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第五章 事件がいっぱい、学校生活(十五歳)
050 盗み聞きする
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目を開けると、白い天井が見えた。
(ということは、ここは寮の部屋じゃないってことか)
ナターシャと私の部屋の天井は黒だから。そう思った瞬間、薬草の香りが鼻にまとわりついた。その香りでここが医務室なのだと悟る。
「……はい。多分本人の記憶には残らない可能性が高いかと」
私が横たわるベッドを囲むように、白いカーテンが引かれた向こう。保険医のダゴダ先生の声が聞こえてきた。
「問題は襲われた側。ブラック・ローズ科のルシア・フォレスターの方です。彼女には、今回の件について、しっかりと記憶されているでしょうから」
「そう、彼はまだここで学びたいだろうし、困ったわね」
ダゴダ先生の声に続いて聞こえてきたのは、この学校のボスこと、アリア校長先生の声だ。
普段、模範的な生徒を演じる私は、アリア先生のお世話になる事はない。しかしブラック・ローズ科の問題児二人組。カシムとリュコスの話によると、アリア先生は怒るといつもは穏やかな性格が豹変し、「首を跳ねろ!」といばりだし、とても理不尽な恐怖を覚えるそうだ。
秘密に溢れたアリア校長先生だが、気に入らないものはすぐに処刑を執行し、とても精神的に不安定な事で名高いトランプ王国の王族の家系出身なのでは?と密かに生徒間ではそう噂されている。
そんな先生がカーテンを隔てた向こう側にいる。その事実を実感すると、嫌でも落ち着かない気持ちになった。
「ルシア・フォレスターね。彼女がルーカス・アディントンに魔力を分け与えていること。それが彼のグール化に関係しているという事はないのかしら?」
突然アリア校長先生の口から私の名が飛び出し、ビクリとする。
「正直わかりません。彼女の魔力にはローミュラー王国にある悪溜りを浄化するクリスタルと同じ。グールを抑制する力が秘められているそうですし。それを考えると、むしろルーカス君のグール化を抑えつけている可能性の方が高いかと」
「そうよね、だから二人の魔力交換行為を見過ごしているわけだし」
固唾を飲んで二人の話に聞き耳を立てる私の脳裏に、ルーカスに捕食されそうになった時の記憶が蘇る。
(あの時、確かミュラーが)
私の思念に直接語りかけてきていた。そして私は不思議な力を確かに感じたのである。
(そうだ、ルーカス)
私は彼をこの世界から間引いてしまったのだろうか。そもそもあれは本当にあった出来事なのか。
自分の身体に起きた変化や感覚を思い出しながら考え込んでいると、またもや二人の会話が耳に飛び込んできた。
「となると、一体どうして彼はグールとしての本能が出てしまったのかしら?その気配すら感じないほど、完璧に自分の力を封印出来ていたように思うのだけれど」
「これは私の推測ですが、グール化は怒りに反応しやすい。ここに運ばれた時、ルシアさんの体にはルーカス君がつけた噛み傷の他に、切り傷や擦り傷もあった。もしかしたら、彼女が誰かに危害を加えられ、それにより憎しみや怒りを覚えた結果、本能が表に出てきたのかも知れません」
「まぁ、ルシアさんはいじめに遭っているの?」
アリア校長先生が高い声を出す。キーンと響いたその声のせいで、頭が痛む。
(そうだ、私はエリーザと絶賛戦争中だったんだっけ)
こめかみを押さえながら、私はエリーザから受けた、数々の嫌がらせを思い出す。
一番許せないのは、再テストを招いた、荒ぶる闘牛士ピザ。あの呪いで間違いない。
(絶対やり返してやるんだから)
私は痛む頭を押さえつつ誓う。
「例えいじめに遭っていても、ルシアさんは認めないでしょうね。ブラック・ローズ科の生徒は、私達大人に報告するよりも、自分でやり返す方法に、時間を費やす事を選択するでしょうし」
「そうだったわね。そもそもいじめられているだなんて不名誉な事は、たとえ磔の呪いをかけたとしても白状しないでしょうね」
ダゴダ先生とアリア先生が同時に深い溜め息をついた。
確かに私は先生達にエリーザの事を告げ口するつもりはない。
ブラック・ローズ科の名にかけて、正々堂々と仕返しをするつもりだ。
「やはり問題は、ルーカス君の処遇のほうね。本人が覚えていないのだとしたら、なかった事にするのが一番だけれど、ルシアさんがそれを許すかどうか」
「そうですね。彼女の背負う運命を考えた場合、ルーカス君を許せないでしょう。ただ、あの二人は付き合っているようですし」
ダコダ先生が爆弾発言をした。というか先生にまでルーカスと私の間違った噂が知られているだなんて、かなりショックだし、恥ずかしい。
(だって、同郷のよしみなだけ……)
いつも通り、定型文となる言葉を呼び起こした瞬間、私の脳裏にルーカスとキスをしたという、あり得ない事実が蘇る。
鮮明に覚えている、ルーカスに食べられる感覚。
私はそれを頭から振り払う。
(夢であって欲しい)
私は願いを込め、唇に指先で触れる。
もしルーカスとキスをしたこと。あれが夢であれば、真っ赤に塗りたくった口紅が私の指先につくはずだ。
私は自分の唇を拭い取り、恐る恐る指先を見つめる。
(くっ……)
視界に映る私の指先は、肌色のまま。ということはつまり、アレは現実での出来事という事になる。
私は絶望的な気分になり、脱力し、枕に頭の重みを預ける。
(あ、でもルーカスに記憶はないとか言ってたような)
先程から盗み聞きする会話の中で、二人はそう話していた気がする。
その事を思い出した私は、胸の上で両手を組み、そっと目を閉じる。
(ありがとうございます、暗黒なる神よ)
私は射し込む一筋の光に感謝の心を捧げた。
「ここで共に学ぶうちに、敵対する未来が定まる二人に愛が芽生える。その結果、卒業後、祖国で手を取り合い、決められたはずの未来を変える。そういう事例は星の数ほど見てきたもの。私はホワイト、ブラック。どちらにも必ず備わる「愛の力」それを信じたいのだけれど」
アリア校長先生の口から、「愛の力」などという、砂糖マシマシで胸焼けしそうな言葉が飛び出し、私は自分の首を物理的に締めあげる。
(あれ)
私は自分の首元を隠すように、包帯のようなものが巻かれている事に気付く。
「そっか、ルーカスに噛まれたから」
噛み跡を隠すためかも知れない。
「あら、噂をすれば」
アリア校長先生の声が聞こえたかと思うと、不意にカーテンが開く。そしてダゴダ先生とアリア校長先生が、二人同時に私の視界に、仲良く顔を覗かせたのであった。
(ということは、ここは寮の部屋じゃないってことか)
ナターシャと私の部屋の天井は黒だから。そう思った瞬間、薬草の香りが鼻にまとわりついた。その香りでここが医務室なのだと悟る。
「……はい。多分本人の記憶には残らない可能性が高いかと」
私が横たわるベッドを囲むように、白いカーテンが引かれた向こう。保険医のダゴダ先生の声が聞こえてきた。
「問題は襲われた側。ブラック・ローズ科のルシア・フォレスターの方です。彼女には、今回の件について、しっかりと記憶されているでしょうから」
「そう、彼はまだここで学びたいだろうし、困ったわね」
ダゴダ先生の声に続いて聞こえてきたのは、この学校のボスこと、アリア校長先生の声だ。
普段、模範的な生徒を演じる私は、アリア先生のお世話になる事はない。しかしブラック・ローズ科の問題児二人組。カシムとリュコスの話によると、アリア先生は怒るといつもは穏やかな性格が豹変し、「首を跳ねろ!」といばりだし、とても理不尽な恐怖を覚えるそうだ。
秘密に溢れたアリア校長先生だが、気に入らないものはすぐに処刑を執行し、とても精神的に不安定な事で名高いトランプ王国の王族の家系出身なのでは?と密かに生徒間ではそう噂されている。
そんな先生がカーテンを隔てた向こう側にいる。その事実を実感すると、嫌でも落ち着かない気持ちになった。
「ルシア・フォレスターね。彼女がルーカス・アディントンに魔力を分け与えていること。それが彼のグール化に関係しているという事はないのかしら?」
突然アリア校長先生の口から私の名が飛び出し、ビクリとする。
「正直わかりません。彼女の魔力にはローミュラー王国にある悪溜りを浄化するクリスタルと同じ。グールを抑制する力が秘められているそうですし。それを考えると、むしろルーカス君のグール化を抑えつけている可能性の方が高いかと」
「そうよね、だから二人の魔力交換行為を見過ごしているわけだし」
固唾を飲んで二人の話に聞き耳を立てる私の脳裏に、ルーカスに捕食されそうになった時の記憶が蘇る。
(あの時、確かミュラーが)
私の思念に直接語りかけてきていた。そして私は不思議な力を確かに感じたのである。
(そうだ、ルーカス)
私は彼をこの世界から間引いてしまったのだろうか。そもそもあれは本当にあった出来事なのか。
自分の身体に起きた変化や感覚を思い出しながら考え込んでいると、またもや二人の会話が耳に飛び込んできた。
「となると、一体どうして彼はグールとしての本能が出てしまったのかしら?その気配すら感じないほど、完璧に自分の力を封印出来ていたように思うのだけれど」
「これは私の推測ですが、グール化は怒りに反応しやすい。ここに運ばれた時、ルシアさんの体にはルーカス君がつけた噛み傷の他に、切り傷や擦り傷もあった。もしかしたら、彼女が誰かに危害を加えられ、それにより憎しみや怒りを覚えた結果、本能が表に出てきたのかも知れません」
「まぁ、ルシアさんはいじめに遭っているの?」
アリア校長先生が高い声を出す。キーンと響いたその声のせいで、頭が痛む。
(そうだ、私はエリーザと絶賛戦争中だったんだっけ)
こめかみを押さえながら、私はエリーザから受けた、数々の嫌がらせを思い出す。
一番許せないのは、再テストを招いた、荒ぶる闘牛士ピザ。あの呪いで間違いない。
(絶対やり返してやるんだから)
私は痛む頭を押さえつつ誓う。
「例えいじめに遭っていても、ルシアさんは認めないでしょうね。ブラック・ローズ科の生徒は、私達大人に報告するよりも、自分でやり返す方法に、時間を費やす事を選択するでしょうし」
「そうだったわね。そもそもいじめられているだなんて不名誉な事は、たとえ磔の呪いをかけたとしても白状しないでしょうね」
ダゴダ先生とアリア先生が同時に深い溜め息をついた。
確かに私は先生達にエリーザの事を告げ口するつもりはない。
ブラック・ローズ科の名にかけて、正々堂々と仕返しをするつもりだ。
「やはり問題は、ルーカス君の処遇のほうね。本人が覚えていないのだとしたら、なかった事にするのが一番だけれど、ルシアさんがそれを許すかどうか」
「そうですね。彼女の背負う運命を考えた場合、ルーカス君を許せないでしょう。ただ、あの二人は付き合っているようですし」
ダコダ先生が爆弾発言をした。というか先生にまでルーカスと私の間違った噂が知られているだなんて、かなりショックだし、恥ずかしい。
(だって、同郷のよしみなだけ……)
いつも通り、定型文となる言葉を呼び起こした瞬間、私の脳裏にルーカスとキスをしたという、あり得ない事実が蘇る。
鮮明に覚えている、ルーカスに食べられる感覚。
私はそれを頭から振り払う。
(夢であって欲しい)
私は願いを込め、唇に指先で触れる。
もしルーカスとキスをしたこと。あれが夢であれば、真っ赤に塗りたくった口紅が私の指先につくはずだ。
私は自分の唇を拭い取り、恐る恐る指先を見つめる。
(くっ……)
視界に映る私の指先は、肌色のまま。ということはつまり、アレは現実での出来事という事になる。
私は絶望的な気分になり、脱力し、枕に頭の重みを預ける。
(あ、でもルーカスに記憶はないとか言ってたような)
先程から盗み聞きする会話の中で、二人はそう話していた気がする。
その事を思い出した私は、胸の上で両手を組み、そっと目を閉じる。
(ありがとうございます、暗黒なる神よ)
私は射し込む一筋の光に感謝の心を捧げた。
「ここで共に学ぶうちに、敵対する未来が定まる二人に愛が芽生える。その結果、卒業後、祖国で手を取り合い、決められたはずの未来を変える。そういう事例は星の数ほど見てきたもの。私はホワイト、ブラック。どちらにも必ず備わる「愛の力」それを信じたいのだけれど」
アリア校長先生の口から、「愛の力」などという、砂糖マシマシで胸焼けしそうな言葉が飛び出し、私は自分の首を物理的に締めあげる。
(あれ)
私は自分の首元を隠すように、包帯のようなものが巻かれている事に気付く。
「そっか、ルーカスに噛まれたから」
噛み跡を隠すためかも知れない。
「あら、噂をすれば」
アリア校長先生の声が聞こえたかと思うと、不意にカーテンが開く。そしてダゴダ先生とアリア校長先生が、二人同時に私の視界に、仲良く顔を覗かせたのであった。
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