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「改心」
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「改心」
10月9日午前6時、夏子、陽菜、稀世、舩阪、ジャリルの四人は豊栄丸の船上にあった。原田とバサム達十四人の海賊も一緒だ。アデン湾を東に抜け、昨晩の夜から通常の半分の80キロほどのはえ縄を流している。通常であれば150キロから180キロほど流すのだが、夏子たちのロサンゼルスへ戻る時間を考えるとはえ縄を引き上げてソマリアに戻る時間を考えるとそれがリミットだった。投縄から三時間ほど置きそこからの揚縄は戦場そのものだった。狙いのマグロ以外のものもかかって上がってくる。カツオは「小あたり」!サメは「中あたり」、キハダマグロは「あたり」、インド洋で稀にかかる「クロマグロ」は「大あたり」と三朗から教わっていた稀世は揚網も手伝った。
稀世は先頭をきって獲物の処理をした。以前に読んだ「最後に笑えりゃ勝ちなのよ」という小説の中で、覚えのない借金を背負わされた女の子がマグロ漁船に放り込まれるセミドキュメンタリー小説で得た知識が活きた。
原田以外は初の外洋漁になる海賊たちをしり目に、稀世はかかったマグロのしっぽを最初に鉈で切り落とし、脱血作業に入る。続いてえらにナイフを差し込み、そこに水道のホースを突っ込み水圧で強制的に血抜きをする。この工程をおろそかにするとマグロの質が一気に落ちる。この時に胸ビレの奥にある動脈もカットすると早く血が抜ける。
新米船員にホースを持たせるとマグロの両目をふさぐ。目を塞がれるとおとなしくなるマグロの習性を活かす裏ワザだ。額に目印をつけて巨大なくぎを一気に打ち込む。マグロを暴れさせるとどんどん体温が上がり身が焼けてしまう。赤身が白く焼けてしまうと商品価値が下がるので、素早く進めないといけない連続作業はまさに戦争だ。くぎを抜いた穴に太い針金を差し込むと背骨の神経が切断されてマグロの動きが止まるが、その瞬間に胃を吐き出すことがあり甲板が血まみれになる。仕上げにえらから腕を差し込み腸を肛門から切り離し内臓を一気に引き抜く。腹を裂いて内臓を取り出す手法もあるが、稀世は小説に書いてあった方法を試してみたかったようだ。
内臓を抜き出すと、両えらとヒレを落とし、並行して行っていた脱血作業が終わると重量を図って冷凍庫へ送り込む。ここまでが通常のマグロ漁船での前処理となる。豊栄丸には船内での「品質測定」の後のマグロの解体工程も行える場が設けられているので、後は赤身、中トロ、大トロに分割し、「トロ」に関してはCAS冷却という、急速冷凍機を使い冊の状態で冷凍パンに入れ、釣りたての新鮮さを維持することもできる。
日本でのミナミマグロ、マルタ島でのクロマグロの畜養マグロに対抗する付加価値を持たすためには必須だと三朗が言っていたことを原田には伝えている。
はえ縄マグロ漁の天敵と言われる「サメ」についても三朗はある提案をしていた。通常マグロ漁船では、サメは洋上で廃棄するのだが豊栄丸では、持ち帰ることにした。場合によっては、はえ縄にかかったマグロを食すサメの方が多く上がることもある。実際に今回の初漁でも多数のサメが揚げられた。
上がったサメはハンマーで鼻先を叩き、動きが鈍ったところで大きな斧で首を三分の二落とす。「私にもやらせてー!」としゃしゃり出てきた夏子がジャリルの前でいいカッコしようと振り下ろした斧は、サメの首を完全に切断してしまった。サメは生命力が異常に強い。夏子は体と切り離されたサメの頭に襲われ、危うくお尻をかじられそうになったところ稀世のミドルキックでサメの頭は放物線を描いてインド洋に消えていった。「あー、稀世姉さんありがとう。思いっきりちびってしもたわ…。」と言った後、「ジャリル、今のところ絶対「カット」してや!」と真っ赤になった。
稀世は動かなくなったサメの「背びれ」、「胸ビレ」、「尾ビレ」をカットし「半丸枝肉」の状態にすると冷凍庫に放り込んだ。サメの処理は時間がかかるため、船上ではできないのだった。
ヒレは水揚げ後、多数の工程加工を施し中華料理の高級食材の「フカヒレ」、骨は「健康食品」や「医薬品」、皮は「バッグ」や「財布」、内臓は「肝油」や「スクワラン」、肉は「はんぺん」や「かまぼこ」のような「練り製品」や飼料、肥料に加工することが三朗から提案されていた。
午後1時、はえ縄回収の最後に大きなプレゼントがあった。「黒い海のダイヤ」と言われる「クロマグロ」が上がった。
「インド洋でクロマグロが獲れるって話はほんまやったんや!俺らの「明日」が見えてきたで!」
と原田も大喜びで夏子や陽菜と抱き合って喜んだ。夏子と陽菜も血まみれになって「海のダイヤ」の洗浄を手伝った。洗浄が終わったクロマグロを中央に立てて、夏子と陽菜はジャリルに記念写真を撮ってもらいSNSにあげた。即、たくさんの「いいね」がつき、夏子は大満足だった。
「じゃあ、なっちゃん、陽菜ちゃん、原田さんベルバラ港に戻ろうか!きっともうプレハブ冷凍庫も出来上がってるはずやで!」
稀世が声をかけると豊栄丸は進路を西に取った。
最大船速の15ノットで走る豊栄丸の食堂でささやかなパーティーが開かれた。チルド庫でマグロの餌のイワシやムロアジやイカと一緒に冷やされていた瓶ビールは生臭かったが、体に染みついたマグロの血や内臓の臭いの前では気になることは無かった。
「では、ソマリアの女神「ミス夏子」、「ミス陽菜」、「ミセス稀世」にカンパーイ!」
と総舵手のバサムを除き、原田を筆頭にして十四人の海賊と夏子、陽菜、稀世が乾杯するシーンをジャリルは笑顔で撮影していた。イスラムの海賊たちも海の上では戒律を破って飲むようだが、飲み慣れない酒に次々とダウンしていった。
パーティーは小一時間でお開きになり、夏子もシャワーを浴びてブリッジ上のデッキにビールを二本持って上がった。
「なっちゃん朝早くからお疲れさまでした。初回にしてなかなかの釣果でしたね。最後にクロマグロが上がった時は、カメラを持つ手が震えましたよ。本当に「神」はいるんだ…。それも「私の目の前に」って思っちゃいました。」
とジャリルがカメラを夏子に向けて話しかけた。
「もう、照れるからそういう言い方はやめてや。今回の立案はほとんど稀世姉さんと三朗兄さんあってのことやし…。まあ、十五人が警察にお世話になることも無く、「改心」して真面目に働くっていうんやからそれが一番やん。私らは明日にはここを離れなあかんけど、原田のおっちゃんとオンラインの三朗兄さんであとはうまく話を進めてくれるやろ。万事「めでたしめでたし」や!」
と言いながら、ビールの栓をあけジャリルに手渡した。ジャリルはカメラの電源を落とし、ビールを受け取った。「チアーズ!」、「メイク・ア・トースト!」と二人はボトルを軽くぶつけた。
「それにしても良かったんですか?30万ドルも原田さん達に預けちゃって…。まあ、私が口を挟む問題ではないんですけど、なっちゃん達がウクライナで命がけで稼いだ賞金じゃないですか?それをいとも簡単に「あんたに預けるわ。これで仲間みんなで生計を立ててんか。そして、商売が軌道に乗ったら他の仲間も、その次の仲間もみんな声をかけて、悪いことすることなく生活していってや。」って「男前」すぎますよ。陽菜ちゃんも何も反対せず「なっちゃんがそれでええんやったら私もかまへんよ。」ってちょっと信じられないですね…。」
ジャリルが夏子にむかって呟いた。
昨日、原田の話を聞くと、原田がソマリアに居ついた2017年から国の経済状況はますます疲弊し、犯罪者になるか、ジブチやエチオピアに密入国して低賃金で出稼ぎをしないと食っていけないという事だった。
ここ数年の流行り病による隣国の船便の減少により港湾での外貨稼ぎのできる仕事は激減し、同時期に重なった酷い旱魃で酪農の家畜は痩せ衰え、生活費を稼ぐ家畜を売却するしかない仲間たちを見て、悪いこととは知りつつも今回の海賊事件に参加する気になったという。
稀世は三朗にした電話で、豊栄丸は最新式の遠洋はえ縄マグロ漁船であることと、インド洋は魚類の宝庫であることがわかり、冷凍保管および発送業務が可能になれば、ドバイやUAEやヨーロッパへの輸出のチャンスがあることが知らされた。冷凍加工工場を作るには莫大な費用がかかるのでそれは無理だとあきらめる原田達に、「プレハブ冷凍庫」と「プレハブ冷蔵庫」の活用提案がなされた。水揚げできる港に隣接しているベルバラ港に設置できれば、「一日で魚が腐るがゆえに漁業が事業にならない」というハードルが除去できるとの話だった。
セシルがデイリーLA本社に連絡をして調べてもらったところ、ジブチの米軍基地で使われていた旧式のプレハブ冷蔵庫や厨房機器が、CO2排出削減のものと入れ替えられ、格安で払い下げられているとの情報が入ってきた。その価格は20万ドル。原田は「とても無理だ…。」とうなだれたところ、夏子が「原田のおっちゃん、私と陽菜ちゃんがその費用を立て替えたるわ。その代わり、今後30年間、毎月、獲れたマグロの大トロと中トロを大阪府門真市の向日葵寿司に送ってくれるか!」と言い出したのだった。
夏子の発言に原田は驚いたが、ニコニコチームのメンバーは誰一人驚かなかった。陽菜は夏子に微笑みを送り、稀世は「よっ!大統領!」と茶化した。直は「あほの夏子にしてはやるやないかい。3ミリほど見直したぞ!」と微妙に褒めた。夏子は照れながらみんなに向かって言った。
「みんな、ごめん。「目指せ!ミリオネラ!」は勝たれへんかもしれへんけど、直さんがよく言う「義を見て為さざりは勇無きなり」やろ。30万ドルは、稀世姉さんや直さん、羽藤さんが頑張って、おまけの二台をパクって来てくれたもんやから、なかったもんとして考えようと思うねん。まあ、今回の「お題」も未達成という扱いを受けたら、もうあほのマリ・マドには敵わへんかもしれへんけど、原田のおっちゃんらやその家族やその仲間が助かるんやったらええかなって…。」
セシルがネットでジブチの払い下げ案件について調べると、100坪のプレハブ冷蔵庫と冷凍庫に加えて戦闘糧食を作る調理用具一式に缶詰やレトルトを作る設備も含まれていることがわかった。
稀世は三朗に再度電話をして、その内容を伝えると複数の提案をあげてきた。過熱しての缶詰、レトルトであれば半年から二年の賞味期限が得られるため冷蔵庫が普及していない村でも食事提供できること、マグロの付加価値の高い「トロ」の部分は近隣のセレブ国に輸出ニーズがあることが伝えられた。はえ縄漁の中で同時にかかるカツオやサメについても利用方法を提案した。オイルダラーやヨーロッパのセレブ向けのドッグフードやキャットフードのツナ缶や、サメのヒレを加工して作る「フカヒレ」等の付加価値商品から、雑魚やサメやマグロの骨を使った家畜向け飼料など、三百キロ圏内の漁で事業が成り立つプランを提示したことで具体的に話は進んだ。
稀世と夏子、陽菜が疲れて眠った後もセシルを中心に羽藤、直に原田も加わって水産物加工場の計画は進んで行った。セシルがジブチの米軍の資材課に連絡をすると、「目指せ!ミリオネラ!」の視聴者で今週のウクライナ編を見ていた責任者であったこともあり、二つ返事でOKが出た。設置の工兵隊の手配も併せて、早速、明日、CH-47チヌーク輸送ヘリで行ってくれると同時に、鮮魚・加工品の購入も約束してくれた。とんとん拍子で話が進み、資材課の担当者が「目指せ!ミリオネラ!」のホームページに書き込んだ情報は一時間後に消されたものの、その一時間でアメリカだけでなく世界中のSNSに「夏子と陽菜の海賊退治始末記」についての称賛のつぶやきが書き込まれた、
そんな話をジャリルとしていると、ベルバラ港が見えてきた。夏子たちがレンタルしているクルーザーが停泊する桟橋の向こうに、昨日までは無かった建屋ができあがっていた。岸壁に出てきて手を振る舩阪の姿が見えた。
午後9時、豊栄丸がベルバラ港に接岸すると同時に港湾局のスタッフが荷下ろしを手伝いに来てくれた。夏子たちは、ジブチ駐在のCBSの特派員に囲まれインタビューを受けた。
荷揚げが終わると設備に隣接したエアコンつきのプレハブに招かれた。ソマリランドの「自称」首都のハルゲイサから数人の公務員も来ていた。初めて見る日本人女性に人懐っこい顔で「ドゥー・ユー・ワント・ガット?」と英語で話しかけてくる。「ガット?と夏子が首をひねると、羽藤が「坂川さん、「ガット」っていうのは麻薬効果のある葉の事です。ソマリランドやジブチでは合法ですが、アメリカや日本では違法になりますから絶対に受け取っちゃだめですよ。」と耳元でアドバイスした。直が「勝新みたいにパンツの中に入れといたろか。カラカラカラ」と笑った。
舩阪には「ドゥー・ユー・ワント・ウーマン?」と売春を持ちかけているのを陽菜が耳にして、「女の斡旋や!」と気づいた陽菜が割って入り、公務員に「ヒー・イズ・マイ・フィアンセ」と言うと公務員は「くすくす」と笑われた。羽藤が「女性が使うと「フィアンセ」は「情夫」を意味することがありますんで、テレビに出てる仲田さんお抱えの「愛人」という意味で受け取ったのでしょう。」と教えると、横で直が「押しかけ彼女の陽菜はそんなもんやろ。ケラケラケラ。」と笑っていた。
ハルゲイサからの公務員があいさつし、地元の放送局の取材を受けた。横に着いたジャリルが通訳してくれた。
「30万ドル寄付してくれたってことになってますよ。なっちゃんと陽菜ちゃんの天使像がベルバラ港に立つそうです。これでいいんですか?」
と聞くと、「まあええんとちゃう!「天使像」っていうところが気に入ったわ!さすがにイスラムで「女神」はないやろうからな!ケラケラケラ」と笑った。
皆で楽しく開業祝いが進む中、「今日から「改心」して頑張ります!」の宣言と共に、豊栄丸でチルド保存していた、最後に上がったクロマグロの解体ショーが、原田の手によって行われ、出席者全員が獲れたてのクロマグロの刺身と炙り料理に舌鼓をうった。野球のボールくらいの大きさがある、幸運を呼び寄せるというゼラチン質たっぷりのクロマグロの目のコンソメスープ煮は今まで食べた「魚の目」の中で一番おいしいと夏子は思った。半分だけ食べて「ジャリルにも幸運が来るように分けてあげるわな!」とジャリルに「はい、あーんして!」と可愛く囁いた。
10月9日午前6時、夏子、陽菜、稀世、舩阪、ジャリルの四人は豊栄丸の船上にあった。原田とバサム達十四人の海賊も一緒だ。アデン湾を東に抜け、昨晩の夜から通常の半分の80キロほどのはえ縄を流している。通常であれば150キロから180キロほど流すのだが、夏子たちのロサンゼルスへ戻る時間を考えるとはえ縄を引き上げてソマリアに戻る時間を考えるとそれがリミットだった。投縄から三時間ほど置きそこからの揚縄は戦場そのものだった。狙いのマグロ以外のものもかかって上がってくる。カツオは「小あたり」!サメは「中あたり」、キハダマグロは「あたり」、インド洋で稀にかかる「クロマグロ」は「大あたり」と三朗から教わっていた稀世は揚網も手伝った。
稀世は先頭をきって獲物の処理をした。以前に読んだ「最後に笑えりゃ勝ちなのよ」という小説の中で、覚えのない借金を背負わされた女の子がマグロ漁船に放り込まれるセミドキュメンタリー小説で得た知識が活きた。
原田以外は初の外洋漁になる海賊たちをしり目に、稀世はかかったマグロのしっぽを最初に鉈で切り落とし、脱血作業に入る。続いてえらにナイフを差し込み、そこに水道のホースを突っ込み水圧で強制的に血抜きをする。この工程をおろそかにするとマグロの質が一気に落ちる。この時に胸ビレの奥にある動脈もカットすると早く血が抜ける。
新米船員にホースを持たせるとマグロの両目をふさぐ。目を塞がれるとおとなしくなるマグロの習性を活かす裏ワザだ。額に目印をつけて巨大なくぎを一気に打ち込む。マグロを暴れさせるとどんどん体温が上がり身が焼けてしまう。赤身が白く焼けてしまうと商品価値が下がるので、素早く進めないといけない連続作業はまさに戦争だ。くぎを抜いた穴に太い針金を差し込むと背骨の神経が切断されてマグロの動きが止まるが、その瞬間に胃を吐き出すことがあり甲板が血まみれになる。仕上げにえらから腕を差し込み腸を肛門から切り離し内臓を一気に引き抜く。腹を裂いて内臓を取り出す手法もあるが、稀世は小説に書いてあった方法を試してみたかったようだ。
内臓を抜き出すと、両えらとヒレを落とし、並行して行っていた脱血作業が終わると重量を図って冷凍庫へ送り込む。ここまでが通常のマグロ漁船での前処理となる。豊栄丸には船内での「品質測定」の後のマグロの解体工程も行える場が設けられているので、後は赤身、中トロ、大トロに分割し、「トロ」に関してはCAS冷却という、急速冷凍機を使い冊の状態で冷凍パンに入れ、釣りたての新鮮さを維持することもできる。
日本でのミナミマグロ、マルタ島でのクロマグロの畜養マグロに対抗する付加価値を持たすためには必須だと三朗が言っていたことを原田には伝えている。
はえ縄マグロ漁の天敵と言われる「サメ」についても三朗はある提案をしていた。通常マグロ漁船では、サメは洋上で廃棄するのだが豊栄丸では、持ち帰ることにした。場合によっては、はえ縄にかかったマグロを食すサメの方が多く上がることもある。実際に今回の初漁でも多数のサメが揚げられた。
上がったサメはハンマーで鼻先を叩き、動きが鈍ったところで大きな斧で首を三分の二落とす。「私にもやらせてー!」としゃしゃり出てきた夏子がジャリルの前でいいカッコしようと振り下ろした斧は、サメの首を完全に切断してしまった。サメは生命力が異常に強い。夏子は体と切り離されたサメの頭に襲われ、危うくお尻をかじられそうになったところ稀世のミドルキックでサメの頭は放物線を描いてインド洋に消えていった。「あー、稀世姉さんありがとう。思いっきりちびってしもたわ…。」と言った後、「ジャリル、今のところ絶対「カット」してや!」と真っ赤になった。
稀世は動かなくなったサメの「背びれ」、「胸ビレ」、「尾ビレ」をカットし「半丸枝肉」の状態にすると冷凍庫に放り込んだ。サメの処理は時間がかかるため、船上ではできないのだった。
ヒレは水揚げ後、多数の工程加工を施し中華料理の高級食材の「フカヒレ」、骨は「健康食品」や「医薬品」、皮は「バッグ」や「財布」、内臓は「肝油」や「スクワラン」、肉は「はんぺん」や「かまぼこ」のような「練り製品」や飼料、肥料に加工することが三朗から提案されていた。
午後1時、はえ縄回収の最後に大きなプレゼントがあった。「黒い海のダイヤ」と言われる「クロマグロ」が上がった。
「インド洋でクロマグロが獲れるって話はほんまやったんや!俺らの「明日」が見えてきたで!」
と原田も大喜びで夏子や陽菜と抱き合って喜んだ。夏子と陽菜も血まみれになって「海のダイヤ」の洗浄を手伝った。洗浄が終わったクロマグロを中央に立てて、夏子と陽菜はジャリルに記念写真を撮ってもらいSNSにあげた。即、たくさんの「いいね」がつき、夏子は大満足だった。
「じゃあ、なっちゃん、陽菜ちゃん、原田さんベルバラ港に戻ろうか!きっともうプレハブ冷凍庫も出来上がってるはずやで!」
稀世が声をかけると豊栄丸は進路を西に取った。
最大船速の15ノットで走る豊栄丸の食堂でささやかなパーティーが開かれた。チルド庫でマグロの餌のイワシやムロアジやイカと一緒に冷やされていた瓶ビールは生臭かったが、体に染みついたマグロの血や内臓の臭いの前では気になることは無かった。
「では、ソマリアの女神「ミス夏子」、「ミス陽菜」、「ミセス稀世」にカンパーイ!」
と総舵手のバサムを除き、原田を筆頭にして十四人の海賊と夏子、陽菜、稀世が乾杯するシーンをジャリルは笑顔で撮影していた。イスラムの海賊たちも海の上では戒律を破って飲むようだが、飲み慣れない酒に次々とダウンしていった。
パーティーは小一時間でお開きになり、夏子もシャワーを浴びてブリッジ上のデッキにビールを二本持って上がった。
「なっちゃん朝早くからお疲れさまでした。初回にしてなかなかの釣果でしたね。最後にクロマグロが上がった時は、カメラを持つ手が震えましたよ。本当に「神」はいるんだ…。それも「私の目の前に」って思っちゃいました。」
とジャリルがカメラを夏子に向けて話しかけた。
「もう、照れるからそういう言い方はやめてや。今回の立案はほとんど稀世姉さんと三朗兄さんあってのことやし…。まあ、十五人が警察にお世話になることも無く、「改心」して真面目に働くっていうんやからそれが一番やん。私らは明日にはここを離れなあかんけど、原田のおっちゃんとオンラインの三朗兄さんであとはうまく話を進めてくれるやろ。万事「めでたしめでたし」や!」
と言いながら、ビールの栓をあけジャリルに手渡した。ジャリルはカメラの電源を落とし、ビールを受け取った。「チアーズ!」、「メイク・ア・トースト!」と二人はボトルを軽くぶつけた。
「それにしても良かったんですか?30万ドルも原田さん達に預けちゃって…。まあ、私が口を挟む問題ではないんですけど、なっちゃん達がウクライナで命がけで稼いだ賞金じゃないですか?それをいとも簡単に「あんたに預けるわ。これで仲間みんなで生計を立ててんか。そして、商売が軌道に乗ったら他の仲間も、その次の仲間もみんな声をかけて、悪いことすることなく生活していってや。」って「男前」すぎますよ。陽菜ちゃんも何も反対せず「なっちゃんがそれでええんやったら私もかまへんよ。」ってちょっと信じられないですね…。」
ジャリルが夏子にむかって呟いた。
昨日、原田の話を聞くと、原田がソマリアに居ついた2017年から国の経済状況はますます疲弊し、犯罪者になるか、ジブチやエチオピアに密入国して低賃金で出稼ぎをしないと食っていけないという事だった。
ここ数年の流行り病による隣国の船便の減少により港湾での外貨稼ぎのできる仕事は激減し、同時期に重なった酷い旱魃で酪農の家畜は痩せ衰え、生活費を稼ぐ家畜を売却するしかない仲間たちを見て、悪いこととは知りつつも今回の海賊事件に参加する気になったという。
稀世は三朗にした電話で、豊栄丸は最新式の遠洋はえ縄マグロ漁船であることと、インド洋は魚類の宝庫であることがわかり、冷凍保管および発送業務が可能になれば、ドバイやUAEやヨーロッパへの輸出のチャンスがあることが知らされた。冷凍加工工場を作るには莫大な費用がかかるのでそれは無理だとあきらめる原田達に、「プレハブ冷凍庫」と「プレハブ冷蔵庫」の活用提案がなされた。水揚げできる港に隣接しているベルバラ港に設置できれば、「一日で魚が腐るがゆえに漁業が事業にならない」というハードルが除去できるとの話だった。
セシルがデイリーLA本社に連絡をして調べてもらったところ、ジブチの米軍基地で使われていた旧式のプレハブ冷蔵庫や厨房機器が、CO2排出削減のものと入れ替えられ、格安で払い下げられているとの情報が入ってきた。その価格は20万ドル。原田は「とても無理だ…。」とうなだれたところ、夏子が「原田のおっちゃん、私と陽菜ちゃんがその費用を立て替えたるわ。その代わり、今後30年間、毎月、獲れたマグロの大トロと中トロを大阪府門真市の向日葵寿司に送ってくれるか!」と言い出したのだった。
夏子の発言に原田は驚いたが、ニコニコチームのメンバーは誰一人驚かなかった。陽菜は夏子に微笑みを送り、稀世は「よっ!大統領!」と茶化した。直は「あほの夏子にしてはやるやないかい。3ミリほど見直したぞ!」と微妙に褒めた。夏子は照れながらみんなに向かって言った。
「みんな、ごめん。「目指せ!ミリオネラ!」は勝たれへんかもしれへんけど、直さんがよく言う「義を見て為さざりは勇無きなり」やろ。30万ドルは、稀世姉さんや直さん、羽藤さんが頑張って、おまけの二台をパクって来てくれたもんやから、なかったもんとして考えようと思うねん。まあ、今回の「お題」も未達成という扱いを受けたら、もうあほのマリ・マドには敵わへんかもしれへんけど、原田のおっちゃんらやその家族やその仲間が助かるんやったらええかなって…。」
セシルがネットでジブチの払い下げ案件について調べると、100坪のプレハブ冷蔵庫と冷凍庫に加えて戦闘糧食を作る調理用具一式に缶詰やレトルトを作る設備も含まれていることがわかった。
稀世は三朗に再度電話をして、その内容を伝えると複数の提案をあげてきた。過熱しての缶詰、レトルトであれば半年から二年の賞味期限が得られるため冷蔵庫が普及していない村でも食事提供できること、マグロの付加価値の高い「トロ」の部分は近隣のセレブ国に輸出ニーズがあることが伝えられた。はえ縄漁の中で同時にかかるカツオやサメについても利用方法を提案した。オイルダラーやヨーロッパのセレブ向けのドッグフードやキャットフードのツナ缶や、サメのヒレを加工して作る「フカヒレ」等の付加価値商品から、雑魚やサメやマグロの骨を使った家畜向け飼料など、三百キロ圏内の漁で事業が成り立つプランを提示したことで具体的に話は進んだ。
稀世と夏子、陽菜が疲れて眠った後もセシルを中心に羽藤、直に原田も加わって水産物加工場の計画は進んで行った。セシルがジブチの米軍の資材課に連絡をすると、「目指せ!ミリオネラ!」の視聴者で今週のウクライナ編を見ていた責任者であったこともあり、二つ返事でOKが出た。設置の工兵隊の手配も併せて、早速、明日、CH-47チヌーク輸送ヘリで行ってくれると同時に、鮮魚・加工品の購入も約束してくれた。とんとん拍子で話が進み、資材課の担当者が「目指せ!ミリオネラ!」のホームページに書き込んだ情報は一時間後に消されたものの、その一時間でアメリカだけでなく世界中のSNSに「夏子と陽菜の海賊退治始末記」についての称賛のつぶやきが書き込まれた、
そんな話をジャリルとしていると、ベルバラ港が見えてきた。夏子たちがレンタルしているクルーザーが停泊する桟橋の向こうに、昨日までは無かった建屋ができあがっていた。岸壁に出てきて手を振る舩阪の姿が見えた。
午後9時、豊栄丸がベルバラ港に接岸すると同時に港湾局のスタッフが荷下ろしを手伝いに来てくれた。夏子たちは、ジブチ駐在のCBSの特派員に囲まれインタビューを受けた。
荷揚げが終わると設備に隣接したエアコンつきのプレハブに招かれた。ソマリランドの「自称」首都のハルゲイサから数人の公務員も来ていた。初めて見る日本人女性に人懐っこい顔で「ドゥー・ユー・ワント・ガット?」と英語で話しかけてくる。「ガット?と夏子が首をひねると、羽藤が「坂川さん、「ガット」っていうのは麻薬効果のある葉の事です。ソマリランドやジブチでは合法ですが、アメリカや日本では違法になりますから絶対に受け取っちゃだめですよ。」と耳元でアドバイスした。直が「勝新みたいにパンツの中に入れといたろか。カラカラカラ」と笑った。
舩阪には「ドゥー・ユー・ワント・ウーマン?」と売春を持ちかけているのを陽菜が耳にして、「女の斡旋や!」と気づいた陽菜が割って入り、公務員に「ヒー・イズ・マイ・フィアンセ」と言うと公務員は「くすくす」と笑われた。羽藤が「女性が使うと「フィアンセ」は「情夫」を意味することがありますんで、テレビに出てる仲田さんお抱えの「愛人」という意味で受け取ったのでしょう。」と教えると、横で直が「押しかけ彼女の陽菜はそんなもんやろ。ケラケラケラ。」と笑っていた。
ハルゲイサからの公務員があいさつし、地元の放送局の取材を受けた。横に着いたジャリルが通訳してくれた。
「30万ドル寄付してくれたってことになってますよ。なっちゃんと陽菜ちゃんの天使像がベルバラ港に立つそうです。これでいいんですか?」
と聞くと、「まあええんとちゃう!「天使像」っていうところが気に入ったわ!さすがにイスラムで「女神」はないやろうからな!ケラケラケラ」と笑った。
皆で楽しく開業祝いが進む中、「今日から「改心」して頑張ります!」の宣言と共に、豊栄丸でチルド保存していた、最後に上がったクロマグロの解体ショーが、原田の手によって行われ、出席者全員が獲れたてのクロマグロの刺身と炙り料理に舌鼓をうった。野球のボールくらいの大きさがある、幸運を呼び寄せるというゼラチン質たっぷりのクロマグロの目のコンソメスープ煮は今まで食べた「魚の目」の中で一番おいしいと夏子は思った。半分だけ食べて「ジャリルにも幸運が来るように分けてあげるわな!」とジャリルに「はい、あーんして!」と可愛く囁いた。
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(⋈◍>◡<◍)。✧💖
追伸
まあ、堅苦しく読んで下さいとは言いませんがいつもと違って、ちょっと気持ちを引き締めて読んでもらいたいです。合掌。
(。-人-。)
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