復讐の始まり、または終わり

月食ぱんな

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第九章 前に進むため、動き出す(十九歳)

080 証拠集め1

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 グールを狂わせる薬物、ブラッドオブグールことBGビージー。原材料は人間の血肉けつにくという、この世で最もおぞましい薬である。

 その薬の製造、流通、販売を一手にになっているのは、ハーヴィストン侯爵家。私がお世話になっているモリアティーニ侯爵家と並び、ローミュラー王国で古くから続く名家と名高い家らしい。

『そもそもハーヴィストン侯爵家は、グール派。我がモリアティーニ侯爵家は人間派と、かねてより敵対していたんですよ』

 ロドニールの説明によると、まさに両家は因縁いんねんの仲らしい。

 よって、一連の計画をロドニールによって聞かされた、モリアティーニ侯爵は。

『ふむ、いずれは叩かねばならぬと思っておった所じゃ。オミッドの奴を叩けば、他にもホコリは出るじゃろう。あの若造の苦しむ顔が見ものじゃな。グハハハハ』

 などと、大変嬉しそうだったらしい。
 因みにオミッドとは、ハーヴィストン侯爵の名前のようだ。

 私からするとハーヴィストン侯爵は全然若造ではない。しかし歩く生き字引き。現在生き残る私達の誰よりも歳を重ねている、モリアティーニ侯爵から見たら、大抵の人が若造に見えるのは致し方ない。

 そんなわけで、誰に反対されるでもなく、むしろ大手を振り、ハーヴィストン侯爵を私たちが叩く事に、みんなが賛成してくれた。

 私としても、この計画には乗り気だ。というのも、BGのせいで、ある意味人生を狂わされたような所があるから。

 そもそもギルバートがBGを飲まなければ、予定通りフェアリーテイル魔法学校を、ルーカスと共に無事に卒業出来るはずだったのである。そんな個人的な恨みもあり、意気込んでハーヴィストン侯爵家を叩くつもりでいた。勿論その方法は武力一択。全てを破壊してやるぞという、脳筋極振ごくふりの勢いだったのだが。

 何やらルーカスの頭の中には成功への道筋。そのプランが綿密めんみつに練られているとのこと。

『これが成功したら、戦争は一気に収束しゅうそくに向かうはずだ』

 自信たっぷり。久々明るい顔をしたルーカスを前に、私は黙って従うことにした。

 そのプランの中で私は、ハーヴィストン侯爵家から、BGに関する帳簿を秘密裏に手に入れるという役割を与えられた。そして現在、その任務を達成するため、私は素性を隠しハーヴィストン侯爵家に潜り込む寸前といったところ。

 私とロドニールは、玄関前に付けられた馬車から降車している。

「お気をつけ下さい」

 いかにも紳士といった感じ。タキシードに身を包む、ロドニールが馬車から降りる私の手をとる。

 因みに、本日の彼は魔法でその容姿を変更させているので、いつもの金髪碧眼きんぱつへきがん凛々りりしい姿ではない。この国で一番多いとされる、ブラウンヘアーに茶色い瞳をした、わりとどこにでも居そうな青年の姿となっている。

 個人的な願望を述べると、折角の舞踏会なのでいつもの見目麗みめうるわしいロドニールのまま参加して欲しかった。とは言え、今日の舞踏会は遊びではない。立派な任務なので我慢だ。

「ありがとう」

 ロドニールにエスコートされ、馬車から優雅に降り立つ私も、変身魔法で容姿を変えている。

 自慢のピンクヘアーはブロンドに。そして空色の瞳は、グレーへと変更済だ。着ているドレスは、これでもかと、ふわふわとチュールが広がる薄緑色。これはモリアティーニ侯爵に急遽仕立ててもらった、いわゆる勝負服である。

「何だか緊張しますね」

 ロドニールは小声で囁くように告げる。

「そう?私は今、とても嬉しいけど」
「嬉しいですか?」
「そう、嬉しいの」

 私はついうっかり緩みそうになる口元を、ギュッと結ぶ。そして、久しぶりに目にする、玄関口となる半円形のアーチを見上げる。

 前回訪れた時は、バスケットの中からチラリと確認しただけだった。しかし現在の私はあの時と同じ、変身魔法で容姿を変更しているとは言え、マンドラゴラではない。立派な人間の姿だ。

 私は雨樋あまどいの上に飾られた、ガーゴイルの像を仁王立ちで見上げる。

「くくく、ようやく帰ってきたわよ」

 マンドラゴラに変身させられた時に受けた、数々の嫌がらせ。それに対する、復讐の幕開けである。


 ***


 現在私は、無事潜入に成功し、ハーヴィストン侯爵邸で行われる舞踏会に参加している所だ。

 荘厳そうごんな雰囲気が漂う高い天井には、壮大なシャンデリアが垂れ下がっている。きらびやかで、ゴージャスな照明に照らされるこの空間には彫刻が飾られ、いかにも手の込んだ装飾的な木の床が一面に敷かれている。

 壁にかけられた鏡に反射する光が、部屋の華やかさを倍増させていた。

 そんな中、ホールの中央ではハーヴィストン侯の一人娘である、ラベンダー色のドレスに身を包んだリリアナが、婚約者であるルーカスと仲睦なかむつまじく踊っている。

(そっか、まだ婚約破棄してないんだ)

 私はその事実に少しだけガッカリする。

 私の記憶が正しければ、ルーカスはフェアリーテイル魔法学校を卒業したら、リリアナと婚約破棄すると言っていた。けれど実際には、ルーカスは私と同じ。卒業ではなく中退だ。よって、婚約破棄していない。それは至極当たり前の事だと、私は自分を納得させる。

「気になりますか?」

 カクテルグラスを口につけたまま、優雅に踊るルーカスたちを眺める私に、ロドニールから声がかかる。

「お似合いだなって、そう思うだけ」

 私はリリアナの姿を遠巻きに眺めながら、素直に思った事を告げる。
 ルーカスと同じグールであって、親のかたきもないリリアナはルーカスにお似合いだ。

「確かに、絵になる二人ですね」
「えぇ」
「ところで……」

 ふいに、ロドニールの視線が私の背後へと向けられる。

「ん?」
「ハーヴィストン候が、お見えになりました」
「なるほど」

 私が振り返ると、そこにはタキシードに身を包む老年の男性、ハーヴィストン侯爵の姿があった。やや小柄でありながら、鋭い目つきと程よく皺が刻まれた顔は、何となく計算高い性格を表しているように思えた。

(あんな顔してたっけ)

 短く刈り込まれたヒゲといくぶん薄くなった髪の毛を眺め、そんな感想を漏らす。もっと観察したいと思うも、舞踏会の主催者であるハーヴィストン侯爵は、すぐに多くの人に囲まれてしまった。

「彼が広間にいるうちに」

 ロドニールが私の耳元で囁く。

「そうね」

 今日の目的は、ルーカスとリリアナのダンスを眺める事でも、ハゲ親父を観察する事でもない。

(悪事の証拠を発見しないと)

 気合を入れ直した私は、ハーヴィストン侯爵に挨拶をしようと集まる人の波をかき分け、広間の出口へと向かったのであった。
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