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1:俺が、俺じゃない(1)
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肺が焼けるような熱さと、脳をかき回されるような轟音。それが沖島海斗の最後の記憶だった。
「――っ!」
海斗は弾かれたように跳ね起きた。
「い、生きてる……」
荒い息を吐きながら、自分の手を見る。
震えているが、五指は揃っている。
機体が爆発したあの瞬間、死を覚悟した。
だが、こうして起き上がれるということは、奇跡的に海に投げ出され、救助されたに違いない。
不思議なほど体は軽かった。視界に移る自分の体には傷一つなく、包帯の窮屈さもない。海自の誇る救急医療の賜物だろうか。
その時、病室のドアが静かに開いた。海斗の顔がぱっと輝く。
入ってきたのは、紛れもない最愛の恋人・早川里玖だった。
「里玖~……!」
もう何年も会ってないような気さえする。海斗はベッドの上から思わず身を乗り出した。
抱きしめたい気持ちが先走り、海斗は今日の彼女がいつもと雰囲気が違うことにまったく気づいていなかった。
「朝倉くん、意識が戻ったんですね。本当によかった……」
里玖の声は聞こえていても、話している内容は全然聞いていない。
「おお、里玖~! 奇跡の生還したばい~!やっぱり愛は勝つんやね~、はは、なんや眼鏡なんかかけちゃって」
愛しさが爆発しベッドから飛び出した海斗は、歓喜のままに里玖を抱き寄せ、その唇に顔を寄せようとした。
――バチィィィン!
派手な音が病室に響き渡った。海斗は頬から脳天までしびれるような痛みによろめいた。
「な……何言ってるんですか、朝倉くん! 離してください!」
呆然としながらも海斗は、里玖が自分を突き放しながら、今までに自分に見せたこともないような怯えと嫌悪の入り混じった表情をしているのを見た。
「ちょっと先生、うちの息子に何をするんです!」
そのとき、絶妙なタイミングで、一人の中年女性が血相を変えて飛び込んできた。
里玖と海斗の間に割って入り、かつ海斗を庇うように立ちはだかった。ブランド物らしき高そうなスーツを身につけている。
「……おばさん、誰ですか?」
頬を押さえながらも言い放った海斗のセリフに、女性――朝倉佳乃(あさくら・よしの)のキチンと化粧した顔が、怒りと困惑でみるみる歪んだ。
「おばさん!? ……そりゃ、私はもうおばさんと呼ばれる年齢だけど……翔生さん! 親に向かってなんてことを」
「ショウセイ? 誰だそれ」
「んんまあ~!そういう口ごたえは、初めてのパターンね。さては記憶喪失のフリをして、また何か企んでるのかしら?」
海斗は、目の前で「親」と名乗る女性が何を言ってるのかよくわからず混乱した。
そこへ里玖が解説するかのように、言葉を添えた。
「朝倉くん。お母様はあなたがバイクで事故を起こしたと聞いて、とてもご心配されていたんですよ。なのに、そんな……」
お母様?
海斗の母親は父親と一緒に定食屋「沖島食堂」をやっている。この女性ではない。
海斗はますます意味がわからない。
里玖が自分をぶったたき突き飛ばしたことをまだ信じられないが、自分に再び話しかけたことで少し希望を持ち、なおも近寄ろうとする。
海斗の動きに対応するように里玖はあとじさる。
「は? バイク? 何言ってんだよ、俺は最後の任務中に……」
混乱と焦燥に突き動かされ、海斗はなおも里玖に触れようと近寄った。
そのときになって、里玖の見た目の違和感にやっと気が付く。
いつものカジュアルな服ではなく、硬質な雰囲気のスーツをきている。
「おい里玖、ひでえな、彼氏の顔を忘れたのかよ」
その指先が彼女のスーツに触れる寸前、ふと病室の壁にかかった姿見が海斗の視界に飛び込んできた。
その姿見の中にいたのは……。
海斗の動きが、凍りついたように止まる。
「……え?」
そこに映っていたのは、潮風と訓練に焼けた精悍な自衛官の姿ではなかった。
……髪が黄色い。
乱雑に染められた、品のない金髪に、陽の光を避けて生きてきたかのような、色白の肌。眉は細めに整えられ、耳にはいくつものピアス穴が開いている。
鏡の中からは、海斗の姿とはほど遠い「チャラついた若者」が、驚いたように自分を見つめていた。
「俺が、俺じゃない……」
海斗は震える手で、鏡の中の男を触れてみた。
すると鏡の中の金髪の男も、同じように絶望に染まった顔で自分に手を伸ばして来るのだった。
「これ、誰だ……!?」
爆発に巻き込まれたはずの自分が、なぜこの金髪男になっているのか。
そして、なぜ恋人の里玖が、赤の他人のようにふるまうのか。
鏡の中の男――朝倉翔生(あさくら・しょうせい)も、鏡の中で困惑したように情けなく目を見開いている。
「――っ!」
海斗は弾かれたように跳ね起きた。
「い、生きてる……」
荒い息を吐きながら、自分の手を見る。
震えているが、五指は揃っている。
機体が爆発したあの瞬間、死を覚悟した。
だが、こうして起き上がれるということは、奇跡的に海に投げ出され、救助されたに違いない。
不思議なほど体は軽かった。視界に移る自分の体には傷一つなく、包帯の窮屈さもない。海自の誇る救急医療の賜物だろうか。
その時、病室のドアが静かに開いた。海斗の顔がぱっと輝く。
入ってきたのは、紛れもない最愛の恋人・早川里玖だった。
「里玖~……!」
もう何年も会ってないような気さえする。海斗はベッドの上から思わず身を乗り出した。
抱きしめたい気持ちが先走り、海斗は今日の彼女がいつもと雰囲気が違うことにまったく気づいていなかった。
「朝倉くん、意識が戻ったんですね。本当によかった……」
里玖の声は聞こえていても、話している内容は全然聞いていない。
「おお、里玖~! 奇跡の生還したばい~!やっぱり愛は勝つんやね~、はは、なんや眼鏡なんかかけちゃって」
愛しさが爆発しベッドから飛び出した海斗は、歓喜のままに里玖を抱き寄せ、その唇に顔を寄せようとした。
――バチィィィン!
派手な音が病室に響き渡った。海斗は頬から脳天までしびれるような痛みによろめいた。
「な……何言ってるんですか、朝倉くん! 離してください!」
呆然としながらも海斗は、里玖が自分を突き放しながら、今までに自分に見せたこともないような怯えと嫌悪の入り混じった表情をしているのを見た。
「ちょっと先生、うちの息子に何をするんです!」
そのとき、絶妙なタイミングで、一人の中年女性が血相を変えて飛び込んできた。
里玖と海斗の間に割って入り、かつ海斗を庇うように立ちはだかった。ブランド物らしき高そうなスーツを身につけている。
「……おばさん、誰ですか?」
頬を押さえながらも言い放った海斗のセリフに、女性――朝倉佳乃(あさくら・よしの)のキチンと化粧した顔が、怒りと困惑でみるみる歪んだ。
「おばさん!? ……そりゃ、私はもうおばさんと呼ばれる年齢だけど……翔生さん! 親に向かってなんてことを」
「ショウセイ? 誰だそれ」
「んんまあ~!そういう口ごたえは、初めてのパターンね。さては記憶喪失のフリをして、また何か企んでるのかしら?」
海斗は、目の前で「親」と名乗る女性が何を言ってるのかよくわからず混乱した。
そこへ里玖が解説するかのように、言葉を添えた。
「朝倉くん。お母様はあなたがバイクで事故を起こしたと聞いて、とてもご心配されていたんですよ。なのに、そんな……」
お母様?
海斗の母親は父親と一緒に定食屋「沖島食堂」をやっている。この女性ではない。
海斗はますます意味がわからない。
里玖が自分をぶったたき突き飛ばしたことをまだ信じられないが、自分に再び話しかけたことで少し希望を持ち、なおも近寄ろうとする。
海斗の動きに対応するように里玖はあとじさる。
「は? バイク? 何言ってんだよ、俺は最後の任務中に……」
混乱と焦燥に突き動かされ、海斗はなおも里玖に触れようと近寄った。
そのときになって、里玖の見た目の違和感にやっと気が付く。
いつものカジュアルな服ではなく、硬質な雰囲気のスーツをきている。
「おい里玖、ひでえな、彼氏の顔を忘れたのかよ」
その指先が彼女のスーツに触れる寸前、ふと病室の壁にかかった姿見が海斗の視界に飛び込んできた。
その姿見の中にいたのは……。
海斗の動きが、凍りついたように止まる。
「……え?」
そこに映っていたのは、潮風と訓練に焼けた精悍な自衛官の姿ではなかった。
……髪が黄色い。
乱雑に染められた、品のない金髪に、陽の光を避けて生きてきたかのような、色白の肌。眉は細めに整えられ、耳にはいくつものピアス穴が開いている。
鏡の中からは、海斗の姿とはほど遠い「チャラついた若者」が、驚いたように自分を見つめていた。
「俺が、俺じゃない……」
海斗は震える手で、鏡の中の男を触れてみた。
すると鏡の中の金髪の男も、同じように絶望に染まった顔で自分に手を伸ばして来るのだった。
「これ、誰だ……!?」
爆発に巻き込まれたはずの自分が、なぜこの金髪男になっているのか。
そして、なぜ恋人の里玖が、赤の他人のようにふるまうのか。
鏡の中の男――朝倉翔生(あさくら・しょうせい)も、鏡の中で困惑したように情けなく目を見開いている。
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