始まりから詰んでいる鬼ごっこ

もちごめ

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5-2*オルベルト伯爵

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***
 そして私は逃げ続けます。

 


「あれ? お父様は?」
 上の娘が私を探している声が聞こえる。

「さあ? どうせいつもの書斎でしょ。なかなか出てこないから待っているのも時間の無駄になるわよ。それよりもクッキーを焼いたの。今からお茶しましょうよ」

 妻が娘とお茶をしに庭へと出て行った音を聞いてこっそりと書斎のドアを開ける。

「奥様がお焼きになられたクッキーです。どうぞ」

 ドアを開けたところでお盆にクッキーと紅茶を載せたトレーを持ったまま無表情に立っている我が家の侍従がいたので、びっくりして腰を抜かしそうになった。

「あ、ああ、いただこう」
「お盆はドアの外に置いていただければ結構ですので」

 そういって去っていった後姿を見て、すぐさままた書斎へと戻る。

 テーブルにトレーを置き、まだ焼きたてのクッキーを一口齧る。

「美味しい」

 そして紅茶を口に含めば茶葉のいい香りが口いっぱいに広がる。

 うん、やっぱり今年もいい出来だ。

 窓の外を見やれば、木の下で楽しそうにお茶を楽しむ愛しい家族の姿が目に映る。

 できれば私もあの中に混ざりたかったな……。

 そもそも何故私が書斎に籠っているのかと言えば、下の娘のことを気に入ってくれている、キース・ソルシエ君。

 彼の執念には私でさえも末恐ろしいものを感じてしまう。

 先日も『こんにちは、伯爵。突然ですが、あの約束、忘れてはいないですよね? もちろん、約事に誠実な伯爵が、よもや約束をたがえることはないと信じています。ですが、人というものは月日が流れればその記憶、気持ちが薄らいでいくものです。なので、万が一が内容に、私がいかにミア嬢を心から愛しているかをもう一度伝えたくて、こうしてお手紙を書かせていただきました。あれは私がまだ五歳だったころ……』枚数にして二十枚の手紙が毎月十日に届けられる。

 それがもう何年続けられていることだろう。確か彼が学園に入ったのが十五歳の時だから、かれこれ九年。


 ……まめな男だ。




 そんなまめな男の執着を知らないのか、帰ってくるたびに「いい縁談はないか」 と聞いて来る娘。


 勘弁してくれ。
 そんなものを用意した日には私は謎の呪いによってこの世から消えてなくなってしまうだろう。


 彼は娘にはもったいないくらいの素晴らしい青年だとは思うのだが、なぜか残念な部分も見える。でも、本能がそれには触れていけないと警告を鳴らすので、私は一切触れない。見えない。聞こえない。



 そしてもう一人、上の娘の婚約者であるフィリップ王太子殿下。
 彼は時期国王として幼少より立派に育たれた方だが、同じく何故だか彼からも残念な部分が自分には見えてしまう。しかし、私は知らない。聞こえない。関わりたくない。を貫き通す。


 最近では王妃様からも手紙が届くようになり「ミアちゃんにいい相手は決まったのかしら? もしまだ見つからないのならば私に任せて頂戴!」と書かれていた。



 ……もう、一体私にどうしろと?
 どうしてこうも毎日のようにいろんなところから欲しくもない手紙が届られる?!


 私は毎日、ただお茶の葉を眺めて平和に暮らしたいだけなのに……。
 いつ平和が訪れる……。


 そうだ。
 二人ともいつまでも意地を張らないで、さっさとくっついて落ち着いてくれないかな。

 いや、でも。
 かわいい娘たちの幸せは私の幸せだ。だからもう少しこのままでもいいのかな、とも思う。


 親心とは複雑なものである。






 そんなこんなで、結局は手紙恐怖症になり書斎から出られなくなってしまった。

「ごちそうさま」

 書斎のドアを少し開けて、綺麗に平らげたトレーを置けば、玄関から「ただいま!」と元気な声が聞こえた。


 !? ミリアリアが帰って来た!! 


 慌ててドアを閉めて鍵を掛ける。
 どうにもミリアリアの後ろには、いるはずのないキース君がいつも見えてしまうのだ。
 幻覚が見えてしまうのは私が疲れているからなのだろうか?


「あれ? お父さん、いないの?」


 久しぶりに聞く、下の娘の声を聴きながら椅子に深く腰を掛ける。


 ああ、情けない……。

 齢四十になろうとする男が、目から汗が流れた瞬間である――。



「おとうさん、手紙が届いていたからドアの前に置いておくね?」


 そして彼は今日も書斎から出られなかった……。
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