上 下
29 / 34

㉘「診断結果」

しおりを挟む
㉘「診断結果」
 希と健がクリニックに着くと午後4時2分前だった。希は、一緒に診断結果を聞いて欲しい。」と健に頼んだが、看護師から「身内以外は同席不可」と言われ、希ひとりで診療室に入ることになった。
「希ちゃん、きっと大丈夫や。今日の今から30分後には、元の生活に戻れる。1週間前、京橋の公園でおいちゃんと知り合う前に戻るんや。
 たくさんの神様と希ちゃんのお腹の中の「さそり」や「ワニ」が味方をしてくれるはずやからな!カラカラカラ。」
と笑いを交えて励まされ、希は覚悟を決めた。(うん、健さんとあれだけいろんなところを回ってきたんや。きっと「大丈夫」!行くぞ、私!)と思うと「本田さーん、お入りくださいー。」と看護師の声が聞こえた。
「じゃあ、行ってくるね!」
と健に言うと、健は微笑んで小さく頷いた。

 診察室に入ると、午前中に問診対応してくれた白衣の中年医師が無表情で座っていた。デスクの前のパソコンモニターを覗き込みながら、手元に持つ血液検査の結果のプリントと突き合わせている。
 希の心拍数が一気に上がり、手足が小刻みに震えてくる。表情が読めない医師の横顔を見ながら(先生、早くなんか言ってよ…。この沈黙に耐えられへん。せや、健さんと食べた美味しい物でも思いだそ!最初の「まつい」の串カツにどて焼き&すじ、「ホルモン屋さん」の生レバーに焼きホルモン、「たこ八」の激辛ソースの焼きそばにお好み、「吉野寿司」の押し寿司…。あー、どれも美味しかったよな…。
 伊勢神宮の「わらじや」の釜めし、「赤福本店」の赤福氷、石神さんのお土産屋の牡蠣と栄螺、「エスカルゴ牧場」のエスカルゴ…。うーん、思い出すだけでよだれが出てまうな…。「茶茶」のとろろ飯に「おすみ」のホルモン丼…。
 「魚勝」のうずみ飯と飲みすぎちゃった「自由軒」でのキモテキとちいちいイカ…。あー、何度でも食べたいな…。東茶屋のゴールデンアイスに「グリルオーツカ」のハントンライスと「赤玉本店」の金沢おでん…。どれも絶品やったよな…。
 健さんと一緒に食べた「松きのこ」も美味しかったし、今日の「串カツじゃんじゃん」のゲテモノ串カツ…。あー、健さんとの思い出は、美味しい物ばっかりや…・)
 
 「本田さん、本田さん、聞こえてますか?」
と医師の声が、この1週間の「食の妄想」を遮った。
「は、はい?な、なんですか?」
希は、意識が現実に戻り、医師の顔を見た。いぶしかげに希の顔を覗き込み、医師は表情を1ミリも変えずに希に言った。

 最初の8秒で希の意識は固まった。そこからの10分の説明は、はっきりと言って全く頭に入ってこなかった。医師が目の前で何かを説明しているのは分かっているのだが、どんな説明も解説も意味がないものと感じられ、ただただ、意味もなく頷いて聞いていた。
 一通りの説明を終え、医師が希の両手を取って最初に伝えられた言葉をもう一度口にした。
「本田さん、白血病ではありません。一過性のEBウイルス症候群でした。それも、すでに治ってます。もう大丈夫です。安心してください。」

 二度目の言葉で意識を取り戻した希は、「ありがとうございました。」と110度の角度でお辞儀をすると、診察室を笑顔で出て行った。待合室で待っているであろう健に0.1秒でも早く、この結果を伝えたかったのだが、健の姿は見当たらなかった。廊下を2往復し、男子トイレの前で「健さーん、診断終わったよー!」と声もかけたが、何の返事もなかった。
 仕方なく、受付に行き窓口の女性に尋ねた。
「あのー、私と一緒に来ていた男の人知りませんか?すごく太ったおじさんなんですけど…。」 

 受付の女性は、一度事務室に入ると、白い封筒を持って出てきた。
「本田希さんですね?診察料の精算は済んでますので、もうお帰りになってもらって結構ですよ。あと、付き添いの男性からこの封筒を渡しておいて欲しいということだったのでお渡ししておきますね。診断書が必要であれば本日お申し込みされるか、改めてお電話いただけますようお願いします。」
と言われ、「本田希様」とだけ書かれた白い封筒を預かった。(えー、健さんどこに行ってしもたんやろか?さっき、「串かつ じゃんじゃん」で携帯メールがなってたけど、急用でも出来てしもたんやろか?早く大丈夫やったことを伝えたいから、まずは、電話でも入れてみるか…。)とガラケーを取り出すと
「院内でのご通話はご遠慮くださいね。」
と注意されたので、「ぺコン」と頭を下げると速足で、クリニックの外に出た。

 クリニックの前で希は携帯のアドレス帳を開くと「健さん」を選択し、発信ボタンを押した。ププププという電子音の後。コールはならずにメッセージが流れた。
「おかけになった電話番号は現在使われておりません。もう一度、ご確認の上、おかけ直しください。」
(えっ、私、今、ダイヤルしたんやなくて、電話帳からかけたやんなぁ?昨日まで普通に繋がってたんやから、おかしいやろ。電話会社ぼけてんのとちゃうか?)と思い、3度コールし直したが結果は同じだった。



しおりを挟む
1 / 4

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

自由時間720hours~北の大地ののんびりコラム~

エッセイ・ノンフィクション / 連載中 24h.ポイント:35pt お気に入り:12

自由に語ろう!「みりおた」集まれ!

エッセイ・ノンフィクション / 連載中 24h.ポイント:35pt お気に入り:22

処理中です...