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㉖「堀越神社と鎌八幡参り」

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㉖「堀越神社と鎌八幡参り」
 翌朝、6時、尿意で希が目を覚ますと、健の姿は無かった。しかし、健のバッグパックはリビングに置きっぱなしになっているので自宅に帰ったわけではなさそうだった。(健さん、どこに行ってしもたんやろか?散歩にでも行ったかな?探しに行かなあかんかな?あっ、あかん、先に「おしっこ」や。もう、我慢できへん!)とユニットバスの扉の向こうに、洗面所の鏡の前に立つ健の姿が目に入った。手に歯ブラシを持ち、左手で毛先をはじき、鼻に近づけている。(えっ、あれ、私の歯ブラシ?)
「きゃー、健さん!何、私の歯ブラシ触ったり、匂い嗅いでんの!変態!やめてー!ばかばかばかー!」
と叫び、真っ赤になって歯ブラシを取り上げた。

 「おう、おはよう。希ちゃん、いつもこの歯ブラシ使ってるんか?」
と尋ねる健を無理やり洗面台の前から引っ張り出すと、
「私、今からおトイレやから、リビングの方に行ってて!覗いたり、音聞いたら嫌やでー!」と健と入れ替わりに、ユニットバスに入るとドアを閉めた。慌てて、寝間着のスエットとショーツを下ろし、便座に座ると(健さん、私の歯ブラシで何してたんやろ?毛先は湿けってへんから、使ってたわけやないと思うんやけど…。ただ、臭いかがれてたんは嫌やな…。まさか健さんがそんな人やったなんて…。)思ったが、何を目的にしていたのかわからないまま、トイレを済ませた。

 トイレから出た希に悪びれた感じもなく、健は新品の歯ブラシをバッグから取り出し希に手渡し言った。
「希ちゃん、今日からこの歯ブラシ使いや。今から歯磨きして、歯茎から出血したかどうかだけ聞かせてや。」
「ん、まだ、私の歯ブラシ、毛先もしっかりしてるし交換時期やあれへんで?まだ2週間ほどしか使ってへんし…。」
と返したが、「とにかく使ってみてや。」と半ば強引に歯ブラシを交換させられた。希は訳も分からず、新しい歯ブラシに交換して歯を磨いた。今日は、出血しなかった旨を健に伝えた。

 朝7時40分、朝食を済ませ、地下鉄とJRを乗り継いで新今宮駅に出た。東方向に通天閣が間近に見える場所に、健が予約したクリニックはあった。受付で「なにわ国際がんセンター」で受け取った書類を一式を渡し軽い問診があり、採血を済ますのに30分もかからなかった。「では、次は午後4時にお越しください。」と言われ、待合室の健と合流した。病院を出ると、天王寺駅までJRに一駅だけ乗り、駅から谷町筋に沿って500メートル程、北に向かったところに今日の最初の訪問地である茶臼山町の「堀越神社」があった。

 健の説明によると大阪では有名なパワースポットのひとつで、聖徳太子が建立した天王寺七宮のひとつということだった。大坂夏の陣では、徳川家康が茶臼山山頂にあった茶臼山稲荷の白狐に危機を救われて、後に「稲荷社」を境内内に移設された「堀越神社」は「ひと夢祈願」といって「一生に一度願い事を聞いてくれる」太っ腹な神様だと説明があった。「堀越」の元となった南側の堀は明治中期に埋められてしまい今はないらしい。祭神は第32代崇峻天皇すしゅんてんのうとの事だったが、なぜ、どんな人の願い事も聞いてくれるのかは「よう知らん。」との事だった。
「志摩の石神さんは「女の人の願い事」、堀越さんの神さんは「すべての人の願い事」をひとつだけ聞いてくれるちゅうねんから、まあ、2か所でお願いしとったら、もう無敵やろ!「白血病」も裸足で逃げ出すってな!カラカラカラ。」
と健は笑った。



 初穂料5000円を健が払い「ひと夢祈願」の書に希が「白血病が治りますように。希。」といつも通りに願い事を記入し、神主に渡し祈祷を受け、願い事の詰まった大きなお守りを作ってもらった。後は、願い事が叶うまで身に着け、願い事が叶ったらお礼参りをするということだった。(あー、また、健さんに5000円も払わせちゃった。ごめんね、健さん…)と思い、せめてものお礼として、健の背中を掻いてあげた。

 再びJR天王寺駅まで戻ると、大阪環状線に乗り、「玉造駅」まで乗った。次の目的地は「円寿庵」という寺と言うことだった。
「ちょっとここの御神木は怖い雰囲気あるでー。「円寿庵」は地元では「鎌八幡」って言って、「草刈鎌」に所以があんねんな。こっちは、さっきの「堀越神社」とは違って、大坂冬の陣で家康の敵やった真田幸村が霊木に鎌を突き刺して勝利を祈願し、惨敗やった豊臣方の中で唯一、真田丸で徳川方に大勝利したってことで有名やねんけど、「悪縁を断つ!」ってことで「病根立ち」の祈祷の参拝者が多いねん。
 ここのマナーは厳しくて、境内は一切写真撮影は禁止!携帯で撮るのもあかんで!あと、他人の絵馬を読んだり、霊木に刺さった鎌を触ることも禁止やで。」
と説明と注意を聞きながら、玉造駅から12分程歩くと「悪縁を断つ寺 鎌八幡」の文字に「2組の鎌」の絵の入ったおどろおどろしい看板が掲げられた寺についた。



 健は先に寺に入ると「予約してた本田希の特別祈祷をお願いします。」と言い、5万円支払うのが見えた。(えっ?今の1万円札やったやんな!ご、5万円!そんなに健さん払ってくれたん?私どうしたらええの?)と思って固まっていると、中に通され、祈祷を受けた。住職に続いて、「奉納」と書かれた二本の石碑の向こうに何十本の錆びた鎌が突き刺さった「霊木」の前に連れてこられた。(ぎょへー、「御神木」っていうより「呪いの木」って感じやなぁ!でも、この5日間でぶっちぎり1位のインパクトや!これなら「白血病」も逃げていきよるかわからんな!)と変な確信が湧いた。
 住職の掛け声と同時に霊木に撃ち込まれた鎌に両手を合わせ、寺を出た。
「健さん、5万円も払わせてごめんな。きっといつかお返しするからな。」
と言うと、いつもの調子で健は答えた。
「1年で死なんと100まで生きたら、80年!1年当たり625円やんか。希ちゃんの病気がこれでよくなるんやったら、安いもんや!カラカラカラ。
 さあ、お参りはここまで!あとは、根性つけるもんでも食べに行こか!病除けの神様だけやなくて、こいつらを腹に入れたら、白血病もびっくりして素っ裸で逃げ出すやろ!ってなもんやで!カラカラカラ。
 あー、笑いすぎて、背中がかゆいわ!希ちゃん、ちょっと背中掻いてくれるか?」


(境内内は撮影禁止のため、和歌山の「釜神木」を載せておきます。こんなイメージです。)

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