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第五章 事件がいっぱい、学校生活(十五歳)
052 続く生命
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私は暗闇に浮かぶ赤いライトと共に、汗と煙と音楽に包まれた空間にいた。荒々しいドラムのリズムが私の体を揺らし、ギターの高音が耳の鼓膜を最大限刺激する。
観客は身をよじり、魔法のエフェクトを駆使した音と光のショーに圧倒されながらも、興奮を抑えきれずにいた。私の隣にいるナターシャも例外ではなく、ヘッドバンギングしながら、全身を包み込む、音楽に身を委ねている。
会場にいる観客はみな、『血みどろ紳士』が作り出す世界に没頭している最中だ。
ヴォーカルのブルーノの切ない声が、観客の心を揺さぶる。そしてブルーノが壮大に力強く感情を爆発させると、私達は歓声をあげジャンプする。
ステージ全体から放たれている熱気が全身に伝わり、私の心臓の脈打つスピードがどんどん速くなっていく。
「ルシア、最高じゃない?」
「うん、最高!!」
ナターシャと私は、この場でしか感じられない、特別な空気感に浸っていたのであった。
***
血みどろ紳士のライブが終了し、ナターシャと私はライブハウスの外に出た。頭上には夜空を彩る満天の星々と、青白く輝く月。
私は、グリーンヒル全体に漂う、ハニーワインの甘い蜜のような匂いを感じながら、大きく深呼吸をした。
「ねえ、ルシア。新曲やばくなかった?」
「わかる。『魔力血栓』だっけ?めちゃくちゃヘビーなラブソングだったよね」
「だよね。恋に落ちる気持ちを、相当やばい病気に例えるなんて、やっぱブルーノってば、天才だわ」
「恋を自覚した途端、死へのカウントダウンが始まるとか、超やばい、切ないし、クール!」
ナターシャと私は、首から下げたツアータオルで額の汗をぬぐいながら、先ほど聞いたばかりの新曲について語り合う。
「それからさ、二曲目の……あ、DMきた」
ナターシャは握ったマジカルデバイスの画面を即座に確認する。私はその姿を横目にし、キリルの言葉を思い出す。
『会う約束をして、約束場所に来た所を、集団で取り囲み、金を根こそぎ奪うという、そんな手口もあるようだ』
キリルの言葉通りの事が起こりつつあると、私は警戒する。というのも、ナターシャから聞き出した情報によると、明日予定しているブルーノとのデートのため、雇わなくてはならないボディガード代を、今日ライブ終了後にマネージャーが受け取りにくるとのことだから。
これは私にとって朗報だった。何故なら、ナターシャにお金を振り込まないよう説得する手間を、かけなくて良い事を意味するからだ。
しかも色々と信じるナターシャには悪いが、ライブ終了後にお金を回収しにくるマネージャーだという人物が詐欺師本人である可能性も高い。
(つまり、現行犯逮捕のち、ナターシャの目も自然と覚めるってこと)
流石に目の前で、犯人が詐欺した事を暴露すれば、ナターシャも偽りの恋に溺れていたと気付いてくれるはず。
よって私にとってみれは、今日はまさに勝負時という事になる。
本当なら、マンドラゴラ部隊の力を借りたい所だ。けれど、頼もしい彼らはもういない。
ルーカスも失意の中、新たなマンドラゴラの育成に励むと、前向きになってくれている。
だから私も詐欺師の件は、一人で決着をつけるつもりだ。
(不審な人物は……)
私は辺りを見渡し、怪しい人物がいないか探す。しかし周囲にいる人の多くは、血みどろ紳士のツアーTシャツにツアータオルを首から下げた、如何にもファンと言った感じだ。しかもライブの余韻に浸っているのか、みな興奮した様子でお喋りに夢中で、怪しい雰囲気は一切感じられなかった。
「どうしたの?ルシア?」
キョロキョロと辺りを見回す私を不審に思ったのか、ナターシャが尋ねてきた。
「いや、なんでもないよ。それよりマネージャーさんからDMがきたの?」
私は慌てて、笑顔を取り繕う。
「うん。青い鳥広場の噴水前で待ち合わせだって」
「なるほど。私も行っていいよね?だって帰り、一人は寂しいし」
私がそう言うと、ナターシャが私を小突く。勿論一人で帰れないというのは、ナターシャを一人にさせない為の嘘だ。
「一人で帰れないなんて、ルシアったらお子様ねぇ」
「そういうわけじゃ」
「でもまぁ、温室放火事件もあったし、何よりピザの呪いもあったしね」
「あー、うん、まぁ」
私は未だ決着のつかない、エリーザとの戦いを思い出し、顔を曇らせる。
こっちとしては正々堂々と白昼のもと、やり込めたい気持ち満々なのだが、いかんせん彼女はコソコソと、姑息な手を使い私に嫌がらせをしてくるのである。
しかも、こっちはルーカスの怒りを刺激しないよう、上手くやる必要があるわけで。
エリーザとの戦争は、こう着状態が続いていると言った感じだ。
「わかった、わかった。お金を渡すだけだし、すぐ終わるだろうから、一緒に帰ろ」
ナターシャはご機嫌で私の腕を組む。内心これから傷つく羽目になる事を思うと、私の僅かばかりの良心が痛む。
(でも、今回ばかりはお節介するから)
失恋した上にお金まで奪われるなんて最悪だ。
よって私はナターシャに恨まれてもいい。何としても、彼女に迫りくる悪を阻止してみせる。
(今はそれを最優先で頑張る)
山積みになった問題をひとまず放置し、気合を入れる。そして人混みで溢れる中、通りに植えられた木を見上げ、私は小さく首を振る。
(いるわけないじゃんか、私の馬鹿)
自然とマンドラゴラ部隊。ドラゴ大佐の姿を探す自分に苛々とする。
失った生命の代わりはない。
それでもやっぱり残されたほうは、思い出に縋ってしまう。
『元帥……ありがとう、私の友よ』
死を悟ったかのような、ドラゴ大佐の落ち着き払った声。それがルーカスに届くことはないという、無情な現実。
そして、それを選んだのは私だ。
(それでも)
私だけはしっかりと覚えていると、木の茂みを見つめる。
「ほら、よそ見しない!」
グィとナターシャに手を引っ張られる。
「そうだね」
私は足を大きく踏み出す。そしてナターシャと共に、ブルーローズ通りを下り、青い鳥広場を目指ししっかりと前を向いて歩くのであった。
***
青い鳥広場に到着したものの、まだマネージャーらしき人物は到着していないようだった。
「まだ来てないみたいね。良かったー。ちょっと安心しちゃったかも。お金出しておこうっと」
浮かれた様子のナターシャはバッグの中から財布を取り出す。
「あ、でも出して置くのは危ないか。ちょっと化粧室に行ってくる」
「え?」
「だってライブ後って最悪に近い状態でしよ?たとえマネージャだとしても、手を抜いたら悪女が廃るから。悪いけどルシアはここでそれらしい人が来るのを待ってて」
「ちょっと、ナターシャ!」
私が手を伸ばすも、彼女はひらりとそれを交わし、花の間を舞う蝶の如くあっという間に、人混みに紛れてしまった。
「それらしいって」
(全然わからないよ)
私は文句を言いつつ、噴水の淵に腰掛けた。
そしてぼんやりと空に浮かぶ月を眺める。
すると目の前に人影が落ちてきた。
「ねえ、君。可愛いね。今暇?」
見知らぬ男性に声をかけられた。
私は突然の事に戸惑いながらも、もしやコレが詐欺師か?と声の主を確認する。
噴水の淵に腰掛けた私の前に立つ男性の年齢は私より年上。二十代前半くらいに見える。よくあるチョコレートブロンドの髪で、瞳は黒。首には私達と同じ、血みどろ紳士のツアータオルをかけている。
ただ、一つ気になるのは男性の服装だ。高い襟元のブラックコートにトップハットは明らかに社会に馴染む側で、模範的な紳士社会に属する、または属したい気持ちを表すもの。
そこには血みどろ紳士ファン独特の、横並びの社会に対して異議を唱え、自己表現の自由を追求するためのアイテム、ピアスやトゲトゲしたスタッド。それから、ビーズや鉄のチェーンが絡みついたブレスレットなどが、一切見当たらない。
つまり、ナンパ目当てのにわかファンである可能性が高いということだ。
そもそも詐欺師なら、あんな風に軽い口調で声をかけたりしない気がする。
「あなたは誰かと待ち合わせですか?」
とりあえず確認してみる。
「まさか。待ち合わせしてたら君に声をかけないよ。ねぇ、暇なら」
「彼氏を待ってるので」
ナンパだと判断した私は、男の言葉を遮る。そして「コレでも食らえ」と、左手の薬指にはめたルーカスと揃いの指輪を顔の前に翳す。
「じゃ、連絡先を交換しない?」
めげない男はそう言って、マジカルデバイスをポケットから取り出した。
「どうして?」
「どうしてって、仲良くなりたいからだよ。血みどろファンで同じライブに参戦。それって運命を感じるだろ?」
「感じませんけど」
「……なんだよ。冷たい女だな」
「そうです、私は凍てつくほどクールな女ですから」
私は立ち上がりその場を離れようとした。けれど腕を掴まれ引き止められてしまう。
「離して下さい」
「いいじゃん、どうせ彼氏も来ないって」
男がそう言った直後、私の背後から聞き慣れた声が聞こえてきた。
「僕の彼女に触れるな」
振り返ると、ここにいるはずのないルーカスの姿があった。ルーカスは私の腕を掴む男の手を振り払うと、そのまま私を抱き寄せ歩き出す。
「ちょ、待って」
足を踏ん張り、彼を取り巻く状況を確認する。
現在温室ごとマンドラゴラを失ったルーカスは、マンドラゴラの生育に、徹夜する勢いで取り組んでいる。というのも、アリア校長先生より『ルーカス君の優秀な成績に考慮し、特別に』ともっともらしい理由をつけ、新しい温室を与えられたからである。
(完全に大人の事情)
かなり隠蔽された事情のせいなのだが、私がルーカスにそれを伝える日は来ない。
「ルーカス、マンドラゴラは」
(いないのに、どうして私の居場所が?)
素朴な疑問が湧いた。
「今日、株分けしたマンドラゴラ達が無事に花を咲かせたんだ。だから君に知らせたくて」
「株分け?」
私は意味がわからず首を傾げる。
「実はさ、植物を元気に保つために、根や茎を切り分ける事があるんだけど」
「うん」
「ドラゴ大佐達の側枝を魔法で保存してあってさ」
「え」
「勿論、光、温度、湿度、栄養なんかからの影響を感官から受ける。だから全く同じ性格になるかはわからない。だけど、彼らの遺伝子を持ったマンドラゴラには違いないから」
ふわりと微笑むルーカス。
「それって」
「うん、まだ彼らの遺伝子は生きてるってこと。上手く行ったから、君に早く知らせたくて」
「おめでとう、元気に育つといいね」
私は心から喜ぶ。詳しい事は良くわからない。
(でもまだ、ドラゴ大佐達は、生きてるってこと)
その言葉だけで十分だった。
観客は身をよじり、魔法のエフェクトを駆使した音と光のショーに圧倒されながらも、興奮を抑えきれずにいた。私の隣にいるナターシャも例外ではなく、ヘッドバンギングしながら、全身を包み込む、音楽に身を委ねている。
会場にいる観客はみな、『血みどろ紳士』が作り出す世界に没頭している最中だ。
ヴォーカルのブルーノの切ない声が、観客の心を揺さぶる。そしてブルーノが壮大に力強く感情を爆発させると、私達は歓声をあげジャンプする。
ステージ全体から放たれている熱気が全身に伝わり、私の心臓の脈打つスピードがどんどん速くなっていく。
「ルシア、最高じゃない?」
「うん、最高!!」
ナターシャと私は、この場でしか感じられない、特別な空気感に浸っていたのであった。
***
血みどろ紳士のライブが終了し、ナターシャと私はライブハウスの外に出た。頭上には夜空を彩る満天の星々と、青白く輝く月。
私は、グリーンヒル全体に漂う、ハニーワインの甘い蜜のような匂いを感じながら、大きく深呼吸をした。
「ねえ、ルシア。新曲やばくなかった?」
「わかる。『魔力血栓』だっけ?めちゃくちゃヘビーなラブソングだったよね」
「だよね。恋に落ちる気持ちを、相当やばい病気に例えるなんて、やっぱブルーノってば、天才だわ」
「恋を自覚した途端、死へのカウントダウンが始まるとか、超やばい、切ないし、クール!」
ナターシャと私は、首から下げたツアータオルで額の汗をぬぐいながら、先ほど聞いたばかりの新曲について語り合う。
「それからさ、二曲目の……あ、DMきた」
ナターシャは握ったマジカルデバイスの画面を即座に確認する。私はその姿を横目にし、キリルの言葉を思い出す。
『会う約束をして、約束場所に来た所を、集団で取り囲み、金を根こそぎ奪うという、そんな手口もあるようだ』
キリルの言葉通りの事が起こりつつあると、私は警戒する。というのも、ナターシャから聞き出した情報によると、明日予定しているブルーノとのデートのため、雇わなくてはならないボディガード代を、今日ライブ終了後にマネージャーが受け取りにくるとのことだから。
これは私にとって朗報だった。何故なら、ナターシャにお金を振り込まないよう説得する手間を、かけなくて良い事を意味するからだ。
しかも色々と信じるナターシャには悪いが、ライブ終了後にお金を回収しにくるマネージャーだという人物が詐欺師本人である可能性も高い。
(つまり、現行犯逮捕のち、ナターシャの目も自然と覚めるってこと)
流石に目の前で、犯人が詐欺した事を暴露すれば、ナターシャも偽りの恋に溺れていたと気付いてくれるはず。
よって私にとってみれは、今日はまさに勝負時という事になる。
本当なら、マンドラゴラ部隊の力を借りたい所だ。けれど、頼もしい彼らはもういない。
ルーカスも失意の中、新たなマンドラゴラの育成に励むと、前向きになってくれている。
だから私も詐欺師の件は、一人で決着をつけるつもりだ。
(不審な人物は……)
私は辺りを見渡し、怪しい人物がいないか探す。しかし周囲にいる人の多くは、血みどろ紳士のツアーTシャツにツアータオルを首から下げた、如何にもファンと言った感じだ。しかもライブの余韻に浸っているのか、みな興奮した様子でお喋りに夢中で、怪しい雰囲気は一切感じられなかった。
「どうしたの?ルシア?」
キョロキョロと辺りを見回す私を不審に思ったのか、ナターシャが尋ねてきた。
「いや、なんでもないよ。それよりマネージャーさんからDMがきたの?」
私は慌てて、笑顔を取り繕う。
「うん。青い鳥広場の噴水前で待ち合わせだって」
「なるほど。私も行っていいよね?だって帰り、一人は寂しいし」
私がそう言うと、ナターシャが私を小突く。勿論一人で帰れないというのは、ナターシャを一人にさせない為の嘘だ。
「一人で帰れないなんて、ルシアったらお子様ねぇ」
「そういうわけじゃ」
「でもまぁ、温室放火事件もあったし、何よりピザの呪いもあったしね」
「あー、うん、まぁ」
私は未だ決着のつかない、エリーザとの戦いを思い出し、顔を曇らせる。
こっちとしては正々堂々と白昼のもと、やり込めたい気持ち満々なのだが、いかんせん彼女はコソコソと、姑息な手を使い私に嫌がらせをしてくるのである。
しかも、こっちはルーカスの怒りを刺激しないよう、上手くやる必要があるわけで。
エリーザとの戦争は、こう着状態が続いていると言った感じだ。
「わかった、わかった。お金を渡すだけだし、すぐ終わるだろうから、一緒に帰ろ」
ナターシャはご機嫌で私の腕を組む。内心これから傷つく羽目になる事を思うと、私の僅かばかりの良心が痛む。
(でも、今回ばかりはお節介するから)
失恋した上にお金まで奪われるなんて最悪だ。
よって私はナターシャに恨まれてもいい。何としても、彼女に迫りくる悪を阻止してみせる。
(今はそれを最優先で頑張る)
山積みになった問題をひとまず放置し、気合を入れる。そして人混みで溢れる中、通りに植えられた木を見上げ、私は小さく首を振る。
(いるわけないじゃんか、私の馬鹿)
自然とマンドラゴラ部隊。ドラゴ大佐の姿を探す自分に苛々とする。
失った生命の代わりはない。
それでもやっぱり残されたほうは、思い出に縋ってしまう。
『元帥……ありがとう、私の友よ』
死を悟ったかのような、ドラゴ大佐の落ち着き払った声。それがルーカスに届くことはないという、無情な現実。
そして、それを選んだのは私だ。
(それでも)
私だけはしっかりと覚えていると、木の茂みを見つめる。
「ほら、よそ見しない!」
グィとナターシャに手を引っ張られる。
「そうだね」
私は足を大きく踏み出す。そしてナターシャと共に、ブルーローズ通りを下り、青い鳥広場を目指ししっかりと前を向いて歩くのであった。
***
青い鳥広場に到着したものの、まだマネージャーらしき人物は到着していないようだった。
「まだ来てないみたいね。良かったー。ちょっと安心しちゃったかも。お金出しておこうっと」
浮かれた様子のナターシャはバッグの中から財布を取り出す。
「あ、でも出して置くのは危ないか。ちょっと化粧室に行ってくる」
「え?」
「だってライブ後って最悪に近い状態でしよ?たとえマネージャだとしても、手を抜いたら悪女が廃るから。悪いけどルシアはここでそれらしい人が来るのを待ってて」
「ちょっと、ナターシャ!」
私が手を伸ばすも、彼女はひらりとそれを交わし、花の間を舞う蝶の如くあっという間に、人混みに紛れてしまった。
「それらしいって」
(全然わからないよ)
私は文句を言いつつ、噴水の淵に腰掛けた。
そしてぼんやりと空に浮かぶ月を眺める。
すると目の前に人影が落ちてきた。
「ねえ、君。可愛いね。今暇?」
見知らぬ男性に声をかけられた。
私は突然の事に戸惑いながらも、もしやコレが詐欺師か?と声の主を確認する。
噴水の淵に腰掛けた私の前に立つ男性の年齢は私より年上。二十代前半くらいに見える。よくあるチョコレートブロンドの髪で、瞳は黒。首には私達と同じ、血みどろ紳士のツアータオルをかけている。
ただ、一つ気になるのは男性の服装だ。高い襟元のブラックコートにトップハットは明らかに社会に馴染む側で、模範的な紳士社会に属する、または属したい気持ちを表すもの。
そこには血みどろ紳士ファン独特の、横並びの社会に対して異議を唱え、自己表現の自由を追求するためのアイテム、ピアスやトゲトゲしたスタッド。それから、ビーズや鉄のチェーンが絡みついたブレスレットなどが、一切見当たらない。
つまり、ナンパ目当てのにわかファンである可能性が高いということだ。
そもそも詐欺師なら、あんな風に軽い口調で声をかけたりしない気がする。
「あなたは誰かと待ち合わせですか?」
とりあえず確認してみる。
「まさか。待ち合わせしてたら君に声をかけないよ。ねぇ、暇なら」
「彼氏を待ってるので」
ナンパだと判断した私は、男の言葉を遮る。そして「コレでも食らえ」と、左手の薬指にはめたルーカスと揃いの指輪を顔の前に翳す。
「じゃ、連絡先を交換しない?」
めげない男はそう言って、マジカルデバイスをポケットから取り出した。
「どうして?」
「どうしてって、仲良くなりたいからだよ。血みどろファンで同じライブに参戦。それって運命を感じるだろ?」
「感じませんけど」
「……なんだよ。冷たい女だな」
「そうです、私は凍てつくほどクールな女ですから」
私は立ち上がりその場を離れようとした。けれど腕を掴まれ引き止められてしまう。
「離して下さい」
「いいじゃん、どうせ彼氏も来ないって」
男がそう言った直後、私の背後から聞き慣れた声が聞こえてきた。
「僕の彼女に触れるな」
振り返ると、ここにいるはずのないルーカスの姿があった。ルーカスは私の腕を掴む男の手を振り払うと、そのまま私を抱き寄せ歩き出す。
「ちょ、待って」
足を踏ん張り、彼を取り巻く状況を確認する。
現在温室ごとマンドラゴラを失ったルーカスは、マンドラゴラの生育に、徹夜する勢いで取り組んでいる。というのも、アリア校長先生より『ルーカス君の優秀な成績に考慮し、特別に』ともっともらしい理由をつけ、新しい温室を与えられたからである。
(完全に大人の事情)
かなり隠蔽された事情のせいなのだが、私がルーカスにそれを伝える日は来ない。
「ルーカス、マンドラゴラは」
(いないのに、どうして私の居場所が?)
素朴な疑問が湧いた。
「今日、株分けしたマンドラゴラ達が無事に花を咲かせたんだ。だから君に知らせたくて」
「株分け?」
私は意味がわからず首を傾げる。
「実はさ、植物を元気に保つために、根や茎を切り分ける事があるんだけど」
「うん」
「ドラゴ大佐達の側枝を魔法で保存してあってさ」
「え」
「勿論、光、温度、湿度、栄養なんかからの影響を感官から受ける。だから全く同じ性格になるかはわからない。だけど、彼らの遺伝子を持ったマンドラゴラには違いないから」
ふわりと微笑むルーカス。
「それって」
「うん、まだ彼らの遺伝子は生きてるってこと。上手く行ったから、君に早く知らせたくて」
「おめでとう、元気に育つといいね」
私は心から喜ぶ。詳しい事は良くわからない。
(でもまだ、ドラゴ大佐達は、生きてるってこと)
その言葉だけで十分だった。
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