復讐の始まり、または終わり

月食ぱんな

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第一章 フェアリーテイル魔法学校に入学する(十二歳)

003 大人は卑怯

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 国外追放されたのち、どうやら今なお、追われる身になっているらしい私の両親。

 その娘である私が、十二年に及ぶ逃亡生活で培ったアイデンティティ。つまり私と言う人間を形成する大事なものを取り上げようと、両親が画策かくさくし始めた。

 そんな現状を前に腕組みし、学校のパンフレットを睨みつける私の脳内を占めるのは。

(何でいまさら、そんな事を言い出したんだろう?)

 素朴な疑問だった。

(今までと今回の違いは……)

 私は直面する問題に対する解決の糸口を探ろうと、過去を振り返る。

 かつて一国の跡継ぎとして大事に育てられた父は、様々な土地に移動した先で魔法と剣術の腕を生かし、用心棒などの職につくことで生活の糧を得ている。

 対する母も、内職でお針子の仕事をこなし、我が家の家計を影から支えてくれていた。

 疲れた顔をみせる事も、苦悶に満ちた表情で帰宅する日も少なくはない。しかし夫婦仲、家族仲共に良好なように思える。

 因みに私は、主に住まいとなる家に引きこもり、家事手伝いの傍ら、本を読んだり、裁縫の手伝いをしたり、魔法の練習をしたり。わりと自由気ままで充実した生活を送っている。

 そもそも生まれてからずっと、今の生活が基準となっているため、特に現状に不満はない。

 ただ一つ、どうしても解せない事があるとすれば、ここ数年。両親が他人とのかかわりを、私に持たせようと、働きかけて来たという点だ。

 それによって、私の心は雑音で掻き乱され、安息を奪われているというのに。

 私は両親があの手この手で私を誘い出そうと、かけてくる言葉を思い出す。

『無償で読み書きを教えてくれる場所が近所にあるらしいから、今度行ってみよう』
『木こりのスチュワードさんの息子さんが、ルシアと遊びたいそうよ』
『街角で困っている人を見かけたんだけど、一緒に助けてみないか?』
『今日はね、洋品店の息子さんとお話ししたわ。とても気さくで、面白い子だったの。ルシアも今度話してみたらいいと思うのよね』

 などなど……。

 友達はおろか、知り合いすら皆無である私に対し、何とか家から私を連れ出そうと勧めてくる両親に、正直私は困惑している。

 それに、そもそも私が他者を遠ざけている訳でもない。

(向こうが私を避けるから)

 結果、私はどこにいても一人になっているだけだ。

 人知れず弁解する私の脳裏に、数々の出来事が駆け巡る。

 どこの国だったか、仲良くなった木こりの息子と釣りに行った時。私は竿さおから糸を吊り下げ、呑気に待つというやり方が非効率的だと感じた。

『みてて』

 私は杖を召喚し、得意げに池めがけ雷魔法を打った。すると案の定といった感じ。一瞬にして、気絶した魚がプカプカと水面を埋め尽くした。

 あの時は水面に横たわる魚の鱗に、キラキラと太陽の光が反射し、まるで万華鏡の中を覗いているかのように美しかった。

 私はしばし感動に打ちひしがれた。そして。

『ねぇ、とってもキレイね』

 横を向き、木こりの息子に声をかけたものの返事がない。おかしいなと思い下を向くと、木こりの息子が白目を向き、気絶していたのである。

『感動しちゃったのね』

 くくくと微笑む私は、後日木こりの息子から「魔女」だと石を投げられ、それっきり。

 未だにわけがわからない事件だった。

 それから、こんな事もあった。

 母が洋品店に商品を納品している時、私は店頭で待たされた。

『すぐに戻るから』

 そう言って店内の奥に消えた母をジッと待っていた私に、一人の女性が声をかけてきた。

『あなたのその服、なかなか素敵ね』

 私がいつも好んで着るのは、黒い布の両脇を縫っただけといった感じ。ポケットがついたシンプルな長方形のワンピースだ。対する私に声をかけてきた女性が身にまとうのは、ショーウインドウに飾られているマネキンが着ているような、やたら重そうな布が何重にもなった、ブルーのドレスだった。

『これのことですか?』
『そう。動きやすそうでいいなぁと思って。こういう服って、ついその辺で引っ掛けちゃったりするから。気を使うのよ』

 少し困った顔で私に告げる女性。
 その表情を見て、私は相当嫌なのだろうと思った。

『コルセットが呼吸器疾患や肋骨の変形、それから内蔵の損傷や出生異常、流産の原因になると指摘する医師もいますよ。それに細い腰は男にとって、「女らしさとはこうである」という理想の形を押し付けた、いわば拷問器具であると主張する人もいると新聞で目にしました』

 女性を苦しみから解放してあげよう。善意の塊と化した私は、最近新聞で目にした記事を得意げに教えてあげた。

 すると女性は、目を丸くした後、私にお礼の一言もなく、そそくさと店を出て行ってしまったのである。

 後日母から、「コルセット問題は、デリケートなのよ」と前置きされたのち、今後洋品店の店内では「笑顔で口にチャックをして待つこと」と一方的に約束させられた。

 魚釣りの件にしても、コルセットの件にしても、未だ私の何がいけなかったのか。ひたすら理解に苦しむ出来事だったと記憶されている。

「実はね、私達の祖国。ローミュラー王国で色々と問題が起きているようなんだ」

 一人の世界に没頭するあまり、その存在をうっかり忘れかけていた父が、脈略なく話し始めた。

「その中でも問題なのは、ローミュラー王国内でグールが関係する事件が多発している事だ」

 父は搾り出すような声を出し、テーブルに置いた、ささくれだった手を強く握る。

(グールとは、人間と似た姿をした食人鬼のこと)

 そして父が口にした『グール化』とは、人間が何かのきっかけで食人鬼化することを指している。

 私はもう少しグールについて思い出そうと、おとぎの図鑑に掲載されている、グールについて記されたページを頭の中に呼び覚ます。

 そこには人間とよく似た外見を持つが、食物として「肉」を摂取することが必要な生物だと記載されていた。しかし、グールが摂取する「肉」の中には、人間も含まれるため、グールは人間と共存することが難しいそうだ。

 因みに欄外に小さく書かれた『なるほど豆知識!』の部分によると、グールは肉以外の食物を口にするとアレルギー反応が出てしまい、最悪の場合死に至る事もあるので要注意。そんな風に書いてあったと記憶している。

「ローミュラー王国でグールが出た。それはとてもまずい事なの?」
「グール化した者が増加している。それは人間をより恐怖に陥れてしまう事でもあるからな」
「そもそもどうしてグールが出たの?」

 私は矢継ぎ早に質問を重ねる。すると父は真剣な表情を私に向けた。

「悪溜りがある土地の上に成り立つローミュラー王国の人間は、誰しもグールに成りうるんだ」
「えっ……」

 流石の私も思わず言葉を失った。悪溜りという意味はよくわからない。しかし物騒な感じがゾクゾクするし、いっそソレに飲み込まれてみたくもある。

「そしてグール化した人間に近づくと、人々が常に自制している感情。特に不平、不満、憎しみ、悲しみといった負なる感情が表面化するきっかけになりやすい」

 父の言葉を聞きながら、私は考える。

 つまりグールにより、人々が心の奥底にしまい込んで耐えている、負の感情が表に出てしまう。その結果グール化してしまう人間が増えてしまう。だから父はローミュラー王国でグール化が確認された件について、心配に思っている。そういう事だろうか。

「ということは、父さんと母さんの祖国に住む人は、いまのところ不幸だってことなのね?」

 私はつい、「不幸」という単語を幸福な気分で述べてしまい、母にキッと睨まれる。

「噂によると、ランドルフ……つまり今の国王に対する国民からの支持が下がったせいだとも言われているが」
「正統なる王家の血筋を引く者がいない状態。もしかしたらクリスタルの状態が悪いのかも知れないわ。でもまさかこんなに早くその時が来るなんて」

 母が悲痛な面持ちを浮かべた。すると、父が母を励ますように微笑む。

「そうなってしまった責任は私だけにある。君は何も気にする事はないんだよ」

 父が力なく口にした言葉に対し、母はふるふると首を横に振った。

「あなただけの責任ではないわ。あなたへの想いを断ち切れなかった私が悪いの。だからルドウィン、あなたは何も悪くはないわ」

 そう言い切った母は、強い意志を持った瞳でまっすぐ父を見据えた。

「……僕は今でもソフィアを愛しているよ。例え何度生まれ変わっても、僕の気持ちが変わることはないだろう」
「ありがとう。私もよ」

 二人は見つめ合い、お互い口元をほころばせた。

「…………」

 私は無言で両親から視線をそらす。何故なら私には立ち入る事のできない、夫婦水入らずの時間が訪れているからだ。

 グール化だの、クリスタルだの。私にとっては初耳だ。

 ただ、どうやら父と母の祖国、ローミュラー王国は父と母を追い出した罰を受けているようだ。

(自業自得ってことか)

 私にとってローミュラー王国は祖国でも何でもない。数ある国の一つだ。よって、私には関係がないし、両親が悲嘆に暮れたのち、夫婦愛を爆発させている意味がよく理解できない。

「別に滅びだってかまわないよね、そんな国」

 蚊の鳴く声で呟いたつもりだったが、父と母が息を呑む声が響く。

「いいかいルシア。僕とソフィアはローミュラー王国を恨んじゃいない。むしろ仕方がなかったとは言え、国を出た事を申し訳なく思っているくらいなんだよ」

 諭すように父が私に真剣な表情を向けた。

「現在ローミュラー王国内の情勢が悪化する恐れが出てきた。それはとても深刻なことだ。そして私という存在がその引き金になっている。だから私はローミュラー王国へ戻ろうと思う」
「もちろん私もよ、ルシア」

 とても真面目な顔で私を見つめる二人。どうやら父と母の決意は固いようだ。正直私はどっちでもいい。今まで通り、両親について行くだけだから。

「わかった。それでいつ出発するの?」

 少ない荷物とは言え、まとめるのはそれなりに時間がかかる。そう思った私はすでに頭の中で、どこから手をつけようかと考えつつ尋ねる。

「駄目よ」

 思いの他、母に否定の言葉をかけられた。

(どういうこと?)

 私はとうとう一人暮らしをしても良いという事だろうか。少し浮かれたものの、ふと私の目の前に置かれたパンプレットが視界に映り込む。

(なるほど、そういうことか)

 どうやら両親は、胡散臭い学校に私を入学させ、自分たちだけ、不幸が満ち溢れる国を楽しもうという魂胆のようだ。

「私をこの学校に押し付けて、家族からのけ者にするつもりってことなんだ……」
「そうじゃない。ルシア、お前はきちんと学ぶべきだと思ったからだ」
「そうよ。それにあなたにはお友達が必要よ」
「そんなのいらない」

 私はきっぱりと断る。すると母が悲しげに眉根を寄せた。

「ルシア、今はそう思うかも知れない。けれど後で振り返ってみて、お友達がいて、良かったと思う時がくるはずよ」
「そうだぞ。今はまだ友のいる生活を想像出来ないかも知れない。しかし友を得て、いずれその大切さに気付く時がくるはずだ」

 両親の言葉を、私は鼻で笑う。

「父さんと母さんがいなくなった途端、私は孤独になるのに? 友人なんていらない。他人となんて、関わりたくないし、絶対に必要ない」

 私がスキル頑固を発揮すると、父も母も黙り込んだ。

 あとは貝の子作戦でジッと静かに待っていれば、父がたいてい折れてくれる。今までそうやって『お前にはまだ早い』と父が渋る本の入手に成功してきたのだから、間違いない。

 そう確信していたのに。

「ルシア。これは私達からの命令だ。お前はあと一ヶ月後。この学校に新入生として入学するんだ」

 父が本家本元であるスキル頑固を発動した。そして母もその効力を高めるかのように、父の言葉に同意するように力強くうなずく。

「私は行かない!」
「これはあなたが幸せになるための第一歩なのよ」
「嫌! 絶対に嫌!!」
「今回ばかりは、お前の言うことは聞けない」
「いや!」

 両親が何を言っても無駄だ。
 私は断固拒否する。

 けれどこの日、最終的に睡魔に襲われた私は、紅茶を多量摂取した両親に言い負けてしまった。

 大人はずるい生き物だ。そしてそれは両親も例外ではないと、私は一つ、世の中の道理を知ったのであった。
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