目が覚めやがった! 騒ぎを起こされたら面倒になっちまう!

「せぇい!」
「はうっ」

 もう一度手刀をお見舞いし、ロザリーヌの意識を眠りの世界へ放り戻す。お嬢様は暫く寝てらっしゃい。
 意識が遠のき、力の抜けた身体を抱き上げ、ようやくロザリーヌをソファに横たわらせた。

 これで部屋の中を調べられる。用が無きゃ人は来ないだろう。
 さて、約定書は何処に……。

『やはり【聖遺物】じゃったの』

 部屋の隅っこの棚の上に置かれた物を見たトゥールが確信を得て呟く。
 ロリっ娘のところへ来て確かめたところ、それは何ともなさそうな物に見えた。

「セイイブツ? これが何だって言うんだよ?」
『【聖遺物】を知らんのか?』

 全然知らないと答えると、トゥールは呆れて常識を疑ってくる。その反応からすると、重要なもので知る人は多いようだ。

『【聖遺物】とは【列聖者】の遺品。これはその一つなんじゃ。【聖遺物】は貴重なものでな。大抵は教会や国庫で管理されているんじゃよ』
「つまり凄く大事な物ってことなんだな。で、それがどうしたんだ?」
『この【聖遺物】は盗まれておったのじゃよ。どう故あってか、この娘の元に収められておる。【聖遺物】は正式に認められた所有者でなければ有することを許されぬのじゃ』

 なるほど。だからさっきは驚いていたのか。

 盗まれた【聖遺物】とやらが盗まれて、正式な所有者じゃないロザリーヌの手に渡っている。怪しい噂の正体とはこれの事なんだろう。

「【聖遺物】を勝手に所有してると罰則を受けるのか? 刑罰は重かったりするのか?」
『そうじゃな。状況や物にもよるが、これは経緯を訊いてみる必要があるのう』
「どうする気だ?」
『そのうち分かるとも。もっとも、お前さんがその時に立ち会っていたらの話じゃが』

 トゥールはこの問題にどう対処するんだろ?
 警察があるわけでもあるまいし、相手は貴族の令嬢だ。地位や権力を使い、濡れ衣と片付けられることだって考えれる。

 証拠映像なんて録れないこの世界では、証言だけではやや厳しくはなかろうか。
 何ができるとも思えんが、札から滲み出る余裕は崩れない。秘策があるらしいな。

 このロリっ娘……本当に何者だ?

『予期せぬ収穫を得た。お主には感謝するぞい』
「そりゃどうも。ご褒美でも貰いたいところですよ」
『褒美が欲しいか。そうじゃの……』

 冗談をかましただけなのに言葉通りに受け取ったトゥールは何処かへ向かう。
 目を付けたのは、ロザリーヌ……の身体。その胸の間に近寄り、スポッと突っ込んだ。

「な、に……!?」

 半身浴を彷彿させる状態。柔らかい双丘に挟まれ、おほーっ、という感動が生まれる。

『良いカラダじゃのー。王都の別嬪さんにも負けんぞい』

 札は身動ぎし、ロザリーヌの胸がぷるんぷるんと揺れる。「ん……」と色気づいた声が漏れた。

「何をやってんだお前っ」
『お主への褒美じゃよ。よく見ておれ。ほーれほれぇいっ』
「そ、そそんな褒美は欲しくないことも……いや、いらん! やめろ!」

 乳揺れと艶を含んだ声に、男の性的欲求をくすぐられながらも止めにかかる。谷間から抜けたトゥールはなんと裾を掴み、ぺろんと引っ張った。

「ぬおっ!?」

 スカートの中が露になる。
 生足、生太もも……それはそれはもう素敵に編み上げられた下着がありましたとさ。

 二度目のパンチラ拝見。生活に余裕のある令嬢だから履ける、凝ったデザインの下着は男(肉体は女)の俺にとって桃源のような光景で、衝撃が駆け抜ける。

 この前の時といい、ロザリーヌはなんてものを履いてんだ、

『見てしまったのう。眼福じゃろうて。我以外に見てる者はおらん。しぃーっかり見ておくのじゃ』

 こいつ、からかってやがる。ロザリーヌが気絶してるからって好き勝手にやりやがって。いいぞ、もっとや……けしからんロリっ娘だ。

『手を出してもええんじゃぞ?』
「なにを……手を出すはずがないだろっ」

 俺は約定書を探しに来たんだ。そんな事していられないっ。
 ロザリーヌに手を出す訳には……手を出しちゃ……!

『ちらっ☆ ちらっ☆』
「ぐうぅ……!!」

 さらなるサービスに、ついに膝と手が地面に付いた。

 煩悩が苦しめてくる……!

「くそうっ、スケベなボデーしやがって。俺がドの付く真人間だから何もしないでいることに感謝するんだだな。我慢できなかったらお前は嫁になれないどころ人前には出られないほど嬲りに嬲ってやったものを……!!」
『最低な本音を吐きおったぞ』

 おっと。少々言い漏らしてしまったか。

 冷静になれ俺。おおお落ち着け俺ぇ。
 下着はただの布切れ。胸はただの脂肪の塊なんだ。

 色即是空、空即是色っ。
 煩悩退散! 煩悩退散!

『ならば欲に従うのじゃあ!!』
「やめろおぉぉぉー!!」
『たわば!? 何をするのじゃ!? お主が望んだことじゃろう!?』
「やれとは言ってねーよ!」

 潜入中だという事を忘れ、誘惑に抗う。トゥールはブーブーと抗議し、つまらんだのムッツリスケベだの文句を吐くのであった。

 余計な余興に時間を取られたが、邪念を捨てて改めて目的の物探しに戻る。
 まずは机辺りを調べよう。大事な書類は大抵デスクの引き出しに隠されているものだ。

 デカくて立派な、執務なんかに使いそうな机の引き出しを開ける。中には色んなものがあったが、約定書らしき書類はない。代わりに一冊の本が目を引いた。

 この冊子は……日記か。お嬢様もこういうの書くんだな。
 何が綴ってあるのか気になる。呑気に読んでいい空気じゃないけど、好奇心が勝ってしまった。

 日記をペラペラと捲り、目を通す。ある日付の内容に視線を止めた。


『メサルティム 四の日

 お父様の許しを得て、本日からココルに住むことになりました。
 湖の水面が見れないのは惜しいですが、此処はミーミルとは違った美しい光景があります。
 しかも此処は可愛らしげな娘がおられるのです。
 名前はマルタナ・テレーゼ。年齢はワタクシより一つ下の子です。
 可哀相なことに家族とは死に別れ、隣人に支えながらも生活を送っています。
 パニティアでは珍しい顔立ちですが、ひと目見てワタクシの感性に合いました。
 これは運命の出逢いです。テレーゼとは親交を深められることを祈ります。』


 ふむふむ、これはココルに移住して初日の日記か。この日から村での生活が始まったのか。

 えー、次は……。


『メサルティム 九の日

 怪しげな商人が家を訪れました。
 如何にも嫌な感じですが、私にお似合いの物をお見せしたいとのこと。
 紹介したい物はなんと聖遺物でした。
 ある人物から譲り受けた物と聞きましたが、扱いに困っていたそうです。
 聖遺物は本物と確認できましたので買い取ってあげました。』


『メサルティム 十一の日
 
 堪えられず、遂にワタクシは行動に移りました。
 計画は成功。テレーゼに壺を壊させ、約定書に朱印を押させることに
 ワタクシの可愛いテレーゼったら、でっち上げの嘘話をすっかり信じているようでした。
 あれに価値はありません。せいぜい一カンドほどです。
 最後までテレーゼは嘘と見破りませんでした。
 そういう純真無垢なところも良いのですけどね。』


「え……」

 おいおいおいぃっ! なんだこの内容は!
 壊した物は一カンド程度!? じゃあ約定書は不正じゃねえか! ざっけんな!

「そういうことかよ……!」

 身体が憤りに駆られる。机を蹴ろうとした足をギリギリのところで抑えた。

 テレサは金を払う必要なんか無かったんだ。全ては罠だったんだ。

 でも、なんでロザリーヌはそんな事をしようと? ただ気に入っただけでこんなにも粘着するか?
 恨み? 違うな。それだとテレサを見る時の視線の意味が解らない。

 固執するロザリーヌの思惑に不可解なものを抱きつつ、また日記に目を通す。

『メサルティム 十八の日

 テレーゼを庇う村長様が煩わしいので、人を通して毒を盛ってやりました。
 果実の毒を少しずつ含ませ、病死に見せかける。計画が白日の下に晒されることはありません。
 存外にも簡単に済みました。この村にはテレーゼのお父上に反感を抱いていた者達がいましたから。
 いい気味です。ワタクシの邪魔をするのだからこうなるのです。彼には当然の報いを受けてもらいましょう。
 治療に必要なソカバ草はお店や近辺の商会から全て買い占めておきました。
 これでもう治療はできません。村長様は緩やかに毒され息を引き取ることでしょう』


「なんて奴だ……!」

 村長の容態が悪くなったのは毒を盛ったせいか!
 ソカバ草を持って帰れたから死なずに済んだものを。毒とは酷いやり口だ。周りの人間から排除しに掛かるとは下衆な奴め!


『メサルティム 二十六の日

 村長様の体調が回復したとの報せを耳に入れました。
 信じ難いことです。
 テレーゼがお一人で遠出になり、化け物たちが行き交う地でソカバ草を見つけたようです。
 お命に障りがなかったのは安心しましたが、なんとも面白くありません。』


『アルデバラン ニの日

 テレーゼが知らない男と共にいました。
 ひどく驚きました。許されないことに二人は恋仲なのです。
 認めません認めません認めません認めません認めません。絶対に認めません。
 なので消えていただくことにしました。
 討伐者を雇い、その者に殺させることにします。
 相手はミリアなんとかいう名前です。よく覚えていませんけど、些細な話です。
 失敗すれば切り捨てるのですから』


「ミリアム……!」

 このミリアなんとかってのは、あいつのことか! そうだとしたら合点がいく。

 パーティに入り、俺にベタベタくっ付き、テレサを遠ざけ、適当な場所で始末する……。
 それら全ての行動はロザリーヌの意があった。ミリアムはお嬢様に雇われた刺客だったんだ。

 だが、ミリアムの暗殺計画は失敗に終わった。
 日記はあの後もロザリーヌは討伐者を雇ったようだが、それは俺に絡んできた三人組の女と一致した。

 失敗が重なり、日記には焦りが見てとれる、が──


『アルデバラン 十の日

 上手くいかない。上手くいかない。
 全てあの男のせいですわ。あの男が出てきてから全て狂いました。
 暗殺や脅迫を試みても失敗ばかり。悔しくて堪らないです。
 でもそれも数日経った後には終わります。
 どうせお金は貯まっていないはずです。



 ああ、欲しい。どうしてもテレーゼが欲しい。
 貴方を手に入れて、ワタクシの手で可愛がってあげたい。
 私のテレーゼ。どうしても美しい貴女を私のものにしたい。
 テレーゼ、テレーゼ、テレーゼ。

 貴方を貴方を貴方を貴方を貴方貴方を貴方を貴方を貴方を貴方を──』


「あ、あ……」

 下顎が限界まで下がった。あんぐり、というやつだ。

 続きは過激なものが書かれていた。
 俺達が読んでいると本人が知れば、恥ずかしさで自ら命を絶つんじゃないだろうか。

『こりゃまた……あやつをそこまで好いておったとはのう』

 同じく日記を覗いていたトゥールもお嬢様の意外過ぎる一面に驚き、しかし俺とは違って面白がっている。

 やっとして脳内の処理作業が追いつき、改めて日記の内容を見た。

「お、おぉ、あおぉ……」

 何とも言えねえ。日記に書かれたお嬢様の側面に、言葉にならない音だけが散る。

 まさか……えっと、つまりロザリーヌは恋愛感情のようなものを抱いてて、テレサを欲しがっていたってこと?
 お、驚いたな。そういう対象として見ていたとは。いやぁ、世の中って広いなあ。

 ようやくテレサを見る視線の意味が判明した。
 ずっと引っかかっていた謎は解けたが……なんとも言えない気分だ。

 怨恨や嫌がらせではなく、別の方向の感情を向けていたと分かった時、これまでの彼女の行動がひどく馬鹿らしく思えた。

 自分の為に罠に嵌めて、払う必要のない金を払わせ続けて、期限を無理やり早めて、もしテレサが返せなかったら自分のメイドとして働かせて、それで……あんな事やこんな事を……。

 失敗した場合の未来が、不確定な妄想として脳中に表れる。

 多分テレサは小間使いとして扱われ、お嬢様のセクハラを受けて、挙句の果てには……あ、モザイクが掛かるよこれ。見せられないよ!

 ダメだぁー。そんな事にはさせたくない。趣味嗜好は人それぞれだが、他人を無理やり巻き込むのはいいはずがない。
 どうにかしないとテレサの貞操に危機が。早く約定書を見つけなきゃ。


「──何をしているんですの!?」


 恐怖を伴った大声が突然と刺さる。
 三人しか居ないはずの空間は、新たな人物の来訪を知らせてはいない。特徴的な語尾はその内の一人であることを知らしめた。

(げ……っ!!)

 首を返した時、ソファから身を起こしていたロザリーヌが微かな怯えを纏いながら睨んでいた。

 し、しまった……!
 見られちまった! まだ書を見つけていないのに!

「ワタクシの部屋でなんという真似を……いくらワタクシが美しいからって!」
「こ、これは誤解です! 掃除をしていただけです!」
「苦しい言い訳を! 貴方、ワタクシを狙った曲者ですわね!」

 これ以上どう言ってもロザリーヌを説得できない。完全に不審者扱いされている。

「誰かっ! 誰か来なさいっ! ここに曲者がいますわっ!」

 状況は覆せなかった。
 入り口へ逃げ、人を呼ぶロザリーヌ。それはこの潜入作戦において最も望まない事態だ。

 まずい。人を呼ばれたら面倒だ。外の警備の奴らも来たら収拾がつかなくなる。
 もう一回気絶させて……ダメだっ、間に合わねえっ!

「誰か──」
「キュッ!」

 ロザリーヌが扉を開けた時、それは一つ鳴き──彼女の顔にべったり貼り付いた。

「キュキュッ、キュッ」
「きゃっ! ひっ……」

 顔面に貼り付いたのは、レトだった。

「いっ、いやああああああああぁぁぁぁ──っ!!」

 ふさふさの体表に覆われたロザリーヌは甲高い悲鳴をあげ、混乱する。レトを振り放そうと暴れてさえいた。

「早く! 早くぅ! 直ちにこの獣を取ってくださいぃぃぃぃっ!」

 場は騒然。レトによる一騒動が繰り広げられる。
 服の下に潜られたり、顔にべったり付かれたり……ロザリーヌの奴、嫌な目に遭ってんなあ。

「キュキュー」

 悲鳴をお腹で浴び、レトは俺を見た。
 どうしてレトが来たのかは不明だ。もしかすると助けに来てくれたのか?

『お嬢様……!!』

 廊下から声とドタバタとした足音とが聞こえる。ロザリーヌの呼び出しと悲鳴を聞いて、メイド達が駆けつけて来ている。

『潮時じゃの。じきに人がやってくる。ここから出るのが善じゃ』
「出る? おいおい、待て。潮時と言ったって、まだ……」
『やめておけ。長居してはお主が不利になる。捕まりたいのならば止めんが』

 アドバイスは現実的だ。書を盗むことに未だ拘ることよりも。
 警戒は強くなるだろうし、この女の顔も見られた今、この邸宅の中を歩くことは困難になった。

 それでも目的を果たさずにロザリーヌ邸を出ることに躊躇する俺に対し、トゥールは、

『手段はまだある。見つからずとも出させるんじゃ』
「出させる……?」
『お主にはその為の材料を見つけている。上手くやってみせよ』

 と窓を示した。

 そこから逃げろってか。仕方ねえ。
 意を決する。人が来る前にさっさと脱出しよう。




「はあ……」

 なんとかロザリーヌ邸から抜け出し、緊迫した状況から解放された事にとりあえず一息をつく。

 邸宅から投じられる騒動の音。あの中では、ロザリーヌ達がまだ小さな侵入者を相手に手間取っているのか。

 何にしろ助かった。
 レトに感謝を送り、まだ頑張ってくれよと少し意地悪く祈る。

 ちなみに脱出した際、トゥールの札はいつの間にか消えていなくなっていた。
 あっさりとした形での別れ。短い間だったが、別れる前に残した言葉を思い出す。

 約定書は奪えなかったが、成果が無いこともない。手に入れる方法はまだある。

「一旦帰るか……」

 とりあえず今はそうしよう。。レトが居ないんじゃテレサが気掛かりだ。家に一人しか居ないからな。

 サイズの合わないメイド服から私服に着替え、帰路に着く。
 すると人が一人、姿を見せて近寄ってきた。

 おや? あれはカルドじゃあないか。
 なんだ。ドライな態度を取ってたくせにテレサが心配で来たのかな?

「テレーゼと一緒に居たんじゃないのか」
「まあな。ちょっと個人的な用事で……ん? なんでそんな事を聞くんだ?」

 おかしいな。テレサは不安定な状態だから眠っているはず。それを知らないはずがなかろうに。

「家にいなかったが?」
「え? 何言ってんだよ。嘘に決まってんだろ?」
「不用心にも扉が開いていた。誰もいないから共に外へ出たのかと」
「そんな、わけが……」




 カルドの言っている事は間違いじゃなかった。
 できれば間違いであってほしかった。

「いない……!!」

 家の中は、もぬけの殻だった。
 鍵は閉まっていなくて、ベッドで眠っているはずのテレサは何処にも居なかった。

 呼んでも返答しない。幻聴でも聞こえそうなくらい聴覚を研ぎ澄ましても聞こえるのは自分の声と夜の音だけ。
 実は隠れていて俺を驚かすような茶目っ気は起きない。家の中はずっと居るべき住人を失ったままだ。

「来た頃には既にいなかった」
 
 家を訪れた当時の状況を語るカルド。時刻的にはロザリーヌ邸に潜入している頃か。

 どうして居ない? 家を出る前は眠っていたのに……テレサはいったい何処へ行ったんだ!?

「…………あ、まさか」

 一番最悪の事態を予想してしまう。彼女はシュヴェルタルのところへ向かったんじゃないか、と。
 自分の父親を取り戻すために。

 しかし、それは危険な行為だ。シュヴェルタルが正気を取り戻さなかったら……。

 気づけばダッシュしていた。呼び止める声を無視して。
 あの洞窟へと走る。あってはならない運命を阻止しようと、心臓が破裂しそうなくらい全力で駆ける。

「間に合ってくれよ……!!」
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