復讐の始まり、または終わり

月食ぱんな

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第一章 フェアリーテイル魔法学校に入学する(十二歳)

004 フェアリーテイル魔法学校へ

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 青空は澄みきっており、太陽はまぶしく輝いている。
 雲ひとつない空は、深い青色をしており、まるで果てしなく広がっているかのよう。頬を掠る風は穏やかで、木々の葉がそよそよと揺れている。この空の下にいると、何となく落ち着かない気持ちになり、自室に引きこもりたい気持ちに駆られる。

 けれどそれは叶わぬ願い。何故ならオンボロな我が家の玄関前には、すでに私を強制収容すべく、フェアリーテイル魔法学校より黒いグリフォンと、魔法で透過された女性が到着してしまっているからだ。

「――では、お嬢様を上手く行けば五年間ほど、大事にお預かりいたします」

 私を迎えに来た黒いグリフォンが首から下げた鏡。その鏡から飛び出してきた女性が、朗らかな声で両親に告げた。

 両親と私に出来得る限り、愛想を振りまく彼女の名はメーテル。何でもフェアリーテイル魔法学校で事務員として働いているそうだ。因みにメーテルは人魚。その証拠に下半身には、人間で言うところ足の代わりとなる、七色に光る綺麗なオビレがついている。

「世間知らずに育ててしまったので、きっとご迷惑をおかけする事になるかと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします」

 私の隣に立つ母が赤髪の、体が透けた女性に深々と頭を下げる。

「どの子も皆、最初は世間知らずですし、怖いもの知らずなものです。それにわが校の職員はみな、思春期に発症する病の対応に手慣れた者ばかりです。ですからその点はどうぞご安心してください」

 メーテルがニコリと母に微笑む。

「しっかり学んできなさい。それと、友を見つけること」

 そう言うと父が私を力強く抱きしめた。

「愛してるよ、ルシア」
「無理をしちゃ駄目よ。それと人には優しくするのよ」

 私を抱きしめる輪に母が加わり、家族水入らずと言った感じ。別れを惜しむ時間が流れる。

「では、そろそろ参りましょうか。もう一人途中で拾って行く予定となっておりますので」

 メーテルが遠慮がちに私達に声をかける。

「それは失礼。ルシア、どんな時も笑顔を忘れちゃいけないよ」
「そうね。あと手紙をかくこと。絶対よ」

 父と母が私から名残惜しそうに手を離す。

「…………」

 最後の悪あがきとばかり、父と母が私を引き留めるのを期待してジッと待つ。そして瞬きをわざと堪え、目に涙を溜めてみたのだが。

「頑張りなさい」
「そうね、ほら早く」

 物理的に母に背中を押されてしまった。

「…………行ってきます」

 母に『始めが肝心。なめられたら負けよ』と説得され、この日のために用意された、銀色のドレスと黒いケープに身を包んだ私は、両親に渋々別れの言葉を告げた。

(ここから逃げ出すという手はあるけど)

 魔法のプロフェッショナルである父にすぐさま捕獲されてしまうだろう。

「はぁ……」

 浮かない気持ちのまま、渋々、迎えに来てくれたグリフォンに向き合う。

「この子はエルマー。最上級の敬意を払った挨拶をお願いしますねー」

 私の気持ちなどおかまいなし。やたらハイテンションなメーテルの言葉に、私は思わず背後に立つ母を振り返る。すると母がその場で膝を曲げた挨拶を軽く示した。

(なるほど、淑女の挨拶ってやつか)

 一体いつそんな挨拶をするチャンスが訪れるのか。そう疑問に思いつつ、母にされるがまま特訓された貴族女性特有の挨拶。それが今残念ながら役に立つ時がきたようだ。

 私はエルマーと呼ばれる黒いグリフォンの前に進み出る。

「私は、ルシア・フォレスターと申します。以後お見知りおきを」

 膝を曲げ、そして深く頭を下げる。人生初。家族以外にする淑女の挨拶だ。

「キューン」

 エルマーから思いのほか甲高い声が飛び出し、思わずびっくりして尻もちをついてしまった。しかし、すぐに私はエルマーの分厚いくちばしにカプリと咥えられ、背にポトリと落とされた。

「まずは、第一関門の合格おめでとうございます!!」

 メーテルがご機嫌な声と共に、パチパチと私に拍手を浴びせる。

「第一関門ですか?」
「ここでつまずいて入学取り消しになる子もいますので」

 ニコリと微笑むメーテル。

「な、なるほど……チッ」

 私は早速、失敗したと舌打ちする。

「舌打ちが聞こえたような気がしますが、こちらとしても更生しがいのある生徒は大歓迎。では、そろそろ、失礼いたします。ごきげんよう、フォレスター様」

 シュルリと音を立て鏡の中にメーテルが吸い込まれるのと同時に、大きく翼を羽ばたかせたエルマーが舞い上がる。

 家を隠すように植えられた、木の葉がカサカサと音を立て、みるみる我が家とこちらに手を振る両親が小さな点となっていく。

 私は落とされないよう、鞍についた綱をしっかりと握りしめる。

 眼下に広がる街並みがどんどん小さくなり、雲を突き抜けて、空高くへと上がっていく。
 こんな高いところまで上がった事など今までなかった私は、思わず体を縮こませる。

「寒いからって、魔法を使ってもいいのかな」

 思わず呟く。

「キューン」

 エルマーが答えてくれたが、あいにく許可してくれたのか駄目なのか、私にはさっぱりわからない。

(でも、どうせなら暖かい方がいいよね?だけど羽が燃えたらまずいか……)

 寒さに震えながら悩んでいると、体がふんわりとした温かさに包まれる。

 どうやらエルマーが首元の毛を逆立て、私を風から守ってくれているようだ。

「あなた意外に気が効くのね、ありがとう」
「キュッ」

 エルマーはひと鳴きすると、更にスピードを上げて飛んで行く。しばらくの間、目を瞑り風に吹かれていた私の耳に、「もうそろそろ着きますよーー」というメーテルの声が届いた。

(え、もう?)

 驚きつつもそっと目を開けると、そこは広大な森の上だった。
 太陽の光を浴びてキラキラと輝く緑に心奪われそうになるも、ふとあることに気付く。

「あっ、大きなお城がある」

 雲が垂れ込めるような空に映えるように、三角屋根がいくつもついた荘厳なお城がそびえ立っているのが見える。

「その通り。目指すはあちら。ローミュラー城ですよ」

 メーテルが元気よく答える。

「ひゃあ!?」

 突然目の前に現れたメーテルに驚き、思わず悲鳴を上げてしまう。

「ああ、ごめんなさい驚かせてしまって」

 メーテルは謝ると、シュルリとまた鏡の中に消えてしまった。

 ホッとしたのも束の間。

(ん?ローミュラー城って言ったような)

 それが正しいとすると、私は密かに『両親の敵』認定をする国の上空を飛んでおり、なおかつ、敵陣本部に向かっているという事になるのではないだろうか。

「ええと、メーテルさん、今、ロー」

 確かめようと口にしかけた途端、エルマーが突然急降下を始めた。

「きゃっ」

 私は慌てて鞍にしがみつく。
 すると今度は一気に急上昇を始め、私はエルマーの背の上でお尻を完全に浮かせた状態になる。

「わぁ!ちょ、ちょっと待って!」
「ギュルルルルーー」
「うわーーーーーー」

 エルマーの鳴き声と私の絶叫が響き渡る中、突如として目の前に巨大な城が現れた。
 そして、大きな城を構成する一つ。三角の屋根の上で静止すると、エルマーはゆっくりと城内へ侵入していく。

「ち、ちょっと、なんか兵士がこっちに向かって弓を構えているような気がするんですけど」
「大丈夫ですよ……たぶん」

 メーテルの自信なさげな声が聞こえたかと思うと、エルマーが翼を大きく広げた。

「グォオオオーーン!!」
「キャイン!!」
「グルルァアアー!!」

 エルマーが吠えた瞬間、弓を構えた兵士達が一斉に倒れる。

「エルマー、ナイスです」

 メーテルが嬉しそうな声をあげる。

「いやいやいや、何が!?」

 いつになくハイテンションで突っ込みながら、私は鞍についた綱をしっかりと握りなおしたのであった。
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