復讐の始まり、または終わり

月食ぱんな

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第五章 事件がいっぱい、学校生活(十五歳)

051 後始末

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 医務室のベッドに横たわる私の前に登場した、ダゴダ先生とアリア先生。

「どう、具合は?」

 首から聴診器を下げた、ダゴダ先生は私のベッドに近寄る。
 そして私の顔を覗き込む。

「はい、大丈夫です」

 私は慌てて笑顔を作る。

「そう、なら良かったわ」

 ダゴダ先生が私をジロジロ眺めながら、ホッとした表情を浮かべた。

「顔色は良さそうね。熱もないから、感染症の心配もなさそうね」

 額に手を当てられ、私は思わず目を瞑る。

「はい、もうだいぶ楽になってきました」
「本当みたいね。それで、ええと、アリア校長先生がここにいるわけなのだけど……」

 パッと目を開けると、ダゴダ先生が言いづらそうな表情で、アリア校長先生に顔を向けていた。

 どうやら会話の主導権がバトンタッチされるようだ。

「単刀直入に聞くけれど、あなたは誰かにいじめられているの?」
「……」

 私は無言を貫く。下手に喋ってボロが出るのも嫌だし、何よりそんな不名誉な事を認めるわけにはいかない。

「そう、まぁそうよね。では次の質問よ」

 アリア校長先生は、今から口にする事を出来れば告げたくないといった表情で、ふぅと息を吐く。

「その首の傷……ルーカス君の事なのだけど」
「これは」

 私は咄嗟に首に巻かれた包帯に触れる。

「彼の処分についてだけど、ルシアさんが望むのならば、退学という形で処理をするわ。それでいいかしら?」

 アリア校長先生の言葉に私は目を丸くする。

「退学?!そんなのダメです!」

 私は勢いよく上半身を起こした。するとズキンと頭に痛みが走る。

「あっ、まだ寝てなきゃダメじゃない」

 ダゴダ先生が、慌てるように、私の肩をゆっくりと押し戻す。

「退学だなんて、私は望んでいません。彼は何も悪くないんです。たぶん」
「たぶんね」

 アリア校長先生が苦笑する。

「もうバレていると思うから言いますけど、私にも状況が良くわかっていないんです。だけど多分私のせい。色々と私をかばったばかりに、ルーカスはグールとして目覚めてしまったっぽいし」
「そうね、でもそれはあなただけのせいではないわ」
「そうですよ、ルシアさんのせいではありません」

 二人が揃って私の責任を否定する。けれどそれは、学校を管理する側から「そう言わなくては」という使命に駆られ出た言葉だと、私は感じた。

「私は、ルーカスに噛まれました。でも恨むつもりはありません。私が力不足なだけですし」

 それは本当に痛感していることだ。

 ルーカスが私を食べようとした時、私は彼に対し、歯が立たなかった。
 もしミュラーが私に話しかけてくれなければ、きっともっと悲惨なこと。むしろ私はこうして話が出来る状態ではなかった可能性が高い。

「それにルーカスはこの学校にいたいはずです。だから、その間だけでも、私の力が彼のグール化を止める役目を果たすなら、その……」

 言い出してから、二人の話を盗み聞きしていた事を自ら明かしている事に気付き、私は口をつぐんだ。

(だけど、ルーカスはローミュラー王国には、帰りたくないだろうから)

 私は彼が「出来損ない」だと周囲から囁かれていた舞踏会での光景を思い出し、ルーカスの気持ちを確信する。

「そう、わかったわ。では、ルーカス君については、このままこの学校に残します。この学校は学びたいという気持ちを何より大事にしますからね。ただし、何かしら罰則は必要ですから、追々検討していきましょう」

 アリア校長先生が優しく微笑み、私の頭を撫でる。

「ありがとうございます」

 お礼を言いながら、自分の頬が緩んでいる事に気付く。

(良かった)

 どうやらルーカスは退学にならずに済むらしい。しかも私のお陰で。

「あと一つ。これはとても大事なことよ」

 アリア校長先生が、真剣な眼差しをこちらに向ける。

「ダゴダ先生によると、今回の事をルーカス君本人は覚えていないだろうとのこと。だから私達も彼に言うかどうか、迷っているの。それで当事者であるルシアさんに聞くわね。あなたはどうしたい?」

 アリア校長先生の、丸投げ全開な問いに私は黙り込む。

(ルーカスの、記憶がない)

 それは私にとって好都合でしかない。
 何故なら、私が彼の力に完敗したこと。それから彼につい、キスしてしまったこと。それらを全てなかったことに出来るなんて。

(やっぱ、めちゃくちゃラッキーなんですけど)

 私はガッツポーズしかけ、辛うじて堪える。そして至極真面目な顔をアリア校長先生に向けた。

「そうですね。ルーカスの心をわざわざ傷つける事もないと思います。この件は墓場まで」

 私は「お口にチャック」と唇を閉じ、その上を指でなぞる。

「ふふふ。わかったわ。この件はここだけの話にしておきましょう」

 アリア校長先生は、あからさまにホッとした表情になった。

 この件が公になり、保護者から詰められるのを避けられた事を安堵しているに違いない。

(でもまぁ)

 これで丸く収まると、私はニンマリしかけ、大事な事を思い出す。

「あ、でも問題が。彼が育てていたマンドラゴラが、命を落としてしまったんです」

 私は儚く散った、マンドラゴラ部隊を思い出す。たとえルーカスに記憶がなくとも、彼らがもういないこと。そのことをルーカスが知ったら、怒り狂うかもしれない。そしてそれが自分のせいだと理解した途端、彼は深い悲しみに襲われ、一生自分を許せないだろう。

「マンドラゴラを失った。そうね、その事実は何とかしなければいけないわね」

 アリア先生が悩ましい顔に戻る。

「確かにルーカス君は、マンドラゴラを栽培していたものね。いつも鉢植えを小脇に抱えていましたし」

 ダゴダ先生が、自らの記憶を探るような表情で呟く

「しかもマンドラゴラ達にはそれぞれ個性があって、替えは効きません。彼にとっても、私にとっても、唯一無二のマンドラゴラ達だったんです」

 私は炎に包まれるドラゴ大佐の姿を思い出す。
 彼は最期まで主であるルーカスの事を思い、感謝し、散っていった。

 世界にドラゴ大佐の代わりになるマンドラゴラはいない。
 彼の生命は奪われてしまったのだ。

(ドラゴ大佐、ありがとう)

 私は急にしんみりとした気分になり、涙を堪える。

「そうなのね。だとすると少し手荒い方法で解決する事になるかも知れないわ」
「手荒い方法とは、なんですか?」
「私に任せて頂戴。あなたはルーカス君を苦しめたくないのよね?共に卒業したいと、そう願っているのよね?」

 アリア校長先生が、言い聞かせるように私に問いかける。

「はい。一緒に卒業したいです」

 アリア校長先生が私に真っ直ぐ向ける瞳。その瞳に心を見透かされているような感覚におちいり、つい素直に答える私。

「では、ここで話したこと。それから今日あなたの身にあったこと。それは誰にも口外しないこと。いいですね?」
「はい」

 私の返事にアリア校長先生は笑顔で頷く。

「ダゴダ先生、後はあなたに任せていいかしら?」
「はい、勿論です」
「では、お願いしますね」

 アリア校長先生がそう言い、ダゴダ先生の肩をポンと叩いた。
 そして颯爽さっそうと赤いドレスをひるがえし、私の前から姿を消した。

 残された私は唖然としたまま、ダゴダ先生の顔を見つめる。

「それで、ルーカスはどこにいるんですか?」

 ルーカスが生きている前提で交わされた会話。
 しかし、私は彼の姿を見ていない。

「あら、心配?若いっていいわね」

 ダゴダ先生はニヤリと笑う。

「そんなんじゃありません」
「えぇ、大丈夫よ。ほら、あなたのすぐそばにいるのよ」

 ダゴダ先生はそう言うと、隣に並ぶベッドとの間を隔てる白いカーテンを開けた。

「あ」

 そこにはスヤスヤと寝息を立てるルーカスがいた。
 目を閉じているので瞳の色は確認出来ない。けれど目の周りに浮かんだ黒い痣のような跡は消えているし、何より顔に人間らしい血色が戻っていた。

「ルーカスは、本当にもう大丈夫なんですか?」

 私は確認の意味を込め尋ねる。

「彼は今、魔力欠乏中。それからグール化した事により、身体が随分疲労した状態。だから自己回復中ってところかな」

 ダゴダ先生の言葉を聞きながら、私はルーカスの寝顔を見つめる。その顔は穏やかで、ただ眠っているようにしか見えない。

「多分最後の気力を振り絞ったんだろうから。しばらく目覚めないんじゃないかな。ほんと、若さって素晴らしいわ」

 ダゴダ先生が感嘆の声をあげる。

「どういう意味ですか?」
「そのままよ。彼があなたを抱えてここに来た時は、気力だけで何とか立っているって感じだったから。その気力って、あなたを想う気持ちでしょ?」

 ダゴダ先生の問いに、私は黙り込む。

(でも、その気持ちのせいで、ルーカスはグールとしての本能を刺激された可能性がある)

 だとすると、私という存在自体が、本人の意志とは別にルーカスにとって迷惑だという可能性がある。だったらもう関わらない方がいいのかも知れないと、私は思った。

「ま、深く考えなくていいわよ。彼もあなたも生きている。それが事実。今はしっかり休息することに専念しなさい」

 ダゴダ先生は無言でルーカスを見つめる私に布団を掛け直す。

「先生、私はこのまま、魔力をルーカスに与え続けてもいいのですか?」

 考えるより先に、私は尋ねていた。

「正直、私には確実な事は言えない。ただの保険医だし。だけど、あなたの魔力にはグールの力を封じる力がある事は確かよ。だからクリスタルのないこの学校で、ルーカス君は人と変わらず生活出来ている。少なからず、あなたが与える魔力のおかげなんじゃないかな」
「そうなのかな……」

 私はルーカスの寝顔を見つめながら、呟く。
 ダゴダ先生の言う事が正しかったとしたら、私まだルーカスの側にいても良いという事になる。

「グールが愛する者を取り込みたいと思うのは、グールの逃れられない欲求だと言われている。その事を哀れだとか、残酷な運命だと言う人もいる。だけど私はそう思わない」

 ダゴダ先生は力強く言い切る。

「だって誰かを愛すること。それって全て自分のものにしたいって思う、身勝手な独占欲の塊のことでしょ?その気持はグールの食べたい欲求と、何ら変わらないと思わない?」

 ダゴダ先生がニコリと微笑む。

「そう、ですね」

 確かに、誰かを好きになること。それはその人の全てを欲しいと願うことなのかも知れない。

(そして、全てを捧げてもいいと思うこと)

 それは私がルーカスにキスしてしまった時、自然に浮かんだ気持ちだ。

 どっちにしろ、傲慢ごうまんで自分勝手な思い。
 でもそれが、誰かを愛する事なのかも知れない。

(って、私は別にルーカスなんて……)

 どうしても嫌いだとは思えなくなっている自分の気持ちに気付く。そして私は、自分の中に芽生えた感情に、苦笑いを浮かべる。

「さて、私はそろそろ行くわね。何かあったらすぐ呼んで頂戴。ルーカス君との間。そのカーテンは閉めとく?」
「いえ、そのままで。ルーカスの様子がわかるし、もしまたグールになると、アレだし……」

 私は眠るルーカスを見つめながら、モゴモゴと歯切れ悪く伝える。

「やっぱり若いっていいわね。わかったわ。じゃ、また後でね」

 ダゴダ先生は笑顔と共に、ヒラヒラと手を振ると私の前から白いカーテンの向こうに消える。
 私とルーカスが並ぶベッドの周囲にぐるりと巡る白いカーテンが揺れ、ダゴダ先生の足音が遠ざかる。

 そして、部屋に静寂が訪れる。規則正しい呼吸音だけが響くカーテン内。

「ルーカス、私はここにいるから、安心して眠っていいよ」

 私は小さな声で話しかける。けれど、ぐっすり眠るルーカスは答えない。

 私はルーカスの呼吸音を聞きながら、彼の寝顔を眺める。そして、いつの間にか私もまた眠りに落ちたのであった。


 ***


 ルーカスの温室から火の手があがった。
 その事を知らされたのは翌日のこと。

(まさか温室ごと燃やすなんて)

 私は密かに、アリア校長先生のやり過ぎな生徒思いの心に怯えた。

 そしてどっちにしろ、マンドラゴラを失ったルーカスは、失意にうちひしがれる事になるという現実に気付く。

(でも、自分が彼らの生命を奪ったってこと)

 それよりは、良かったのかも知れない。
 私は自分にそう言い聞かせた。

 首元の傷はダゴダ先生が魔法で消し去ってくれた。

(だから、あのことは墓場まで秘密)

 私はしっかりと自分に言い聞かせたのであった。
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