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第二章 一部を除けば、楽しい学校生活(十四歳)
009 グリムヒル
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放課後、私はナターシャと共に制服のままグリムヒルに繰り出した。
おとぎの世界に存在するグリムヒルは、この世界で一番の繁華街。洋品店や文房具屋といった学生生活の必需品はもちろんのこと、パブがいくつも立ち並ぶエリアに、美術館やオペラハウスといった古き良き敷居高めの公共の場所。それから若者が集う娯楽の代名詞、ライブハウスといったものまで、何でも揃うエリアとなっている。
各国から訪れる観光客で連日賑わうグリムヒルは、私達のような学生にとって、生き抜きができる楽しい場所となっている。
そんな、ウキウキ必須な場所で、ナターシャと私はブラック・ローズ科の女子生徒御用達である、『ヴィランズビューティー』という化粧品展に足を運んだのち、ヤギたちのお喋り亭に向かった。
魔石灯の仄かな灯りだけが照らす店内は薄暗く、少し狂った雰囲気が漂っている。壁に沿って置かれた壁時計は忙しなく周りまくっているし、鳩時計からは、血みどろの目が飛び出た鳩が一時間に一回飛び出してくる。
全体的にサイバーパンク感漂う店内に流れる音楽は攻撃的で機械的。ここは背伸びしたブラック・ローズの生徒が好んで通う店だ。
因みにホワイト・ローズ科の生徒たちが御用達とするパブは、『ユニコーンのしっぽ亭』という健全なる名前が示す通り、清潔感溢れるキラキラとしたパブらしい。噂によると、店内に流れる音楽はクラシック一択とのこと。
(別にクラシックが嫌いな訳じゃないけど)
現在十四歳。日々黒歴史を刻む私にとっては、イマイチ心揺さぶるものではない事だけは確かだ。
「早くあそこに並んでるお酒が飲みたい」
ナターシャが恨めしそうに、カウンターの向こうにズラリと並ぶ色とりどりのお酒に熱い視線を送る。
「わかる。これも美味しいけど、早くお酒を飲んで、弾けてみたいよね」
飲酒可能年齢に到達していないナターシャと私は二人でカウンターに並び、良い子の飲み物の代名詞である、アップルサイダーで乾杯した。
「そして願わくば、隣に名家のヴィランズ男子がいたら最高なんだけど」
「国外追放された親を持つだけの、しがない娘でごめんってば」
「ほんとそれ。そろそろ彼氏が欲しいな。切実に」
ナターシャが愚痴ったのち、店にいる男性を有言実行とばかりチエックしようとしたのか、店内をぐるりと見回した。
「ちょっとやばい」
突然興奮した様子を見せるナターシャ。
「ほら、あそこにいるの。血みどろ紳士のブルーノ様じゃない?」
ナターシャが視線で店内の奥にあるコーナー席を示す。
ナターシャの口から飛び出した、血みどろ紳士とは現在ブラック・ローズ科の男女を熱狂の渦に巻き込む若手パンクバンドだ。
反体制的な悪魔よりな歌詞に加え、過激なパフォーマンスに独特のファッション。どれをとってもクールでクレイジーなバンドなのである。
因みに私は入学初日にナターシャにその存在を教えてもらい、気付けば洗脳完了されていたクチだ。
「まさか血みどろがこんな安酒場にいるわけないじゃない」
「ほらあそこ。ドクロのポスターが飾ってある壁の席だってば」
ナターシャが興奮した様子で私の腕を揺さぶる。
「えー、今日はライブがある日でもないよ?それに、もし仮に血みどろだったとしても、なんでここにいるの?」
「さぁ、それはわからないけど。あ、ルシアに気付いた」
ナターシャが小声で囁いたその言葉に思わずギョッとして、私は慌ててナターシャと共に振り返り、店内を探ろうと背後に向けていた体を元に戻す。
(まずいってば)
何がまずいのか。それは正直良くわからない。けれど天敵ルーカスしかり、砂漠の国出身のカシムしかり。魔法の鏡しかり。王子をも惑わす魅惑の美しさを持つ女性を母に持つ私は、どんなに悪役メイクを施したとしても、残念ながら人目を惹く可憐な美少女だ。
そして何の因果か私の周りには、まるで花の蜜に集まる蝶のように、厄介な男どもが寄ってくるのである。
(特に、ルーカス)
私に好意を寄せた男性が近づくと、必ず出現するルーカスの怪しい紫色の瞳を思い出し、私の背中を嫌な汗が伝う。
「ナターシャ、帰ろうよ」
「もう遅いよ、気づかれちゃったもん。それにルシアの事を話してるっぽいし。ふふ、持つべきものは男を惑わす属性持ちの友人よねぇ」
ナターシャが私の背後に目をやりながら口を開く。そしてあろうことか、呑気にブルーノ達がいる方向に向かい、ニコニコと手を振り愛想を振り撒き始めた。
「まずいって、奴の気配がするような」
「来ない、来ない。ここは私達ブラック・ローズ科のテリトリーだよ?」
憧れの人物にロックオンしたらしいナターシャは私を軽くあしらう。
これはもはや何を言ってもダメなパターンだろう。
「君達、フェアリーテイルの学生?」
突如背後から男性の声がした。私は諦めて背後を振り返る。すると、そこには逆立てた金髪に「闇こそ全て」と書かれたTシャツ、黒いスキニージーンズにブーツという出で立ちで、邪悪な笑みを携えた、ブルーノがクールな感じで立っていた。
「あの、失礼かも知れませんが、あなたは血みどろ紳士のブルーノ様ですか?」
乙女全開といった感じ。キラキラとした瞳をブルーノに向けるナターシャ。
「あはは。バレちゃった的な?」
「そりゃもう。インディーズ時代から追いかけてますし、春のツアーも全通したし、それこそ秋のツアーだってお小遣いを全てつぎ込み、全通予定ですから!!」
前のめり気味にナターシャがブルーノに告げる。
「それは嬉しいな。あのさ、もしよかったら一緒に飲まない?」
「ええええええ、いいんですか!!」
ストンとナターシャがカウンターの高さに合わせたスツールから飛び降りる。
「もし良かったら、君も飲もうよ」
全ブラック・ローズ科の女子生徒がクラリとする悪魔的な微笑みをブルーノ様が私に向けた。
(こ、これで断るなんて、私の悪魔魂が許さない的な)
私はナターシャを真似て、ぴょんと元気にスツールから飛び降りる。その時、店の扉を開けた際に鳴る、ポッポーという汽笛の音が店内に響き渡った。
そして嫌でも感じるキラキラしい正義のオーラをまとう魔力の塊の気配。
(まさか……)
ぎょっとした私はナターシャ越しに入り口を確認する。するとそこには案の定、いつも通りの王子然とした麗しい笑みを浮かべたルーカスの姿があった。しかもルーカスは小脇にペットであるマンドラゴラの鉢植えをこれ見よがしに抱えているという、予断を許さない状況だ。
「こんにちは。ルシア。それからナターシャ嬢」
私との仲を示すかのように、わざとらしく私だけ呼び捨てにするルーカス。
(くっ、ただの同郷ってだけなのにッ!!)
私は歯ぎしりしつつも、マンドラゴラを引っこ抜かれてはたまらないと、ルーカスに軽く挨拶を返す事にする。
「……どうも」
「あら、お久しぶり。ホワイトなルーカス様」
ナターシャはルーカスに軽めな挨拶をし終えると、再びブルーノに向き合った。
「今日はどうしてこの店にいらしたんですか?」
「んー、仕事の息抜き的な?」
ナターシャとブルーノが和やかに会話を始める。そんな二人を横目に、私とルーカスの間に不穏な空気が流れはじめる。
「今日はナターシャ嬢がデートなのかな?それじゃ、お邪魔しちゃ悪いよね?」
ルーカスが「爽やか紳士の微笑み学」のマニュアル通りなのか、私の心をいつだって凍りつかせる麗しい笑みを浮かべる。
「やだ、そんなわけないじゃない。いい?こちらにおわす御方は何を隠そう」
ナターシャがズイと一歩前に出る。
「ブラック・ローズ科で絶賛大人気中の血みどろ紳士のボーカル、ブルーノ氏だろう?そういえば、最新アルバムの『殺戮のカーテシー』のサビですが、八分の十七拍子になっていますよね。あれはやはりアラーブ地方における、詩のリズムから影響を受けているのでしょうか?」
ルーカスが淡々と答える。
「おっ、気付いてくれたのか?」
「えぇ。昨年アラーブ公演をしたのち、明らかに高難易度なリズムを刻むようになったなぁと感じておりまして」
「まさかホワイト・ローズ科の生徒が俺らのファンだなんてなぁ」
ブルーノ様の視線が私達からホワイト・ローズ科の制服に身を包む、ルーカスに移動する。
「よし、気に入った。奢ってやる。来いよ」
「喜んでお供致します。ルシアとナターシャ嬢もよかったら一緒にどうかな?」
いつの間にかルーカスのお供に成り下がる私達。
「くっ、あの男、早急に何とかしないと」
ナターシャのエメラルドグリーンの瞳が怪しく光る。
「ようやく気付いてくれて嬉しいよ」
私は颯爽と歩くルークの後ろ姿をぼんやりと眺めながら、ため息混じりに呟いたのであった。
おとぎの世界に存在するグリムヒルは、この世界で一番の繁華街。洋品店や文房具屋といった学生生活の必需品はもちろんのこと、パブがいくつも立ち並ぶエリアに、美術館やオペラハウスといった古き良き敷居高めの公共の場所。それから若者が集う娯楽の代名詞、ライブハウスといったものまで、何でも揃うエリアとなっている。
各国から訪れる観光客で連日賑わうグリムヒルは、私達のような学生にとって、生き抜きができる楽しい場所となっている。
そんな、ウキウキ必須な場所で、ナターシャと私はブラック・ローズ科の女子生徒御用達である、『ヴィランズビューティー』という化粧品展に足を運んだのち、ヤギたちのお喋り亭に向かった。
魔石灯の仄かな灯りだけが照らす店内は薄暗く、少し狂った雰囲気が漂っている。壁に沿って置かれた壁時計は忙しなく周りまくっているし、鳩時計からは、血みどろの目が飛び出た鳩が一時間に一回飛び出してくる。
全体的にサイバーパンク感漂う店内に流れる音楽は攻撃的で機械的。ここは背伸びしたブラック・ローズの生徒が好んで通う店だ。
因みにホワイト・ローズ科の生徒たちが御用達とするパブは、『ユニコーンのしっぽ亭』という健全なる名前が示す通り、清潔感溢れるキラキラとしたパブらしい。噂によると、店内に流れる音楽はクラシック一択とのこと。
(別にクラシックが嫌いな訳じゃないけど)
現在十四歳。日々黒歴史を刻む私にとっては、イマイチ心揺さぶるものではない事だけは確かだ。
「早くあそこに並んでるお酒が飲みたい」
ナターシャが恨めしそうに、カウンターの向こうにズラリと並ぶ色とりどりのお酒に熱い視線を送る。
「わかる。これも美味しいけど、早くお酒を飲んで、弾けてみたいよね」
飲酒可能年齢に到達していないナターシャと私は二人でカウンターに並び、良い子の飲み物の代名詞である、アップルサイダーで乾杯した。
「そして願わくば、隣に名家のヴィランズ男子がいたら最高なんだけど」
「国外追放された親を持つだけの、しがない娘でごめんってば」
「ほんとそれ。そろそろ彼氏が欲しいな。切実に」
ナターシャが愚痴ったのち、店にいる男性を有言実行とばかりチエックしようとしたのか、店内をぐるりと見回した。
「ちょっとやばい」
突然興奮した様子を見せるナターシャ。
「ほら、あそこにいるの。血みどろ紳士のブルーノ様じゃない?」
ナターシャが視線で店内の奥にあるコーナー席を示す。
ナターシャの口から飛び出した、血みどろ紳士とは現在ブラック・ローズ科の男女を熱狂の渦に巻き込む若手パンクバンドだ。
反体制的な悪魔よりな歌詞に加え、過激なパフォーマンスに独特のファッション。どれをとってもクールでクレイジーなバンドなのである。
因みに私は入学初日にナターシャにその存在を教えてもらい、気付けば洗脳完了されていたクチだ。
「まさか血みどろがこんな安酒場にいるわけないじゃない」
「ほらあそこ。ドクロのポスターが飾ってある壁の席だってば」
ナターシャが興奮した様子で私の腕を揺さぶる。
「えー、今日はライブがある日でもないよ?それに、もし仮に血みどろだったとしても、なんでここにいるの?」
「さぁ、それはわからないけど。あ、ルシアに気付いた」
ナターシャが小声で囁いたその言葉に思わずギョッとして、私は慌ててナターシャと共に振り返り、店内を探ろうと背後に向けていた体を元に戻す。
(まずいってば)
何がまずいのか。それは正直良くわからない。けれど天敵ルーカスしかり、砂漠の国出身のカシムしかり。魔法の鏡しかり。王子をも惑わす魅惑の美しさを持つ女性を母に持つ私は、どんなに悪役メイクを施したとしても、残念ながら人目を惹く可憐な美少女だ。
そして何の因果か私の周りには、まるで花の蜜に集まる蝶のように、厄介な男どもが寄ってくるのである。
(特に、ルーカス)
私に好意を寄せた男性が近づくと、必ず出現するルーカスの怪しい紫色の瞳を思い出し、私の背中を嫌な汗が伝う。
「ナターシャ、帰ろうよ」
「もう遅いよ、気づかれちゃったもん。それにルシアの事を話してるっぽいし。ふふ、持つべきものは男を惑わす属性持ちの友人よねぇ」
ナターシャが私の背後に目をやりながら口を開く。そしてあろうことか、呑気にブルーノ達がいる方向に向かい、ニコニコと手を振り愛想を振り撒き始めた。
「まずいって、奴の気配がするような」
「来ない、来ない。ここは私達ブラック・ローズ科のテリトリーだよ?」
憧れの人物にロックオンしたらしいナターシャは私を軽くあしらう。
これはもはや何を言ってもダメなパターンだろう。
「君達、フェアリーテイルの学生?」
突如背後から男性の声がした。私は諦めて背後を振り返る。すると、そこには逆立てた金髪に「闇こそ全て」と書かれたTシャツ、黒いスキニージーンズにブーツという出で立ちで、邪悪な笑みを携えた、ブルーノがクールな感じで立っていた。
「あの、失礼かも知れませんが、あなたは血みどろ紳士のブルーノ様ですか?」
乙女全開といった感じ。キラキラとした瞳をブルーノに向けるナターシャ。
「あはは。バレちゃった的な?」
「そりゃもう。インディーズ時代から追いかけてますし、春のツアーも全通したし、それこそ秋のツアーだってお小遣いを全てつぎ込み、全通予定ですから!!」
前のめり気味にナターシャがブルーノに告げる。
「それは嬉しいな。あのさ、もしよかったら一緒に飲まない?」
「ええええええ、いいんですか!!」
ストンとナターシャがカウンターの高さに合わせたスツールから飛び降りる。
「もし良かったら、君も飲もうよ」
全ブラック・ローズ科の女子生徒がクラリとする悪魔的な微笑みをブルーノ様が私に向けた。
(こ、これで断るなんて、私の悪魔魂が許さない的な)
私はナターシャを真似て、ぴょんと元気にスツールから飛び降りる。その時、店の扉を開けた際に鳴る、ポッポーという汽笛の音が店内に響き渡った。
そして嫌でも感じるキラキラしい正義のオーラをまとう魔力の塊の気配。
(まさか……)
ぎょっとした私はナターシャ越しに入り口を確認する。するとそこには案の定、いつも通りの王子然とした麗しい笑みを浮かべたルーカスの姿があった。しかもルーカスは小脇にペットであるマンドラゴラの鉢植えをこれ見よがしに抱えているという、予断を許さない状況だ。
「こんにちは。ルシア。それからナターシャ嬢」
私との仲を示すかのように、わざとらしく私だけ呼び捨てにするルーカス。
(くっ、ただの同郷ってだけなのにッ!!)
私は歯ぎしりしつつも、マンドラゴラを引っこ抜かれてはたまらないと、ルーカスに軽く挨拶を返す事にする。
「……どうも」
「あら、お久しぶり。ホワイトなルーカス様」
ナターシャはルーカスに軽めな挨拶をし終えると、再びブルーノに向き合った。
「今日はどうしてこの店にいらしたんですか?」
「んー、仕事の息抜き的な?」
ナターシャとブルーノが和やかに会話を始める。そんな二人を横目に、私とルーカスの間に不穏な空気が流れはじめる。
「今日はナターシャ嬢がデートなのかな?それじゃ、お邪魔しちゃ悪いよね?」
ルーカスが「爽やか紳士の微笑み学」のマニュアル通りなのか、私の心をいつだって凍りつかせる麗しい笑みを浮かべる。
「やだ、そんなわけないじゃない。いい?こちらにおわす御方は何を隠そう」
ナターシャがズイと一歩前に出る。
「ブラック・ローズ科で絶賛大人気中の血みどろ紳士のボーカル、ブルーノ氏だろう?そういえば、最新アルバムの『殺戮のカーテシー』のサビですが、八分の十七拍子になっていますよね。あれはやはりアラーブ地方における、詩のリズムから影響を受けているのでしょうか?」
ルーカスが淡々と答える。
「おっ、気付いてくれたのか?」
「えぇ。昨年アラーブ公演をしたのち、明らかに高難易度なリズムを刻むようになったなぁと感じておりまして」
「まさかホワイト・ローズ科の生徒が俺らのファンだなんてなぁ」
ブルーノ様の視線が私達からホワイト・ローズ科の制服に身を包む、ルーカスに移動する。
「よし、気に入った。奢ってやる。来いよ」
「喜んでお供致します。ルシアとナターシャ嬢もよかったら一緒にどうかな?」
いつの間にかルーカスのお供に成り下がる私達。
「くっ、あの男、早急に何とかしないと」
ナターシャのエメラルドグリーンの瞳が怪しく光る。
「ようやく気付いてくれて嬉しいよ」
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