復讐の始まり、または終わり

月食ぱんな

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第七章 最後の学生生活(十六歳)

066 リベンジしたい

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 クリスタルによって食べたいという欲求を抑えられているグールは、人間と変わらない見た目をしている。

 そのせいもあり、グリフォンに騎乗し、空から見下ろすローミュラー王国は、種族で線引きなどされていない、一つにまとまった国に見えた。けれど、実際は私が思っているよりずっと、グールと人間の間には、大きな壁がへだたれているという事実を、私は日々、痛感している。

 しかしそれは私には関係のないことだ。むしろ、両親を追い出した国が、自ら崩壊していくさまは、願ってもいない状況だと言える。

 それより私が今一番気にすべきは、淑女科に所属するリリアナと、どうしたら遭遇できるかということ。

「交流会なんて、待てないんだけど」

 先程受けた騎士科の授業で、紅一点であった私は一人、蜘蛛の巣の張るさびれたシャワー室に向かいながら頭を悩ませる。

「でも、堂々と殴り込みするのはまずいしなぁ」

 前回、私がエリーザに階段から突き落とされた時、彼は見事にグール化した。

「あれは私の血に反応したっぽいし」

 階段から見事、転がり落ちた時に負った怪我を見て、ルーカスはグールな欲望を堪えきれなくなっていたように思う。

 よって同じ失敗は繰り返したくはないし、ルーカスをあまり刺激したくもない。

 つまり、階段から突き落とすという案は却下。

「そもそも階段から突き落とすなんて、クールな復讐じゃないし」

 あれはひと昔前に流行った、嫌がらせの方法だ。

 先人達が考案した嫌がらせは、効果覿面こうかてきめんではあるが、いまいち古臭い。出来ればオリジナルの、前人未踏ぜんじんみとうかつ、斬新な仕返しをしたいところだ。

 しかし、仕返しするにも、騎士科が淑女科と接点を持つ事はない上に、私とリリアナは、人間とグールという、大きな隔たりがある。

(というか、リリアナってグールだったんだ)

 食堂でグール側にいるリリアナを思い出し、意外に思うと共に、色々と合点がいくような気がした。

 何よりリリアナをルーカスの相手とすれば、ランドルフの目指す、グールに優位な世界はますます構築されるだろう。何故なら、産まれてくるであろう子は、グールになる可能性が高い。つまり、このまま何もなければ、グールの国王が、三代も続く事になるからだ。

「なるほど、モリアティーニ侯が、ルーカスの相手に、私を押すのもわからなくはないか」

 私と結婚すれば、ルーカスと私の子はグールにはならない。何故なら私がグールを拒絶する体質だからだ。

「ま、何にせよ、この国は、面倒くさいことになってると言うわけね」

 色々と納得する私の前に、突然人影が現れた。

「まさか、ルシアという子が、本当に存在していたなんて」

 研ぎ澄まされた刃のように鋭い視線で、私を睨みつけているのは、リリアナだ。
 こういう時の定番。彼女の背後には取り巻きと思われる女子生徒が数人ほど待機している。

 その姿を確認しながら私は震える。

(まさか、こんなチャンスに恵まれるなんて!罪深き、悪の神様、ありがとう!!)

 思わず笑みを浮かべそうになるのをぐっと堪え、私は、彼女をまっすぐに、見つめ返した。

「存在?え、一体何のことですか?」

 私は首を傾げ、全力でとぼける。

 何故なら私はリリアナを知っているが、彼女はマンドラゴラ状態の私しか知らないはずだからだ。よって、ここで「お久しぶり」などと呑気に挨拶するわけには、いかないのである。

「しかもこんな、冴えない子だなんて。ルーカス殿下の趣味はあまり良いとは言えないみたい」

 私の問いかけを完全に無視するリリアナ。これはいただけない態度だ。

「リリアナ様、殿下はグールでありながら、植物を愛でる事を趣味とされている方ですもの。ごくごく一般的な美的感覚はお持ちではないのかも知れないわ」
「ふふ、出来損ないのグールですものね」

 ホホホホと扇子を口元に当て、高らかに笑う集団。どうやら扇子というアイテムは、令嬢にとって国境を超えた、必須アイテムらしい。

「殿下という肩書がなかれば、リリアナ様には到底勿体ない人物ですものね」
「確かに」

 くすくすと笑い合う声に、私はわざとらしくため息をつく。

「可哀想に……」

 私はおでこに手を当て、同情するように首を振った。そんな私の反応に、リリアナ達は矢継ぎ早に言葉をぶつけてきた。

「どういう意味かしら?」
「何が可哀想なのよ」
「そうよ」
「ちゃんと言いなさいよ」

 パチリと扇子を畳んだ面々は、数の暴力とばかり私に詰め寄る。

「あなた達は所詮、この国から出られない存在。だって他の国に行けば、グールだとわかった瞬間、人間の敵として、あっさり殺されてしまうもの」
「なっ!」
「それなのに、自分達を守る側の王子を悪く言うなんて、とっても可哀想な人達なのね」

 私の挑発的な言葉に、顔を真っ赤にして怒るリリアナ達。

「何て失礼な女なの!」
「生意気な」
「身の程知らずめ」
「いい加減にしなさいよ」

 口々に飛び交う罵りの言葉。けれど、私は動じることなく、冷めた目で彼女達の罵倒ばとうを受け止めた。

(むしろもっと浴びせてって感じなんだけど)

 ブラック・ローズ科で学ぶ私にとってみれば、罵倒……すなわちそれは、称賛と等しい言葉だ。

「言いたい事はそれで終わり?それとも真実だから言い返せないってこと?」

 私はフフンと鼻を鳴らす。

「おい、調子に乗るなよ」

 突然男の声がして振り向くと、何故かギルバートが仲間を連れ立っていた。

(チッ、折角これからお楽しみって時に)

 空気が読めない男だと、私はギルバートを睨みつける。

「昼間は良くもコケにしてくれたな。お前のような奴がいるから、ルーカス……あいつは調子に乗ってんだよ」
「……は?」

 私の素の反応に、ギルバートは眉をひそめる。

「なんだその態度は」
「別に。特に深い意味はないわ。それに図体だけ立派。脳みそが発達途中のあなたには、何を言っても理解してもらえそうにないし」
「てめぇ」

 ギルバートは怒りに任せ、私に向かって拳を振り上げた。けれど私は慌てることもなく、ギルバートの攻撃をひらりとかわす。

「遅いし、見た目ほど力もない。ただの人間であるロドニールの方がずっと、強かったみたい」

 私のあおりを受け、みるみるギルバートの顔が赤く染まる。

「お前ッ……くっ」

 突然ギルバードがワナワナしながら、胸を抑えた。

「やだ、怒りで心臓発作的な?」

 ここで死なれても困ると、私はギルバートの様子を観察する。すると、彼は苦しそうな表情を浮かべながらも、口元に怪しい笑みを浮かべた。

「残念、だった、な……お前は、俺を、見誤って、いる」
「どういうこと?」

 息も切れ切れと言った感じで話すギルバートに、私は問い返す。すると、ギルバートは震える手でポケットから小瓶を取り出した。

 まるで人間の血のように見える真っ赤な液体に、嫌な予感を感じつつも、釘付けになる。

「一応聞くけど、それはなに?」
「まずいわ、ギルバート様がBGビージーを飲もうとしてる!!」

 リリアナが大声で叫ぶ。

「きゃー」
「逃げて」
「退避」
「安全な場所へ!!」
「柱の影に」

 リリアナの叫びに、その場にいた取り巻き達が、蜘蛛の子を散らしたように逃げていく。その光景に唖然としつつ、私は逃げようと足を踏み出した、リリアナのスカートをむんずと掴む。

「キャッ、ち、ちょっと、離して、離しなさいよ」
「なんでみんな、こんなにも慌ててるの?ねぇ、BGって何?」
「し、知りませんわ」

 リリアナは私の手を扇子で思い切り叩く。

「痛っ」
「せいぜい、無事だといいわね。じゃ、ご、ごきげんようーー」

 私がスカートから思わず手を離した瞬間、リリアナは脱兎のごとく走り去っていく。
 結果、私は、わけもわからず、一人取り残されているという状況だ。

「えっ……ちょっと待ってよ。無事だとって、どういうことよ」

 BGというのは一体何なのか。そして何故取り巻き達は血相を変えて逃げていったのか。

(説明しないで逃げるなんてひどくない?)

 私は唖然あぜんとし、その場で立ち尽くすのであった。
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