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1:俺が、俺じゃない(5)
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到着したのは、駅からすぐの好立地にあるデザイナーズマンションだった。
鍵を持ってない海斗は内心焦ったが、アキトがスマートロックを操作し、顔認証でやすやすと鍵を開けたので二度驚いた。
(最新のマンションってのは、こうなってるのか……)
海斗の知っている生活レベルと、翔生のそれはまったく違うらしい。
それと同時に、アキトが顔認証で自室のロック解除できるほどの関係性であることも理解した。
部屋に入ると、そこは高校生が一人で暮らすには贅沢すぎる空間だった。
実家の定食屋が丸ごと入りそうなリビングには、でっかいプロジェクターや最新型らしい音響機材が並び、片隅にはドラムセットまで置いてある。
海斗は、カウンター型で広い三口コンロのキッチンに自然と目が行った。オーブンらしきものまで完備されている。
「本当に何にも覚えてないと? どこまで覚えてないん?」
アキトは巨大な冷蔵庫からエナジードリンクを二本出し、一本を海斗に投げると、自分の家のようにソファへ深く腰掛けた。
「ありがとうございます。なんか、全部覚えてないです」
適切な口調がわからないため、海斗はどうしてもこの年下の「友人」に対して丁寧になってしまう。
「ちょ、その喋り方何やー。本当に俺のことも忘れちゃったん?」
「……はい。すいません」
自分は悪くないのだが、なんか謝ってしまう。
「敬語やめーや。……そか。でも、一時的なんよね?」
投げかけられたアキトの瞳がさみしそうだ。
ガラは悪そうなのに、根はいいやつらしい。アキトは心配そうに海斗の――いや翔生の顔を覗き込んでいる。
(一時的……これが治ったら、俺はどうなるんだ?)
海斗が答えに窮してうなだれた時、またスマホがピロンと音を立てた。
あんなだ。またスタンプ送ってきてる。
「あの……」
海斗は意を決して、アキトに LINEのアイコン「あんな」を見せながら、
「これ誰ですか?」
と聞いた。
スマホを見るために一瞬前傾したアキトは、画面を見た途端、すぐに背もたれに寄りかかった。
「なん、杏奈も覚えてないんや」
ちょっと呆れたような視線。でも軽くうなづくような、そんな微妙なリアクション。
「彼女……ですか?」
海斗の方から探りを入れてみる。
ちょっとギャルっぽいアヒル口とウィンク。これが彼女……この黄色い髪の男にはお似合いなのかもしれないが。
「彼女っつーか、んー……」
アキトは言葉を選ぶように眉を寄せた。
「向こうは彼氏だと思ってるんじゃないかな」
(は?)
「でも、んー。なんか本人に説明すんのムズっ」
アキトは逃げるように、エナジードリンクをぐっと煽った。
「向こうは、ということは、俺の方は彼女だと思っていない……ということですか?」
「……そうだと思いますー。ハイ~」
突然やす子のモノマネを織り交ぜながらも、アキトは神妙に答えた。
「そうか……」
「あーでもぉ、よくつるんでたよ」
「はいぃ~?」
ますます杏奈との関係の謎は深まるばかりだった。
* * *
その後、アキトは勝手にUber Eatsを頼み、ポテトを頬張りながら情報をくれた。
翔生は私立渚学園の3年生だが、あまり学校に行っていないこと。
さっきのおばさんは実母ではなく義母であること。
事故ったバイクは免許取得祝いに新車で買ってもらったやつで、やたら自慢していたこと。
ドラムセットは買っただけで叩けないこと。
アキトはこう見えてブレイキン(ダンス)に打ち込んでいる意外とストイックな男であること。
杏奈はヤバい奴だとアキトは思っているので気を付けたほうがいいこと。
そして――里玖が、やはり翔生の担任の先生で、英語担当であること。
「……まあ、俺も真面目な高校生じゃ、なかったよな」
アキトが帰ったあと、海斗はソファにごろりと寝転がって目を閉じた。瞼の裏にはまた里玖の姿が浮かび上がる。
(里玖……この街に戻ってたんだな。俺たちが出会った、この街に)
海斗と里玖は、この福博市で中学・高校と同じ学校だった。
二学年違いだけれど、3月生まれの海斗と4月生まれの里玖は、実質1歳しか違わなかった。
海斗は中学から「ちょっとだけ」ヤンチャで、里玖とは接点などなかった。
ヤンチャ気味の海斗と里玖の接点は、学校ではあまりなかったが、海斗の家が定食屋をやっていたことで、里玖は中学一年の頃からたびたび夕食を一人で食べに来ていた。
『あの子の家、訳ありらしいわ』
母がこっそり教えてくれた通り、あの頃の幼い彼女はいつもどこか寂しげな影を纏っていた。
二人が近づいたのは、里玖がヤンキーに絡まれていたのを海斗がその腕っぷしで助けてからだ。
最初は海斗の風貌から「自作自演」を疑われ、ツレない態度をとられたが、いつしか彼女は海斗の両親とも家族のように親しくなっていった。
高校を卒業する直前に海斗が告白し、名実ともに恋人になった。
もっともそれから一年あまりで二人は遠距離恋愛になった……海斗が海自に入隊し、艦艇勤務となったからである。
海斗のそばにいたいからと、拠点の街にわざわざ引っ越してきた、けなげな里玖。その里玖が今はこの街に戻っていて、黄色い髪のコイツの担任の先生。
「里玖……」
海斗の脳裏には、愛らしかった昔の里玖と、さっきのスーツ姿の硬い表情の里玖とがかわるがわる浮かび上がり、だんだんまどろみに包まれていった。
思えば、あの突然の攻撃から現実離れしすぎている。これは夢だ。総員起こしのラッパで起きたらすべて夢になっているに決まってる。
そう確信して、海斗は眠りに落ちていった。
鍵を持ってない海斗は内心焦ったが、アキトがスマートロックを操作し、顔認証でやすやすと鍵を開けたので二度驚いた。
(最新のマンションってのは、こうなってるのか……)
海斗の知っている生活レベルと、翔生のそれはまったく違うらしい。
それと同時に、アキトが顔認証で自室のロック解除できるほどの関係性であることも理解した。
部屋に入ると、そこは高校生が一人で暮らすには贅沢すぎる空間だった。
実家の定食屋が丸ごと入りそうなリビングには、でっかいプロジェクターや最新型らしい音響機材が並び、片隅にはドラムセットまで置いてある。
海斗は、カウンター型で広い三口コンロのキッチンに自然と目が行った。オーブンらしきものまで完備されている。
「本当に何にも覚えてないと? どこまで覚えてないん?」
アキトは巨大な冷蔵庫からエナジードリンクを二本出し、一本を海斗に投げると、自分の家のようにソファへ深く腰掛けた。
「ありがとうございます。なんか、全部覚えてないです」
適切な口調がわからないため、海斗はどうしてもこの年下の「友人」に対して丁寧になってしまう。
「ちょ、その喋り方何やー。本当に俺のことも忘れちゃったん?」
「……はい。すいません」
自分は悪くないのだが、なんか謝ってしまう。
「敬語やめーや。……そか。でも、一時的なんよね?」
投げかけられたアキトの瞳がさみしそうだ。
ガラは悪そうなのに、根はいいやつらしい。アキトは心配そうに海斗の――いや翔生の顔を覗き込んでいる。
(一時的……これが治ったら、俺はどうなるんだ?)
海斗が答えに窮してうなだれた時、またスマホがピロンと音を立てた。
あんなだ。またスタンプ送ってきてる。
「あの……」
海斗は意を決して、アキトに LINEのアイコン「あんな」を見せながら、
「これ誰ですか?」
と聞いた。
スマホを見るために一瞬前傾したアキトは、画面を見た途端、すぐに背もたれに寄りかかった。
「なん、杏奈も覚えてないんや」
ちょっと呆れたような視線。でも軽くうなづくような、そんな微妙なリアクション。
「彼女……ですか?」
海斗の方から探りを入れてみる。
ちょっとギャルっぽいアヒル口とウィンク。これが彼女……この黄色い髪の男にはお似合いなのかもしれないが。
「彼女っつーか、んー……」
アキトは言葉を選ぶように眉を寄せた。
「向こうは彼氏だと思ってるんじゃないかな」
(は?)
「でも、んー。なんか本人に説明すんのムズっ」
アキトは逃げるように、エナジードリンクをぐっと煽った。
「向こうは、ということは、俺の方は彼女だと思っていない……ということですか?」
「……そうだと思いますー。ハイ~」
突然やす子のモノマネを織り交ぜながらも、アキトは神妙に答えた。
「そうか……」
「あーでもぉ、よくつるんでたよ」
「はいぃ~?」
ますます杏奈との関係の謎は深まるばかりだった。
* * *
その後、アキトは勝手にUber Eatsを頼み、ポテトを頬張りながら情報をくれた。
翔生は私立渚学園の3年生だが、あまり学校に行っていないこと。
さっきのおばさんは実母ではなく義母であること。
事故ったバイクは免許取得祝いに新車で買ってもらったやつで、やたら自慢していたこと。
ドラムセットは買っただけで叩けないこと。
アキトはこう見えてブレイキン(ダンス)に打ち込んでいる意外とストイックな男であること。
杏奈はヤバい奴だとアキトは思っているので気を付けたほうがいいこと。
そして――里玖が、やはり翔生の担任の先生で、英語担当であること。
「……まあ、俺も真面目な高校生じゃ、なかったよな」
アキトが帰ったあと、海斗はソファにごろりと寝転がって目を閉じた。瞼の裏にはまた里玖の姿が浮かび上がる。
(里玖……この街に戻ってたんだな。俺たちが出会った、この街に)
海斗と里玖は、この福博市で中学・高校と同じ学校だった。
二学年違いだけれど、3月生まれの海斗と4月生まれの里玖は、実質1歳しか違わなかった。
海斗は中学から「ちょっとだけ」ヤンチャで、里玖とは接点などなかった。
ヤンチャ気味の海斗と里玖の接点は、学校ではあまりなかったが、海斗の家が定食屋をやっていたことで、里玖は中学一年の頃からたびたび夕食を一人で食べに来ていた。
『あの子の家、訳ありらしいわ』
母がこっそり教えてくれた通り、あの頃の幼い彼女はいつもどこか寂しげな影を纏っていた。
二人が近づいたのは、里玖がヤンキーに絡まれていたのを海斗がその腕っぷしで助けてからだ。
最初は海斗の風貌から「自作自演」を疑われ、ツレない態度をとられたが、いつしか彼女は海斗の両親とも家族のように親しくなっていった。
高校を卒業する直前に海斗が告白し、名実ともに恋人になった。
もっともそれから一年あまりで二人は遠距離恋愛になった……海斗が海自に入隊し、艦艇勤務となったからである。
海斗のそばにいたいからと、拠点の街にわざわざ引っ越してきた、けなげな里玖。その里玖が今はこの街に戻っていて、黄色い髪のコイツの担任の先生。
「里玖……」
海斗の脳裏には、愛らしかった昔の里玖と、さっきのスーツ姿の硬い表情の里玖とがかわるがわる浮かび上がり、だんだんまどろみに包まれていった。
思えば、あの突然の攻撃から現実離れしすぎている。これは夢だ。総員起こしのラッパで起きたらすべて夢になっているに決まってる。
そう確信して、海斗は眠りに落ちていった。
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