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第5章
五話
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辺りは酷い有り様だった。
至る所で木々は折れ、大地は抉れていた。所によっては血で泥濘まで出来ていた。
「あ、あのコボルトはまだ息がありますね」
ドラゴは三郎に声をかけると、一体のコボルトの元に飛んでいった。それは他のコボルトよりも大きな個体、コボルト・リーダーだった。
「ぐぅ……」
白銀に輝く毛皮を血に染めてボロボロになりながらも、魔獣の生命力はまだコボルト・リーダーを生かしていた。
しかし、それは苦痛を徒に長引かせているだけにも見える。微かな呼吸と、痛みを堪える呻きだけが断続的に口からこぼれる。
「ぐぅ……ぐぁ……」
三郎が近付いて抱きかかえた時には、すでに大量の血を失い、助かる見込みは無さそうだった。
それでも、殆ど見えなくなっている目で三郎の姿を認めると、必死に何か訴えようとする。
「なに、子が?」
「……ぐぅあ」
「よし、任されよ」
三郎が頷くと、コボルト・リーダーは自分の命を手放した。
「なんで逃げず戦っていたかと思ったら、繁殖の為だったんですね」
ドラゴの言うとおり、コボルト達は砦に住み着いて子を生み育てていたようだ。
産まれて間もない子供や、身重の雌がいたために、コボルト達は覚悟を決めてサイクロプスと戦っていたのだ。
ゆっくり丁寧にコボルト・リーダーの遺体を地面に横たえると、三郎はクローに命じて他のコボルトの遺体を一ヶ所に集めさせた。
サイクロプスの棍棒を幾つかに割り裂いて積み上げると、ミドリの魔法で火を着けた。
勇敢に戦った戦士へせめてもの弔いだ。
盛大に燃える火をしばらくみてから、三郎達はコボルト達が命懸けで守ろうとした砦に向かった。
しかし、砦はサイクロプスの攻撃を受けて外壁が崩れ、まるで朽ち果てた廃墟のようだ。
扉が壊れた門を潜り抜け中に入ると、強い血の臭いが立ち込めていた。
三郎に続いて入ってきたキールは、思わず顔を背け、鼻を手で覆った。
「無理せず、外で待っておれ」
「うぅ……そうします」
キールは吐き気を抑えつつ、外に出ていった。
外には身体が大きいために入れずにいたクローもいるので、もし他の魔獣が血の臭いに誘われて寄ってきていたとしても大丈夫だろう。
砦は天井が一部なくなっており、そこから昼の明るい陽射しが入っている。
だが、その分中の惨状がはっきり見えてしまうのだった。
「これは」
流石の三郎も言葉を失う。
狭い砦の中でも奥にある部屋。微かな物音がするのを聞いて三郎が扉を開くと、そこには落ちてきた天井に押し潰されたコボルト達がいた。
まだ子供を身籠ったままの雌や、産まれたばかりの赤ん坊等、見るに耐えないものだった。
いくら討伐対象とはいえ、非戦闘員の命が無惨に散るのは見ていて気持ちいいものではない。
「む、あれは」
三郎は部屋の隅にまだ生きている、二体の子コボルトを見つけた。
一体は茶色の毛並みの雌で、瓦礫に足が挟まり動けないようだ。
もう一体は銀の毛並みの雄だ。雄の子コボルトは雌を助ける為に瓦礫をどかそうとしていたらしく、手が擦り傷だらけで真っ赤になっている。
三郎から雌を庇うように立ちはだかる。
目からは敵意と怯えが見てとれた。
「ミドリ」
その一言で察した従魔は、子コボルトに向かって魔法を放つ。
光に包まれると、見る間に手の傷が消えていく。
不思議そうに自分の手を見ている子コボルトから、敵意が薄らいだのを感じた三郎は、一気に距離を詰めた。
「ふんっ」
三郎は瓦礫を片手で持ち上げると、空いてる方の手で雌の子コボルトを抱き上げる。
いくらどかそうとしても叶わなかった瓦礫があっさりと持ち上がるのを見て、二体は揃って目を円くする。
雌の脚を確認すると、どうやら骨は折れていないようだった。ミドリに言って治癒魔法をかけてもらう。
他に生存者がいないか部屋を見回すが、残念な事に見付けることは出来なかった。
三郎達は部屋を後にした。
砦から出るとキールがいなかった。
クローに聞くものの、どうにも要領を得ない。
どうやらサイクロプスを食べるのに夢中で、キールが出てきたことにも気付いていなかったようだ。
血の臭いで気分が悪くなっていた様なので、何処か血の臭いのしないところでで休んでいるのかもしれない。
万一の為にミドリが飛び立ち、空から辺りを探っている間に、三郎は此処に来た目的を果たすことにした。
「さて、お主らには拙者に着いてくる気はあるか?」
三郎はしゃがみこみ、目線を合わせると子コボルト達に問いかけた。
子コボルト達は最初は戸惑っていたものの、自分達を救ってくれた事が分かっているからか、直ぐに了承の返事をした。
三郎はニヤリと笑うと、指輪をコボルトに近付けた。
至る所で木々は折れ、大地は抉れていた。所によっては血で泥濘まで出来ていた。
「あ、あのコボルトはまだ息がありますね」
ドラゴは三郎に声をかけると、一体のコボルトの元に飛んでいった。それは他のコボルトよりも大きな個体、コボルト・リーダーだった。
「ぐぅ……」
白銀に輝く毛皮を血に染めてボロボロになりながらも、魔獣の生命力はまだコボルト・リーダーを生かしていた。
しかし、それは苦痛を徒に長引かせているだけにも見える。微かな呼吸と、痛みを堪える呻きだけが断続的に口からこぼれる。
「ぐぅ……ぐぁ……」
三郎が近付いて抱きかかえた時には、すでに大量の血を失い、助かる見込みは無さそうだった。
それでも、殆ど見えなくなっている目で三郎の姿を認めると、必死に何か訴えようとする。
「なに、子が?」
「……ぐぅあ」
「よし、任されよ」
三郎が頷くと、コボルト・リーダーは自分の命を手放した。
「なんで逃げず戦っていたかと思ったら、繁殖の為だったんですね」
ドラゴの言うとおり、コボルト達は砦に住み着いて子を生み育てていたようだ。
産まれて間もない子供や、身重の雌がいたために、コボルト達は覚悟を決めてサイクロプスと戦っていたのだ。
ゆっくり丁寧にコボルト・リーダーの遺体を地面に横たえると、三郎はクローに命じて他のコボルトの遺体を一ヶ所に集めさせた。
サイクロプスの棍棒を幾つかに割り裂いて積み上げると、ミドリの魔法で火を着けた。
勇敢に戦った戦士へせめてもの弔いだ。
盛大に燃える火をしばらくみてから、三郎達はコボルト達が命懸けで守ろうとした砦に向かった。
しかし、砦はサイクロプスの攻撃を受けて外壁が崩れ、まるで朽ち果てた廃墟のようだ。
扉が壊れた門を潜り抜け中に入ると、強い血の臭いが立ち込めていた。
三郎に続いて入ってきたキールは、思わず顔を背け、鼻を手で覆った。
「無理せず、外で待っておれ」
「うぅ……そうします」
キールは吐き気を抑えつつ、外に出ていった。
外には身体が大きいために入れずにいたクローもいるので、もし他の魔獣が血の臭いに誘われて寄ってきていたとしても大丈夫だろう。
砦は天井が一部なくなっており、そこから昼の明るい陽射しが入っている。
だが、その分中の惨状がはっきり見えてしまうのだった。
「これは」
流石の三郎も言葉を失う。
狭い砦の中でも奥にある部屋。微かな物音がするのを聞いて三郎が扉を開くと、そこには落ちてきた天井に押し潰されたコボルト達がいた。
まだ子供を身籠ったままの雌や、産まれたばかりの赤ん坊等、見るに耐えないものだった。
いくら討伐対象とはいえ、非戦闘員の命が無惨に散るのは見ていて気持ちいいものではない。
「む、あれは」
三郎は部屋の隅にまだ生きている、二体の子コボルトを見つけた。
一体は茶色の毛並みの雌で、瓦礫に足が挟まり動けないようだ。
もう一体は銀の毛並みの雄だ。雄の子コボルトは雌を助ける為に瓦礫をどかそうとしていたらしく、手が擦り傷だらけで真っ赤になっている。
三郎から雌を庇うように立ちはだかる。
目からは敵意と怯えが見てとれた。
「ミドリ」
その一言で察した従魔は、子コボルトに向かって魔法を放つ。
光に包まれると、見る間に手の傷が消えていく。
不思議そうに自分の手を見ている子コボルトから、敵意が薄らいだのを感じた三郎は、一気に距離を詰めた。
「ふんっ」
三郎は瓦礫を片手で持ち上げると、空いてる方の手で雌の子コボルトを抱き上げる。
いくらどかそうとしても叶わなかった瓦礫があっさりと持ち上がるのを見て、二体は揃って目を円くする。
雌の脚を確認すると、どうやら骨は折れていないようだった。ミドリに言って治癒魔法をかけてもらう。
他に生存者がいないか部屋を見回すが、残念な事に見付けることは出来なかった。
三郎達は部屋を後にした。
砦から出るとキールがいなかった。
クローに聞くものの、どうにも要領を得ない。
どうやらサイクロプスを食べるのに夢中で、キールが出てきたことにも気付いていなかったようだ。
血の臭いで気分が悪くなっていた様なので、何処か血の臭いのしないところでで休んでいるのかもしれない。
万一の為にミドリが飛び立ち、空から辺りを探っている間に、三郎は此処に来た目的を果たすことにした。
「さて、お主らには拙者に着いてくる気はあるか?」
三郎はしゃがみこみ、目線を合わせると子コボルト達に問いかけた。
子コボルト達は最初は戸惑っていたものの、自分達を救ってくれた事が分かっているからか、直ぐに了承の返事をした。
三郎はニヤリと笑うと、指輪をコボルトに近付けた。
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