運命の人は二人で一人!?どっちも愛してみせます!

神楽倖白

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エピローグ

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葵の陣痛が始まってから一晩が経った。
「お父さん、微弱陣痛だからまだ産まれませんよ。お仕事行かれて下さい。何かあればご連絡しますから」
 そう看護師から言われて仕事に来たが、落ち着いて仕事などできるはずもなかった…。
「微弱陣痛だって痛いに変わりはないのに…」
ー葵の陣痛の間隔は十分置き…辛いはずだ。なのに〝大丈夫だからお仕事行って〟だなんて…何かあったらどうしよう…一応入院になったからまだましだが、気が気じゃない!
 ソワソワしながら携帯を見てはパタンと置く…もう何十回も繰り返す動作は、からくり人形のそれだった。
「慧矢様、コーヒーをどうぞ…まだ二時前ですので今でしたら夜の睡眠に影響はないかと…」
 門倉の相変わらずな平静さが今は腹立たしい…。
「門倉…落ち着かない!病院に行きたい!ヘリ用意して」
 慧矢の我儘に素知らぬ顔をした門倉が黙ってコーヒーを置いた。
「奥様が…茜様が慧矢様をご出産の時、私が付き添いを務めさせていただきました…」
 そんな話しは初めて聞いた。
「そうなんだ…母さんも苦しんだんだね…」
 慧矢は覚えていないが、自分が産まれることで母親が苦しんだのだと思うと、申し訳なく思う。だが同時に今の幸せを考えれば、母親には最大級の感謝を伝えたいとも思った。
「茜様のご出産も、丸一日以上かかりました。でも…気丈に振る舞っておられましたよ。こんな時くらいもっと甘えても良いのではないかと進言しましたが、〝今しっかりしないと赤ちゃんが不安になるから〟とおっしゃいまして…旦那様をお呼びにはなりませんでした…」
「門倉…葵も我慢してるのかな…」
「少なくとも茜様は、付き添った私に大変な恩を感じている…と、ずっと申されておりました」
 門倉の言わんとすることがなんとなくわかった。
「門倉、今日は休む!車の用意を頼むよ。それともヘリの方が…」
「お車でお願い致します!」
 門倉がピシャリと言いのけた。
「わかった!」
 慧矢が急ぎ足で部屋を後にすると、門倉は自分の首に架かるロケットペンダントを開き、写真の二人に微笑んだ。
「やれやれ…」


 移動する車の心地よい振動で、慧矢はうとうとしはじめた。
ーあぁ…気持ちいい…フワフワする…
『…慧くん……慧くん……』
ー誰…?聞き覚えのある澄んだ声………
『慧くん…』
ーこの声……まさか、母さん…?母さん!
 辺りは真っ白な霧に覆われ先は見えない。
 だが不思議と怖くはなかった。自然と足が行くべき場所を知っているかのように慧矢は歩き続ける。
 パシャッ…と水溜りを踏んだ感覚がして立ち止まると、目の前の視界がサーっと開けていった。
『慧くん…大きくなったわね…』
 そこには、会いたくて会いたくて堪らなかった愛しい母が、もう憂いや苦しみのない表情で、薄っすらと笑みを浮かべて立っていた。
 慧矢はカタカタと震える手を伸ばして近づく…
「母さん…母さん…!俺、会いたかったよ…許して…俺を…母さんを護れなかった、俺だけのうのうと生きて、ごめんなさい…ごめんなさい…」
 葵と出会う前の希死念慮を抱えた慧矢が、再び頭を擡げて膝をついた。
「母さん……俺を連れていって…ずっと…ずっと待ってたんだ…お願い…」
〝もう離れないで〟と思い詰めた顔で縋ると、茜が覗き込むようにして目を合わせる。
『慧くん…あなたは私の全てなの…そんなあなたを連れて逝くわけには行かないわ…』
 茜は駄々を捏ねる息子を優しく宥めるように言った。
「そんな母さん!俺も連れていって!置いて逝かないで!」
 止め処なく頬を伝い落ちる慧矢の涙を、茜がそっと拭う…
『あなたはもう独りじゃないのよ…待ってる人たちがいるでしょう?』
ー待ってる…人たち…?
『…慧くん……』
ーこの柔らかな…幼い感じの声…葵………葵!
 慧矢はハッと目が覚めたように、辺りを見回す。そして母親に向き直ると
「母さん!ごめんなさい!俺、やっぱり逝けない!好きな人がいるんだ…優しくて、強くて、不器用で、すごく愛してるんだ!彼女を置いては逝けない、独りにはできない、今度こそ護るって誓ったから…母さん…本当にごめんなさい…!」
 慧矢はぎゅっと拳を握り締め、またも自分は母を独りにし裏切るのか…と奥歯を噛んだ。
 そんな息子を茜は満足そうに見つめ微笑むと、抱き寄せて愛おしさのままに胸に包み込んだ。
『それでいいの。慧くん、あなたは私の夢だから…だから生きて…生きて幸せになるの…これから待つ幸福と、希望の全てがあなたのものよ…何があっても乗り越えられるわ…お母さんのせいで苦しい思いをさせてごめんなさい…私も次に進むから、慧くんも幸せを諦めないで……愛してるわ…私の元に生まれてきてくれてありがとう…幸せにね…」
「…ありがとう…母さん……愛してるよ………」


………………!
「……様…、慧矢様!到着致しましたよ」
…寝てた!着いた!病院!
「葵!行かないと!」
ー待ってて葵!今行くから!
 慧矢は急いで車を降りた。
 だが病院に着くと赤ん坊はすでに無事に産まれていて、母子共に健康、ちょうど連絡を入れるところだったと聞かされた。
 どうやら俺の仕事を邪魔しないようにと、葵の気遣いで連絡は生まれてから、と言っていたらしい。
ー俺は馬鹿だ…糞だ……葵の言葉を真に受けて仕事に行き、あげく出産に間に合わないだなんてとんだ役立たずだ…!何かあったらどうしようと不安だったのなら最初から仕事なんか行かなければ良かったのに!
 そう自分を卑下しながら病室に辿り着く。
ーコンコンー消毒を済ませてノックする。
「どうぞ」
 葵の声だ。
 ゆっくりドアを開けると、飛び込んできた光景に慧矢は息を呑んだ!
 窓から射し込む眩い太陽の光を受け、燦然さんぜんと輝く君に、俺はこの先何度心を奪われるのだろう…ずっと君に見惚れていたい…誰かがその輝きを曇らせようとするなら、その全てから君を護りたい。
 病室のベッドで赤ん坊を抱く葵の姿に、慧矢は言葉を失っていた。
「慧くん。どうかした?入らないの?」
「あ、あぁ…ごめん、あんまり綺麗で…」
「もう、またそんなこと言って…」
 葵がほんのり頬を赤らめて、しばしの沈黙に甘い時間が流れる。
「葵…よく頑張ったね、ありがとう。でも…間に合わなくてごめん……」
「いいの謝らないで。慧くんのお仕事の邪魔したくなかったの…私こそごめんなさい。でも見て…すごく可愛いでしょ?」
 ずっと女神だと思っていた目の前の女性は、子供を産んで益々美しく慈しみ深い聖母へと変身を遂げ、慧矢に微笑みかけていた。
「可愛い…」
 そう言うと慧矢はベッドに腰を下ろし、赤ん坊の胸元にそっと手を置いて触れながら、葵の耳にチュッと口づけをして囁いた。
「キスしてもいい?」
「ふふ…どうぞ?」
 葵のお許しを得て、その唇に感謝を込めたキスをする。
…ちゅっ……
 最後に鼻と鼻を擦り合わせて〝ありがとう〟を再度伝えてから、見るからに柔らかそうな赤ん坊のほっぺを、ツンツンとつついてみた。
ー産まれたての赤ん坊が猿だなんてどこの情報だ?全く猿なんかじゃないし、むしろ葵共々美し過ぎて尊いぞ!
 見れば見るほど、考えれば考えるほど、母子共に無事でいてくれたことが奇跡に思える。
 赤ん坊を見ながら、葵が妊娠してからよく夢を見るようになったことを思い出す。内容は覚えていたりいなかったりだが…でも覚えている夢は決まって同じで、葵が誰かを助ける為に自分を犠牲にして命を落とす…というものだった。
 お願いだからやめてくれと懇願しても、君は性懲りもなく自分以外の誰かを優先させる…。
 そんな夢を見る度に魘されて寝覚めは最悪だったが、いつしか開き直れるようになった。
〝だったら俺が護ればいい〟
 そうなんだ、俺が変わればいいだけなんだ!
 そもそもで菩薩のような彼女に『他人は放っておきなさい』と言ったところで柳に風と受け流されるだけなのだ。
 こうなったら彼女が楽に俺たちを護れるように、俺と子供が強くなるしかない!
 君が犠牲にならなくても大丈夫だと、安心させてみせる!
 いつまでも彼女を愛し慈しみ、俺たちは陰ながら君を護っていく…完璧だ…!
 そうして長い年月を共に生き、いつしか腰が曲がるほど年を重ね、君がいよいよ人間の世界に嫌気が差して天に帰る時、俺の寿命も尽きてくれたら…こんなに幸せな終わり方はないだろう。
 だから神様…俺から葵を奪わないで下さい…死ぬまでずっと葵の側に居させて下さい…これからは子供のことも護ります…葵が命を賭けなくても生きられるように…全身全霊で護ると誓います!
 葵と結婚してから慧矢は度々心の中で神様に祈ることが多くなっていたが、妊娠がわかってからは、度々どころではなく毎日祈るようになっていた。
ー子供が産まれたばかりなのに、こんな事を考えているなんて葵に知られたら怒られるな……
「本当に、よく頑張ったね。元気な子を産んでくれてありがとう…本当に…俺、葵に何かあったらとか考えちゃって…ぐっ…うっ…本当に、無事で良かった…良かった…」
 慧矢がポロポロと涙を零す。
「もう、泣き虫なパパさんねぇ…」
「あ、それダメだからね!」
 慧矢の涙が一瞬で引っ込んだ!
「何が?」
「パパ呼びだよ!」
「え?ダメなの?」
「俺はパパである前に葵の旦那さんだろ?パパって名前じゃないから!」
 葵は目をまん丸にして見開いた。
「それって、ママさんたちがよく言うやつよね?」
 葵があはははは~と声を上げて笑う。
ー本当になんて可愛い人なのかしら!今までも何回そう思ってきたかわからないけど、パパになってもあなたは変わらずにいてくれるのね…嗚呼どうしよう…愛してる……。
「そうなの?」
「そうよ。私はあなたのママじゃないのよってね」
ーそうなのか…俺は確かにパパになった。だがしかし!葵の夫であり、恋人でもある!パパというカテゴリーだけに囚われたくない…それにいつか子供は巣立ち、愛する誰かと生きるのだ。残るのは夫婦二人。役割が〝パパ〟だけでは葵が俺に飽きてしまうかもしれないじゃないか!
〝少壮幾時ぞ〟…そんな言葉が聞こえた気がした。
 俺たちの時間はあっという間だ…今の幸せは良くてもあと数十年、その内一緒にいられる時間はどのくらいだろう…。
 つい、死が二人を別つまでの時間をカウントダウンしてしまう…幸せな時が永遠には続かないことを慧矢はよく知っていたからだ。
 今、幸せだからといって明日も幸せとは限らない。
ーだがそれが何だ!だからこそ俺は、今日も、来年も、五十年後も、葵と笑い合っていたい。
 彼女がぐでんぐでんになるまで愛して、この先も二人…同じ時間を重ねて、いつか俺が先に死んでも〝彼以外は愛せないわ〟となってくれたら本望だ。彼女には幸せでいてほしいが、俺以外の男と幸せになってほしいわけではない。だからと言って、俺の後を追って死んでほしいわけでもない。でも俺は…彼女がもし俺より先に天に帰る日が来てしまったら、生きていられるだろうか…考えられない…きっと無理だ!でも葵が産んでくれた、この愛らしい俺達の子供も護らなくてはならない。
ー簡単にはいかないな…。
 答えなど出るわけがなかった。
 慧矢が難しい顔になり「んー……」と呻ると、葵がクスクスと笑いながら声をかける。
「どうしたの?また難しい事考えてるんでしょ?」
「あぁ…いや。護らなくちゃなって考えてた…」
 そう言った慧矢の手を葵がギュッと握った。
「大丈夫!私だって少しは強くなったんだから!でも…考えてたのはそれだけじゃないんでしょ?」
「………っ」
 葵を見つめ、思わず言葉に詰まる。
「幸せが怖い…とか?」
 慧矢の心の奥底にある不安を、彼女はいつも見ている。自分でさえ目をそらす事もあるのに、どんなに小さな棘さえも見逃すまいと、常に慧矢を見守り寄り添い愛してくれる。
「そうだね…正直、こんなに大事なものを、これからどう護っていけばいいのかは考えさせられるよ…後は少し、不安なだけ」
「不安…?」
「そう。君があまりにも綺麗で…悪い虫に君が付いて行っちゃったらって考えたら不安になった…でも虫除けに毎日キスマーク付けさせてくれたら、俺の憂いも晴れるんだけど…ダメ?」
「毎日キスマーク!?そ、それは恥ずかしいからダメ。でも、見えない所なら…」
「ってことは、毎日抱いてもいいんだね!」
「え!でもまだ産後だし、当分は無理で…」
 葵があわあわしてる…本当に可愛い。
「わかってるよ、奥さん…俺だって勉強してるんだ。君の身体に負担はかけたくない。でも、もう抱きたいのも本心なんだ…だから回復したら覚悟してね」
 葵の顔がポッと赤くなる。
「パパは困ったちゃんですね~」
 〝良い子ね~〟と、照れ隠しのために赤ん坊に話しかける彼女が眩しい。
「二人の時に〝パパ〟は禁止だからね!」
「うん、気をつける」
「でも、この子にはいつまでもパパって呼ばれていたいな…」
「そうね…私も呼ばれていたい」
 それ以上の言葉はなく、二人はキスをした。
『これから待つ幸福と、希望の全てがあなたのものよ……』
ー母さんの言った通りになったよ。俺はこれからも幸せでいられるのかな…?彼女は俺を置いて逝かない?
 懊悩とする慧矢を察してか、葵が優しく背中を撫でてくれる。
 彼女の指先から伝わる温もりが〝もう大丈夫、独りにはしないよ〟と言っているようで、何よりも信じられた。
 スヤスヤと眠る赤ん坊を見ているだけで、孤独な未来など不必要なものとして淘汰されていく。
ーこの子には自分たちの未来が見えているのかもしれない。こんなに安心しきった顔で眠っているのだから…大丈夫、護っていこう。そうすればきっと俺たちはこれからも幸せだ。
 赤ん坊の存在が二人の未来は明るい、と告げているように感じた。
「葵、写真撮ろう」
「うん、お願い」
 家族が増えた喜びは……カシャカシャカシャッ……こうして残る。
 これからもたくさん、幸せを残していこう。
 葵も、この子も、そのまた子供にも、幸せが受け継がれていくように………


   完
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