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9:悪夢(4)
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「翔生さん、開けなさい。開けないなら、こちらから開けますよ」
モニターの中の佳乃は有無を言わせない口調だ。
海斗は里玖に「朝倉君のおかあさん」と伝えると、里玖は「えっ!?」と食事も途中で反射的に立ち上がった。
まもなく入ってきた佳乃は、里玖の姿を見ると、目を見張った。ダイニングテーブルの上の料理と里玖とを交互に冷ややかに見比べる。
「……先生。どうして貴女がこちらにいらっしゃるんですか?」
静かに、だけど突き刺してくるかのような、冷たい佳乃の声。
「あ、えっ……それは……」
里玖は、ダイニングテーブルの横で、言い訳を探そうとした。が、喉がはりついたように声が出ない。
「俺が、英語のわからないところがあるからって、無理に呼び寄せたんです」
海斗がすかさず助け舟を出すが、佳乃の追及は止まらない。
「それにしても、一人暮らしの男子生徒の自宅へ、夜分に家庭訪問とは……。特定の生徒と食事をするような親密さは、教育者として少々問題があるのではありませんか?」
「ち、違います! 誤解しないでください。深い意味はありません!」
必死に否定する里玖だったが、佳乃は薄く笑みを浮かべた軽蔑したような顔で、ダイニングテーブルの上の料理を眺めていた。
そんな佳乃の前に、海斗が一歩前に出る。
「全然問題ないでしょう。お義母さんこそ、連絡もなしに何でここへ」
「親が息子のところへ来るのに理由が必要かしら? 昨日まで寝込んでいたというから、心配して来てあげたのに。……まさか、こんな不謹慎な状況だとは思わなかったわ」
佳乃は、里玖に顔を向け、宣告するように言った。
「このことは、明日学校の方へ報告させていただきますからね」
「だから、違うって言っとうやろ!」
海斗が声を荒げるが、佳乃は微動だにしない。
「やましくないのなら、学校に報告しても問題ないでしょう?」
里玖は奥歯を噛みしめ、うつむいた。自分がいつまでもここにいると、かえって事態を悪化させてしまう、と考える。
「……分かりました。失礼いたします」
里玖は深く頭を下げ、逃げるように玄関を出ていった。
閉まるドアの音が、やけに重く響いた。
* * *
静まり返った部屋の中で、佳乃は鼻をひくつかせた。濃厚なスパイスの匂いに、今になって気づいたようだ。
「……すごいにおいね。何なの、この料理。あの先生が作ったの?」
「俺が、作りました」
「翔生さんが? まさか……」
「一人暮らししてたら、料理が好きになったんです」
海斗は努めて冷静に、翔生らしい傲慢さを想像で模倣しながらごまかした。
「そういえば志乃さんが、翔生さんが料理をよく見学してるって言ってたわね……
それに最近、なんだか気持ち悪いのよ。言葉遣いが」
(……バレとるやん。鋭いな、このギボ)
内心で頭を抱えながらも、海斗は攻勢に出ることにした。
「一度、そっちに作りに行ってやろうか」
「ええっ? 自分から『こっち』に来るなんて……急に改心したわけじゃないわよね?」
佳乃はいぶかりながらも、少し嬉しそうな声を出した。
「週末、作りに行きましょうか? 美味しいですよ、これ」
海斗は鍋の中に残ったラクサを見せた。
佳乃は眉根を寄せ、まるで未知の生物を見るような顔をした。
「……本当に、翔生さんが作ったの?」
「はい」
佳乃はしばらく沈黙し、何かを考え込むように視線を落とした。
スマホに、海斗からショートメッセージが届いた。里玖はバスに乗っていた。
今日は七海も連れていないし、中心街に近い朝倉翔生のマンションへはバスの方が身軽だったから。
-『義母は俺がまるめこむから心配するな。また連絡する』
里玖は、バスの窓から流れていく夜の街を眺めた。
(まるめこむって……)
確かに朝倉翔生の中身は、海斗だけれど。
佳乃から見れば、里玖は「男子高校生を誘惑しようとする女教師」でしかない。
朝倉翔生は、里玖より十二歳も年下で、まだ保護が必要な高校生。
中身が海斗であっても、現実世界において、彼は「海斗」とは認められない。
里玖は、この後の自分たちがどう流されていくのか、見当もつかなくて、ため息をついた。
モニターの中の佳乃は有無を言わせない口調だ。
海斗は里玖に「朝倉君のおかあさん」と伝えると、里玖は「えっ!?」と食事も途中で反射的に立ち上がった。
まもなく入ってきた佳乃は、里玖の姿を見ると、目を見張った。ダイニングテーブルの上の料理と里玖とを交互に冷ややかに見比べる。
「……先生。どうして貴女がこちらにいらっしゃるんですか?」
静かに、だけど突き刺してくるかのような、冷たい佳乃の声。
「あ、えっ……それは……」
里玖は、ダイニングテーブルの横で、言い訳を探そうとした。が、喉がはりついたように声が出ない。
「俺が、英語のわからないところがあるからって、無理に呼び寄せたんです」
海斗がすかさず助け舟を出すが、佳乃の追及は止まらない。
「それにしても、一人暮らしの男子生徒の自宅へ、夜分に家庭訪問とは……。特定の生徒と食事をするような親密さは、教育者として少々問題があるのではありませんか?」
「ち、違います! 誤解しないでください。深い意味はありません!」
必死に否定する里玖だったが、佳乃は薄く笑みを浮かべた軽蔑したような顔で、ダイニングテーブルの上の料理を眺めていた。
そんな佳乃の前に、海斗が一歩前に出る。
「全然問題ないでしょう。お義母さんこそ、連絡もなしに何でここへ」
「親が息子のところへ来るのに理由が必要かしら? 昨日まで寝込んでいたというから、心配して来てあげたのに。……まさか、こんな不謹慎な状況だとは思わなかったわ」
佳乃は、里玖に顔を向け、宣告するように言った。
「このことは、明日学校の方へ報告させていただきますからね」
「だから、違うって言っとうやろ!」
海斗が声を荒げるが、佳乃は微動だにしない。
「やましくないのなら、学校に報告しても問題ないでしょう?」
里玖は奥歯を噛みしめ、うつむいた。自分がいつまでもここにいると、かえって事態を悪化させてしまう、と考える。
「……分かりました。失礼いたします」
里玖は深く頭を下げ、逃げるように玄関を出ていった。
閉まるドアの音が、やけに重く響いた。
* * *
静まり返った部屋の中で、佳乃は鼻をひくつかせた。濃厚なスパイスの匂いに、今になって気づいたようだ。
「……すごいにおいね。何なの、この料理。あの先生が作ったの?」
「俺が、作りました」
「翔生さんが? まさか……」
「一人暮らししてたら、料理が好きになったんです」
海斗は努めて冷静に、翔生らしい傲慢さを想像で模倣しながらごまかした。
「そういえば志乃さんが、翔生さんが料理をよく見学してるって言ってたわね……
それに最近、なんだか気持ち悪いのよ。言葉遣いが」
(……バレとるやん。鋭いな、このギボ)
内心で頭を抱えながらも、海斗は攻勢に出ることにした。
「一度、そっちに作りに行ってやろうか」
「ええっ? 自分から『こっち』に来るなんて……急に改心したわけじゃないわよね?」
佳乃はいぶかりながらも、少し嬉しそうな声を出した。
「週末、作りに行きましょうか? 美味しいですよ、これ」
海斗は鍋の中に残ったラクサを見せた。
佳乃は眉根を寄せ、まるで未知の生物を見るような顔をした。
「……本当に、翔生さんが作ったの?」
「はい」
佳乃はしばらく沈黙し、何かを考え込むように視線を落とした。
スマホに、海斗からショートメッセージが届いた。里玖はバスに乗っていた。
今日は七海も連れていないし、中心街に近い朝倉翔生のマンションへはバスの方が身軽だったから。
-『義母は俺がまるめこむから心配するな。また連絡する』
里玖は、バスの窓から流れていく夜の街を眺めた。
(まるめこむって……)
確かに朝倉翔生の中身は、海斗だけれど。
佳乃から見れば、里玖は「男子高校生を誘惑しようとする女教師」でしかない。
朝倉翔生は、里玖より十二歳も年下で、まだ保護が必要な高校生。
中身が海斗であっても、現実世界において、彼は「海斗」とは認められない。
里玖は、この後の自分たちがどう流されていくのか、見当もつかなくて、ため息をついた。
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