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気分が良いという感じを思いだした

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箱車は終日走って、停留地に到着した。
日暮れまでに結構時間はあるが、この先の街道は魔気が濃くなる。

停留地には2台の箱車が止まっている。
フィラーからの箱車はまだ来るから、箱車はもう少し増えるだろう。
従者が商人たちのために、テントの設営を始めた。

俺たちは箱車から少し離れた、場所にテントを張る。
6人のテントを、入り口を中心に向けて、放射状に張った。
それを包むように結界を張った。

エルネスが焚火を用意する。
その横にテーブルと椅子を並べた。

どんな感じの味が好きか良くわからないので、自分で味付けできる料理にした。
生野菜の他に軽く炒めた野菜、塩を振っただけの肉を焙って一口大に切りそろえた。
ジーヌとリリアナが、穀物の粉で薄焼きを大量に作った。

好みのものを薄焼きに乗せて、作り置きソースをかけてから巻いて食べる。
ソースは、8種類を用意した。
好みで細かくきざんだチーズを乗せる。

「レストランみたい」とファーリア。
気に入ってもらえたようだが、感情は読み取れない。
喜怒哀楽が極端に薄いような感じがするのは、恐らく薬の影響だろう。

「食事の後は、お風呂も楽しんで」とジーヌがファーリアに話かける。
「お風呂?」
「後のお楽しみ」とタイリー。

「今回は行かないけど、交易所って何をするところ?」とリリアナ。
「回復薬を買いに行くの」とタイリー。

「死んでいなければ、元気になる」とファーリア。
「どんな病気でも?」とジーヌ。
「病気を治すというよりは、病気の無い元気な体になる」とタイリー。
「だから、少し若返る」とファーリア。

タイリーが仕組みを説明してくれた。

交易所の机には、1冊の本と回復薬が1瓶置かれている。
本の1ページごとに、魔族が欲しい品物が1品記載されている。
その本を受け取ったら、フィラーの市場で全てのページに品物を収納していく。

「例えばリンゴと書かれていたら、まずは市場中のリンゴを全て買い取る」とタイリー。
「そして選別して、本に収納する」とファーリア。

香辛料、食器、服、とにかくなんでも在庫は全て買われるらしい。
本に収納されなかったものはフィラーの中央広場で皆に配られ、食事や酒も振舞われる。
すべてが無償なので、完全にお祭りさわぎになる。

「そのさわぎの中で本は競りに掛けられる。品物の購入に幾らかかったかなんて関係ない。最初からその何十倍にも価格は跳ね上がっていくの」とタイリー。

富豪が自分の命の対価として支払う金額とはどれくらいだろう?

本を競り落とした人は、皆が見守る中その場で回復薬を飲む。
直ぐに効果が現れはじめ、歓喜が渦巻く。
競りに参加した人たちは、次回こそ自分の番だと奮い立つ。
文字どおり命がかかっている。

「凄い世界ね」とリリアナ。

食事を終えると、日は暮れてまわりはすっかり闇になっていた。
駐留地のあちらこちらで焚火の炎が揺らいでいる。

箱車の台数は5台に増えていた。

テントから離れて、駐留地の中ほどまで歩いた。
亜空間を発動。
巨岩とお風呂がそれぞれ交差するように配置してある。
お風呂の間には、巨岩を繋ぐように木の皮で編んだ塀がある。

「ロンメイの補給のために、タシュバードのお湯にしたから」と俺。
トロトロと白濁のお湯だ。

すかさず、「白濁に入るわ」とタイリー。
「私たちを呼んだ理由ね」とジーヌ。
「そうよ」

***

「気泡が凄い」とタイリー。
お湯に浸かった肌にはビッシリと細かな泡が付着しているのを感じる。

「・・・」
ファーリアが小さな声で何かを言いながら、リリアナの左肩にあるタトゥを指で触れた。
「気に入った?」とリリアナ。
「キレイ」そういうと、ファーリアは目を閉じてゆっくり指を動かす。

それから指の動きに合わせて体を揺らし始めた。

「小さい頃に感じた。少し眠くて、意識が体の外と重なる」とファーリア。
「気分は?」とタイリー。
「気分が良いという感じを思いだした」

心地良い湯に浸かる。
何かをキレイと思う。
そして、記憶の中にあった感覚に触れたのだろう。

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