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プロローグ:EEZ海域の悲劇
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低く唸る四発のエンジン音は、厚い雲を突き抜けて響く。
海上自衛隊の哨戒機P-1は隊員十一名を乗せて警戒監視任務の目的海域に向かっていた。
電測員である沖島海斗(おきしま・かいと)三等海曹は、自身のコンソールに向かいながら、無意識にフライトスーツの胸ポケットを指先でなぞった。
そこには、小さな布袋に包まれたプラチナの指輪が入っている。
海斗にとってこの任務が最後のフライトだった。退官届はすでに受理済みだ。
退官後に夢を叶えるための資金も十分に貯めてある。
そして何より、この任務を終えて基地に戻ったら、恋人の早川里玖(はやかわ・りく)にプロポーズすることに決めている。
つい緩みそうになる口元を、隣に座る武器員の桜井二曹の視線が見抜いた。
「沖島、またニヤついてんな。里玖さんのことか?」
「……別に、そんなんじゃないですよ」
海斗は誤魔化すように計器に目を戻したが、指輪があるあたりがほんのり温かい気がした。
機内のスピーカーから、落ち着いた、しかし重みのある声が響く。
「TACCOよりクルーへ。これより任務エリアに進入、警戒監視を開始する」
戦術航空士(TACCO)、つまりリーダーのその一言で、機内の空気は一瞬にして緊張する。
和やかな空気と私語は消え、各自の指先がそれぞれの担当機器へと迷いなく伸びる。
海斗はいつものように、レーダーの走査線に集中していた。緑色の光が一周するたび、海上の静寂が描き出される。
と、端に小さな光の点が浮かんだ。
「コンタクト! 方位ゼロ・ハチ・ゼロ、距離四〇(ヨンマル)!」
海斗はこの異変をすぐさま機内へ伝えた。
「機長よりコンタクト、性質(ネイチャー)は?」
「サーフェス、一点。インテンシティ、強。……AIS反応、ありません!」
AIS、つまり自らの位置を知らせる信号を出さない艦船。
それは、日本の排他的経済水域(EEZ)において、明確な敵意か、あるいは隠すべき意図を持つ者の証だった。
機体は高度を下げ、その正体を暴くべく不審艦船へと接近を開始した。
「視認距離まであと三マイル。……識別、急ぎます」
海斗がコンソールを叩いた、その時だった。
―—ピピピピピピ!
鼓膜を突き刺すような、激しいアラート音が機内に鳴り響いた。
「――警報! 火器管制レーダー照射(ロックオン)を検知! 方位ゼロ・ハチ・ゼロより!」
電子戦員の悲鳴に近い叫びがヘッドセットを震わせた。
レーダー照射。つまりミサイル発射のため照準を合わせてきた緊急事態。
「トラッキング検知! 撃ってきます!」
もはや威嚇ではない。波形はすでに固定(ロックオン)へ移行している。それは相手の艦船が獲物の心臓を射抜く準備を完了していることを告げていた。
「回避機動(エバーシブ)!」
機長が叫び、操縦桿を強引に引き倒した。
機体が大きく傾き、強烈な重力が、海斗らクルーをシートに押しつける。
だが、逃げ切る時間は残されていなかった。
不審艦から放たれたミサイルは、白煙を引いて青い空へと吸い込まれ、一瞬ののち、哨戒機の右翼を無慈悲に引き裂いた。
「左エンジン火災! 操縦不能!」
「メイデイ、メイデイ! こちら――」
海斗の視界が、真っ白な閃光に包まれた。
衝撃は感じなかった。
その瞬間、里玖の笑顔が脳裏をよぎり、胸ポケットの中の指輪が熱を持ったような気がした。
次の一瞬、膨らむような眩しい光が海面に真っ白に反射し――直後に轟音とともに機体は爆発四散してしまった。
あとには海面を漂うわずかな機体の破片と、黒い煙の軌跡だけが空に残された。
海斗を含む十一名の乗員たちの姿も、彼が恋人へ永遠の約束として捧げようとした指輪も、跡形もなく紺碧の海へと溶けていった。
そこに生きていた証を、何一つ残すことなく。
海上自衛隊の哨戒機P-1は隊員十一名を乗せて警戒監視任務の目的海域に向かっていた。
電測員である沖島海斗(おきしま・かいと)三等海曹は、自身のコンソールに向かいながら、無意識にフライトスーツの胸ポケットを指先でなぞった。
そこには、小さな布袋に包まれたプラチナの指輪が入っている。
海斗にとってこの任務が最後のフライトだった。退官届はすでに受理済みだ。
退官後に夢を叶えるための資金も十分に貯めてある。
そして何より、この任務を終えて基地に戻ったら、恋人の早川里玖(はやかわ・りく)にプロポーズすることに決めている。
つい緩みそうになる口元を、隣に座る武器員の桜井二曹の視線が見抜いた。
「沖島、またニヤついてんな。里玖さんのことか?」
「……別に、そんなんじゃないですよ」
海斗は誤魔化すように計器に目を戻したが、指輪があるあたりがほんのり温かい気がした。
機内のスピーカーから、落ち着いた、しかし重みのある声が響く。
「TACCOよりクルーへ。これより任務エリアに進入、警戒監視を開始する」
戦術航空士(TACCO)、つまりリーダーのその一言で、機内の空気は一瞬にして緊張する。
和やかな空気と私語は消え、各自の指先がそれぞれの担当機器へと迷いなく伸びる。
海斗はいつものように、レーダーの走査線に集中していた。緑色の光が一周するたび、海上の静寂が描き出される。
と、端に小さな光の点が浮かんだ。
「コンタクト! 方位ゼロ・ハチ・ゼロ、距離四〇(ヨンマル)!」
海斗はこの異変をすぐさま機内へ伝えた。
「機長よりコンタクト、性質(ネイチャー)は?」
「サーフェス、一点。インテンシティ、強。……AIS反応、ありません!」
AIS、つまり自らの位置を知らせる信号を出さない艦船。
それは、日本の排他的経済水域(EEZ)において、明確な敵意か、あるいは隠すべき意図を持つ者の証だった。
機体は高度を下げ、その正体を暴くべく不審艦船へと接近を開始した。
「視認距離まであと三マイル。……識別、急ぎます」
海斗がコンソールを叩いた、その時だった。
―—ピピピピピピ!
鼓膜を突き刺すような、激しいアラート音が機内に鳴り響いた。
「――警報! 火器管制レーダー照射(ロックオン)を検知! 方位ゼロ・ハチ・ゼロより!」
電子戦員の悲鳴に近い叫びがヘッドセットを震わせた。
レーダー照射。つまりミサイル発射のため照準を合わせてきた緊急事態。
「トラッキング検知! 撃ってきます!」
もはや威嚇ではない。波形はすでに固定(ロックオン)へ移行している。それは相手の艦船が獲物の心臓を射抜く準備を完了していることを告げていた。
「回避機動(エバーシブ)!」
機長が叫び、操縦桿を強引に引き倒した。
機体が大きく傾き、強烈な重力が、海斗らクルーをシートに押しつける。
だが、逃げ切る時間は残されていなかった。
不審艦から放たれたミサイルは、白煙を引いて青い空へと吸い込まれ、一瞬ののち、哨戒機の右翼を無慈悲に引き裂いた。
「左エンジン火災! 操縦不能!」
「メイデイ、メイデイ! こちら――」
海斗の視界が、真っ白な閃光に包まれた。
衝撃は感じなかった。
その瞬間、里玖の笑顔が脳裏をよぎり、胸ポケットの中の指輪が熱を持ったような気がした。
次の一瞬、膨らむような眩しい光が海面に真っ白に反射し――直後に轟音とともに機体は爆発四散してしまった。
あとには海面を漂うわずかな機体の破片と、黒い煙の軌跡だけが空に残された。
海斗を含む十一名の乗員たちの姿も、彼が恋人へ永遠の約束として捧げようとした指輪も、跡形もなく紺碧の海へと溶けていった。
そこに生きていた証を、何一つ残すことなく。
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