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第三章 波乱を含む、サマーバケーション(十四歳)

021 マンドラゴラ部隊と共に帰還

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 迷彩柄の軍服に身を包む、謎のマンドラゴラ部隊に取り囲まれた私。

(そもそもマンドラゴラなのに、迷彩服を着る意味とは?)

 そんな疑問が浮かんでは消えていく。

「え、えっと」

 ひたすら戸惑う私の前に、輪の中から一体のマンドラゴラが歩み出る。

「お初にお目にかかります。自分はローミュラー王国、ルーカス元帥げんすい付きマンドラゴラ部隊、チーム光合成の班長をしております、ドラゴ大佐と申します」

 ピシリとこめかみに根っこの手をあて、私に敬礼するマンドラゴラのドラゴ大佐。

「あ、私は」

 言いかけると、元の姿勢に戻ったドラゴ大佐は小さく首を振る。

「元帥にとって何者にも代えがたい、唯一のお方。ルシア様だと、その名をしかと存じ上げております」
「はぁ」
「つきましては、ルシア様を安全にローミュラー城へ送り届けるよう元帥より承っております」
「あ、ありがとうございます」

 戸惑いつつも、ルーカスの名が飛び出したこと。そして何より、彼がマンドラゴラを大事にしていた事を思い出し、私はこの不可解な状況を受け入れる事にする。

「ドラゴ大佐、周囲はクリアであります」

 新たにゾロゾロと現れたマンドラゴラの大群。
 その中から一人だけ前に出ると、ドラゴ大佐にうやうやしく告げる。

「ステルス系キノコの気配は?」
「現在のところクリアであります」
「うむ。では姫、早速参りましょう。一堂、たんぽぽの綿毛わたげ展開用意!!」

(たんぽぽの綿毛?)

 意味不明だと首を傾げた瞬間。
 私の周囲にフワリと白い綿のような何かが舞い降りてきた。

「ルシア様、失礼致します」
「えっ!?」

 驚く間に、私の腕を通すようにつるのようなものが巻かれてしまう。どうやら背後の綿毛から伸びる茎のような部分に私はくくり付けられたようだ。

「それでは出発します!」

 ドラゴ大佐の声と同時に、私の身体がふわりと浮き上がる。

「ひゃっ!?」

 思わず声を上げ上を見上げると、私の頭上には白いたんぽぽの綿毛が浮いていた。
 そしてそれを確認している間にも、マンドラゴラになっている私の体はぐんぐん空へと舞い上がっていく。

「一同、ローミュラー城へ進路を取れ」
「ラージャー!!」

 元気な掛け声と共に、白い綿毛が次々と風に乗って移動を始めた。
 そして背中に綿毛をつけつつも、強靭な見た目をした、迷彩柄の軍服を着たマンドラゴラ達が、私を取り囲む。

「彼らは我々と同じく、ルシア様の救出護衛任務に就く者達です。ですからご安心ください。必ずや貴方様を元帥の元へ送り届けます」
「それは頼もしいですね。はははは」

 こうして私はマンドラゴラ部隊に手厚く保護され、ローミュラー城にあるルーカスの部屋に無事、帰還する事が出来たのであった。


 ***


 ルーカスの部屋に窓から侵入するや否や、私は伸びてきた手に優しく捕獲された。

「ルシア、怖い思いをさせてごめん。でも無事で良かった」

 ギュッと抱きしめられて少し苦しい。けれど心配をかけた後ろめたさもあり、ルーカスにされるがままになっていると、そのうち私の体に頬ずりをし始めた。

「調子に乗りすぎ!!」

 ルーカスの指を容姿なくカプリと噛む。

「いてっ」

 しっかりと片手で私を握ったまま、ルーカスが噛まれた手を大げさに振る。

「元帥、只今帰還致しました!!」

 ドラゴ大佐の凛とした声が響き、私は下を向く。
 すると、既に綺麗に整列したマンドラゴラ部隊の姿があった。

(すごい統率力)

 どうやらマンドラゴラとあなどるなかれと言った感じ、彼らは相当手練れた兵士のようだ。

「あぁ、御苦労だったな」

 私にデレデレしていたはずのルーカスも、軍隊を率いる長といった感じ。
 凛とした顔をマンドラゴラ達に向けている。

「有難きお言葉。では、引き続きオペレーションMを遂行したいと思いますッ!!」
「あぁ、よろしく頼む。私にとって代わりなどいない大事な人だ。君たちの働きに期待しているぞ」
「ハッ!!」

 うやうやしく敬礼するドラゴ大佐。
 そして自分の背後に整列するマンドラゴラに向き直る。

「皆の者、我らが姫をお守りするのだ!! 姫を害する存在を決して許すな!!それぞれ持ち場につけ、解散!!」
「「「「「ラージャー!!」」」」」

 マンドラゴラ達の勇ましいかけ声が部屋に響き、そしてあっという間に目の前からみんな姿を消した。

「えっと……」

 困惑気味にルーカスを見つめる。

「ルシア、とりあえず座って話そうか。お腹も空いてるだろうし」

 返事の代わりに、私のお腹が大きく鳴った。

「君を無事確保したとドラゴ大佐から連絡を受けた後、すぐに夜食を用意させておいたんだ」

 ルーカスは私を握りしめたまま、ソファーが置いてある部屋に移動した。

「うわぁ、美味しそう」

 ソファーテーブルの上に並べられているのは、美味しそうなサンドイッチだ。それに加え、食べやすくカットされたフルーツの盛り合わせに、色とりどりのマカロンまで用意されている。

「とりあえす、魔法を解除しないとね」

 ルーカスは私をそっとソファーの上に下ろした。そして杖を手に召喚すると、呪文を唱え始めた。

「我は望む、この者の本来の姿を」

 ルーカスが呪文となる言葉を言い終えると、眩い光が私の体を包み込んだ。そして私は無事に人間の形に戻る事に成功した。

「これでよしと。じゃぁルシア、好きなだけ食べて」

 ポンと私の隣に腰掛けるルーカス。そして、さり気なく私の背にクッションを敷いてくれた。

(今はいちいち文句を言うより)

 ひとまず腹ごしらえが先だ。

 洗浄抗菌魔法を両手にかけたのち、私は「いただきます」と口にしながら、嬉々としてサンドイッチに手を伸ばす。

「ん~! おいしい!!」

 みずみずしさ抜群な野菜と肉汁したたるジューシーなベーコンを挟んだサンドイッチは、誰がどうしたって百点満点だ。

「はは、それは良かった」

 サンドイッチを頬張る私を見て、嬉しそうに微笑むルーカス。
 そんな彼の笑顔を見ながら、もぐもぐと口を動かす。そして一口紅茶を飲み。

(やっぱりルーカスは肉しか食べないのだろうか)

 そんな疑問が浮かんだが、流石にデリケートな質問だろうかと、私は尋ねる事をやめた。その代わりと言っては何だが、別の気になる点を、ルーカスに聞こうと口を開く。

「それにしても、一体何がどうなってるの? それにマンドラゴラ部隊は休憩しなくて大丈夫なの?」
「彼らが求めるものは、光、温度、空気、水分、養分の五つだからね」
「でも、植物用の活力剤とかあげなくていいの?」

 実際のところ、王城からハーヴィストン侯爵家の屋敷は思っていたより近かった。
 とは言え、彼らは往復したのだから疲れているはずだと私は思った。

(それに植木鉢に緑のボトルに入った活力剤が刺さっているのを良く見かけるし)

 人間で言う所、滋養強壮剤のようなものは与えなくていいのかと、私はルーカスの顔に無言で問いかける。

「彼らは無農薬という部分に誇りを持っているから。下手に活力剤なんて渡したら、逆にプライドが傷ついたと叱られる」
「なるほど」

 確かに栄養ドリンクを飲めば元気になる。けれどそれは大抵一時的なものだ。そして栄養ドリンクに頼った翌日は、前日頑張った分も合わせ一気に疲れに襲われる事が多い。

 つまり無理はするなと、体が訴えているという事なのだろう。

「ルシアこそ、体調は大丈夫?何かされなかった?」
「特に問題ないし、何もされてないわ」

 私はりんごを口に入れながら、ルーカスの言葉に大きくうなずく。

「それは良かった。まさか君が誘拐されるだなんて思わなかったんだ。本当にごめん」
「別にいいよ。色々情報を得られたし」

 申し訳なさそうに眉を下げるルーカスに、私は首を横に振る。

「情報?」
「実は……」

 私はハーヴィストン邸で見知った事をルーカスに赤裸々せきららに報告する。
 そして私の話を聞き終えたルーカスは。

「なるほど。やっぱりあの二人は付き合ってたんだ」

 真っ先に、そう口にした。

「やっぱり?」
「僕、リリアナ、スティーブの順に一つ違いの僕らは幼い頃から顔見知りなんだ。スティーブにいたっては母上の兄の子。つまり僕にとってはいとこだしね」

(確かにそっか)

 私はルーカスとスティーブの関係に納得する。

「そういえば、ルーカスって今何歳?」
「僕は十五。今度十六になるけど」

 眠いのか、欠伸を噛み殺したような顔で私に告げるルーカス。

「そっか、私の一個上なんだ」

 口にしてからふと思い出す。
 私の両親は、国外追放されてから落ち着くまで、子は作らないと決めていたそうだ。だから私が産まれたのは、父と母が国外追放されてから三年後の夏。

(その一年前にルーカスは産まれているわけで)

 両親が何とか生き延びようと苦しんでいる間、ルーカスの両親は、安全地帯でのうのうと子作りに励んでいたという事になる。

(許せない)

 私は密かに、復讐の火種に新たな動機を追加した。

「ルーカスの両親は、どうして結婚する事になったの?」

 長年疑問だった事が、口からポロリとこぼれ落ちる。

「えっ?」

 ルーカスが目を丸くして固まった。けれど、すぐに私の真面目な顔に気付いたのか、少し考えこむ素振りをみせてから口を開いた。

「僕が産まれる前の話だから、周囲に聞いただけで、実際父と母には尋ねた事がないから詳しくはわからない」

 そう前置きした上で語り始めた。

「ただ、母が君の父上、ルドウィン様から婚約破棄をされ、色々傷心している時にそばにいて支えたのが僕の父だったと、そう聞いている」
「つまりルーカスの父親の方から、母親に近づいたってこと?」
「いや、もともと父上と母上、それからルドウィン様は幼なじみだったらしい。今の僕とリリアナ。そしてスティーブのように」

 ルーカスが何気なく放った事実に私はハッとする。

「待って。だとしたら、ランドルフ・アディントン。つまりあなたの父は私の父さんといとこ。つまり血の繋がりがあるってこと?」
「あ、ごめん。それは違う。そもそも今は国王という座についているけど、もともと父上は領地を持たず、宮廷で代々文官として働いていたアディントン男爵家出身だから」
「そうなんだ……でもどうして文官なんて、王家に親しい場所にいながらにして、クーデターなんて起こそうと思ったのよ」

 私の問い掛けに、ルーカスは一瞬眉間にシワを寄せた後、小さく息をつく。

「その部分に関して、実は詳しくはわからない。ただその頃、合計死者数が一万人を超えるような不可解な病が流行っていたらしい。精神的に参って、グールになった者も多くいたそうだ。だから謎の病に怯える人々の不満が王家に向いていた。そこにきて王子だったルドウィン様の婚約破棄騒ぎが重なった。だからクーデターが起こりやすい状況だったと言われている」

 ルーカスの言葉を半信半疑で受け止めておく。
 何故なら、彼もまた私と同じ。親世代で起こったこと。全てを知らされているとは限らないからだ。

(そもそも、私達が生まれる前の話だし)

 事件が起こった後に誕生した私達に残されている情報は、現在の状況に都合よく脚色され、改ざんされた話が、如何にも事実だったと、後世に言い伝えられている可能性だってある。

「一体何が本当なんだろう……」

 私は呟きながら、ピンクのマカロンを口に含む。
 甘すぎず、外はサクッ、内側はしっとり。

 何とも言えぬ食感の良さが、疲れた私の体にご褒美として染み込んでいく。

「ルーカス、あなたは将来、親の跡を……王様になりたいと思っているの?」

 思い切ってたずねる。
 しかしルーカスから返事はない。

 代わりに聞こえてきたのは、スースとした穏やかな寝息。
 挙げ句の果てにはコテンと、私の肩にルーカスの黒い頭がのしかかってきた。

「人が真剣に質問してるっていうのに。それに重いんですけど」

 小さな声で愚痴って見るものの、ルーカスの目の下に色濃い隈を見つけた私は口をつぐむ。

「そう言えば、リリアナと婚約する話はどうなったんだろう」

 ルーカスに質問をぶつけすぎたせいでタイムオーバー。
 結局ルーカスがどう選択したのか、聞くことはできなかった。

「ま、私には関係ないけどね」

 まるで言い訳をするように一人ごちて、私はそっと目を閉じたのであった。
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