この世界で 生きていく

坂津眞矢子

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第7話 ~もっと近くで触れさせて~

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「改めまして、高等部二学年二組、四方田恵、です。宜しくお願いしますね」
「わ……私は久原麻美くはらあさみ、中等部二学年の三組ですっ。以後もどうぞお見知りおきを、おねえさまっ!」

 まずは、そのまま食堂で互いに簡単な自己紹介。改まって真正面に向き合って席に着いたからか、先程までに溶けていた緊張が再び戻ってしまった様子で、くだけた姿勢から急に背筋がぴーんと伸びて口調も改まって、序に若干大声になってる黒髪美少女に、ついつい食いついてしまい

「ペンネームとかはないのですか?」
「うぇっ!? ちょっ!? そっそそそそそれは今は――……っ!!」

 弄ってしまう。人が少ないと言っても共用食堂。ちらほらいる他の生徒達には大っぴらに知られていいものでもないのかもしれない。彼女くらいの容姿ならば、人目を既に引いてる可能性の方が高そうだけれど。こう、初々しく、必死でぶんぶん首を振って拒絶する久原さんはなんだかとてもかわいい。……いえいえSじゃないですよ? たぶん。

「久原さんの原稿、読んでみたいですからね」
「でしたら今度持ってきましょう! で、ですのでペンネームはその時にでも!」

 ですから、ここでは秘密ですよっ! と、ウインク人指し指一つ、で内緒を頼んでくる彼女。ドラマや漫画のような、絵に描いたようなシーンを堪能出来て、なんだか嬉しい。

「ではお礼として、次の茶道部に誘ってみましょうか」
「わ……お誘われちゃいました! えへへ! 茶道部だー!」

 四方先輩、とちょっぴり略語で称されて、わたしに嬉しさがもう一つぽすんと積み上げられる。えへへ、とか頬を染めて照れたりして…なんですかこの娘。お姉さま呼ばわりしたりしますし、結構くすぐられますね。

「茶道部なのですよ。正座に最も定評がある茶道部です」
「そうそう正座……って他に一番定評あるの有りますよね!?」

 お互いくすくす笑い合いながら、緊張感のないお話をだらりとさらりとゆったりと、ごはんの箸休めに続けて語る。言っておいてなんだけれど、主に現部長達の影響で、比較的動き回る部活動になっているので、正座に定評があるかどうか最近は怪しい。姿勢を崩して飲む、崩し飲み、という技法も無いというわけではないし、時代によって変えるべき、とは先輩たちの口癖でもあった。

『電気外して提灯とろうそくで過ごせって言われたら暴動起こすでしょう?』

 頭を過ぎったのは、冷泉部長の言葉。極端ではあるけれど、的を得ている。それと真逆の生活やインテリアに趣が出るのは承知もしているけれど、それはそれ、これはこれ、というモノで。伝統の茶道の姿勢一つとっても、定型一つとっても、変えるトコはガンガン変えていって然るべき、なのだろう。茶器も洗っちゃいますしね。折角の桐の箱もカビるのです。お手入れは大事なんです。

(……やっぱり、わたしが古いのでしょうか)

 ソコに引っかかるわけで。時折、頭をもたげる不安。本来洗わず、本来混ぜず、本来……という、古来をどんどん潰していくスタイルの今の茶道部。わたしも常々疑問だった行動なので、いざ取っ払ってみた方が、格段にやりやすいというのも事実。古風な家柄な筈の沙姫の方が、むしろこういう改革に賛同している。そんな、複雑な表情が出ていたのか

「もぐもぐ。それでですけれど、お姉さまの気になる娘って」

 ズレたこと、然し本来のお題を口にした彼女は、一旦言葉を区切ってトーストを一口さくりと、そうして一置き間を造り、此方をしっかり待ってくれる。

「ずずーっ。そうでしたね、そこですねぇ」

 一つ頷き、ラーメンをなるべく上品にすするわたし。……ご飯の種類に貴賎なし、ないけど品の差はあると思う。優雅にトーストと紅茶を侍らせる後輩に相対するは、ラーメンどんぶりドーンな先輩。もろ体育会系じゃないですかわたしどういうことですかわたし文化系どこいったわたし。

「ごくんっ。……ん、言葉通り、妙に気になる存在……かな」


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「はっくしゅん!!」
「夏風邪か?保健室戻る?」
「いえ! このまま探しましょう! ですけどコッチであってますかね?」
「あの口ぶりだとまだ中等部側にいるとは思うんだがなー」
「せんせぇなんですから先輩の居場所くらい解るでしょ!」
「あたしゃエスパーじゃねーっての。ってかホント熱入ったわよねぇお前もさ」
「……あんなセリフバンバン聞いちゃったら……それは……えへへへへ~♪」
「爆発しろ」


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「気になる……それは、ときめいたり、ではなく? でしょうか?」
「そう。ですね」

一時いっとき、間を起き

「……そういえば、そうですね」

 揃って不思議そうな顔をする二人。わたしまで不思議そうな顔するのもどうなんだろうとは思う。でも、目の前の後輩に、他人に、改まって尋ねられても同じ答えに行き着いていくのに少しの驚き。予想範囲内であっても、驚き。
 実際に、十さんのしぐさや可愛さにドキッ……としたかと言われると

(……)

 そこが、やはり足りていない。一目惚れには違いないけれど、興味を惹かれるという意味でのソレで。恋愛欲情とは程遠い。そして、これから親しくなろうと思って接する際に、彼女に興味津々なわたしの感情を前面に出すには、きっとおそらく、あまり宜しくはない。相手が相手、これまでにも好奇の目にさらされることは数多あった筈。本人だって少しの自覚はある筈だし。
 でなければ、高城先生があそこまで詳しく語ったりしない。面倒事は病院に放り込むに限るはずで、何よりずっとずっと詳しい医師団がいるのだし、厄介払いでも心からの真心でも、病院にお世話になっていないとは思えない。……そこを突っつかれて楽しい年頃でもない。病院が物珍しい自慢話に値するお年頃なら別だけれど、もう既にお互いその時期は過ぎている。

「そうですね、とにかく、興味を惹かれる、未だその一点です」
「ふむふむ……」
「監視したいとか監禁して24時間…とか、そういう手遅れレベルではありませんよ」
「そんな発想に至る時点で未来のお姉さまは危ない気もしますよっ? ふふふっ」

 お互い軽口で笑い合い、それで少し心の余裕がまた生まれる。うん、お話ってやっぱり大事だ。
 さて、問題は、十さん本人がどういう状況なのか。状態なのか。はたまたどう考えているのか。本人は知っているのか、知らないのか。一部の人格だけが、私は多重人格者、ということを掴んでいるタイプなのか。それとも、高城先生達が既に全ての人格達に教えているのだろうか。全ての人格が記憶を共有しているとすればありがたいのだけれど、きっとそうではないのだろう。

(それでも、確率としては後者なのですが……)

 でなければ、十さんは盗難騒ぎや授業放棄等を当たり前の様に起こしていた筈。特に、成人の様な人格もいたし、幼い子もいたし……知らないのだから、罪の意識もないし、芽生えない。そもそも授業を受ける資格自体がない人格だっている筈だ。先生が危惧していた攻撃的な人格が出たりでもすれば、破滅的な行動を取っているだろうし。
 にも関わらず、先生は超攻撃的人格に気をつけるように、と言っていた。これを考えると、各人格は独立している可能性が高くなる。共有しているとすれば、他の人格が押さえ込んだり、その逆に、全ての人格が超攻撃的な人格の影響を受けている可能性が強くなる。全てが完全に独立しているとなると、弱い人格はまず出てこれない。そうなると、あの日見て聞いて触れた彼女たちは、それなりに強い人格たちと見て良いのだろう。

「うむむぅ……やはり、興味を惹かれる、未だその一点ですね」
「ふむふむ……成る……程……」

 尤も、これらも推測でしかない。何方にしても、今の十さんが平穏無事に暮らせている方が、言っては何だし、思ってもいけない事ではあるのだけれど、どこかおかしい。何かおかしい。多重人格者とは思えない。ただの表の顔、裏の顔程度にしか感じられないほどだ。演劇、という単語が頭を過ぎったのもそのせいでもあるし、数年出てこない人格というのが存在するのは、本で知った程度のわたしですら知っている。なのに、その気配を感じ取れない。

(それにしては、なんですよね)

 ……腕の痛みを思い出す。わたしの腕に長く跡を残す程に握られた、あの力は明らかに違う。仮面程度でなせるものじゃない。高城先生からもハッキリと聞いた。ならば、やはりわたしの知識や触れ合いが不足しているのだ。彼女を多重人格者と此方が捉えるには、まだ浅い。まだまだ深く知る必要がある。

「少し大げさになりますけれど、一回会っただけでそれ程までに気になるヒト……です、か……ふむふむ……」

 考え事をしながら、そう呟いてメモを重ねていく目の前の少女。同じ様に繰り返す、興味をとにかく惹かれる止まりのわたしからの言葉なのに、出せる情報ラインは何時まで経ってもココ止まりなのに、そんなわたしの感情の現状を、しっかりメモを取り、うーんと唸り、紅茶を一口くいっと飲んで、また一つ問いを重ねる。

「あとお姉さま、やはり、というのは?」
「ええ、自分自身でも何度かぐるぐる考え続けていたのですよ。彼女の事を」

 質問と会話が途切れ、その間にトーストをさくりと一口、もむもむ可愛らしく咀嚼する彼女と、ラーメンスープを少し飲み、添え付けのサラダをぱりっと頂くわたし。……目の前の彼女の様にわたしも茶菓子程度にしておくべきだったかな……と、お嬢様学園の一員として若干後悔しながらも、シリアスな話題を構えているのに何処か抜けてるのもわたしらしいし、やっぱりいいかと独りごちる。よくないけどいいんです。これも塩ラーメンの化身らしいので仕方がない事象なのです。

「自分の問いかけだけでなく、他の人から聞かれたら或いは…とも思いましたが、ね」

 内部からの反響だけではなく、外部からの声に、何かわたしに反応があればとも思いはしたものの、変わらず。高城先生程の強い情報と言葉でも

「……その口ぶりですと……その、結果は」

 この目の前の、久原さん程の一定の距離感のある言葉からでも

「はい、やはり変わりませんでした。のっと恋人、ですね」

 コクリと頷き、微笑んでみせる。
 何度も考えて考えて考えて話して話して話して聞いて聞いて聞いて、改めて行き着いた結論だから、未だ恋人未満、恋心未満、という感情で心も頭も占領されても、そこに悔しさや焦りは生まれなかった。善は急げ、急がば廻れ、なのだから、これからじっくりゆっくり而して急ぐ程度でいい。未だ数日。未だ一度きり。まだまだ先に、進化していく未来はちゃんとある。後はわたしらしく、十さんをメインに色んなイベント引っさげて、或いは何も持たずに突撃するだけなのだから。
 わたしの応え、或いは笑顔に一瞬ハッとしたような表情を見せた久原さんは、直ぐに再び感心したように、キラキラした瞳に戻って何度か頷いて、さらさらとメモ取りを再開していく。

「そうなのですねぇ……お姉さまおとなだぁ……」
「まだまだ女子高生でいたいですよ」

 再び軽口を交わしつつ、引き続いて興味深そうに、大した情報の更新でもないにも関わらず、大事そうにしっかり書き留めていく久原さん。紅茶を途中で啜りながら、使い込まれた手帳に何かしらをキビキビと、わたしの言葉だけでは足りない以上の何かを書き連ねていく。頷き、唸り、首を振りながらも、その手は止まること無く淀み無く。

「でもでも、好きな事は好きなのですよねっ?」
「ええ、勿論嫌いというわけではありませんし、どちらかと言えば好意の方に大幅に向いているのは確かなのですけれど……ね」
「……ううん、歳の差カップル誕生! にはなりませんでしたか~」

 ペンを口元に、への字のその口にちょこんと押し当て、んぅーと唸る。その声に微笑みながら応じる。

「なぁに、色々と進むには本人に会うのが一番だとは感じてますよ。あとは、それだけです」
「わお、格好いい。……で、四方お姉さま、今日はその本命の娘に会えましたか?」

 更に乗せられる彼女の問いに、ラーメンスープを味噌汁の様に一口軽く飲み、添え付けサラダをぱりっと頂き、軽くさらりと首を振る。

「いいえ、まだですよ」

 微笑みを交えてそう返す。今日の本命はあくまで中等部保健室。通り一般の先生生徒よりも、可能性として最も高いから許可を貰ってでも会いに来た、今日の本命は高城先生だ。いきなり本人よりも、まずは情報、情報なのだ。

「あー……お止めしてしまって申し訳ないです……」
「良いのですよ」

 微笑みで先手を打つが、やはり謝られてしまう。恋バナ大好きなので是非にお話を!! と、グイグイ迫っただけに負い目があるためだろうけれど、彼女が話し掛ける切っ掛けとなったのは、廊下でブツブツ呟いていた不審者状態なわたしなので、完全に此方が悪いのだから彼女は責を負わないで欲しい。それに、半ば強引にお散歩に誘ったのもわたしで、恋バナをちらつかせて今まで付き合って貰っているのもわたしだし、恋バナと言っておきながら恋心に至っていないのを知ってて誘ったし……・・・・・・
 ・・・・・・……あれ? なんかすっごく悪い事してる気がしてくるのですけど……気のせいですね、気のせいです。わたしがこんなかわいい後輩に悪事なんて働くはず無いじゃないですか。いやですねぇ。

「元はと言えばわたしが廊下で彷徨いていたのが原因ですから」
「あっ! そう言われてみれば……」
「そのあと連れ回しに誘ったのもわたしですからね」

 ですので、お気になさらずに、と、腕を伸ばして彼女の頭を撫でる。くしゃりとわしゃりとさらりとぱらりと。心地よい手触りで。髪の毛フェチではないはずだけれど、何だか彼女の髪の毛は、妙にわたしの心に染み付いてくる。

「……うぅ……そのぅ……あ、会いに行かなくて良いのです?」
「っと、ええ、ご心配なく。今日は元より情報貰いに保健室を訪ねに来たまでですからね」

 普段全然来ない中等部側をうろついたのも、副次的なおまけみたいなものだったし、会えればラッキー程度で考えていた。あのあと教室まで突撃しても、このお時間帯では既に帰ってしまっているだろうし。結果的に新しい後輩と巡り会えたのだから、予定は未定のままでいいのだろう。
 ……そう言えば、十さん部活動は何をやっているのかな。そんなことを考えていたわたしの頭に

「……成る程、です。へぇ……成る程……」

 少し、残る感じの久原さんの声。トーンが、少しだけ下った気がする……気の所為、かな?

「心当たりが付きましたか?」
「いえ、ただ少し意外だなぁって」

 撫でているわたしの手を軽く握り、軽く微笑む彼女は、とても嬉しそうな顔だった。無邪気、を超えた年齢で、反発心旺盛なお年頃。それでも垣間見える、感じられるのは、彼女からの裏表のない嬉しそうな喜びの音。屈託の無い嬉しそうな顔。
 ……まぁ…うん。意外に感じるのが当然……かな……今日本命に会いたいならば、まずその人の教室を当たるのが筋だろうし。何を血迷ったか保健室直行では一般生徒の探し方としてはかなりおかしい。……一般生徒としては。しかし、十京という一個の生徒を、事を荒立てずに静かに知るには、そこ以外に思いつかなかった。

「意外性の女ですから」
「……いや、ほんとです……」

 即答で返事を頂いてしまう。

「否定して欲しかったかもしれないです……」
「ごっごめんなさいお姉さま!! でもでも!! ……そのーぅ……」

 見た目と第一印象が和風お嬢様なのに、さっきからその素振りを欠片も見せない上に意外ばかり見せるので、如何に久原さんがお姉さま方を慕っていようと評価はそうもなる。しずしず粛々と、一応自然な素振りはしていたのだけれど……いや、その普段の動きが却ってギャップを生んだのかもしれない……のかな?

「ふふふっ、久原さんもなかなか正直です」
「はぁうぅ……あのその……そのっ」
「まぁまぁ、良いのです。正直なのは大事です」

 くしゃり、と最後に髪の毛を手に絡め、そのまま腕を引っ込める。ぱらぱらさらりと元に戻っていくその髪の毛を、彼女は直さずそのままに。そのまま真っ直ぐわたしを見据え、彼女は再度、口を開く。

「はふぅ……あー……いいなぁしほーお姉さま……」
「有難く頂戴しておきましょう」
「お堅いのか柔らかいのか掴みどころがむっつかしいお姉さまってレアですし!」
「……有難く……ありがたいかなぁ」

 レアらしいので嬉しいは嬉しいけれど、どうなのでしょうかこれは……と、お嬢様学園の一員として若干迷いながらも、シリアスな話題を構えているのに何処か抜けてるのもわたしらしいし、頬をポリポリ掻きながらも、やっぱりいいかと独りごちる。これもお嬢様でお姉さまなのだから仕方がないのです。塩ラーメンの化身で掴みどころの難しいお嬢様って一体全体どんななんだろう? 確かにレアはレアかもしれないですけど……

「ではお姉さまの恋は今からスタート、という感じですかね?」

 ズレた思考をシリアスに引き戻す後輩に

「うーん……そうなりますね。プロローグ、に当たるのではないでしょうか」

 さらりと返し、概ねそうだなぁと一つ大きく頷けた。
 成る程、プロローグ。恋愛小説か何かでよくあるパターンに当て嵌まる。一目惚れの意味が若干違う以外は、まさに久原さんが扱う小説なんかと一致する。…そうなると、大した情報更新がないにも関わらず、必死にメモを取っていた理由も納得だ。小説家を目指している目の前の彼女なら、わたしの段階でも十二分にお話づくりの栄養になるのだろう。自分の言葉ながら、凄くストンと腑に落ちた。

「成る程! その次のイベントが私と二人きりって……な、なかなか修羅場迎えそうなんですけど!」

 わざとらしくブルッと震えてみせる彼女。まぁ確かに。十さんがヤンデレ枠で、この現場を目撃でもされていたら、久原さんは明日あたり行方不明になってたりするライバル的な役割に当たるのかもしれない。

(…………)

 ……まさか、ねぇ。茶道部で一回会っただけだし久原さんともこの一回だけだし、十さんも久原さんもお互い回数としては同等だし。フェアよフェア。フェアなはずなのに久原さんの生命の方が圧倒的に危機的に感じるのはどうしてでしょうねぇ。そんな事はないと言いたいところですけどね。

「わたし目当ての人でもいない限り久原さんに手は出さないでしょう? 仲良くしたいだけなのですから」
「うーんん、お姉さま強気ですねぇ……」
「中等部の方と仲良くするくらい普通かと思いますし……何より」
「何より?」

一つ間を置き

「外堀から埋める、という言葉もあります」
「お姉さま……その発想はヤクザです」

 少し引きつって見える彼女。あれ、おかしいですね。爽やかな笑顔で呟いたのに。十さんの場所である中等部の人達と仲良くなって、心地よい場所にしたいだけですよ?

「好きではないですよ、争うのは」
「で、ですよねー!!」
「出来ればシンプルに、縁を深めていきたいですし」
「争い……ではなく、縁、ですか」

 ……何故だか久原さんの中でわたしは一瞬でヤクザ扱いになったらしく、争い大好きみたいなお姉さまにさせられそうなので、頑張って否定を試みる。……素の自分の言動が招いたコトなのでどうにかなるかはかなり怪しいけれど、お姉さまから姐さんになるのは流石に回避したい。腐ってもわたしもお嬢様なのだから。誰か腐ってるだ。

「ええ。……回避して飛び越えて……そして無理なら叩き潰して叩き壊して突き進む、ですけれど、ね」
「……」
「やはり、手を繋いで、片手だけ繋いで、もう片手で数多と数多に触れ合いたい。もっと近くで繋ぎたい。もっと近くで触れ合いたい」
「……っ」
「本命だけでは物足りない。わたしは欲張りですからね」

 ギュッ、と軽く、彼女の片手を握ってみせる。ビクッと一瞬強張る彼女は、然し直ぐに、柔らかく握り返してくれて、それがとても嬉しくて、目を閉じ笑顔で、彼女に向かってそれが答えと頷いた。

「っわぁ……やだなぁこわいこわい。先輩こわい~」

 ちっとも怖がっていない声で、ちっとも怯えていない指で、応じてくれる。

「争いは嫌いですから」

 ちっとも嫌いじゃない声で、ちっとも断らない顔で、笑いかける。

「ふふっ、お姉さまのお相手が羨ましいかも……」
「そうですか?」

 にぎにぎ柔らかく握り返してくれる彼女に応えるように、同じくにぎにぎ指を絡ませ撫でていく。

「ヤクザですし」
「ちげーです」

 くすぐり撫で握るわたしに応えるように、ふるっと震わせ離さず絡める彼女はわたしに

「闘ってくれますし」
「当たり前です」

 真面目な口調でさらりと投げかけ
 真面目な口調でぱさりと落とす。

「ふふっ」
「ふふふっ」

 そうして二人の会話は途切れ、途切れさせ。
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