復讐の始まり、または終わり

月食ぱんな

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第七章 最後の学生生活(十六歳)

067 覚醒する

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 謎の赤い液体を飲み干したギルバート。その状況を目の当たりにし、蜘蛛の子のように散っていったリリアナと取り巻き達。勿論その中には、ギルバートとつるんでいる仲間も入るわけで。

 つまり私は一人、青ざめ、やたら気分の悪そうなギルバートと取り残されたという状況だ。

「だ、大丈夫なわけ?」

 敵対しているとは言え、ここで死なれても困ると、私は一応声をかけてみる。

「ぐっ、くぅ」
「ちょっと、何を飲んじゃったのよ」

 胸を掻きむしるギルバートに、私は焦りを覚える。

「ぐぁああああっ」
「やだ、しっかりして」

 苦しみ悶えるギルバートに、私は思わず手を差し伸べる。

「ぐふっ、ぐぐ……」

 ギルバートは私の手を払うと、キッと睨みつけてきた。しかしその瞳は、見慣れたギルバートのものではなかった。

「あ」

 私はかつて今のギルバートと同じ、真っ赤に染まる瞳に睨まれた時の事を思い出す。

 あれは確か、ルーカスがグール化した時の事だった。

「うそ、グール化しちゃったってこと?」

 息を荒くしたギルバートは何も答えず、ただ静かに私を見下ろす。

 ギルバートは肌の色も白く代わり、目の下に黒い模様がにじんでいる。私を睨みつけるその顔つきは、明らかに人間のものではない。

「この状況、やっぱ私を食べるつもりって事だよね」
「グルルル……」

 ギルバートが喉を鳴らすような声を出す。そして、ゆっくりと私に向かって手を伸ばした。

「エサ……ガァアアッ」

 ギルバートが失礼極まりない事を口にし、私に飛びかかってくる。

「ひゃっ」

 間一髪、私はギルバートの鋭い爪を避け、床に転がるようにして避けた。

「グゥウウッ」
「ちょっと、危ないじゃない」

 私の抗議を完全に無視し、ギルバートは再びこちらに飛びかかってくる。

「ちょっと、落ち着いて」

 戸惑いつつも、私は必死にギルバートを避け、いつでも攻撃できるよう、右手に杖を召喚する。

(でも、いいのかな)

 私はフェアリーテイル魔法学校、ブラック・ローズ科の生徒で、現地実習中。

(ここで私が魔法を使って、もしギルバートを傷つけたら)

 ブラック・ローズ科の先生達に迷惑がかかるのではないだろうか。

 私の脳裏に、懸念けねんする気持ちが浮かぶ。

 しかしグールと化したギルバートは、真っ赤な瞳で私を捉え、私を食べようとする気満々だ。

「ダメだ。迷ってる場合じゃない」

 私は覚悟を決め、杖を握りなおす。

ワセロォオオオッ」
「そんな簡単に食べられるもんですか」

 ギルバートが私に牙を向け、襲いかかってくる。それを紙一重でかわすと、勢いよく足を振り上げた。

「えいっ」
「グッ」

 私の蹴りが見事、ギルバートの鳩尾みぞおちに入る。そしてそのまま、杖を構える。

「悪いけど、ここで食べられる訳には、いかないから」

 私はギルバートに向かって、魔力を込めた杖の先を向けた。

「エレクトリックストーム!!」

 空から地上にいるギルバートに向け、私の渾身こんしんなるいかずちが一直線に落ちた。

「ギャッ」

 ギルバートの体にバチッという音と共に、激しい電流が流れる。

「グアアアーッ」

 ギルバートは悲鳴を上げながら、その場に倒れた。

「こ、これで大丈夫。案外楽勝的な?」

 私はホッと息をつく。そして、ギルバートの様子を確認するため、近づこうとした時だった。

「ガルルッ」

 突然うめき声をあげるギルバート。

「うそ、まだそんな元気があるの!?」
「グルルルル」

 けもののような雄叫びをあげると、恐ろしい速さで起き上がる。

「きゃっ」

 ギルバートは素早い動きで私に迫り、鋭い爪で攻撃を仕掛けてくる。

「ちょっ、まっ」

 あり得ない速度とパワーに、私は本気で、生命の危機を感じた。

「ウィンドカッター!」

 咄嵯とっさに風の刃を放つも、あっさり避けられてしまう。

 それどころかギルバートは体格に似合わず俊敏な動きで、私の後ろに回り込む。

「うわ、間に合わない!!」

 ギルバートは、振り返った私に対し、大きな体で覆い被さるように襲いかかってきた。私は咄嗟に杖を構えようとするも、間に合わない。その結果、無様にも、地面に押し倒されてしまった。

「いたたっ」

 背中を強く打ち付け、鈍痛が私を襲う。

「くっ……」

 私はなんとか逃れようと、手足をジタバタさせ抵抗するも、力の差がありすぎてビクともしない。

 そんな私を小馬鹿にするよう見下ろしたギルバートは、舌なめずりをし、私に手を伸ばす。

「ガアアッ」
「うわぁあっ」

 ギルバートは私の足を両手で掴む。そして、まるで棒切れを投げるように、私を壁へと投げつけた。

「キャッ」

 またもや背中を壁に強く打ち付け、私は悲鳴を上げる。しかし今度はあわや大惨事となる寸前で、自分に防御魔法をかけた。その結果、何とか死は免れたようだ。

 とは言え。

「いったぁ」

 痛いものは、痛い。私は、痛みに顔を歪めながら、何とかその場で立ち上がる。しかしいつの間にか、私の目の前には、ギルバードが立っていた。

「エサ、クウ」

 ギルバートは、よだれを垂らしながら、私の手首を掴む。そしてその手首を、壁に縫い付けるようにして押さえつけてきた。

「ちょっ、離しなさいよ」

 私はじたばたともがくが、ギルバートの力には敵わない。

「グルルッ」

 ギルバートが、まるで獲物の鮮度を確認するかのように、私の首筋を舐める。

「ひゃっ」

 ぞわりとする感覚に、思わず変な声が出てしまう。

 そんな私の様子に、ギルバートは満足そうに目を細める。そして今度は私の首元へ牙を突き立てようと大きく口をあけた。

「やめて!」

 渾身の力を振り絞り必死に抵抗すると、ギルバートは私の腕を急に手放した。

(今がチャンス)

 私は逃げようと足を踏み出す。しかし、ギルバートの太い腕はしっかりと私の肩を掴む。そして私を再び壁に押し付けた。

「ガアアッ」

 イライラした様子で、獣のような雄叫びをあげるギルバート。完全に自我を失ったらしきギルバートの赤い瞳が、冷酷に私を見下ろしている。

「やだ、食べないで」

 恐怖からか、体が震える。

「グルル……」
「ひっ」

 ギルバートの尖った歯が、私の首筋に触れると同時に、鋭い痛みが全身に走る。そして首筋に生暖かい何かが流れていくのを感じた。

「あ……ああ」

 私はあまりの痛さに声にならない声を出す。ギルバートが喉を鳴らす音が聞こえ、私の口の中に逆流してきたのか、血の味が広がった。

 そして私は突然、吐き気に襲われる。

(ここで終わりなんて……)

 悔しさと絶望感で涙が溢れそうになる。私はぎゅっとまぶたを閉じる。

(ごめん、ルーカス)

 どうせ餌になるのであれば、彼に食べられたかった。それに、両親を苦しめた、この国に復讐も出来ないなんて。

(こんな風に、死にたくない)

 何よりムカつくのは、夏休みにがむしゃで自分を鍛えた筈なのに、呆気なくやられてしまっているということ。

(何でグールに食べられなくちゃいけないのよ!!)

 無念に思う気持ちが、激しい痛みと共に私の全身を駆け巡る。

(グールなんか、いなければ)

 私の心にたった一つ、譲れない感情がどこからともなく込み上げる。

『グールなんかいなければいいんだ』

 強くそう思った瞬間、私の体の中を、一筋の魔力が駆け巡った気がした。

「グール、なん、か」

 私の思考はグールを憎む気持ちに囚われる。そして、突然私の体から、普段感じた事のないたぐいの、おどろおどとした魔力の塊が溢れ出す。

 私の体から飛び出した魔力は、まるで魔法陣のように、私を中心に広がっていく。

 それと同時に、先程まで私を襲っていた痛みを、全く感じなくなった。それどころか、体中を魔力が駆け巡り、次々と傷む部分が修復されていくのを感じた。

『グールは全て排除しなければならない』

 ふいに誰かの声が、頭の中で響く。

「確かにその通りだわ」

 誰かに無理強いされたわけでもなく、私は自然とその言葉を受け入れ、納得する。

「グールは、排除しなければ、ならない」

 心の声が呪文となり、私の杖の先から眩しい光が発せられた。

「ぐぅううううっ」

 ギルバートが苦しそうな声をあげ、よろめきながら私から離れる。そして頭を抱え、よろよろと後退した。

 そんなギルバートを冷静な気持ちで見つめ、私は思う。

「グールは排除しなければならない。殺さなきゃ。そう、始末しなくちゃいけないんだわ」

 私は自分に言い聞かせるように呟く。

「だから、あなたには、死んでもらわなくちゃ」

 私の目に映るのは、もはやギルバートではない。
 だだのおぞましい、あくしき物体だ。

「排除しなくちゃ」

 私は消えろと念じ、杖を振る。すると私の構えた杖の先から、まばゆい光の刃が飛び出した。

 飛び出した光の刃はおぞましい物体へと容赦なく襲いかかる。

「ギャアアーッ」

 断末魔の叫びを上げながら、おぞましいと感じた何かは真っ二つに切り裂かれた。
 その瞬間、私は長い間忘れかけていた「殺さないと」、そんな脅迫観念じみた思いが解放され、やり遂げたという、開放感に上書きされるのを感じた。

 ピチャリと私の頬に、生暖かい液体がかかる。それは鉄臭くて、とても嫌な臭いがした。

「はぁ、はぁ、はぁ」

 血の匂いが鼻を掠り、自分の乱れた呼吸が大きく響く。

「はぁ、はぁ、はぁ」

 私は頬に飛んできたモノを手で拭うと、自分の手についたソレをじっと見つめる。

「血だ」

 生まれて初めて見た、グールから飛び出した赤黒い液体。

「赤い」

 人間のそれと変わらない血が私の手についている。
 その事に気付いた途端、全身に鳥肌が立ち、吐き気がこみ上げてくる。

「うっ」

 私は耐えきれずに、その場に嘔吐おうとしてしまった。

 はぁ、はぁ……」

 口元を袖口で拭い、肩で息をしながら、呼吸を整える。

「一体これは……」

 振り返ると、そこには見慣れた人物が立っていた。

「……ルーカス」

 驚きで目を見開く彼の名を、私は安堵する気持ちで呟く。

「ルシア、一体何が……」
「ルーカス、わたし」

(食べられそうになったの)

 そう答えようとした。

 けれど私は全身からふと力が抜けるのを感じ、そこから先、世界が暗転してしまったのであった。
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