復讐の始まり、または終わり

月食ぱんな

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第八章 別れと再会(十九歳)

071 見透かされる

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 自室にて、二代目ドラゴ大佐とじゃれ合っていたところ、私の部屋が遠慮がちにノックされた。反射的にドアに顔を向ける。

「ルシア少佐、いますか?」

 扉の向こうからドラコ大佐と先程まで話題にしていた人物。ロドニールの声がした。

「いるよ。空いてるからどうぞ」
「ドラゴ大佐は?」
「いる。だから早く入って」

 騎士科出身がおちいりやすい、紳士的な態度に、私はイラつく。何故なら戦場では一瞬の判断で生死が分かれるからだ。

 そして忠実なる下僕げぼくであり、仲間でもあるロドニールは、いつも私の事を優先しがちだ。

 その事に関し、私は常日頃から彼に、「自分を優先しろ」と言っているのだが、どうにも彼は言う事を聞いてくれないのだ。どうやら、忠実なる下僕にも反抗期はあるようだ。

「失礼します」
「あのね、私には変な気を遣わないで」

 ロドニールが部屋に入ってきた途端、私は小言をぶつける。

「了解です、少佐」

 笑顔で答えるロドニール。

(絶対効いてない)

 いくら私が冷たい態度をとっても、ロドニールは決して嫌な顔をしない。

 ルーカスしかり、ロドニールしかり。私の周囲をうろつく男性は、どこかM気質なのかも知れない。

(いや、むしろそういう人以外は私を避けてるとか?)

 その事に気付いた私は、今の気付きを無かった事にしようと、思考を切り替える。

「少佐とか、それもなし。今は就業終了なんだから」
「わかった」
「まぁ、座って」

 ロドニールはもはや私の部屋における、彼の定位置となる、机の前に置かれた椅子をこちらに向けたのち、深く腰を下ろす。
 ベッドの際に腰をかける私と向かい合うロドニールは、白いシャツと緑色のパンツ。それから黒いブーツというラフな姿だった。

 服装から判断するに、緊急召集などの知らせを持ってきた、というわけではなさそうだ。

「それでどうしたの?」
「しょう……ルシア様の怪我の具合はどうかなと思いまして」
「あ、これ?」

 私は目元に当てていた布を外す。

「うわ、かなりザックリいってますね」

 ロドニールは眉間にシワを寄せながら、私に身を寄せると、傷口を覗き込んできた。思いの外、近い距離にいるロドニールの顔を観察する。

 一年前に出会った時と比べ、すっかり大人びた顔立ちになった彼は、その整った容姿と相まり、まるで絵本に出てくる王子様のようだ。

(相変わらず綺麗な肌してるなぁ)

 それに比べ、私はこの一年傷ばかり作っている。別にどこに傷ができようと、心臓さえ動いていればいい。そう思い戦っているからだ。

「痛くないんですか?」
「うん、痛み止め飲んでるし。見た目ほど酷くない」
「そうですか。傷口が綺麗に治るとうわさの薬を持ってきたので、塗らせて下さい」
「ありがと」

 私は素直に礼を言う。

「いえ」

 満足気に微笑むロドニール。

「ねぇ、やっぱり女の子は顔に傷があるとまずいの?」

 ドラゴ大佐に続き、ロドニールにまで傷口を心配された私は、何気なく尋ねる。

「統計的に見たら、やはり気にする人は多いでしょうね。私は気にしませんけど」

 ロドニールは、取り出した小瓶から薬を人差し指の上に乗せる。

「気にしない。それなのに、どうして傷口が治る薬なんて持ってきてるの?」
「薬を持ってくれば、ルシア様に会えるからです」

 そう言って、ロドニールは私の左目のキワに出来た傷口に、そっと薬を乗せる。私は反射的に両目を閉じた。

「そんなせこい事しなくても、私はいつでもロドニールならウエルカムよ」
「そういう、気を持たせるような事は、あまり言わない方がいいですよ」
「気を持たせてるわけじゃないわ。本当の事よ」

 私は目を閉じたまま、口角を上げて笑う。するとロドニールの息を飲む音が聞こえてきた。

「それはどういう意味ですか?」
「そのままの意味」

 私はゆっくりとまぶたを開く。

「あなたも、モリアティーニ侯から聞いたんじゃないの?」
「…………」

 私の指摘は図星だったらしい。
 ロドニールは前かがみになっていた体を起こすと、視線を床へと向ける。

「私は好きとか、そういう気持ちが良くわからない。だけどフォレスター家に生まれた者の責務として、子を成すこと。それから、今の混乱した世の中を引き起こしたこと。少なくともその二つの責任は、感じているつもりよ」

 言いながら、ルーカスの事が頭をよぎる。

「ルシア様、しかし」
「それに、ロドニールならいいかなとも思う。この一年、何度も私を助けてくれたし。あなたになら、背中を任せていいと思えるし」

 何か言いかけたロドニールに言葉をかぶせる。

 今口にした言葉。これは本当の気持ちだ。ルーカスがいない今、相手を選べと言われたら、私は迷わず、いつも側にいてくれるロドニールを選ぶから。

 返事を待つ私に、ロドニールは困ったような顔になる。そしてため息を一つ付いた後、形の良い、その口を開いた。

「ルシア様、そのお気持は嬉しいです。私もあなたを好きですから。けれどあなたは目の前に積み重なる問題を片っ端から仕分ける。それと同じ気持ちで、私と結婚しようとしていますよね?」

 ロドニールがこちらに向き直り、私に問う。
 探るような視線に耐えられず、私はスッと視線をそらす。

「ルシア様、お茶の用意ができました」

 絶妙なタイミングでドラゴ大佐が、私に声をかける。

「こちらに置いておきます」

 ドラゴ大佐は、自慢げな顔で机の上にティーセットを置いた。

「ありがと」

 感謝を込めた視線を、ドラゴ大佐に送る。
 すると、ドラゴ大佐は心得ているとばかり、私にウインクを返してきた。

「もしかして私は」

 私は立ち上がり、机の上に置かれた逆さになった紅茶カップをひっくり返す。

「……ロドニールを傷つけているのかな」
「いえ、傷ついているのは私ではなく、あなたですよ」
「なんで?」
「ルシア様は、優しい方ですから」
「そんな事ない。私は優しくなんてないわ」

 私はティーポットの隣に置かれた、茶葉の蒸らし時間を測るための砂時計を見つめる。

「正直、ルシア様はこの一年。正しくはルーカス殿下が行方不明になってから、まるで死に急ぐよう、生きているように見えます。祖父が言う、私との話だって、そんなに急いで事を運ぼうとしているのは、あなたのその美しく、青く澄んだ瞳には、未来が見えていないからですよね?」

 ロドニールの言葉は、私の心の奥底を的確に突いていた。

 サラサラと落ちていく砂時計の黄色い砂を眺めながら、私はこの一年を振り返る。

 確かに私はルーカスが消えてから調子が悪い。

(いつも、迷惑だって思ってたし)

 今までルーカスが私を好きで、彼が私を追いかけているのだと思っていた。

 だけど、実際は私が彼に依存していた。
 その事に気付いた時にルーカスはもういなくて。

 私の中の何かが崩れ落ちた気がする。

 自分に課せられた罪と、責務。それに必死になる事で、誤魔化している。だけど、結局のところ今の私は惰性だせいで生きている。

「そうかもね」

 私は短く答える。

「ルシア様、私はあなたに幸せになって欲しいと思っています。そして、そのためには、もっと自分を大切にして下さい」
「ありがとう、努力する」

 私は砂時計の最後に残る、さらさらとした細かい砂が落ちきったのを確認すると、ポットを持ち上げる。

「だけど、何となくわかるの。私には立ち止まっている時間はないって」

 紅茶カップにゆっくり紅茶を注ぐ。

「だから、私とのこと。出来たら前向きに考えて欲しい」

 私はロドニールの前に紅茶カップを置く。

「ルシア様……」

 掠れた声でロドニールが私の名を呟く。その声を耳にしながら口をつけた紅茶は、何故か、あまり美味しく感じなかったのであった。
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