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第五章 事件がいっぱい、学校生活(十五歳)

034 四年生になりました

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 フェアリーテイル魔法学校で学び始めて早四年。

 卒業まで残すところ一年半となり、いわゆる上級生と呼ばれる学年になった私は、清く正しい悪の道を進むべく、毎日忙しい日々を送っている。

 というわけで、現在私は魔法動物をテイム……つまり動物を懐かせる技術を学ぶ実践的な授業『魔法動物に対するテイム技術の教え』を終えた所だ。しかし一息つく暇もなく、次に予定されている座学の授業に参加するため、動物たちが飼育されているエリアから、学科棟と呼ばれる建物に戻っている最中だ。

 因みに飼育小屋は学校内の中心エリアから少し離れた場所にあるため、学科棟に戻るのはわりと一苦労と言った感じ。くねくねと曲がった坂道をそれなりに歩かなければならない。

「コウモリってクールだけど、すぐ噛みつくからムカつく」

 先程の授業で、コウモリに噛まれたばかりの指を見つめ、恨めしそうな声をあげるのは、同室で親友のナターシャだ。

「コウモリが一筋縄でいかないのは物凄く同意できる。でも私は、どちらかと言うと蛇をテイムする方が厄介だと思うんだよねぇ」
「あー、ルシアはチャームの笛。あれの旋律が壊滅的だもんね」

 ナターシャが私に同情するような視線をよこす。

「そうなんだよねぇ」

 私は思わず肩を落とす。

 高貴な悪の血筋を継ぐ、名家出身のナターシャ。彼女のようなしっかりとした地盤を築く実家を持つ生徒は、幼い頃から悪の道を極めるべく、様々な分野の知識を既に学び、フェアリーテイル魔法学校に入学している。

 よって、悪役史の知識は勿論のこと、ダンスに裁縫、それこそバレない意地悪の仕方といった事まで。ナターシャは常に成績上位者に名を連ねる才女なのである。

 対する私は国外追放されたのち、極貧ながらも両親に愛情深く育てられた、いわゆるド庶民。個人的には堕天使ルシファーの子孫であるという、悪役の素質たっぷりに産まれた自覚はあるものの、ナターシャには敵わないというのが現状だ。

(あーあ。私も生粋の悪役家系のお嬢様で育ってたらなぁ)

 叶わぬ事だと知りながら、思わず願ってしまうのは、授業が高度で実践的になってきたからだ。
 その結果、平凡な私は、それなりに努力をしないと、上位層には追いつけなくなってきたのである。かたや上位層は存在的能力の違いなのか、それとも英才悪役教育のたまものなのか。私が手こずる事も難なくこなしてしまう。

(実に簡単にやってのけて見えちゃうんだよな)

 勿論実際は、私が流浪の民として呑気に暮らしている間、ひたすら勉強させられていたから。という事も理解している。ただ五年生になり、周囲を羨み、自分の不甲斐なさに頭を悩ませる事が増えてきたのは、確かだ。

「卒業しても蛇だけはテイムする気はないけどさ、それでもこれ以上赤点は取りたくないんだよなぁ」
「補講になると遊ぶ時間も減っちゃうしね」

 ナターシャの言葉に「だよねぇ」と呟きながら頷く。

「やっぱ、蛇に愛されしメデューサ先生に弟子入りするかなぁ」
「それがいいかもね。メデューサ先生は怒らせなきゃ、わりといい先生だし」

 ナターシャの言葉を受け、脳裏に『死と再生』の授業を受け持つ、メデューサ先生の美しくなびく黒髪を思い浮かべる。確かにあの先生は怒らせると相当怖い。けれど、魔法の知識も豊富で、何より頑張る生徒には優しい人でもある。

「決めた。私は頑張る。そしていつかきっと、完璧な笛の旋律を習得してみせる」

 私は拳を握り決意表明をわかりやすく示す。

「うん。頑張って。応援してるし。だけど蛇のテイム試験は来週だし、いつかじゃ遅いかもって事は伝えておく」
「くっ……」

 絶望的な現状を改めて思い出した私は、歩きながら頭を抱えた。

「邪悪の象徴、漆黒のヤギを早くテイムしたいなぁ」

 テイム技術のテストを難なくこなすナターシャが、私からしたら『だいそれた』と思わざるを得ない願望を述べる。

「確かに、ヤギって黒目が細長くて冷酷な感じがゾクゾクするし、格好いいよね。ナターシャくらい技術力があったら、もうテイムできそうだけど、私はまだ無理そう。ツノに串刺しにされる未来しか思い浮かばない」

 そもそも漆黒のヤギのような、一般的に魔法動物と呼ばれる生物のテイムを行えるのは、最終学年である六年生になってからと決められている。よって現在五年生である私たちは、一般的社会に馴染む動物しかテイムする事が許されていないのである。

(それすら、まだ手間取ってる私って……卒業、できるのかな)

 私は迫る未来を不安に思う。

「なんだかんださ、テイム技術の授業って癒されるから好きなんだよね、私」

 何気なくナターシャから放たれた言葉に、私は頷く。
 得意不得意は別として、動物と触れ合う授業が座学よりもエキサイティングな上に、癒されるのは事実だからだ。

「ほんと、テストさえなければ最高なのに」

 私は思わず本音を漏らす。

「落ち込まないでってば。そういえばさ、テストといえば、前回の狼の時。超うけたよね」
「確かに」

 私は当事者達には悪いと思いつつ、前回行われたテイム技術のテストを思い出し、笑いを噛み殺した。

 そもそもテイム技術とは、その名の通り魔法生物を手懐ける技術のことである。この技術を身に付けることで、魔法生物の使役が可能となり、将来は悪事の片棒を担がせたり、テイマーとして就職したりが可能となるため、なかなか重要な授業だと言える。

 そんなテイム技術を試すため、学校では毎月新たな動物を手懐けるための課題が出されるのだが、前回ちょっとした事件が起きたのである。

「まさかリュコスに頼むだなんて。ほんと馬鹿よねぇ」

 ナターシャが当時を思い出したのか、くすくすと笑う。

「確かに冗談でカシムと『リュコスに頼めばいいかも』なんて、そんな会話を交わした記憶はあるんだよねぇ。まさか本当にやるとは思わなかったけど」

 私は苦笑しつつ言葉を返す。

 というのも、前回のテストの課題が狼だったせいで、同級生のカシムは狼男に変身できるリュコスに「テイムされているフリをしてくれ」とここぞとばかりに、お願いしたのである。

 勿論リュコスが変身したところで、百戦錬磨、教師生活が長いベテラン先生の目は誤魔化せるはずもなく、カシムは先生に工作した事を見破られた。そしてカシムとリュコスは大目玉を喰らったのち、反省文と狼についてのレポートを提出するよう言いつけられていたのである。

「でもま、気持ちはわからなくもないかな」

 テイム技術が得意ではない私は、カシムの肩を少しだけ持つ発言をする。

 とその時――。

「まぁ、なんて可愛い白鳥はくちょうさんなんでしょう!」
「りすさんにうさぎさん、こちらへおいで」

 突然、透き通る声が飛び込んできた。
 横並びとなり歩いていたナターシャと私は、同時に声をした方に顔を向ける。

「あら、ねずみさんも恥ずかしがってないでこちらへどうぞ」
「ルルル、ラララ」
「まぁ、小鳥さん。私と遊んでくれるのね」
「可愛い小鹿さんにはピンクのリボンを巻いてあげるわ」

 学校の私有地である森の入り口に目を向ける私の視線の先には、木漏れ日を浴びながら、動物たちと戯れる美少女達の姿があった。彼女達が袖を通すのは、シミ一つない真っ白なふんわりと裾の広がるドレス型の制服だ。

 どう見てもホワイト・ローズ科のプリンセス達である。

 どうやら私達が先程行った授業と同じ。魔法動物をテイムする実習を行っているようだ。

「あ、ルシアとナターシャ。アレを見てよ、うけるから」

 私とナターシャは、先を歩いていたクラスメイト達と合流する。

「子鹿に罪はないけどさぁ」
「あんなに目立つリボンを巻かれちゃって」
「野に放たれたら、ハンターに真っ先に見つかって殺される未来しかないよね」
「ま、ここはおとぎの学校ですから」
「彼女達は夢見る乙女が仕事だからね」
「可哀想に」

 最後に発せられた言葉に皆で大きく頷く。そしてキラキラしい軍団に対し、一斉に冷めた視線を送った。

 これもまた、五年生になり変わった事の一つと言えるだろう。

 低学年のうちは、学年で括られる事も多くホワイト・ローズ科の生徒とも、表面上は仲良しこよし出来ていた。

 しかし高学年となった今。

 そもそもの価値観が合わないという事に、何となく気付いたこと。それから、ホワイト対ブラックで競い合うといった、闘志燃える授業も増えた事により、自然とお互いが対抗心を燃やすようになったのである。

「みなさぁーん、楽しいひとときはあっという間ですわね。名残惜しい気がしますけれど、今日はこの辺で授業を終了しましょう。ルルララ~~」

 ホワイト・ローズ科のテイム技術を任されているらしき教師が、小動物に囲まれているプリンセス集団に歌いながら声をかける。

「さようなら、小鳥さん」
「ブラック・ローズ科の邪悪な見た目の生徒たちに見つかる前に、ほら早く。森へお帰りなさい」
「えぇ、そうね。彼女達に見つかったら、きっと酷い事をされるわ」

 こちらが向ける冷たい視線に気付いたのか、彼女達はふんわりとした笑顔のまま、私達をディスる。

「皆様、お片付けをしましょう」
「来た時よりも美しく、その場に残すのは愛のみ」
「ルルル、ラララ」

 ハミングをしながら、白いドレスの集団は一斉に竹箒たけぼうきを手にした。

「いい?いくわよ」

 一人の生徒の掛け声で、全員が同じタイミングで動き出す。

「せーのっ!」
「ルルル、ラララ」
「見た目の美しさよりもぉ」
「内面の美しさを磨きましょう
「ルルル、いつか現れるぅ」
「王子様のたぁーめぇーにぃー」
「ルルル」
「ラララン」

 謎な歌を口ずさみながら、まるで一心同体。
 赤面せきめん必須のハーモニーと共に、箒を優雅に動かすプリンセス御一行様。

「ぎやー」
「でたっ、デスソング」

 私達は一斉に耳を塞ぐ真似をする。

「一見すると、物凄くキラキラしい場面に見えるけどさ」
「正直なところ、あの人達って、動物たちが撒き散らしたフンを片付けてるだけよね」
「そう、ただの糞掃除中なだけ」
「というかさ、なんでいつもあんな風にデズソングを口ずさむわけ?」
「えーとそれは……あっ、プリンセスだからじゃない?」
「なるほど」

 私とナターシャは友人たちの会話に、顔を見合わせ、思わず吹き出した。

「それにしても、相変わらず凄いわねぇ。ホワイト・ローズ科の人って」
「そりゃあ、あれでしょ。愛こそ全ての信念らしいから、裏切りこそ正義の私達とは感性が違うのよ」
「うわ、そろそろ移動しないと次の授業に間に合わないよ」
「あ、ほんとだ。急がないと!」
「遅刻したら、また先生に怒られちゃう!」

 私たちは優雅さの欠片もなく、我先にと走り出す。

「ラララ、夢見ることはー」
「誰にもとめる権利はないわー」
「信じ続けていればー」
「必ず願いは叶うものー」
「ルルル、ラララ」
「ラララ」
「ルルー」
「ラララー」

 坂道を駆け下りる私達に背後から襲い来る、デスソング。

「うるさーい!」
「一生、お花畑から出てくんな!」
「ルルル、信じられるのはぁー」
「自分だけー」
「ラララ、いつかはしたい」
「裏切り行為ーー」
「確かに」
「うけるー」
「もっと聴きたいくらい」

 そんな私たちの笑い声は、風に乗り木漏れ日の森へと吸い込まれていったのであった。
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