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第八章 別れと再会(十九歳)
072 いつだって、別れは突然訪れる1
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戦争開始から三年が過ぎ、グールとの関係は正直、膠着状態といったところだ。
魔法転移装置がある場所において、小競り合いはあれど、戦況を大きく変えるような出来事は起きる気配がない。そのため、西側で暮らす非戦闘員達の人間は、以前と同じとはいかずとも、それなりに平和な日々を送っているという状況。
そんな中、本日私は前国王の命日。それからミュラーに最近の情勢を報告するため、父と母と共に白の園を訪れる予定となっていた。
海に面した岬に存在するフォレスター家の子孫が眠る霊廟。通称白の園がある場所は、グールの本拠地でもある王都に設置されている。
そのため、最大限警戒し、魔法転移装置を使い、移動する手筈が整えられていた。
神が与えたクリスタルは、グールが触れる事も、壊す事もできない。よって、クリスタルが存在する霊廟の中。白の園と呼ばれるその場所は、敵の本拠地にありながら、安心安全な場所だと言える。
現にこの三年間、白の園がグールによって攻撃を受けた形跡もない。つまり、グールにとって、厄介ではあるが、手出しできない場所。
白の園の事は、誰もがそう認識していた。
だからこそ、いつも通り先祖の墓参りに向かう。それからクリスタルの状況確認と、ミュラーに挨拶をしたのち、無事に家族で帰宅する。
私は疑いもせず信じ、要塞に設置された魔法転送装置を、父と母と共に、くぐり抜けたのだが――。
白の園に設置された魔法転移装置から外に出た瞬間、異変に気付く。
「――っ!」
魔法転移装置を囲むように存在する無数の影。彼らは皆、ローミュラー王国軍の黒い騎士服に身を包んでいる。明らかに、こちらに敵対している勢力である証拠だ。
「敵に包囲されてる」
咄嗟に杖を構えた瞬間、私の真横でピュンと風を切る音が聞こえた。
「ウッ」
小さなうめき声をあげ、母が姿勢を崩し私に持たれかかってきた。
「え?」
驚き、慌てて母を抱える。すると、ぐったりとした母は、その手に抱えていた献花用の白いポピーから手を離す。
バサリと音を立て、地面に散らばる白いポピー。
「どうし――」
私は言いかけて、言葉を失う。なぜなら、私が支える母の胸に、短剣が突き刺さっている事に気付いたからだ。
母の銀色に輝くドレスがジワジワと赤く染まっていく。
「か、母さん?」
恐る恐る声をかけてみるも、返事がない。
「にん、げん……」
「ハァ、ハァ」
こちらに迫り来る、グール兵の声と荒い息が響く。慌てて顔をあげると、獲物発見とばかり、グール化した騎士が、私達に襲い掛かろうとしていた。
(なんなのよ!)
一体母に何が起きたのか。それがさっぱり理解できず混乱する中、私は自分たちを取り囲むグールに向かい、素早く魔法を放つ。
「ウィンドバースト」
私の杖から発射された魔法は、私達を取り囲む数人のグールを巻き込み、大きな爆発を起こす。その衝撃により、爆風が巻き起こり、砂埃が視界を奪う。
背後では父が、次々と魔法を放っている音がする。
「うま、そう」
「俺が先に食べる」
「俺の獲物」
前屈みになり私達を囲むグール達は、完全に人としての理性を失っているようだ。
(となれば、もはや敵でしかない)
私はよくわからない現状に対し、沸き起こる怒りを覚え、もう一度同じ呪文を唱えた。
「ウィンドバースト!!」
叫ぶように呪文を口にする。すると、先程よりも大きな爆音と強風に、グール達が次々と吹き飛んでいく。
「父さん、母さんを!」
私は必死の形相で叫ぶ。すると父はすぐにこちらの意図を理解してくれたようで、「分かった」と頷くと、倒れたままとなる、母の隣にしゃがみ込む。
そんな父の背後には、いつの間にか黒いフードを被った男が立っていた。
騎士服の上にフード付きのローブを羽織る男は、周囲のグール兵とは明らかに違う。
(こいつが、この隊の指揮者かも)
私が警戒し、杖を構えた瞬間。謎の男は父の背中めがけ、剣を振り上げる。
「危ない!」
父が振り向くより先に、叫びながら私は、無我夢中で男に向かい風の刃を放つ。
「ウインドカッター」
しかし、男は私の放った魔法を避け、手にした剣を父の背に振り下ろす。
キンッと、甲高い金属音が辺りに響き渡る。
間一髪のところで父が腰に差していた剣を抜き、男の攻撃を防ぐ。
(流石父さん)
誇らしげに思ったのもつかの間。謎の男は剣を地面に突き立てた。次の瞬間、突如地面から土の柱が何本も現れ、私たち三人を取り囲む。
「なっ……」
ジリジリと動く四方の壁が、私達を押しつぶそうと迫り来る。
「父さんは、母さんを守ってあげて」
私は歯を食いしばり、ドーム型となる魔法障壁を素早く展開する。その直後、私の展開した魔法障壁と、迫りくる土の柱が衝突した。
メリメリとひび割れるような音が響き、私は押し戻されまいと、杖に魔力を流し続ける。するとパキンと言う音と共に、土の壁に亀裂が入る。そして、私達を襲う土の壁は、ポロポロとその場に崩れ落ちていく。
「助かった……」
私は安堵し、体の力を抜く。しかし、謎の男は地面にまたもや剣を突き立てた。すると今度は男の足元に見たことがない文様が刻まれた、オレンジ色に光る魔法陣が展開された。
「あれは何の魔法?」
魔法陣に描かれた難解な文字から、その効果を探ろうと目を凝らす。
私の視線の先にある魔法陣から黒いモヤが勢い良く吹き出し始める。
突如現れたその黒いモヤは、先程私が吹き飛ばし、既に息絶えたグール達目掛け、黒い雨となり降り注ぐ。
「うぉぉぉぉぉぉぉ」
雄叫びをあげながら、私が倒したグール達がのそりのそりと立ち上がる。その体は黒く染まり、虚な目をこちらに向けていた。
「あれは」
何が起きているのか見極めようと、私はグールを観察する。視線の先。次々と息を吹き返したグール達は、まるでゾンビのようにゆっくりと動き始めた。
「まさか……死者を操る魔法なの?」
(しかもこんなに沢山の死体を同時に操るだなんて、ありえない)
禁忌とされる死霊魔法を初めて目の当たりにし、私は愕然と立ちすくむ。そんな私の視線の先で、一匹のグールが母を庇いながら、床に膝をつく父に突如、襲い掛かってきた。
「危ない!」
私は急いで、向かってきたグールを魔法の刃で切り伏せる。放った魔法は命中し、のけぞったグールは蒸発したように、その場から消滅した。
「すまない」
父が立ち上がり、剣を構える。
「父さん、私が何とかするから母さんを」
そう提案するも――。
「いや、それはできない」
険しい表情をした父は首を横に振った。
「どうして?」
「既に多くのグールに取り囲まれている。お前一人では守りきれないだろう」
顔を歪め、掠れた声で父がはっきりと告げる。
(だけど、母さんが……)
私は地面に、血の気を失い、ぐったりと横たわる母を見下ろす。先程まで真っ白だったポピーの花は、母の流す血に染まり、ドレスごと赤へと色を変えている。
(母さんが死んだ)
もっとも最悪な可能性に、私はとっくに行き着いていた。けれど、最後のお別れもなしに突然この世を去るだなんて、到底認め難いこと。
「母さんはまだ生きて」
「うぉぉぉぉぉ」
私の言葉を遮るように、背後からグールの叫びが聞こえる。
「ルシア!」
立ちすくむ私の脇を、父が咄嗟に展開した魔法。エアーカッタが横切る。
ヒュンと私の髪が揺れ、グールが耳を塞ぎたくなるような断末魔と共に、地面に倒れ込む音がした。
「ルシア、今は生き残ること。それだけに心を集中させろ!!」
父は放心状態となっている私を、素早く抱き込む。
父の温もりが私を包み、混乱する気持ちを自然と落ち着けてくれる。
「お前は父さんと母さん。私達に生きる希望を与えてくれた。大事な、とても大事な娘だ。だから死ぬな、生きろ」
父が私を包む腕に力を入れる。
「そんな、言い方」
(まるで命を落とす事を覚悟しているみたいで)
嫌だ。言わないでと、私は目尻に涙が浮かぶ。
「さぁルシア。杖を手に戦いなさい」
父は私の顔を覗き込みながら、叱咤するように、私に言いつけた。それから父は、何かを振り切るように、私から身を剥がす。そしてグールに向き直ると、杖を構え呪文を唱えた。
「ウインドバースト!」
父の握る杖の先から、飛び出した攻撃魔法は、私が先程起こしたものよりずっと、大きな爆発を巻き起こす。そして、爆風により砂埃が舞い上がり、辺り一面が煙で覆われる。
「父さん!」
私は咄嵯に叫ぶ。
しかし、父の返事はない。
「父さん!」
もう一度叫ぶも、やはり父の反応はなかったのであった。
魔法転移装置がある場所において、小競り合いはあれど、戦況を大きく変えるような出来事は起きる気配がない。そのため、西側で暮らす非戦闘員達の人間は、以前と同じとはいかずとも、それなりに平和な日々を送っているという状況。
そんな中、本日私は前国王の命日。それからミュラーに最近の情勢を報告するため、父と母と共に白の園を訪れる予定となっていた。
海に面した岬に存在するフォレスター家の子孫が眠る霊廟。通称白の園がある場所は、グールの本拠地でもある王都に設置されている。
そのため、最大限警戒し、魔法転移装置を使い、移動する手筈が整えられていた。
神が与えたクリスタルは、グールが触れる事も、壊す事もできない。よって、クリスタルが存在する霊廟の中。白の園と呼ばれるその場所は、敵の本拠地にありながら、安心安全な場所だと言える。
現にこの三年間、白の園がグールによって攻撃を受けた形跡もない。つまり、グールにとって、厄介ではあるが、手出しできない場所。
白の園の事は、誰もがそう認識していた。
だからこそ、いつも通り先祖の墓参りに向かう。それからクリスタルの状況確認と、ミュラーに挨拶をしたのち、無事に家族で帰宅する。
私は疑いもせず信じ、要塞に設置された魔法転送装置を、父と母と共に、くぐり抜けたのだが――。
白の園に設置された魔法転移装置から外に出た瞬間、異変に気付く。
「――っ!」
魔法転移装置を囲むように存在する無数の影。彼らは皆、ローミュラー王国軍の黒い騎士服に身を包んでいる。明らかに、こちらに敵対している勢力である証拠だ。
「敵に包囲されてる」
咄嗟に杖を構えた瞬間、私の真横でピュンと風を切る音が聞こえた。
「ウッ」
小さなうめき声をあげ、母が姿勢を崩し私に持たれかかってきた。
「え?」
驚き、慌てて母を抱える。すると、ぐったりとした母は、その手に抱えていた献花用の白いポピーから手を離す。
バサリと音を立て、地面に散らばる白いポピー。
「どうし――」
私は言いかけて、言葉を失う。なぜなら、私が支える母の胸に、短剣が突き刺さっている事に気付いたからだ。
母の銀色に輝くドレスがジワジワと赤く染まっていく。
「か、母さん?」
恐る恐る声をかけてみるも、返事がない。
「にん、げん……」
「ハァ、ハァ」
こちらに迫り来る、グール兵の声と荒い息が響く。慌てて顔をあげると、獲物発見とばかり、グール化した騎士が、私達に襲い掛かろうとしていた。
(なんなのよ!)
一体母に何が起きたのか。それがさっぱり理解できず混乱する中、私は自分たちを取り囲むグールに向かい、素早く魔法を放つ。
「ウィンドバースト」
私の杖から発射された魔法は、私達を取り囲む数人のグールを巻き込み、大きな爆発を起こす。その衝撃により、爆風が巻き起こり、砂埃が視界を奪う。
背後では父が、次々と魔法を放っている音がする。
「うま、そう」
「俺が先に食べる」
「俺の獲物」
前屈みになり私達を囲むグール達は、完全に人としての理性を失っているようだ。
(となれば、もはや敵でしかない)
私はよくわからない現状に対し、沸き起こる怒りを覚え、もう一度同じ呪文を唱えた。
「ウィンドバースト!!」
叫ぶように呪文を口にする。すると、先程よりも大きな爆音と強風に、グール達が次々と吹き飛んでいく。
「父さん、母さんを!」
私は必死の形相で叫ぶ。すると父はすぐにこちらの意図を理解してくれたようで、「分かった」と頷くと、倒れたままとなる、母の隣にしゃがみ込む。
そんな父の背後には、いつの間にか黒いフードを被った男が立っていた。
騎士服の上にフード付きのローブを羽織る男は、周囲のグール兵とは明らかに違う。
(こいつが、この隊の指揮者かも)
私が警戒し、杖を構えた瞬間。謎の男は父の背中めがけ、剣を振り上げる。
「危ない!」
父が振り向くより先に、叫びながら私は、無我夢中で男に向かい風の刃を放つ。
「ウインドカッター」
しかし、男は私の放った魔法を避け、手にした剣を父の背に振り下ろす。
キンッと、甲高い金属音が辺りに響き渡る。
間一髪のところで父が腰に差していた剣を抜き、男の攻撃を防ぐ。
(流石父さん)
誇らしげに思ったのもつかの間。謎の男は剣を地面に突き立てた。次の瞬間、突如地面から土の柱が何本も現れ、私たち三人を取り囲む。
「なっ……」
ジリジリと動く四方の壁が、私達を押しつぶそうと迫り来る。
「父さんは、母さんを守ってあげて」
私は歯を食いしばり、ドーム型となる魔法障壁を素早く展開する。その直後、私の展開した魔法障壁と、迫りくる土の柱が衝突した。
メリメリとひび割れるような音が響き、私は押し戻されまいと、杖に魔力を流し続ける。するとパキンと言う音と共に、土の壁に亀裂が入る。そして、私達を襲う土の壁は、ポロポロとその場に崩れ落ちていく。
「助かった……」
私は安堵し、体の力を抜く。しかし、謎の男は地面にまたもや剣を突き立てた。すると今度は男の足元に見たことがない文様が刻まれた、オレンジ色に光る魔法陣が展開された。
「あれは何の魔法?」
魔法陣に描かれた難解な文字から、その効果を探ろうと目を凝らす。
私の視線の先にある魔法陣から黒いモヤが勢い良く吹き出し始める。
突如現れたその黒いモヤは、先程私が吹き飛ばし、既に息絶えたグール達目掛け、黒い雨となり降り注ぐ。
「うぉぉぉぉぉぉぉ」
雄叫びをあげながら、私が倒したグール達がのそりのそりと立ち上がる。その体は黒く染まり、虚な目をこちらに向けていた。
「あれは」
何が起きているのか見極めようと、私はグールを観察する。視線の先。次々と息を吹き返したグール達は、まるでゾンビのようにゆっくりと動き始めた。
「まさか……死者を操る魔法なの?」
(しかもこんなに沢山の死体を同時に操るだなんて、ありえない)
禁忌とされる死霊魔法を初めて目の当たりにし、私は愕然と立ちすくむ。そんな私の視線の先で、一匹のグールが母を庇いながら、床に膝をつく父に突如、襲い掛かってきた。
「危ない!」
私は急いで、向かってきたグールを魔法の刃で切り伏せる。放った魔法は命中し、のけぞったグールは蒸発したように、その場から消滅した。
「すまない」
父が立ち上がり、剣を構える。
「父さん、私が何とかするから母さんを」
そう提案するも――。
「いや、それはできない」
険しい表情をした父は首を横に振った。
「どうして?」
「既に多くのグールに取り囲まれている。お前一人では守りきれないだろう」
顔を歪め、掠れた声で父がはっきりと告げる。
(だけど、母さんが……)
私は地面に、血の気を失い、ぐったりと横たわる母を見下ろす。先程まで真っ白だったポピーの花は、母の流す血に染まり、ドレスごと赤へと色を変えている。
(母さんが死んだ)
もっとも最悪な可能性に、私はとっくに行き着いていた。けれど、最後のお別れもなしに突然この世を去るだなんて、到底認め難いこと。
「母さんはまだ生きて」
「うぉぉぉぉぉ」
私の言葉を遮るように、背後からグールの叫びが聞こえる。
「ルシア!」
立ちすくむ私の脇を、父が咄嗟に展開した魔法。エアーカッタが横切る。
ヒュンと私の髪が揺れ、グールが耳を塞ぎたくなるような断末魔と共に、地面に倒れ込む音がした。
「ルシア、今は生き残ること。それだけに心を集中させろ!!」
父は放心状態となっている私を、素早く抱き込む。
父の温もりが私を包み、混乱する気持ちを自然と落ち着けてくれる。
「お前は父さんと母さん。私達に生きる希望を与えてくれた。大事な、とても大事な娘だ。だから死ぬな、生きろ」
父が私を包む腕に力を入れる。
「そんな、言い方」
(まるで命を落とす事を覚悟しているみたいで)
嫌だ。言わないでと、私は目尻に涙が浮かぶ。
「さぁルシア。杖を手に戦いなさい」
父は私の顔を覗き込みながら、叱咤するように、私に言いつけた。それから父は、何かを振り切るように、私から身を剥がす。そしてグールに向き直ると、杖を構え呪文を唱えた。
「ウインドバースト!」
父の握る杖の先から、飛び出した攻撃魔法は、私が先程起こしたものよりずっと、大きな爆発を巻き起こす。そして、爆風により砂埃が舞い上がり、辺り一面が煙で覆われる。
「父さん!」
私は咄嵯に叫ぶ。
しかし、父の返事はない。
「父さん!」
もう一度叫ぶも、やはり父の反応はなかったのであった。
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