3 / 126
第一章 フェアリーテイル魔法学校に入学する(十二歳)
003 大人は卑怯
しおりを挟む
国外追放されたのち、どうやら今なお、追われる身になっているらしい私の両親。
その娘である私が、十二年に及ぶ逃亡生活で培ったアイデンティティ。つまり私と言う人間を形成する大事なものを取り上げようと、両親が画策し始めた。
そんな現状を前に腕組みし、学校のパンフレットを睨みつける私の脳内を占めるのは。
(何でいまさら、そんな事を言い出したんだろう?)
素朴な疑問だった。
(今までと今回の違いは……)
私は直面する問題に対する解決の糸口を探ろうと、過去を振り返る。
かつて一国の跡継ぎとして大事に育てられた父は、様々な土地に移動した先で魔法と剣術の腕を生かし、用心棒などの職につくことで生活の糧を得ている。
対する母も、内職でお針子の仕事をこなし、我が家の家計を影から支えてくれていた。
疲れた顔をみせる事も、苦悶に満ちた表情で帰宅する日も少なくはない。しかし夫婦仲、家族仲共に良好なように思える。
因みに私は、主に住まいとなる家に引きこもり、家事手伝いの傍ら、本を読んだり、裁縫の手伝いをしたり、魔法の練習をしたり。わりと自由気ままで充実した生活を送っている。
そもそも生まれてからずっと、今の生活が基準となっているため、特に現状に不満はない。
ただ一つ、どうしても解せない事があるとすれば、ここ数年。両親が他人とのかかわりを、私に持たせようと、働きかけて来たという点だ。
それによって、私の心は雑音で掻き乱され、安息を奪われているというのに。
私は両親があの手この手で私を誘い出そうと、かけてくる言葉を思い出す。
『無償で読み書きを教えてくれる場所が近所にあるらしいから、今度行ってみよう』
『木こりのスチュワードさんの息子さんが、ルシアと遊びたいそうよ』
『街角で困っている人を見かけたんだけど、一緒に助けてみないか?』
『今日はね、洋品店の息子さんとお話ししたわ。とても気さくで、面白い子だったの。ルシアも今度話してみたらいいと思うのよね』
などなど……。
友達はおろか、知り合いすら皆無である私に対し、何とか家から私を連れ出そうと勧めてくる両親に、正直私は困惑している。
それに、そもそも私が他者を遠ざけている訳でもない。
(向こうが私を避けるから)
結果、私はどこにいても一人になっているだけだ。
人知れず弁解する私の脳裏に、数々の出来事が駆け巡る。
どこの国だったか、仲良くなった木こりの息子と釣りに行った時。私は竿から糸を吊り下げ、呑気に待つというやり方が非効率的だと感じた。
『みてて』
私は杖を召喚し、得意げに池めがけ雷魔法を打った。すると案の定といった感じ。一瞬にして、気絶した魚がプカプカと水面を埋め尽くした。
あの時は水面に横たわる魚の鱗に、キラキラと太陽の光が反射し、まるで万華鏡の中を覗いているかのように美しかった。
私はしばし感動に打ちひしがれた。そして。
『ねぇ、とってもキレイね』
横を向き、木こりの息子に声をかけたものの返事がない。おかしいなと思い下を向くと、木こりの息子が白目を向き、気絶していたのである。
『感動しちゃったのね』
くくくと微笑む私は、後日木こりの息子から「魔女」だと石を投げられ、それっきり。
未だにわけがわからない事件だった。
それから、こんな事もあった。
母が洋品店に商品を納品している時、私は店頭で待たされた。
『すぐに戻るから』
そう言って店内の奥に消えた母をジッと待っていた私に、一人の女性が声をかけてきた。
『あなたのその服、なかなか素敵ね』
私がいつも好んで着るのは、黒い布の両脇を縫っただけといった感じ。ポケットがついたシンプルな長方形のワンピースだ。対する私に声をかけてきた女性が身にまとうのは、ショーウインドウに飾られているマネキンが着ているような、やたら重そうな布が何重にもなった、ブルーのドレスだった。
『これのことですか?』
『そう。動きやすそうでいいなぁと思って。こういう服って、ついその辺で引っ掛けちゃったりするから。気を使うのよ』
少し困った顔で私に告げる女性。
その表情を見て、私は相当嫌なのだろうと思った。
『コルセットが呼吸器疾患や肋骨の変形、それから内蔵の損傷や出生異常、流産の原因になると指摘する医師もいますよ。それに細い腰は男にとって、「女らしさとはこうである」という理想の形を押し付けた、いわば拷問器具であると主張する人もいると新聞で目にしました』
女性を苦しみから解放してあげよう。善意の塊と化した私は、最近新聞で目にした記事を得意げに教えてあげた。
すると女性は、目を丸くした後、私にお礼の一言もなく、そそくさと店を出て行ってしまったのである。
後日母から、「コルセット問題は、デリケートなのよ」と前置きされたのち、今後洋品店の店内では「笑顔で口にチャックをして待つこと」と一方的に約束させられた。
魚釣りの件にしても、コルセットの件にしても、未だ私の何がいけなかったのか。ひたすら理解に苦しむ出来事だったと記憶されている。
「実はね、私達の祖国。ローミュラー王国で色々と問題が起きているようなんだ」
一人の世界に没頭するあまり、その存在をうっかり忘れかけていた父が、脈略なく話し始めた。
「その中でも問題なのは、ローミュラー王国内でグールが関係する事件が多発している事だ」
父は搾り出すような声を出し、テーブルに置いた、ささくれだった手を強く握る。
(グールとは、人間と似た姿をした食人鬼のこと)
そして父が口にした『グール化』とは、人間が何かのきっかけで食人鬼化することを指している。
私はもう少しグールについて思い出そうと、おとぎの図鑑に掲載されている、グールについて記されたページを頭の中に呼び覚ます。
そこには人間とよく似た外見を持つが、食物として「肉」を摂取することが必要な生物だと記載されていた。しかし、グールが摂取する「肉」の中には、人間も含まれるため、グールは人間と共存することが難しいそうだ。
因みに欄外に小さく書かれた『なるほど豆知識!』の部分によると、グールは肉以外の食物を口にするとアレルギー反応が出てしまい、最悪の場合死に至る事もあるので要注意。そんな風に書いてあったと記憶している。
「ローミュラー王国でグールが出た。それはとてもまずい事なの?」
「グール化した者が増加している。それは人間をより恐怖に陥れてしまう事でもあるからな」
「そもそもどうしてグールが出たの?」
私は矢継ぎ早に質問を重ねる。すると父は真剣な表情を私に向けた。
「悪溜りがある土地の上に成り立つローミュラー王国の人間は、誰しもグールに成りうるんだ」
「えっ……」
流石の私も思わず言葉を失った。悪溜りという意味はよくわからない。しかし物騒な感じがゾクゾクするし、いっそソレに飲み込まれてみたくもある。
「そしてグール化した人間に近づくと、人々が常に自制している感情。特に不平、不満、憎しみ、悲しみといった負なる感情が表面化するきっかけになりやすい」
父の言葉を聞きながら、私は考える。
つまりグールにより、人々が心の奥底にしまい込んで耐えている、負の感情が表に出てしまう。その結果グール化してしまう人間が増えてしまう。だから父はローミュラー王国でグール化が確認された件について、心配に思っている。そういう事だろうか。
「ということは、父さんと母さんの祖国に住む人は、いまのところ不幸だってことなのね?」
私はつい、「不幸」という単語を幸福な気分で述べてしまい、母にキッと睨まれる。
「噂によると、ランドルフ……つまり今の国王に対する国民からの支持が下がったせいだとも言われているが」
「正統なる王家の血筋を引く者がいない状態。もしかしたらクリスタルの状態が悪いのかも知れないわ。でもまさかこんなに早くその時が来るなんて」
母が悲痛な面持ちを浮かべた。すると、父が母を励ますように微笑む。
「そうなってしまった責任は私だけにある。君は何も気にする事はないんだよ」
父が力なく口にした言葉に対し、母はふるふると首を横に振った。
「あなただけの責任ではないわ。あなたへの想いを断ち切れなかった私が悪いの。だからルドウィン、あなたは何も悪くはないわ」
そう言い切った母は、強い意志を持った瞳でまっすぐ父を見据えた。
「……僕は今でもソフィアを愛しているよ。例え何度生まれ変わっても、僕の気持ちが変わることはないだろう」
「ありがとう。私もよ」
二人は見つめ合い、お互い口元をほころばせた。
「…………」
私は無言で両親から視線をそらす。何故なら私には立ち入る事のできない、夫婦水入らずの時間が訪れているからだ。
グール化だの、クリスタルだの。私にとっては初耳だ。
ただ、どうやら父と母の祖国、ローミュラー王国は父と母を追い出した罰を受けているようだ。
(自業自得ってことか)
私にとってローミュラー王国は祖国でも何でもない。数ある国の一つだ。よって、私には関係がないし、両親が悲嘆に暮れたのち、夫婦愛を爆発させている意味がよく理解できない。
「別に滅びだってかまわないよね、そんな国」
蚊の鳴く声で呟いたつもりだったが、父と母が息を呑む声が響く。
「いいかいルシア。僕とソフィアはローミュラー王国を恨んじゃいない。むしろ仕方がなかったとは言え、国を出た事を申し訳なく思っているくらいなんだよ」
諭すように父が私に真剣な表情を向けた。
「現在ローミュラー王国内の情勢が悪化する恐れが出てきた。それはとても深刻なことだ。そして私という存在がその引き金になっている。だから私はローミュラー王国へ戻ろうと思う」
「もちろん私もよ、ルシア」
とても真面目な顔で私を見つめる二人。どうやら父と母の決意は固いようだ。正直私はどっちでもいい。今まで通り、両親について行くだけだから。
「わかった。それでいつ出発するの?」
少ない荷物とは言え、まとめるのはそれなりに時間がかかる。そう思った私はすでに頭の中で、どこから手をつけようかと考えつつ尋ねる。
「駄目よ」
思いの他、母に否定の言葉をかけられた。
(どういうこと?)
私はとうとう一人暮らしをしても良いという事だろうか。少し浮かれたものの、ふと私の目の前に置かれたパンプレットが視界に映り込む。
(なるほど、そういうことか)
どうやら両親は、胡散臭い学校に私を入学させ、自分たちだけ、不幸が満ち溢れる国を楽しもうという魂胆のようだ。
「私をこの学校に押し付けて、家族からのけ者にするつもりってことなんだ……」
「そうじゃない。ルシア、お前はきちんと学ぶべきだと思ったからだ」
「そうよ。それにあなたにはお友達が必要よ」
「そんなのいらない」
私はきっぱりと断る。すると母が悲しげに眉根を寄せた。
「ルシア、今はそう思うかも知れない。けれど後で振り返ってみて、お友達がいて、良かったと思う時がくるはずよ」
「そうだぞ。今はまだ友のいる生活を想像出来ないかも知れない。しかし友を得て、いずれその大切さに気付く時がくるはずだ」
両親の言葉を、私は鼻で笑う。
「父さんと母さんがいなくなった途端、私は孤独になるのに? 友人なんていらない。他人となんて、関わりたくないし、絶対に必要ない」
私がスキル頑固を発揮すると、父も母も黙り込んだ。
あとは貝の子作戦でジッと静かに待っていれば、父がたいてい折れてくれる。今までそうやって『お前にはまだ早い』と父が渋る本の入手に成功してきたのだから、間違いない。
そう確信していたのに。
「ルシア。これは私達からの命令だ。お前はあと一ヶ月後。この学校に新入生として入学するんだ」
父が本家本元であるスキル頑固を発動した。そして母もその効力を高めるかのように、父の言葉に同意するように力強くうなずく。
「私は行かない!」
「これはあなたが幸せになるための第一歩なのよ」
「嫌! 絶対に嫌!!」
「今回ばかりは、お前の言うことは聞けない」
「いや!」
両親が何を言っても無駄だ。
私は断固拒否する。
けれどこの日、最終的に睡魔に襲われた私は、紅茶を多量摂取した両親に言い負けてしまった。
大人はずるい生き物だ。そしてそれは両親も例外ではないと、私は一つ、世の中の道理を知ったのであった。
その娘である私が、十二年に及ぶ逃亡生活で培ったアイデンティティ。つまり私と言う人間を形成する大事なものを取り上げようと、両親が画策し始めた。
そんな現状を前に腕組みし、学校のパンフレットを睨みつける私の脳内を占めるのは。
(何でいまさら、そんな事を言い出したんだろう?)
素朴な疑問だった。
(今までと今回の違いは……)
私は直面する問題に対する解決の糸口を探ろうと、過去を振り返る。
かつて一国の跡継ぎとして大事に育てられた父は、様々な土地に移動した先で魔法と剣術の腕を生かし、用心棒などの職につくことで生活の糧を得ている。
対する母も、内職でお針子の仕事をこなし、我が家の家計を影から支えてくれていた。
疲れた顔をみせる事も、苦悶に満ちた表情で帰宅する日も少なくはない。しかし夫婦仲、家族仲共に良好なように思える。
因みに私は、主に住まいとなる家に引きこもり、家事手伝いの傍ら、本を読んだり、裁縫の手伝いをしたり、魔法の練習をしたり。わりと自由気ままで充実した生活を送っている。
そもそも生まれてからずっと、今の生活が基準となっているため、特に現状に不満はない。
ただ一つ、どうしても解せない事があるとすれば、ここ数年。両親が他人とのかかわりを、私に持たせようと、働きかけて来たという点だ。
それによって、私の心は雑音で掻き乱され、安息を奪われているというのに。
私は両親があの手この手で私を誘い出そうと、かけてくる言葉を思い出す。
『無償で読み書きを教えてくれる場所が近所にあるらしいから、今度行ってみよう』
『木こりのスチュワードさんの息子さんが、ルシアと遊びたいそうよ』
『街角で困っている人を見かけたんだけど、一緒に助けてみないか?』
『今日はね、洋品店の息子さんとお話ししたわ。とても気さくで、面白い子だったの。ルシアも今度話してみたらいいと思うのよね』
などなど……。
友達はおろか、知り合いすら皆無である私に対し、何とか家から私を連れ出そうと勧めてくる両親に、正直私は困惑している。
それに、そもそも私が他者を遠ざけている訳でもない。
(向こうが私を避けるから)
結果、私はどこにいても一人になっているだけだ。
人知れず弁解する私の脳裏に、数々の出来事が駆け巡る。
どこの国だったか、仲良くなった木こりの息子と釣りに行った時。私は竿から糸を吊り下げ、呑気に待つというやり方が非効率的だと感じた。
『みてて』
私は杖を召喚し、得意げに池めがけ雷魔法を打った。すると案の定といった感じ。一瞬にして、気絶した魚がプカプカと水面を埋め尽くした。
あの時は水面に横たわる魚の鱗に、キラキラと太陽の光が反射し、まるで万華鏡の中を覗いているかのように美しかった。
私はしばし感動に打ちひしがれた。そして。
『ねぇ、とってもキレイね』
横を向き、木こりの息子に声をかけたものの返事がない。おかしいなと思い下を向くと、木こりの息子が白目を向き、気絶していたのである。
『感動しちゃったのね』
くくくと微笑む私は、後日木こりの息子から「魔女」だと石を投げられ、それっきり。
未だにわけがわからない事件だった。
それから、こんな事もあった。
母が洋品店に商品を納品している時、私は店頭で待たされた。
『すぐに戻るから』
そう言って店内の奥に消えた母をジッと待っていた私に、一人の女性が声をかけてきた。
『あなたのその服、なかなか素敵ね』
私がいつも好んで着るのは、黒い布の両脇を縫っただけといった感じ。ポケットがついたシンプルな長方形のワンピースだ。対する私に声をかけてきた女性が身にまとうのは、ショーウインドウに飾られているマネキンが着ているような、やたら重そうな布が何重にもなった、ブルーのドレスだった。
『これのことですか?』
『そう。動きやすそうでいいなぁと思って。こういう服って、ついその辺で引っ掛けちゃったりするから。気を使うのよ』
少し困った顔で私に告げる女性。
その表情を見て、私は相当嫌なのだろうと思った。
『コルセットが呼吸器疾患や肋骨の変形、それから内蔵の損傷や出生異常、流産の原因になると指摘する医師もいますよ。それに細い腰は男にとって、「女らしさとはこうである」という理想の形を押し付けた、いわば拷問器具であると主張する人もいると新聞で目にしました』
女性を苦しみから解放してあげよう。善意の塊と化した私は、最近新聞で目にした記事を得意げに教えてあげた。
すると女性は、目を丸くした後、私にお礼の一言もなく、そそくさと店を出て行ってしまったのである。
後日母から、「コルセット問題は、デリケートなのよ」と前置きされたのち、今後洋品店の店内では「笑顔で口にチャックをして待つこと」と一方的に約束させられた。
魚釣りの件にしても、コルセットの件にしても、未だ私の何がいけなかったのか。ひたすら理解に苦しむ出来事だったと記憶されている。
「実はね、私達の祖国。ローミュラー王国で色々と問題が起きているようなんだ」
一人の世界に没頭するあまり、その存在をうっかり忘れかけていた父が、脈略なく話し始めた。
「その中でも問題なのは、ローミュラー王国内でグールが関係する事件が多発している事だ」
父は搾り出すような声を出し、テーブルに置いた、ささくれだった手を強く握る。
(グールとは、人間と似た姿をした食人鬼のこと)
そして父が口にした『グール化』とは、人間が何かのきっかけで食人鬼化することを指している。
私はもう少しグールについて思い出そうと、おとぎの図鑑に掲載されている、グールについて記されたページを頭の中に呼び覚ます。
そこには人間とよく似た外見を持つが、食物として「肉」を摂取することが必要な生物だと記載されていた。しかし、グールが摂取する「肉」の中には、人間も含まれるため、グールは人間と共存することが難しいそうだ。
因みに欄外に小さく書かれた『なるほど豆知識!』の部分によると、グールは肉以外の食物を口にするとアレルギー反応が出てしまい、最悪の場合死に至る事もあるので要注意。そんな風に書いてあったと記憶している。
「ローミュラー王国でグールが出た。それはとてもまずい事なの?」
「グール化した者が増加している。それは人間をより恐怖に陥れてしまう事でもあるからな」
「そもそもどうしてグールが出たの?」
私は矢継ぎ早に質問を重ねる。すると父は真剣な表情を私に向けた。
「悪溜りがある土地の上に成り立つローミュラー王国の人間は、誰しもグールに成りうるんだ」
「えっ……」
流石の私も思わず言葉を失った。悪溜りという意味はよくわからない。しかし物騒な感じがゾクゾクするし、いっそソレに飲み込まれてみたくもある。
「そしてグール化した人間に近づくと、人々が常に自制している感情。特に不平、不満、憎しみ、悲しみといった負なる感情が表面化するきっかけになりやすい」
父の言葉を聞きながら、私は考える。
つまりグールにより、人々が心の奥底にしまい込んで耐えている、負の感情が表に出てしまう。その結果グール化してしまう人間が増えてしまう。だから父はローミュラー王国でグール化が確認された件について、心配に思っている。そういう事だろうか。
「ということは、父さんと母さんの祖国に住む人は、いまのところ不幸だってことなのね?」
私はつい、「不幸」という単語を幸福な気分で述べてしまい、母にキッと睨まれる。
「噂によると、ランドルフ……つまり今の国王に対する国民からの支持が下がったせいだとも言われているが」
「正統なる王家の血筋を引く者がいない状態。もしかしたらクリスタルの状態が悪いのかも知れないわ。でもまさかこんなに早くその時が来るなんて」
母が悲痛な面持ちを浮かべた。すると、父が母を励ますように微笑む。
「そうなってしまった責任は私だけにある。君は何も気にする事はないんだよ」
父が力なく口にした言葉に対し、母はふるふると首を横に振った。
「あなただけの責任ではないわ。あなたへの想いを断ち切れなかった私が悪いの。だからルドウィン、あなたは何も悪くはないわ」
そう言い切った母は、強い意志を持った瞳でまっすぐ父を見据えた。
「……僕は今でもソフィアを愛しているよ。例え何度生まれ変わっても、僕の気持ちが変わることはないだろう」
「ありがとう。私もよ」
二人は見つめ合い、お互い口元をほころばせた。
「…………」
私は無言で両親から視線をそらす。何故なら私には立ち入る事のできない、夫婦水入らずの時間が訪れているからだ。
グール化だの、クリスタルだの。私にとっては初耳だ。
ただ、どうやら父と母の祖国、ローミュラー王国は父と母を追い出した罰を受けているようだ。
(自業自得ってことか)
私にとってローミュラー王国は祖国でも何でもない。数ある国の一つだ。よって、私には関係がないし、両親が悲嘆に暮れたのち、夫婦愛を爆発させている意味がよく理解できない。
「別に滅びだってかまわないよね、そんな国」
蚊の鳴く声で呟いたつもりだったが、父と母が息を呑む声が響く。
「いいかいルシア。僕とソフィアはローミュラー王国を恨んじゃいない。むしろ仕方がなかったとは言え、国を出た事を申し訳なく思っているくらいなんだよ」
諭すように父が私に真剣な表情を向けた。
「現在ローミュラー王国内の情勢が悪化する恐れが出てきた。それはとても深刻なことだ。そして私という存在がその引き金になっている。だから私はローミュラー王国へ戻ろうと思う」
「もちろん私もよ、ルシア」
とても真面目な顔で私を見つめる二人。どうやら父と母の決意は固いようだ。正直私はどっちでもいい。今まで通り、両親について行くだけだから。
「わかった。それでいつ出発するの?」
少ない荷物とは言え、まとめるのはそれなりに時間がかかる。そう思った私はすでに頭の中で、どこから手をつけようかと考えつつ尋ねる。
「駄目よ」
思いの他、母に否定の言葉をかけられた。
(どういうこと?)
私はとうとう一人暮らしをしても良いという事だろうか。少し浮かれたものの、ふと私の目の前に置かれたパンプレットが視界に映り込む。
(なるほど、そういうことか)
どうやら両親は、胡散臭い学校に私を入学させ、自分たちだけ、不幸が満ち溢れる国を楽しもうという魂胆のようだ。
「私をこの学校に押し付けて、家族からのけ者にするつもりってことなんだ……」
「そうじゃない。ルシア、お前はきちんと学ぶべきだと思ったからだ」
「そうよ。それにあなたにはお友達が必要よ」
「そんなのいらない」
私はきっぱりと断る。すると母が悲しげに眉根を寄せた。
「ルシア、今はそう思うかも知れない。けれど後で振り返ってみて、お友達がいて、良かったと思う時がくるはずよ」
「そうだぞ。今はまだ友のいる生活を想像出来ないかも知れない。しかし友を得て、いずれその大切さに気付く時がくるはずだ」
両親の言葉を、私は鼻で笑う。
「父さんと母さんがいなくなった途端、私は孤独になるのに? 友人なんていらない。他人となんて、関わりたくないし、絶対に必要ない」
私がスキル頑固を発揮すると、父も母も黙り込んだ。
あとは貝の子作戦でジッと静かに待っていれば、父がたいてい折れてくれる。今までそうやって『お前にはまだ早い』と父が渋る本の入手に成功してきたのだから、間違いない。
そう確信していたのに。
「ルシア。これは私達からの命令だ。お前はあと一ヶ月後。この学校に新入生として入学するんだ」
父が本家本元であるスキル頑固を発動した。そして母もその効力を高めるかのように、父の言葉に同意するように力強くうなずく。
「私は行かない!」
「これはあなたが幸せになるための第一歩なのよ」
「嫌! 絶対に嫌!!」
「今回ばかりは、お前の言うことは聞けない」
「いや!」
両親が何を言っても無駄だ。
私は断固拒否する。
けれどこの日、最終的に睡魔に襲われた私は、紅茶を多量摂取した両親に言い負けてしまった。
大人はずるい生き物だ。そしてそれは両親も例外ではないと、私は一つ、世の中の道理を知ったのであった。
1
あなたにおすすめの小説
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
夫と愛し合った翌朝、一方的に離縁されました【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
美しい公爵夫人マルグリートは、冷徹な夫ディートリヒと共に、王国の裏で密かに任務をこなす“悪女”。
だがある日、突然夫から離婚を言い渡される。しかもその裏には、平民の愛人の存在が──。
失意の中、王命で新たな婚約者・エルンストと結ばれることに。
どうやら今回の離婚再婚は、王家の陰謀があるよう。
「悪女に、遠慮はいらない」
そう決意した彼女は、華やかな舞踏会で王に真っ向から言い放つ。
「わたくし、人の家庭を壊しておきながら悪びれない方に、下げる頭は持っていませんの。
王族であられる前に、人におなりくださいませ。……失礼」
愛も、誇りも奪われたなら──
今度はこの手で、すべてを取り戻すだけ。
裏切りに燃える、痛快リベンジ・ロマンス!
⚠️本作は AI の生成した文章を一部に使っています。タイトル変えました。コメディーです。主人公は悪女です。
侯爵家の婚約者
やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。
7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。
その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。
カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。
家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。
だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。
17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。
そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。
全86話+番外編の予定
お好きになさって下さい、私は一切気にしませんわ
Kouei
恋愛
婚約者のクレマンド様は、いつも私との約束を破ってばかり。
理由は決まって『従妹ライラ様との用事』
誕生日会にすら来なかった彼に、私はついに告げた。
「どうぞ、私以外のご令嬢をエスコートするなり、お出かけするなり、関係を持つなり、お好きになさって下さい。私は一切気にしませんわ」
二人の想いは、重なり合えるのだろうか ……
※他のサイトにも公開しています。
そのご寵愛、理由が分かりません
秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。
幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに——
「君との婚約はなかったことに」
卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り!
え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー!
領地に帰ってスローライフしよう!
そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて——
「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」
……は???
お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!?
刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり——
気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。
でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……?
夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー!
理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。
※毎朝6時、夕方18時更新!
※他のサイトにも掲載しています。
(完結)姑が勝手に連れてきた第二夫人が身籠ったようですが、夫は恐らく……
泉花ゆき
恋愛
蘭珠(ランジュ)が名門である凌家の嫡男、涼珩(リャンハン)に嫁いで一年ほど経ったころ。
一向に後継ぎが出来ないことに業を煮やした夫の母親は、どこからか第二夫人として一人の女性を屋敷へ連れてくる。
やがてその女が「子が出来た」と告げると、姑も夫も大喜び。
蘭珠の実家が商いで傾いたことを口実に、彼女には離縁が言い渡される。
……けれど、蘭珠は知っていた。
夫の涼珩が、「男女が同じ寝台で眠るだけで子ができる」と本気で信じているほど無知だということを。
どんなトラブルが待っているか分からないし、離縁は望むところ。
嫁ぐ時に用意した大量の持参金は、もちろん引き上げさせていただきます。
※ゆるゆる設定です
※以前上げていた作の設定、展開を改稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる