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三章〜(二)
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◆
しばらく行くと人混みがはけ、一軒の居酒屋の前に到着した。
「よう、お疲れ~!遅いぞ!」
店の前に着くと、基希と背格好の似た男が親しげに話しかけてきて、この人が友人なのだとずぐにわかる。
正直、女性ではなくて少し安心した。
「悪いな。紹介するよ、こちらは釈玲子さん。俺の最愛の女だ」
〝最愛〟という言葉に反応してしまい、挨拶を交わす前に基希と見つめ合ってしまう……
「あのぅ……俺もいるんですけど」
ーいけない、私ったら!基希さんがあんなこと言うからつい……!
気を取り直して意味もなく服を払う。
「初めまして、釈玲子です。よろしくお願いします」
「伊達石基希の心の友、南田和彦です!こちらこそ、玲子ちゃんに会えて嬉しいよ!もっさんのやつ、ずーっと玲子ちゃんの話しばっかだったから、早く会いたかったんだよね」
人好きのする笑顔をみせた和彦は、前から玲子を知っているかのような口ぶりだった。
「そうなんですか?」
「そうそう!もう学生の頃からー」
「ああ、そうだ!和彦、今日は同僚を紹介するからな、頼むぞ」
和彦の話しを基希が遮った。
「何を頼むんだよ。良い子か?」
「それはお前次第…」
基希は微笑を浮かべた。
そう、今日の最大の目的は、基希に思いを寄せているであろう田村に玲子を会わせることで潔く諦めていただく事。
それだけじゃない。
あわよくば、失恋の痛手を癒やしてもらおうという作戦だ。
男の質より、側にいてくれる頻度を重視する寂しがり屋な田村には、それなりに重たいくらいの男がちょうどいい。
そのうってつけな相手として白羽の矢が立ったのが和彦というわけだ。
基希から言わせたら、和彦は稀代の女好きみたいな甘いマスクの外見や、一見無頓着とも思える言動とは裏腹な心の持ち主であるところが面白い男。
そのギャップがあって退屈しないのだが、長い目で見てそれを許せる女性と出会っていない。
つまりは女性の思うイメージ通りに動かないところが、振られてしまう原因らしい。
そんな和彦と田村を会わせたら、どんな科学反応を起こすだろう。
まずは第一印象だ。
賑わった店内を奥に進むと、田村がすでに待機していた。
「もう、遅い、基希!」
基希をいきなり呼び捨てにしたこの女性も、おそらくは友人……
玲子の心がざわついた。
「悪い悪い。紹介するよ、こちらは俺の最愛の女性で釈玲子さん、こっちは和彦でこっちが同僚の田村」
「俺の紹介、雑すぎない?」
和彦は場馴れしているのか泰然自若だ。
「本当…雑!」
田村も不服そうだ。
「初めまして、釈玲子です」
さっきとは違い、よろしくーとは言えなかった。
自分と出会う前の基希を知らない……知らなくて当たり前だが、玲子にとっても〝最愛〟である基希の過去が気にならないと言えば嘘になる……。
そんな些細な事を気にする、器の小さい自分に嫌気が差した。
「まぁ、とにかく座ろう!俺は南田和彦、よろしく!」
「田村香織です…」
「ここは俺たちの奢りたから、居酒屋だけどじゃんじゃん頼んで!」
「俺たちって?」
「俺と和彦」
「なんだよそれ」
「居酒屋でカッコつけるチャンスなんて今しかないと思うけど?」
「わかったよ」
気心知れた夫婦漫才のような掛け合いに、少し淀んだ気持ちが和んだ。
会話の殆んどが基希と和彦の独壇場となっている。
玲子と田村は会話なし……
ー予想はしていたがかなり冷え込んでるな……
だが手を緩める訳にはいかなかった。
ここでキッパリ基希を諦めてもらうには、田村の入る隙はないーと知ってもらう必要がある。
今までは気のない基希に業を煮やして他の男と付き合っていたのかもしれない。いつか振り向いてもらえるかも…と希望があったからだろう。
だがそれは田村のエゴイズムであり、玲子の幸せを願う基希の思いとは、何一つ重ならない。
それが証拠に、田村は玲子をまるで視界に入れず無視している。
好きな相手の幸せを願う気持ち、感謝の心……
どこを取っても田村とは明らかに価値観が違う。
ただの友人ならそれもいいが、恋人となれば話は別だ。
田村とは友人のままがいい。
「玲子、あ~んして」
「な、何言ってるの!」
「じゃぁ、俺があ~んする」
「酔ってるの?」
「玲子に酔ってる」
田村に見せ付ける為に玲子を誘惑してみたか、思った以上に反応が可愛い過ぎて堪らなくなる。
この後のお泊まりを考えると、こんな所にいつまでも居たくはないのだが、今は仕方ない。
「見てらんね~……もっさんベタ惚れだなぁ~」
半ば呆れ口調で和彦は茶化してみた。
「当たり前だろ、玲子だそ!」
「何その理由。意味わからんけど」
予想通りの答えだったが、あまりにお決まり過ぎて、それがかえって場を和ませた。
若干、一名を除いては…それが誰とは言わずもがな。
「わからないのかぁ~残念!玲子ごめん、ちょっとトイレ」
「あ、俺も!」
男性陣二人が行ってしまい、女性陣が取り残された。
お酒は嗜む程度しか呑めない玲子は、ちびちびとレモンサワーを味わっている。
無言のままの二人の間を冷気が流れ、なんとなく田村に対して気不味さを感じた。
これは気のせいではないだろう…女の勘がそう言っている。
すると田村がビールを一気に煽り、ガタンっと乱暴にグラスを置いて玲子を睨みつけた。
「なんであなたなのよ…あたしの方が先に基希と出会ってたのに、あたしの方が基希をよくわかってるのに!ぽっと出のあなたなんかに……なんでよ!」
「ぽっと出……」
玲子と二人になった途端に基希への思いが吐露されるのは、本人には言えない寂しさからだろう……理解はできるが共感するつもりはない。
「そうよ、あなたなんてついこの間会ったばかりじゃない!基希はずっと誰とも付き合う気はないって言ってたから、あたしは身を引いたのに!でも諦めきれなくて、もう何年も前からずっと基希が好きだったのに…!」
止め処無い田村の思いが玲子に向かって投げつけられるが、何を言われようと自分の基希への愛情が他の女より劣っているとは思わない。
基希と現世で結ばれる事をどれ程待ち望んでいたことか……
「百年…」
「は?何それ」
田村は一言で玲子を嘲る。
頭のおかしいイカれた女が基希の相手だなんて納得できない!という顔つきだ。
「私が基希さんと出会ってから、百年が経ちます」
「何言ってるの、妄想?頭おかしいんじゃない」
「私たち、百年以上前から恋人同士なんです。やっと出会えた愛しい人を、今更あなたに譲ると思いますか?」
「わけわかんない!」
苛々した様子で田村はまた一杯ビールを煽るとガタンとグラスを置き、僅かに残ったビールが外に跳ねた。
それでも玲子は毅然とした態度で話しを続ける。
「わからなければいいんです。でも、人を羨ましく思うのはやめた方がいいです。死に別れなんて、決していいものじゃないですから……」
今思い出しても辛いあの別れを、間違っても羨ましいだなんて思ってほしくなかった。
「何よ、死に別れって……馬鹿馬鹿しい!」
わからない人にはそうなのかもしれない…玲子自身もはじめは何が何だか理解できないでいた。
突然知らない世界にポイっと放り込まれたような、記憶にある世界と今見ている世界との違いに大いに戸惑った。
でも理解できずとも、この思いだけは紛れもなく本物だったことは確か。
それを誰かに認めてもらわなくては、とは思わない。
この気持ちは玲子だけの大切な想い…基希を想う真実の愛。
だから譲れない!
ガヤガヤと騒がしい店内で、二人の周りだけが冷ややかに静まり返る。
しばらく沈黙の後、基希達が戻ってきた。
「お待たせ、悪かったね。ん?どうしたの玲子、金庫破りみたいな顔して…」
「あはは、どんな顔よ」
「難しい顔?」
「何でもない」
田村とのやり取りは今は話さないでおく。
この場で玲子が話してしまえば田村は気まずくなって帰ってしまうかもしれない。
基希が彼女を嫌ってしまうかもしれない。
ライバルが減るのはいい事だけど、それでは同僚である二人の間に溝が生まれ、仕事がやりずらくなるかもしれない。
玲子の望みは基希と一緒に楽しく生きる事で、彼の交友関係を狭めたい訳ではない。
本気で愛して信頼しているからこそ、基希の自由も尊重したかった。
そして田村自身にも、基希という優しい人間と出会えた事を人生に必要な宝の一つとして欲しかった。
「そうか…トイレは大丈夫?」
「うん、行こうかな」
「じゃぁ、一緒にいくよ」
「今行ったんじゃ…?」
「いいから!」
戻って早々、基希は玲子に付き添って行くらしい。
「トイレまで一緒にいくかね~」
若干引き気味の和彦だが、同時に基希が人を好きになると、こんなことになるのか…と新しい発見を楽しんでいた。
「トイレでナンパはお決まりだろ?だから付き添うんだよ」
「漫画の読みすぎだよ。独占欲半端ないな」
「俺は愛し愛されたいだけなんだ!」
こんなに独占欲が強くて大丈夫なのだろうか?と少し気になり、和彦は玲子にも聞いてみる。
「玲子ちゃんも大変だろう?」
「いえ、私は愛されてるなって感じるんで……」
何も心配はいらなかった……
「はいはい、いってらっしゃーい」
二人がいない間、田村と話して見ることにする。
第一印象は……可愛いと思った。
さっきトイレでもっさんにも聞かれてそう答えたばかりだが、見るからに基希が好きだったのに他の女に取られて悔しいです!みたいな顔をしているのが気にはなるが……
まぁ、分かりやすくていいと思う。
だがこれでは玲子があんまりだ。
ー完全に無視されてたもんなぁ…今頃はもっさんがフォローしてると思うけど、こっちは俺がフォローするか。
「あいつ、すごいな」
「本当…みっともない…」
「辛辣だなぁ~、香織ちゃんって呼んでもいい?」
「お好きにどうぞ」
機嫌の悪さを隠しもしない香織を少し揺さぶってみることにする。
もっさんには玲子ちゃんがいる、もし彼女がちょっかいを出すつもりなら、阻止しなくてはならない。
学生の頃から玲子の話を聞いていた和彦は、この二人の恋を全力で応援している。
電話で聞いた時は信じられなかったが、今夜初めて紹介してもらって、まるで自分事のように嬉しかった。
実際会った玲子は美人で、もっさんが言っていた通り目が黒くて大っきい…。
今思えばなんて語彙力のなさ…思わずニヤける。
「香織ちゃんは誰か好きな人いるの?」
「別に……」
ニヤけたままで聞いたのが良くなかったのか、益々不機嫌そうだ。
「あいつに牽制された?」
「え?」
やっぱり図星だったか…
「そうなんだ…まぁ、イケメンだし、優しいしね」
「……」
「あいつにとって玲子ちゃんは、ずっと探していた運命の人なんだってよ」
「そんなのどうやってわかるのよ……」
その疑問は和彦にもよくわかる。
運命の人をひたすら待つより、数打つ方が自分に合う人が見つかるんじゃないか、付き合ってみないとわからないじゃないか、そう思っていた。
でもそれは和彦のやり方を押し付けるだけで、基希の求める幸せとは違った。
基希はただ待っていたわけではない。
出会いを求めてホテルにまで就職した。
語学を学び、身体を鍛え、その時に備えていたんだ。
自分も運命のような恋に憧れていたけど、出会ってもいない女の為にそこまでの労力を割きたくなかった。
結局、基希のようにできるはずもなく、出会いと別れを繰り返し、そろそろ恋愛にも疲れてきたところへ、今回の話が舞い込んできた。
基希の紹介なら安心もできる。
この出会いは運命か…?
「高校の時から言ってたよ。夢に出てくる女の子を探してるって。それが見つかったわけだから、そりゃ離さないよね」
「……」
「ショック?」
「な、なんで私が!」
「もっさんなんかやめて俺にしない?」
「は?」
「こうして会ったのも何かの縁だしさ、俺こう見えて一途だし……好きになれるかもよ?」
恋愛に疲れたからと言って生きる事に変わりはない。
だったらこれを最後の恋にするつもりで頑張ってみたっていいじゃないか。
そう思ったら不思議と穏やかな気持ちになれた。
「何それ…あなたも運命信じるタイプ?」
「そうだなぁ…正直、信じてはなかったよ。でも、もっさんと玲子ちゃん見てたら信じるしかないっしょ。だから俺も信じることにした!」
「そう…勝手にすれば」
「勝手にするよ。信じる者は救われるって言うじゃん!だから付き合おう、ね?」
ずんっと顔を近づけて微笑んで見せると、香織の頬が赤くなった。
ーなんだ、可愛いとこもあるじゃん。
「わかったわよ…!でも言っとくけど、好きになるまでヤらないから…弄ばれるのはもう、うんざり……」
「わかった!」
自分で言うのもなんだが、がっつく年頃は過ぎた。
これからは落ち着いた優しい恋ができたらいい……
和彦は香織の心が瘉えるのを待つ恋をしてみようと思った。
今更焦ることもない。
基希と玲子が仲睦まじく寄り添って戻ってくる姿を見ると、もう随分前からこうしていたような錯覚を覚える。
「お帰り!俺たち、付き合うことになったから!」
「え!?」と玲子が目を丸くしている。驚くのも無理はない。
だがその横で基希は涼しい顔をして言った。
「良かったな、大事にしろよ。田村は寂しがり屋だから、なるべく一人にはしないこと。他の男に掻っ攫われるからな」
ーそれお前が言うなよ……
この言葉を和彦は呑み込んだ。
「わかってるって!お前みたいにちゃんと縛っておくよ」
「は?何縛るって!」
香織がすかさず突っ込み、さっきまでの殺気立った顔が和らいだ。
「違うよ、いつも側にいるって意味だよ」
「お調子者…」
「嫌いじゃないでしょ?」
「嫌い…」
「うそー!それって俺に死ねって言ってるのと同じだよ?酷い~!ちょっと可愛いからってそんな冷たい事、彼氏に言っていいと思ってんの!?」
さも香織が悪いかのように大袈裟に言ってみる。
「な、何よ!可愛いとか…!どうせ皆に言ってるんでしょ!」
そっぽを向いてしまったが、耳がほんのり赤いのに気づく。
ーへぇ…やっぱ可愛いじゃん。
「言わない、香織だけだよ。ねぇ、もっさん!」
「そうだな。田村、こいつに本当の恋愛教えてやって」
今の田村に和彦は必要な存在だ。
彼女はものすごい美人という訳ではないが、男好きする顔をしている…話やすいし、細かい事は気にしない質だ。
だが、男を見る目がない。
俺のように彼女持ちや妻子持ち、遊び好きのお調子者ばかりに惹かれていく。
本人は至って真面目な恋愛を望んでいるようだが上手くいかない。
かたや和彦も恋愛体質で、好きになるととことんのめり込むタイプだが、今は恋に疲れているのか、しばらく彼女はいない。
この二人が出会って惹かれ合わない訳がなかった。
恋の傷は恋で癒やすのが一番いい。
彼女の思いに応えることはできないが、それで良かったと言える日が必ずくる。
この出会いを機に田村の何かが変わってくれることを願う。
「それじゃぁこの後はもっさんの奢りでパーッと二次会など……」
「ダメ。俺ら今日はお泊りデートだから」
〝お泊まり〟と聞いた田村の顔が一瞬で曇った。
すぐには無理かもしれないが、失恋の傷もいつかは癒える。
和彦なら田村がもし何か無謀な事をしでかしたとしても、最終的には優しく許してくれるだろう。
それに二人の恋はもう始まっている。
ここからは基希の心配も必要ない。
和彦はいい男だ。
無邪気で素直で優しい。
恋に疲れても尚、香織とならもしかしてーという可能性に賭けてくれた。
長いこと一緒にいれば、それくらいはわかる。
人生は短い。
もさもさしていたらあっという間に終わってしまう。
だからこそ、この二人にはいつか結ばれて欲しい…人生を謳歌して欲しい、そう願って止まなかった。
三章~(三)へ続く……
しばらく行くと人混みがはけ、一軒の居酒屋の前に到着した。
「よう、お疲れ~!遅いぞ!」
店の前に着くと、基希と背格好の似た男が親しげに話しかけてきて、この人が友人なのだとずぐにわかる。
正直、女性ではなくて少し安心した。
「悪いな。紹介するよ、こちらは釈玲子さん。俺の最愛の女だ」
〝最愛〟という言葉に反応してしまい、挨拶を交わす前に基希と見つめ合ってしまう……
「あのぅ……俺もいるんですけど」
ーいけない、私ったら!基希さんがあんなこと言うからつい……!
気を取り直して意味もなく服を払う。
「初めまして、釈玲子です。よろしくお願いします」
「伊達石基希の心の友、南田和彦です!こちらこそ、玲子ちゃんに会えて嬉しいよ!もっさんのやつ、ずーっと玲子ちゃんの話しばっかだったから、早く会いたかったんだよね」
人好きのする笑顔をみせた和彦は、前から玲子を知っているかのような口ぶりだった。
「そうなんですか?」
「そうそう!もう学生の頃からー」
「ああ、そうだ!和彦、今日は同僚を紹介するからな、頼むぞ」
和彦の話しを基希が遮った。
「何を頼むんだよ。良い子か?」
「それはお前次第…」
基希は微笑を浮かべた。
そう、今日の最大の目的は、基希に思いを寄せているであろう田村に玲子を会わせることで潔く諦めていただく事。
それだけじゃない。
あわよくば、失恋の痛手を癒やしてもらおうという作戦だ。
男の質より、側にいてくれる頻度を重視する寂しがり屋な田村には、それなりに重たいくらいの男がちょうどいい。
そのうってつけな相手として白羽の矢が立ったのが和彦というわけだ。
基希から言わせたら、和彦は稀代の女好きみたいな甘いマスクの外見や、一見無頓着とも思える言動とは裏腹な心の持ち主であるところが面白い男。
そのギャップがあって退屈しないのだが、長い目で見てそれを許せる女性と出会っていない。
つまりは女性の思うイメージ通りに動かないところが、振られてしまう原因らしい。
そんな和彦と田村を会わせたら、どんな科学反応を起こすだろう。
まずは第一印象だ。
賑わった店内を奥に進むと、田村がすでに待機していた。
「もう、遅い、基希!」
基希をいきなり呼び捨てにしたこの女性も、おそらくは友人……
玲子の心がざわついた。
「悪い悪い。紹介するよ、こちらは俺の最愛の女性で釈玲子さん、こっちは和彦でこっちが同僚の田村」
「俺の紹介、雑すぎない?」
和彦は場馴れしているのか泰然自若だ。
「本当…雑!」
田村も不服そうだ。
「初めまして、釈玲子です」
さっきとは違い、よろしくーとは言えなかった。
自分と出会う前の基希を知らない……知らなくて当たり前だが、玲子にとっても〝最愛〟である基希の過去が気にならないと言えば嘘になる……。
そんな些細な事を気にする、器の小さい自分に嫌気が差した。
「まぁ、とにかく座ろう!俺は南田和彦、よろしく!」
「田村香織です…」
「ここは俺たちの奢りたから、居酒屋だけどじゃんじゃん頼んで!」
「俺たちって?」
「俺と和彦」
「なんだよそれ」
「居酒屋でカッコつけるチャンスなんて今しかないと思うけど?」
「わかったよ」
気心知れた夫婦漫才のような掛け合いに、少し淀んだ気持ちが和んだ。
会話の殆んどが基希と和彦の独壇場となっている。
玲子と田村は会話なし……
ー予想はしていたがかなり冷え込んでるな……
だが手を緩める訳にはいかなかった。
ここでキッパリ基希を諦めてもらうには、田村の入る隙はないーと知ってもらう必要がある。
今までは気のない基希に業を煮やして他の男と付き合っていたのかもしれない。いつか振り向いてもらえるかも…と希望があったからだろう。
だがそれは田村のエゴイズムであり、玲子の幸せを願う基希の思いとは、何一つ重ならない。
それが証拠に、田村は玲子をまるで視界に入れず無視している。
好きな相手の幸せを願う気持ち、感謝の心……
どこを取っても田村とは明らかに価値観が違う。
ただの友人ならそれもいいが、恋人となれば話は別だ。
田村とは友人のままがいい。
「玲子、あ~んして」
「な、何言ってるの!」
「じゃぁ、俺があ~んする」
「酔ってるの?」
「玲子に酔ってる」
田村に見せ付ける為に玲子を誘惑してみたか、思った以上に反応が可愛い過ぎて堪らなくなる。
この後のお泊まりを考えると、こんな所にいつまでも居たくはないのだが、今は仕方ない。
「見てらんね~……もっさんベタ惚れだなぁ~」
半ば呆れ口調で和彦は茶化してみた。
「当たり前だろ、玲子だそ!」
「何その理由。意味わからんけど」
予想通りの答えだったが、あまりにお決まり過ぎて、それがかえって場を和ませた。
若干、一名を除いては…それが誰とは言わずもがな。
「わからないのかぁ~残念!玲子ごめん、ちょっとトイレ」
「あ、俺も!」
男性陣二人が行ってしまい、女性陣が取り残された。
お酒は嗜む程度しか呑めない玲子は、ちびちびとレモンサワーを味わっている。
無言のままの二人の間を冷気が流れ、なんとなく田村に対して気不味さを感じた。
これは気のせいではないだろう…女の勘がそう言っている。
すると田村がビールを一気に煽り、ガタンっと乱暴にグラスを置いて玲子を睨みつけた。
「なんであなたなのよ…あたしの方が先に基希と出会ってたのに、あたしの方が基希をよくわかってるのに!ぽっと出のあなたなんかに……なんでよ!」
「ぽっと出……」
玲子と二人になった途端に基希への思いが吐露されるのは、本人には言えない寂しさからだろう……理解はできるが共感するつもりはない。
「そうよ、あなたなんてついこの間会ったばかりじゃない!基希はずっと誰とも付き合う気はないって言ってたから、あたしは身を引いたのに!でも諦めきれなくて、もう何年も前からずっと基希が好きだったのに…!」
止め処無い田村の思いが玲子に向かって投げつけられるが、何を言われようと自分の基希への愛情が他の女より劣っているとは思わない。
基希と現世で結ばれる事をどれ程待ち望んでいたことか……
「百年…」
「は?何それ」
田村は一言で玲子を嘲る。
頭のおかしいイカれた女が基希の相手だなんて納得できない!という顔つきだ。
「私が基希さんと出会ってから、百年が経ちます」
「何言ってるの、妄想?頭おかしいんじゃない」
「私たち、百年以上前から恋人同士なんです。やっと出会えた愛しい人を、今更あなたに譲ると思いますか?」
「わけわかんない!」
苛々した様子で田村はまた一杯ビールを煽るとガタンとグラスを置き、僅かに残ったビールが外に跳ねた。
それでも玲子は毅然とした態度で話しを続ける。
「わからなければいいんです。でも、人を羨ましく思うのはやめた方がいいです。死に別れなんて、決していいものじゃないですから……」
今思い出しても辛いあの別れを、間違っても羨ましいだなんて思ってほしくなかった。
「何よ、死に別れって……馬鹿馬鹿しい!」
わからない人にはそうなのかもしれない…玲子自身もはじめは何が何だか理解できないでいた。
突然知らない世界にポイっと放り込まれたような、記憶にある世界と今見ている世界との違いに大いに戸惑った。
でも理解できずとも、この思いだけは紛れもなく本物だったことは確か。
それを誰かに認めてもらわなくては、とは思わない。
この気持ちは玲子だけの大切な想い…基希を想う真実の愛。
だから譲れない!
ガヤガヤと騒がしい店内で、二人の周りだけが冷ややかに静まり返る。
しばらく沈黙の後、基希達が戻ってきた。
「お待たせ、悪かったね。ん?どうしたの玲子、金庫破りみたいな顔して…」
「あはは、どんな顔よ」
「難しい顔?」
「何でもない」
田村とのやり取りは今は話さないでおく。
この場で玲子が話してしまえば田村は気まずくなって帰ってしまうかもしれない。
基希が彼女を嫌ってしまうかもしれない。
ライバルが減るのはいい事だけど、それでは同僚である二人の間に溝が生まれ、仕事がやりずらくなるかもしれない。
玲子の望みは基希と一緒に楽しく生きる事で、彼の交友関係を狭めたい訳ではない。
本気で愛して信頼しているからこそ、基希の自由も尊重したかった。
そして田村自身にも、基希という優しい人間と出会えた事を人生に必要な宝の一つとして欲しかった。
「そうか…トイレは大丈夫?」
「うん、行こうかな」
「じゃぁ、一緒にいくよ」
「今行ったんじゃ…?」
「いいから!」
戻って早々、基希は玲子に付き添って行くらしい。
「トイレまで一緒にいくかね~」
若干引き気味の和彦だが、同時に基希が人を好きになると、こんなことになるのか…と新しい発見を楽しんでいた。
「トイレでナンパはお決まりだろ?だから付き添うんだよ」
「漫画の読みすぎだよ。独占欲半端ないな」
「俺は愛し愛されたいだけなんだ!」
こんなに独占欲が強くて大丈夫なのだろうか?と少し気になり、和彦は玲子にも聞いてみる。
「玲子ちゃんも大変だろう?」
「いえ、私は愛されてるなって感じるんで……」
何も心配はいらなかった……
「はいはい、いってらっしゃーい」
二人がいない間、田村と話して見ることにする。
第一印象は……可愛いと思った。
さっきトイレでもっさんにも聞かれてそう答えたばかりだが、見るからに基希が好きだったのに他の女に取られて悔しいです!みたいな顔をしているのが気にはなるが……
まぁ、分かりやすくていいと思う。
だがこれでは玲子があんまりだ。
ー完全に無視されてたもんなぁ…今頃はもっさんがフォローしてると思うけど、こっちは俺がフォローするか。
「あいつ、すごいな」
「本当…みっともない…」
「辛辣だなぁ~、香織ちゃんって呼んでもいい?」
「お好きにどうぞ」
機嫌の悪さを隠しもしない香織を少し揺さぶってみることにする。
もっさんには玲子ちゃんがいる、もし彼女がちょっかいを出すつもりなら、阻止しなくてはならない。
学生の頃から玲子の話を聞いていた和彦は、この二人の恋を全力で応援している。
電話で聞いた時は信じられなかったが、今夜初めて紹介してもらって、まるで自分事のように嬉しかった。
実際会った玲子は美人で、もっさんが言っていた通り目が黒くて大っきい…。
今思えばなんて語彙力のなさ…思わずニヤける。
「香織ちゃんは誰か好きな人いるの?」
「別に……」
ニヤけたままで聞いたのが良くなかったのか、益々不機嫌そうだ。
「あいつに牽制された?」
「え?」
やっぱり図星だったか…
「そうなんだ…まぁ、イケメンだし、優しいしね」
「……」
「あいつにとって玲子ちゃんは、ずっと探していた運命の人なんだってよ」
「そんなのどうやってわかるのよ……」
その疑問は和彦にもよくわかる。
運命の人をひたすら待つより、数打つ方が自分に合う人が見つかるんじゃないか、付き合ってみないとわからないじゃないか、そう思っていた。
でもそれは和彦のやり方を押し付けるだけで、基希の求める幸せとは違った。
基希はただ待っていたわけではない。
出会いを求めてホテルにまで就職した。
語学を学び、身体を鍛え、その時に備えていたんだ。
自分も運命のような恋に憧れていたけど、出会ってもいない女の為にそこまでの労力を割きたくなかった。
結局、基希のようにできるはずもなく、出会いと別れを繰り返し、そろそろ恋愛にも疲れてきたところへ、今回の話が舞い込んできた。
基希の紹介なら安心もできる。
この出会いは運命か…?
「高校の時から言ってたよ。夢に出てくる女の子を探してるって。それが見つかったわけだから、そりゃ離さないよね」
「……」
「ショック?」
「な、なんで私が!」
「もっさんなんかやめて俺にしない?」
「は?」
「こうして会ったのも何かの縁だしさ、俺こう見えて一途だし……好きになれるかもよ?」
恋愛に疲れたからと言って生きる事に変わりはない。
だったらこれを最後の恋にするつもりで頑張ってみたっていいじゃないか。
そう思ったら不思議と穏やかな気持ちになれた。
「何それ…あなたも運命信じるタイプ?」
「そうだなぁ…正直、信じてはなかったよ。でも、もっさんと玲子ちゃん見てたら信じるしかないっしょ。だから俺も信じることにした!」
「そう…勝手にすれば」
「勝手にするよ。信じる者は救われるって言うじゃん!だから付き合おう、ね?」
ずんっと顔を近づけて微笑んで見せると、香織の頬が赤くなった。
ーなんだ、可愛いとこもあるじゃん。
「わかったわよ…!でも言っとくけど、好きになるまでヤらないから…弄ばれるのはもう、うんざり……」
「わかった!」
自分で言うのもなんだが、がっつく年頃は過ぎた。
これからは落ち着いた優しい恋ができたらいい……
和彦は香織の心が瘉えるのを待つ恋をしてみようと思った。
今更焦ることもない。
基希と玲子が仲睦まじく寄り添って戻ってくる姿を見ると、もう随分前からこうしていたような錯覚を覚える。
「お帰り!俺たち、付き合うことになったから!」
「え!?」と玲子が目を丸くしている。驚くのも無理はない。
だがその横で基希は涼しい顔をして言った。
「良かったな、大事にしろよ。田村は寂しがり屋だから、なるべく一人にはしないこと。他の男に掻っ攫われるからな」
ーそれお前が言うなよ……
この言葉を和彦は呑み込んだ。
「わかってるって!お前みたいにちゃんと縛っておくよ」
「は?何縛るって!」
香織がすかさず突っ込み、さっきまでの殺気立った顔が和らいだ。
「違うよ、いつも側にいるって意味だよ」
「お調子者…」
「嫌いじゃないでしょ?」
「嫌い…」
「うそー!それって俺に死ねって言ってるのと同じだよ?酷い~!ちょっと可愛いからってそんな冷たい事、彼氏に言っていいと思ってんの!?」
さも香織が悪いかのように大袈裟に言ってみる。
「な、何よ!可愛いとか…!どうせ皆に言ってるんでしょ!」
そっぽを向いてしまったが、耳がほんのり赤いのに気づく。
ーへぇ…やっぱ可愛いじゃん。
「言わない、香織だけだよ。ねぇ、もっさん!」
「そうだな。田村、こいつに本当の恋愛教えてやって」
今の田村に和彦は必要な存在だ。
彼女はものすごい美人という訳ではないが、男好きする顔をしている…話やすいし、細かい事は気にしない質だ。
だが、男を見る目がない。
俺のように彼女持ちや妻子持ち、遊び好きのお調子者ばかりに惹かれていく。
本人は至って真面目な恋愛を望んでいるようだが上手くいかない。
かたや和彦も恋愛体質で、好きになるととことんのめり込むタイプだが、今は恋に疲れているのか、しばらく彼女はいない。
この二人が出会って惹かれ合わない訳がなかった。
恋の傷は恋で癒やすのが一番いい。
彼女の思いに応えることはできないが、それで良かったと言える日が必ずくる。
この出会いを機に田村の何かが変わってくれることを願う。
「それじゃぁこの後はもっさんの奢りでパーッと二次会など……」
「ダメ。俺ら今日はお泊りデートだから」
〝お泊まり〟と聞いた田村の顔が一瞬で曇った。
すぐには無理かもしれないが、失恋の傷もいつかは癒える。
和彦なら田村がもし何か無謀な事をしでかしたとしても、最終的には優しく許してくれるだろう。
それに二人の恋はもう始まっている。
ここからは基希の心配も必要ない。
和彦はいい男だ。
無邪気で素直で優しい。
恋に疲れても尚、香織とならもしかしてーという可能性に賭けてくれた。
長いこと一緒にいれば、それくらいはわかる。
人生は短い。
もさもさしていたらあっという間に終わってしまう。
だからこそ、この二人にはいつか結ばれて欲しい…人生を謳歌して欲しい、そう願って止まなかった。
三章~(三)へ続く……
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