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第三章 波乱を含む、サマーバケーション(十四歳)

022 始めての舞踏会

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 気付いたら、今まで経験したことがないくらいフカフカのベッドの上で目覚めた私。
 モゾモゾと寝返りを打ち、これまた頭心地が良い枕の下に手を入れようとして、ふと違和感に気付く。

「やけに茶色い手。そして何ともいえない、木の葉の匂い……」

 布団から顔だけ出して、自分の手をジッと見つめる。するとその手は明らかにマンドラゴラの根っこだった。

「やだ、いつの間に!!」

 私はがばりと起き上がり、自分が白い大海原。つまり大きなベッドにしっかりと布団をかけて寝ていたという、謎の状況を把握する。

 さらに、部屋の中を見回すと、青い壁紙にビックサイズに見える、木製の家具が目に入ってきた。
 これは、どう考えても、私はマンドラゴラで、ここはルーカスの部屋のようだ。

「まさか、共寝しちゃったとか、あり得ないんだけど」

 もしそれが事実ならばお嫁に行けないどころの騒ぎではない。
 慌てて体に違和感がないか確認するも、特段おかしな所はなさそうだ。

 というか、マンドラゴラな時点で既におかしいのだが。

「ルーカス?」

 とりあえず名を告げてみると。

「あ、起きた?」

 隣の部屋に続くドアがバタンと開き、やけに着飾った格好のルーカスが登場した。しかも今日は何故かメガネをしている。

「その格好は何?」
「あ、これから舞踏会だから」
「舞踏会?」
「うん、もう夜だし」
「夜?」
「そうだよ」

 私は部屋に置かれた置き時計の時間を慌てて確認する。するとなんと既に夕方の六時を過ぎているではないか。

「え? 嘘でしょ!?」
「きっと疲れがでちゃったんだよ。それに君の寝顔は可愛かったし」

 寝ぼけた事を口走るルーカスをジロリと睨みつける。

「可愛い。ずっと観察していたい。けど、君とダンスもしたいわけで」
「……ダンスって踊るの?この格好で?」
「そう」

 満面の笑みで答えるルーカス。

「さぁ、行こう!」

 私は抵抗する間もなく、ルーカスの手によって彼の黒いタキシードの左胸の位置にあるポケットに、ハンカチーフ代わりにすっぽりと入れられてしまう。

「元帥、ご出立前にご報告が」

 突如現れたマンドラゴラのドラゴ大佐が、ルーカスの足元でピシリと敬礼する。
 大佐は何故かマンドラゴラなのに、洒落た黒いスーツに身を包んでいる。しかもサングラスに、よくよく見ればハンズフリーイヤホンまで装着していた。

(何事!?)

 私はドラゴ大佐をもっと良く見ようと、ルーカスの胸ポケットから身を乗り出す。

「発言を許可する」
「ハッ、現在、チーム光合成、葉緑素とも、既にバクテリアの陣形で会場に潜入完了であります」
「そうか。仕事が早くて助かるよ。引き続き任務遂行してくれ。何よりも一番大事なのは」
「元帥にとって唯一のお方。マンドラゴラの姫ルシア様をお守りすること」
「その通りだ」

 メガネの左右のレンズをつなぐブリッジ部分を、クイッと人差し指であげるルーカス。

(というか、マンドラゴラの姫ってなに?)

 私は突然つけられたあだ名について、小一時間問い詰めたい気持ちがこみ上げる。
 しかし、「気にしたら負け」と言い聞かせ、ギュッと口を結んでおいた。

「では、私は持ち場に戻ります!!」
「よろしく頼む」
「ラージャー!!」

 ドラコ大佐は目にも止まらぬ速さで、その場から消えてしまった。

(というかもしかして)

 私は長らく疑問に感じている答えを見つけたような気がして、ルーカスを見上げる。

「学校でいつもルーカスが私を嗅ぎつけるのって、もしかしてマンドラゴラ部隊のせいだったりする?」
「なんのことやら。僕にはさっぱりわからないや」

 明らかに目を泳がせながら、下手くそな口笛を吹き始めたルーカス。

(そうだったのね……。というか、私はずっとマンドラゴラに監視されていたなんて)

 軽くショックを受けた。しかし特段「彼氏が出来ない」といったくらいしか今のところ弊害がないのも事実なわけで。

 打倒ルーカスに燃える、共にいることが多いナターシャには申し訳ない気もするが。

(まぁ、今回は見逃してあげるか)

 私はルーカスのポケットの中で大人しくすることにした。

「いつもは憂鬱でたまらない舞踏会だけど、今日は君のお陰で楽しめそうだ」
「マンドラゴラのまま、ダンスなんて絶対しないからね」

 私は念を押しておく。

 こうして私はマンドラゴラのまま、ルーカスの胸ポケットに入った状態で、強制的に舞踏会に参加する事になったのであった。


 ***


 下敷きになったら死亡確実の大きなシャンデリアに照らされた会場。
 会場の隅に陣取った楽団が奏でるオーケストラの演奏に合わせ、既にホールの中央では煌びやかなドレスを着た女性と、タキシード姿の男性が手を取り合って優雅にダンスを楽しんでいた。

「ルーカス殿下だわ!!」
「しばらくみないうちに、随分垢抜けたような」
「確かにあんなに素敵だったかしら」

 早速ルーカスを値踏みするような声が飛んでくる。その声に促されるように私は見慣れたルーカスの顔を見上げる。

 後ろに撫で付けた髪は乱れることなく綺麗にセットされ、銀縁眼鏡の奥から覗く切れ長な瞳は理知的な雰囲気を醸し出しているように思えなくもない。

 すらりとした長身に黒いタキシードがとても似合っているような気もする……まあ確かに客観的に見たらかっこいい部類に入るのかもしれない。

 ただし、そう思ってしまうのは、輝くシャンデリアと会場に漂う高揚した雰囲気のせい。

(たぶん気のせい、場所のせい)

 小説の中で何度も登場する「王城の舞踏会」という特別なシチュエーションのせいで、いつもより三割増し、ルーカスが見目よく見えるだけだ。

 そんなことを思いながらじっと見つめていると、私の視線に気付いたルーカスもこちらを見た。そしてそのまま私達の視線が絡み合う。一瞬時が止まったかのように思えたけれど、それはほんの数秒のこと。

「僕に見惚れちゃった?このメガネのせいかな」
「自意識過剰だと思うけど」

 相変わらず調子に乗ったことを言うルーカスに、条件反射のように返す。するとそんな私達の様子を遠巻きに見ていた令嬢達が、ひそひそと話し始める。

「今の会話って……」
「一体誰となさっているの」
「というか、胸ポケから覗くあれはなに?」
「草っぽいけれど」
「おとぎの世界の学校の流行りなのかしら」

(違う、断じて違うから)

 胸ポケに草を忍ばせるなんてルーカスだけ。
 風評被害も甚だしいと、私は鼻をふくらませる。

 しかしマンドラゴラになっている私はその間違いを訂正できるはずもなく。

「ルーカス様」

 背後から軽やかな声でルーカスの名が呼びかけられた。

 ルーカスが振り向くのと同時に、私はその声の主に向き合う形になり、相手が誰だか嫌でも理解する。

「ごきげんよう、殿下。ってそれは……」

 リリアナがルーカスの胸ポケットにいる私に気付き目を丸くする。

 今日のリリアナは、淡いピンクのマーメイドラインのドレスに身を包んでいる。背中が大きく開いたデザインなので、肩甲骨の下まで伸びた亜麻色の長い髪は丁寧に結い上げられていた。その髪を彩るのは連なる白いパール。その眩しさに思わず目を細めてしまうほどだ。

「ああ、リリアナ嬢か。こんばんは」
「ルーカス様、胸ポケットからのぞくそれは?」
「昨日君に見せた、僕のマンドラゴラだよ」

 ルーカスはしれっと告げる。
 対するリリアナは一瞬呆けた顔をした後、信じられないとばかりに眉間にシワを寄せた。

「そ、そうなんですか」
「僕にとって運命の個体だからね。誰にも引き離すことは出来ないんだ」

 自信満々に答えるルーカス。

(公衆の面前で、堂々とそんな変人地味た事を口走って大丈夫なわけ?)

 私はルーカスのローミュラー王国における評判を心底心配に思う。

「とりあえず、お約束通り、一曲踊ってくださらないかしら?」

 リリアナは困惑した表情のまま、ルーカスをダンスに誘う。

「喜んで」

 ルーカスはうやうやしく礼をし、リリアナの手を取った。
 そのことを意外に思ったのもつかの間、リリアナがルーカスの腕を持つ手の指に、赤い魔石のついた指輪がはめられているのに気付く。

(これは……)

 昨日リリアナが、人知れず裏庭で、胸元から取り出したネックレスのチェーンにぶら下げていた指輪のようだ。

(ルーカスに何かしようとしている)

 私は確信する。そして今すぐ、ルーカスに指輪の存在を耳打ちしようと顔をあげるも、ホールの中央へ辿りついた二人は既に顔を見合わせ、白々しく微笑みあっていた。

(ルーカス、私が言っていた指輪って、それのことなんだけど)

 ルーカスの顔を見上げ、指輪に気付けと念を送るも、ゆったりとした音楽に合わせて二人は踊り始めてしまう。

(うわぁぁぁぁぁ)

 胸ポケットに入る私はルーカスがターンするたび、まるで遊園地にあるメリーゴーランドのようにくるくると遠心力に任せ揺れ動く。しかも、その速さはメリーゴーランド比ではない。やりすぎて止まらなくなった、コーヒーカップ級だ。

(酔ってきたかも)

 まさかこんな羽目になるとはと、胸ポケットの中で私は歯を食いしばる。

「あの二人、なかなかお似合いじゃないか」
「そういえばリリアナ嬢は殿下の婚約者候補の一人だと聞いたことがあるぞ」

 ホールの中央で踊る二人の様子に、皆が注目しているようだ。

「やっぱり、婚約されるのかしら」
「どうだろう。だがもしそうなればハーヴィストン侯爵家は、向かう所敵なしといった感じになるだろうな」
「そうだな、王族と縁者になるのだからな」
「ますます、グール派が強固なものとなりますな」

 周囲からは期待の声が上がる。

 さすが議会で認められた二人だ。
 かねがねこのカップルへの評価は上々のようだ。

(だけど、グール派ってなに?)

 ぐったりしながら不思議に思っていると、不意にルーカスの動きが止まった。そして突然私はリリアナの胸に押しつぶされる。

 音楽もスローテンポになり、どうやら密着し合うパートのようだ。

(く、くるしい)

 私は我慢ならず、ルーカスの胸ポケットから飛び出した。
 ルーカスの腕にしがみついた私は、ダンスのターンと共に強制的に視界がめまぐるしく移る中、飛ばされないようスーツの生地にしがみつく。

(あ、あれは)

 私の視線に飛び込んできたのは、しっかりとルーカスの肩をホールドするリリアナの手にはめられた、赤い魔石の指輪。

(嫌な予感しかしないんだけど)

 そう思った瞬間、リリアナの瞳が妖艶な光を帯びきらめいたかと思うと、その瞳は突然私に向けられる。

「……!」

 リリアナの唇が弧を描き、ニヤリと歪んだのを私は見逃さなかった。

(うそ、狙いは私!?)

 今さら私は自分の間違いに気付いたのであった。
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