上 下
19 / 24
十九、

十九、

しおりを挟む
 翌日、僕が職場で昼食を食べていると、佑樹からメッセージが入った。「行ってきた」、「まあ何とかなるだろ」。
 なんだこの簡単すぎる返答は。僕は慌てて、弁当に蓋をし携帯を持ってトイレに駆け込んだ。佑樹は暇だったらしく、「おー仕事頑張ってるか、こっちは最後の有給消化中だ」とすぐに出た。
「会ってみて思い出したよ、あいつ、俺と高校時代によく遊んでた奴だ。いやあ、びっくりした。」
 僕もいろいろびっくりした。マユミちゃんはいつの間に、そんなに年下の男と知り合っていたのだろうか?
 佑樹はまず、トオルにマユミちゃんの世話をしてくれたことの礼を述べ(僕はそこまで気が回らなかった。佑樹の方が偉い)、それからどうしてここにいるのか尋ねたそうだ。
 トオルは佑樹とつるんでいた高校の頃、少なくとも一度マユミちゃんと会ったことがあった。僕が母と二人で暮らしていた頃、佑樹はマユミちゃんの家に遊び仲間を連れ込んでは飲み食いしたり家から持ってきたゲームで遊んだりしていた。あまり偏差値の高くない高校だった。それから数年後、トオルは進学できず、派遣労働者として工場に勤め、そしてそこでマユミちゃんと再会した。マユミちゃんは事務でまったく仕事ができなかったのですぐに首を切られ、彼は会社の景気が悪くなったので同様に切られた。どちらも失業者となったが、彼は会社の寮を追い出されて住むところもなくなり、一方のマユミちゃんは老朽化してはいたが実家があった。
 僕には想像できる、僕を迎えてくれた時のように、いやもしかしたらもっと強い好意を持って、マユミちゃんはトオルを招き入れたのだろう、だがそのうちに癌を発症してしまった。トオルにも仕事と収入があれば話は違ったのだろうが、それがないので仕方なく世話をしながら二人で一緒にいることにした。
 佑樹が「どうしてマユミちゃんの世話を続けているのか」と聞くと、トオルは下を向いて黙り込んでしまったそうだ。「アイジョウかねぇ」と佑樹は言ったが、僕には「愛情」じゃなくて「哀情」にしか聞こえなかった。彼のあの、他人を警戒しているような表情が脳裏に蘇った。
 最後に佑樹は、トオルにこの後どうしていくつもりか聞いた。トオルは仕事を探しているが……と口ごもった。確かに、マユミちゃんの世話をしながらできる仕事は多くないだろう。だが佑樹は、こう言って話を締めくくった。
「ま、何とかなるだろ。俺今看護師の知り合いいっぱいいるから相談してみるわ。」
「は?どこで見つけたんだよそんな知り合い?」
「最近平日の昼間からやってる飲み屋に出入りしててさ、病院の近所だから、主な客層は夜勤明けの看護師なんだよね。」
 の……飲み屋で居合わせた客?見ず知らずの人に身内の相談をするなんて僕にはとてもできないが、佑樹の厚顔力、もといコミュニケーション力を、ここは信じてみようと思った。
「何なら俺もあの家に泊まり込んで、一緒に面倒見てもいいし。」
「お前、それで嫁さん何にも言わないの?」
 佑樹はちょっと低音で「あー……」と言って、「俺離婚することになったんだよね、それも落ち着いたらまとめて話すわ」。
 僕はまた言葉を失った。すると、壁の時計が目に入った。もう昼休みが七分しか残っていない。僕は間抜けな声で「じゃ、じゃあお前も頑張れよ、俺も仕事だ」と言って、慌てて電話を切った。
しおりを挟む

処理中です...