7 / 81
2:初?登校の波乱(1)
しおりを挟む
二日目。残念ながら起床のラッパは鳴らなかった。
海斗がぼんやりした頭から徐々に覚醒した時、体はすでに勝手に動きだしていた。
無意識のうちにバスルームへ向かい、シャワーを浴びている。熱い湯が頬を叩き、思考が鮮明になるにつれ、昨日の「現実」がどっと脳裏に蘇った。
「……夢じゃなかったか」
バスルームを出て、洗面台の鏡の前に立つ。そこにいたのは、やはり自分ではない誰かだった。
「やっぱり髪が黄色い……」
がっくりした。思わずため息が出る。
それにしても、起きてシャワーを浴びるまでの一連の動作は完全に「自動運転」だった。
海斗はこの部屋の構造を詳しく知らないはずなのに、迷うことなく棚の奥からタオルを取り出し、流れるような動作でバスローブを羽織った。
デザイナーズマンションの一室、生活用品はすべて「隠す収納」に徹底されていて、初めての人間にはタオルの場所ですらわからないはずなのに、手が勝手に場所を覚えているのだ。
さらにキッチンへ向かうと、カウンターには空になったコップ。
どうやら起きぬけに無意識に牛乳を飲んだらしい。
(ありえん……。俺が冷たい牛乳なんて飲んだら、即座に腹を壊すっていうのに)
脳裏に「手続き記憶」という言葉がふいに浮かんだ。
自転車の乗り方や靴紐の結び方のように、生活の中で繰り返してきた行動は、意識せずとも体が覚えているという記憶。
(翔生の手続き記憶か……)
昨日、豪邸からの帰りに無意識にバスに乗っていたのもそのせいだろう。
海斗は姿見の中の翔生をもう一度見た。悔しいが、自分より数段今どきのイケメンだ。
線は細いがヒョロくはなく、脱げばしなやかな筋肉がついている。女子の視線を釘付けにしそうな、計算されたスタイル。
鏡を見ると、翔生の癖なのか、黄色い髪をかき上げてしまう。
「クソ」
面白くない。
自分の中に見知らぬ他人の習慣が同居していることが気持ち悪い。
制服に着替えようとしたとき、スマホがピロンと軽快な音を立てた。
アキトからのおはようスタンプだ。
『今日どうするん? またさぼる?』
(また、て……。そういえば、コイツは不登校気味って言ってたな)
『いや、登校する』短く返すと、即座に既読がついた。
『マジか。迎えにいったろか』
ありがたいが、渚学園なら場所はだいたい分かる。
LINE を閉じたとき、ふと気づいた。杏奈からの未読通知が昨日より三つ増えている。
「杏奈、ちょっとヤバめやけん、気を付けとき~」
アキトの忠告が頭をよぎり、海斗の背中に薄ら寒いものが走った。
「彼女」だと思い込んでる同級生。どう接していいか正解が見えない。
とりあえずは「彼女ではない」という情報を信じ、未読のまま放置することに決めた。
***
アキトは校門のところで待っていた。どこまで親切なんだ。図体の大きな男が所在なげに立っている姿は、どこか微笑ましい。
「ショウ~、本当に来たんや~」
「はよっす」軽く会釈する。
その仕草にアキトはギャハハと笑い転げた。
「ちょ~ショウ!キャラ変受けるわ。てことはまだ記憶戻らんの」
「はあ、もど……らないですね」
丁寧語を崩すべきなのだろうが、どういうタメ口で話せばいいか分からず、つい丁寧語が混じってしまう。
下駄箱へ移動し、上履きに履き替える。翔生の手続き記憶のおかげか、アキトに案内されずとも、靴箱の位置は自然と分かった。
しかし、上靴のかかとが踏みつぶされていてめちゃくちゃ履きにくい。
無理やり踵を起こしてなんとか履いた瞬間、海斗は不穏な空気を感じた。
「?」
周囲の生徒が、遠巻きにこちらを見ている。 ……だけでなく、距離を取っている。彼が目を向けると、蜘蛛の子を散らすように視線を逸らす。
(どういうこと?)
「おま、記憶障害で歩き方も変わってんね」
アキトが指摘した。
「なんか背筋がピシッとしとうわ。モデルっぽい?」
(モデルじゃねえ。自衛官だっつの)
かつてはヤンチャだった海斗だが、自衛隊で叩き直されたビシっとした姿勢は体に染みついている。
「ま、俺もブレイキンの先生に背筋伸ばせって言われてんだわ。気をつけよ」
ガタイのいいアキトが背筋を伸ばすと、さらに巨大に見える。周囲の視線がますます怖がっているように感じるのは気のせいか。
海斗は迷いなくアキトより前に、3年2組の教室へ入ろうとして引き戸をがらりと開けた。
その瞬間、教室の空気が一変した。
海斗がぼんやりした頭から徐々に覚醒した時、体はすでに勝手に動きだしていた。
無意識のうちにバスルームへ向かい、シャワーを浴びている。熱い湯が頬を叩き、思考が鮮明になるにつれ、昨日の「現実」がどっと脳裏に蘇った。
「……夢じゃなかったか」
バスルームを出て、洗面台の鏡の前に立つ。そこにいたのは、やはり自分ではない誰かだった。
「やっぱり髪が黄色い……」
がっくりした。思わずため息が出る。
それにしても、起きてシャワーを浴びるまでの一連の動作は完全に「自動運転」だった。
海斗はこの部屋の構造を詳しく知らないはずなのに、迷うことなく棚の奥からタオルを取り出し、流れるような動作でバスローブを羽織った。
デザイナーズマンションの一室、生活用品はすべて「隠す収納」に徹底されていて、初めての人間にはタオルの場所ですらわからないはずなのに、手が勝手に場所を覚えているのだ。
さらにキッチンへ向かうと、カウンターには空になったコップ。
どうやら起きぬけに無意識に牛乳を飲んだらしい。
(ありえん……。俺が冷たい牛乳なんて飲んだら、即座に腹を壊すっていうのに)
脳裏に「手続き記憶」という言葉がふいに浮かんだ。
自転車の乗り方や靴紐の結び方のように、生活の中で繰り返してきた行動は、意識せずとも体が覚えているという記憶。
(翔生の手続き記憶か……)
昨日、豪邸からの帰りに無意識にバスに乗っていたのもそのせいだろう。
海斗は姿見の中の翔生をもう一度見た。悔しいが、自分より数段今どきのイケメンだ。
線は細いがヒョロくはなく、脱げばしなやかな筋肉がついている。女子の視線を釘付けにしそうな、計算されたスタイル。
鏡を見ると、翔生の癖なのか、黄色い髪をかき上げてしまう。
「クソ」
面白くない。
自分の中に見知らぬ他人の習慣が同居していることが気持ち悪い。
制服に着替えようとしたとき、スマホがピロンと軽快な音を立てた。
アキトからのおはようスタンプだ。
『今日どうするん? またさぼる?』
(また、て……。そういえば、コイツは不登校気味って言ってたな)
『いや、登校する』短く返すと、即座に既読がついた。
『マジか。迎えにいったろか』
ありがたいが、渚学園なら場所はだいたい分かる。
LINE を閉じたとき、ふと気づいた。杏奈からの未読通知が昨日より三つ増えている。
「杏奈、ちょっとヤバめやけん、気を付けとき~」
アキトの忠告が頭をよぎり、海斗の背中に薄ら寒いものが走った。
「彼女」だと思い込んでる同級生。どう接していいか正解が見えない。
とりあえずは「彼女ではない」という情報を信じ、未読のまま放置することに決めた。
***
アキトは校門のところで待っていた。どこまで親切なんだ。図体の大きな男が所在なげに立っている姿は、どこか微笑ましい。
「ショウ~、本当に来たんや~」
「はよっす」軽く会釈する。
その仕草にアキトはギャハハと笑い転げた。
「ちょ~ショウ!キャラ変受けるわ。てことはまだ記憶戻らんの」
「はあ、もど……らないですね」
丁寧語を崩すべきなのだろうが、どういうタメ口で話せばいいか分からず、つい丁寧語が混じってしまう。
下駄箱へ移動し、上履きに履き替える。翔生の手続き記憶のおかげか、アキトに案内されずとも、靴箱の位置は自然と分かった。
しかし、上靴のかかとが踏みつぶされていてめちゃくちゃ履きにくい。
無理やり踵を起こしてなんとか履いた瞬間、海斗は不穏な空気を感じた。
「?」
周囲の生徒が、遠巻きにこちらを見ている。 ……だけでなく、距離を取っている。彼が目を向けると、蜘蛛の子を散らすように視線を逸らす。
(どういうこと?)
「おま、記憶障害で歩き方も変わってんね」
アキトが指摘した。
「なんか背筋がピシッとしとうわ。モデルっぽい?」
(モデルじゃねえ。自衛官だっつの)
かつてはヤンチャだった海斗だが、自衛隊で叩き直されたビシっとした姿勢は体に染みついている。
「ま、俺もブレイキンの先生に背筋伸ばせって言われてんだわ。気をつけよ」
ガタイのいいアキトが背筋を伸ばすと、さらに巨大に見える。周囲の視線がますます怖がっているように感じるのは気のせいか。
海斗は迷いなくアキトより前に、3年2組の教室へ入ろうとして引き戸をがらりと開けた。
その瞬間、教室の空気が一変した。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
手を伸ばした先にいるのは誰ですか~愛しくて切なくて…憎らしいほど愛してる~【完結】
まぁ
恋愛
ワイン、ホテルの企画業務など大人の仕事、そして大人に切り離せない恋愛と…
「Ninagawa Queen's Hotel」
若きホテル王 蜷川朱鷺
妹 蜷川美鳥
人気美容家 佐井友理奈
「オークワイナリー」
国内ワイナリー最大手創業者一族 柏木龍之介
血縁関係のない兄妹と、その周辺の何角関係…?
華やかな人々が繰り広げる、フィクションです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる