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第九章 前に進むため、動き出す(十九歳)
079 動き出したルーカス
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地上には無惨にも崩れさった瓦礫の山。そして空には、この場を明るく照らす満天の星。そんな対比する光景を視界に映し、私は思わず呟いた。
「天国と地獄って、本当にあるのかもな」
自分の口からうっかり飛び出した言葉に私は苦笑する。なぜなら、そういう場所があったとしても、クリスタルに魂を吸収される私には、どちらも関係のない場所だからだ。
天国や地獄だなんて、普段思いつかないような単語が思いつくのは、私が訪れている場所のせいだろう。
シンと静まる真夜中。私はロドニールと共に、数日前、両親が亡くなった場所。白の園に足を運んでいた。
私たちは解放軍を示す、カーキ色の動きやすい制服の上に、黒いフード付きのマントを羽織っている。人もグールも寝静まる夜中とは言え、敵陣本部近くに足を運ぶ危険性。その事に前回、身をもって気付かされた。だから身分をカモフラージュする意味を込め、マントを羽織っているというわけだ。
「あぁ、もう来ているようです。ルシア少佐は私の背後に」
仕事モードに切り替わっているロドニールは、いくぶん警戒した様子で、私に声をかけた。
彼の手にした魔法のランタンが、夜の闇の中で揺れる。
霊廟に向かって導くよう、地面に突き刺さる姿で立てられた石柱の間を、私たちはゆっくりと進む。
ロドニールが照らす石柱にふと目を向け、そこに魔法で削られた真新しい跡が残っていることに私は気付く。
(父さん……)
数日前、この場所で繰り広げたグールとの戦闘が嫌でも蘇り、同時に父と母の事を思い出す。
私はつい足をとめ、出来たばかりに見える魔法の爪痕に指先で触れた。しかし、すでにそこには魔力が残っておらず、父の痕跡を感じる事は出来なかった。
(ま、そうだよね)
私は何をしているんだろうと、削り取られた柱から手を離す。
「大丈夫ですか?」
「何が?」
前を歩いていたはずのロドニールが、無言で足をとめていた。その表情はいつも通り冷静沈着といった感じ。しかし夜空の下だからか、それともここが私にとって感傷的になりやすい場所だからか。彼の表情は、どこか寂しげにも思える。
「いえ、まだ日も経たぬうちに、このような場所にお連れした事を少し後悔しただけです」
「別に平気だよ。それにここは、私にとっても思い出深い場所だしね」
(いい意味ではないけどさ)
言葉を飲み込みつつ。私は彼に答える。
そんな私の真意を探ろうとするかとのように、ロドニールが私を見つめる。
「では、参りましょう」
ロドニールは私の言葉を深く追求する気はなさそうだ。私が頷くと、先導するように、前を向き歩き始めた。
私たちはしばらく沈黙したまま、石柱の間を歩き続る。程なくして、大きな扉の前にたどり着いた。
「呼び出して、悪いな」
扉に背をつける形で腕組みし、私たちを待ち構えていたのは、黒いローブに身を包むルーカスだ。
「この場所に呼び出した事は悪いと思っている。ただ、他に安全に君達に会える場所が思いつかなくて」
ルーカスは言い訳を口にしながら、顔を隠すよう目深にかぶっていたフードを背中に落とす。
その瞬間、闇夜に溶け込むような、彼の真っ黒な髪がふわりと風に靡く。
「気にしないで。それで話って何? 私たちも暇じゃないんだけど」
私は伴侶候補であるロドニールの手前、ビジネスライクな態度をあえて取る。
「あぁ、分かってる。できる限り手短に済ませるつもりだ」
ルーカスはそう言うと、私たちに視線を向ける。
「BG……ブラッドオブグールについて、君たちはどこまで情報を得ている?」
「戦闘薬の一種とされ、無理矢理グールとしての力を覚醒させる薬。人としてのリミッターが解除されたグールの身体的能力は向上する。しかし理性を失うため、とても危険な薬物。私たちの間ではそういう認識だ」
ロドニールの言葉に、ルーカスはゆっくりと首を縦に振った。
「概ね正解だが、一つだけ付け足すとすると、俺たちにとってみれば、すでになくてはならぬものになっている、ということだ」
「どういうこと?」
「BGは、人間の血肉を原料とする薬だ」
ルーカスは、はっきりと口にした。すでにその情報を入手していた私とロドニールは、驚く事なく明かされた事実を受け止める。
「俺たちグールは一度その味を覚えたが最後、また味わいたいという、禁断症状に苦しみ続ける事になる。その苦しみから逃れるためには、BGを飲むか、定期的に人の命を奪う必要がある」
「つまりルーカスもってこと?」
私はうっかり問いかけ、すぐに後悔する。なぜならルーカスは言葉で肯定はしなかったものの、その表情は明らかに「そうだ」とこちらに訴えかけていたからだ。
「……」
私は知りたくなかったと、口を閉ざす。
「だから俺達は、人間を襲う。そして襲い続けた果てに、やがては人の姿を保てなくなり、人間を捕食する為に生きる、本当の怪物になる」
ルーカスは淡々と言葉を続ける。
「このまま俺達を放置すれば、この国は滅びるだろう」
思い詰めた様子で断言する、ルーカスの言葉は間違っていない。
人の味を覚えたグールが増え続ければ、そのうち人を食い尽くしてしまうだろう。
そうなれば、グールは共食いを始めるか、もしくは人を食べたいと思う生理的欲求が満たされず、気を狂わせるか。どちらにせよ、滅びの道を辿るしかなくなる。
「そもそもグールは何故BGなんて、おぞましい薬を作ったんですか。君たちの欲求を満たすため、どれだけの人が犠牲になったと……」
静かに話を聞いていたロドニールが、怒りを露わにした様子で口を挟む。
「それは、俺たちだって、人並みに寿命を終えたいからだ」
ルーカスが絞り出すように呟く。
「グールは、人を捕食したいという欲求を、無理矢理クリスタルによって抑制されている。だからストレスで寿命が短いそうよ」
別にルーカスの肩を持つ気はない。しかし事実として私は一応補足しておく。
「だからと言って、人を捕食するのは道理に反する行為だ」
ロドニールが強い口調で主張する。
「確かにそうだな。だが、そんな事は俺たちだって分かっている。それでも本能的に食べたくなるんだ」
「そんな事、許されるわけがない」
「人である君には理解できなくて当然だ。ただ、俺達は生きたい。生きるために食べたいだけだ」
「そんなの、身勝手な言い訳だ」
「生きたいと願うことが罪ならば、全ての者が、その罪を背負うことになるんじゃないのか?」
ルーカスの言葉に、ロドニールが息を呑む。
(まぁ、確かにそうだよね)
誰だって、欲望は持っているし、一日でも長生きをしたい。そう思うのが普通なのだろう。そして、長生きをしたいと願う時点で、グールも人間もそんなに変わらない。
食事とする対象が相容れないだけで、根本的にはどちらも『人』なのだ。
そんな事を思いながら、私はそもそもこうなってしまった。つまりグールが増えたキッカケを整理する。
何より最初のキッカケは、ローミュラー王国を襲う謎の病の蔓延だろう。それにより、人々の生活に不安の影が落ちた。その結果、悪溜まりにのまれ、グールになってしまった人が急速に増えた。
それからその少し後に、私の父がルーカスの母であるナタリアと婚約破棄をし、国外追放となったこと。そしてその後、息子の不祥事に関する責任を問われる形で、私にとって祖父にあたる前国王がランドルフにより殺害された事にある。
その結果、ローミュラー王国では人知れずグールを間引きする者が存在しなくなり、グールは増加の一途を辿る事となった。そしてランドルフの掲げる『グールによる管理社会』という政策も相まり、絶対数を増やしたグールは、自らが生き延びるため、人を捕食しはじめる事に手を染め始めた。
(生き延びたいから、人を襲う)
その思いは、私たち人間側にとってみれば、脅威であり、非人道的だと批判する行為でしかない。けれど、絶対数の増えたグールにとってみれば、それが正義だ。
どちらが正しいのか。
その答えは立ち位置によって変わる。よって、本当の意味で正しい答えなんてものは、一生かかっても導き出せない難問だ。
「ロドニール、君が俺たちを憎む気持ちはわかる。確かに俺達が生きるために、犠牲となる者が大き過ぎるのも事実だから」
ルーカスは悔しそうな表情を浮かべる。
「今日ここに君たちを呼んだのは、頼みたいことがあるからなんだ」
ルーカスは何かを決意したような表情で、私たちに真っ直ぐ視線を向けた。
「これ以上被害を出さない為、俺に手を貸して欲しい」
「手を貸すって、具体的には?」
私は即座に問い返す。
「俺はBGを作り出す奴を潰したい」
「それって殺すってこと?」
「あぁ、そのつもりだ」
私の素朴な問いかけに、ルーカスは真剣な表情で大きく頷いた。
「しかし、研究者の数人程度を始末した所で、また新たにBGを市場に流す者が現れるのでは?」
怒りを納めたらしいロドニールが、冷静に指摘する。
「BGの開発は、ハーヴィストン侯爵家が取り仕切っている。そもそも人の血肉を集めること。それは通常であればとても難しい事だ」
「確かに、戦争中ならいざ知れず、通常であれば葬儀屋とでも手を組まないと、人の体を手に入れるのは難しいわよね」
私は自分で発した言葉に、ふと記憶を刺激される。
「ちょっとまって。だとするとこうなる前。ギルバートがBGを持っていたのはどうして?」
(だってあれは、今のような戦争が起こる前よ?)
一体どうして、BGを生成する事が出来たのか。
その答えは……。
「ハーヴィストン侯は、父の命を受け……というか、あの二人は結託し、秘密裏に人の命を奪う仕事を請け負っていたんだ」
ルーカスが静かに語る。
「もしかして、ギルバートはその仕事の為にBGを持っていたというのか?」
ロドニールが訝しげな声で尋ねる。
「恐らく」
ルーカスは苦々しい表情を浮かべ、肯定する。
「まさか……」
かつて父が、私をフェアリーテイル魔法学校に入学させ、母と共にロドニール王国に戻る事になった時。確かあの時、グール絡みの事件が頻繁に発生しているからだと、そんな風に口にしていた事を思い出す。
(それらの事件に、ランドルフと、ハーヴィストン侯爵家が関わっていたのだとしたら)
かなり前から、BGの開発をしていたという事になる。
「あ、そういえば昔、新聞で読んだ気がする。確かハーヴィストン候の家に拉致された時だったような……」
薄れていた記憶が鮮明に蘇る。
ルーカスの個人的な楽しみのため、マンドラゴラに変身させられた私は、リリアナ・ハーヴィストンによってお城から誘拐された。その時執務机の上に置かれた新聞に、『グール向けに人間の売買を行っている』と、噂話レベルといった感じで、記載されていたはずだ。
「亡くなった者の事を悪くは言いたくはないが、ギルバートは人間に対し、人一倍差別的だった。それは、常日頃から人間を自分たちの『餌』だと思っていたからだろう。なるほどな、色々と理解できた」
ロドニールが納得のいった様子で、深く息を吐く。
「ハーヴィストン侯は金儲けのために、BGを作っている」
「どうしてそう言い切れるの?」
私は思わず疑問を口にする。
「自分たちは接種しようとしない。それが何よりの証拠だよ」
「なんて酷い話だ」
ロドニールが悲痛な面持ちで、言葉を絞り出す。
「あぁ、その通りだ。奴らをこのまま放置しておけば、永遠にこの戦いは終わらない。だからそろそろ決着をつけたいんだ。頼む、俺に手を貸してくれ」
ルーカスは真っ直ぐな瞳を私たちに向ける。そんなルーカスに対し、ロドニールと私は大きく頷いたのであった。
「天国と地獄って、本当にあるのかもな」
自分の口からうっかり飛び出した言葉に私は苦笑する。なぜなら、そういう場所があったとしても、クリスタルに魂を吸収される私には、どちらも関係のない場所だからだ。
天国や地獄だなんて、普段思いつかないような単語が思いつくのは、私が訪れている場所のせいだろう。
シンと静まる真夜中。私はロドニールと共に、数日前、両親が亡くなった場所。白の園に足を運んでいた。
私たちは解放軍を示す、カーキ色の動きやすい制服の上に、黒いフード付きのマントを羽織っている。人もグールも寝静まる夜中とは言え、敵陣本部近くに足を運ぶ危険性。その事に前回、身をもって気付かされた。だから身分をカモフラージュする意味を込め、マントを羽織っているというわけだ。
「あぁ、もう来ているようです。ルシア少佐は私の背後に」
仕事モードに切り替わっているロドニールは、いくぶん警戒した様子で、私に声をかけた。
彼の手にした魔法のランタンが、夜の闇の中で揺れる。
霊廟に向かって導くよう、地面に突き刺さる姿で立てられた石柱の間を、私たちはゆっくりと進む。
ロドニールが照らす石柱にふと目を向け、そこに魔法で削られた真新しい跡が残っていることに私は気付く。
(父さん……)
数日前、この場所で繰り広げたグールとの戦闘が嫌でも蘇り、同時に父と母の事を思い出す。
私はつい足をとめ、出来たばかりに見える魔法の爪痕に指先で触れた。しかし、すでにそこには魔力が残っておらず、父の痕跡を感じる事は出来なかった。
(ま、そうだよね)
私は何をしているんだろうと、削り取られた柱から手を離す。
「大丈夫ですか?」
「何が?」
前を歩いていたはずのロドニールが、無言で足をとめていた。その表情はいつも通り冷静沈着といった感じ。しかし夜空の下だからか、それともここが私にとって感傷的になりやすい場所だからか。彼の表情は、どこか寂しげにも思える。
「いえ、まだ日も経たぬうちに、このような場所にお連れした事を少し後悔しただけです」
「別に平気だよ。それにここは、私にとっても思い出深い場所だしね」
(いい意味ではないけどさ)
言葉を飲み込みつつ。私は彼に答える。
そんな私の真意を探ろうとするかとのように、ロドニールが私を見つめる。
「では、参りましょう」
ロドニールは私の言葉を深く追求する気はなさそうだ。私が頷くと、先導するように、前を向き歩き始めた。
私たちはしばらく沈黙したまま、石柱の間を歩き続る。程なくして、大きな扉の前にたどり着いた。
「呼び出して、悪いな」
扉に背をつける形で腕組みし、私たちを待ち構えていたのは、黒いローブに身を包むルーカスだ。
「この場所に呼び出した事は悪いと思っている。ただ、他に安全に君達に会える場所が思いつかなくて」
ルーカスは言い訳を口にしながら、顔を隠すよう目深にかぶっていたフードを背中に落とす。
その瞬間、闇夜に溶け込むような、彼の真っ黒な髪がふわりと風に靡く。
「気にしないで。それで話って何? 私たちも暇じゃないんだけど」
私は伴侶候補であるロドニールの手前、ビジネスライクな態度をあえて取る。
「あぁ、分かってる。できる限り手短に済ませるつもりだ」
ルーカスはそう言うと、私たちに視線を向ける。
「BG……ブラッドオブグールについて、君たちはどこまで情報を得ている?」
「戦闘薬の一種とされ、無理矢理グールとしての力を覚醒させる薬。人としてのリミッターが解除されたグールの身体的能力は向上する。しかし理性を失うため、とても危険な薬物。私たちの間ではそういう認識だ」
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「概ね正解だが、一つだけ付け足すとすると、俺たちにとってみれば、すでになくてはならぬものになっている、ということだ」
「どういうこと?」
「BGは、人間の血肉を原料とする薬だ」
ルーカスは、はっきりと口にした。すでにその情報を入手していた私とロドニールは、驚く事なく明かされた事実を受け止める。
「俺たちグールは一度その味を覚えたが最後、また味わいたいという、禁断症状に苦しみ続ける事になる。その苦しみから逃れるためには、BGを飲むか、定期的に人の命を奪う必要がある」
「つまりルーカスもってこと?」
私はうっかり問いかけ、すぐに後悔する。なぜならルーカスは言葉で肯定はしなかったものの、その表情は明らかに「そうだ」とこちらに訴えかけていたからだ。
「……」
私は知りたくなかったと、口を閉ざす。
「だから俺達は、人間を襲う。そして襲い続けた果てに、やがては人の姿を保てなくなり、人間を捕食する為に生きる、本当の怪物になる」
ルーカスは淡々と言葉を続ける。
「このまま俺達を放置すれば、この国は滅びるだろう」
思い詰めた様子で断言する、ルーカスの言葉は間違っていない。
人の味を覚えたグールが増え続ければ、そのうち人を食い尽くしてしまうだろう。
そうなれば、グールは共食いを始めるか、もしくは人を食べたいと思う生理的欲求が満たされず、気を狂わせるか。どちらにせよ、滅びの道を辿るしかなくなる。
「そもそもグールは何故BGなんて、おぞましい薬を作ったんですか。君たちの欲求を満たすため、どれだけの人が犠牲になったと……」
静かに話を聞いていたロドニールが、怒りを露わにした様子で口を挟む。
「それは、俺たちだって、人並みに寿命を終えたいからだ」
ルーカスが絞り出すように呟く。
「グールは、人を捕食したいという欲求を、無理矢理クリスタルによって抑制されている。だからストレスで寿命が短いそうよ」
別にルーカスの肩を持つ気はない。しかし事実として私は一応補足しておく。
「だからと言って、人を捕食するのは道理に反する行為だ」
ロドニールが強い口調で主張する。
「確かにそうだな。だが、そんな事は俺たちだって分かっている。それでも本能的に食べたくなるんだ」
「そんな事、許されるわけがない」
「人である君には理解できなくて当然だ。ただ、俺達は生きたい。生きるために食べたいだけだ」
「そんなの、身勝手な言い訳だ」
「生きたいと願うことが罪ならば、全ての者が、その罪を背負うことになるんじゃないのか?」
ルーカスの言葉に、ロドニールが息を呑む。
(まぁ、確かにそうだよね)
誰だって、欲望は持っているし、一日でも長生きをしたい。そう思うのが普通なのだろう。そして、長生きをしたいと願う時点で、グールも人間もそんなに変わらない。
食事とする対象が相容れないだけで、根本的にはどちらも『人』なのだ。
そんな事を思いながら、私はそもそもこうなってしまった。つまりグールが増えたキッカケを整理する。
何より最初のキッカケは、ローミュラー王国を襲う謎の病の蔓延だろう。それにより、人々の生活に不安の影が落ちた。その結果、悪溜まりにのまれ、グールになってしまった人が急速に増えた。
それからその少し後に、私の父がルーカスの母であるナタリアと婚約破棄をし、国外追放となったこと。そしてその後、息子の不祥事に関する責任を問われる形で、私にとって祖父にあたる前国王がランドルフにより殺害された事にある。
その結果、ローミュラー王国では人知れずグールを間引きする者が存在しなくなり、グールは増加の一途を辿る事となった。そしてランドルフの掲げる『グールによる管理社会』という政策も相まり、絶対数を増やしたグールは、自らが生き延びるため、人を捕食しはじめる事に手を染め始めた。
(生き延びたいから、人を襲う)
その思いは、私たち人間側にとってみれば、脅威であり、非人道的だと批判する行為でしかない。けれど、絶対数の増えたグールにとってみれば、それが正義だ。
どちらが正しいのか。
その答えは立ち位置によって変わる。よって、本当の意味で正しい答えなんてものは、一生かかっても導き出せない難問だ。
「ロドニール、君が俺たちを憎む気持ちはわかる。確かに俺達が生きるために、犠牲となる者が大き過ぎるのも事実だから」
ルーカスは悔しそうな表情を浮かべる。
「今日ここに君たちを呼んだのは、頼みたいことがあるからなんだ」
ルーカスは何かを決意したような表情で、私たちに真っ直ぐ視線を向けた。
「これ以上被害を出さない為、俺に手を貸して欲しい」
「手を貸すって、具体的には?」
私は即座に問い返す。
「俺はBGを作り出す奴を潰したい」
「それって殺すってこと?」
「あぁ、そのつもりだ」
私の素朴な問いかけに、ルーカスは真剣な表情で大きく頷いた。
「しかし、研究者の数人程度を始末した所で、また新たにBGを市場に流す者が現れるのでは?」
怒りを納めたらしいロドニールが、冷静に指摘する。
「BGの開発は、ハーヴィストン侯爵家が取り仕切っている。そもそも人の血肉を集めること。それは通常であればとても難しい事だ」
「確かに、戦争中ならいざ知れず、通常であれば葬儀屋とでも手を組まないと、人の体を手に入れるのは難しいわよね」
私は自分で発した言葉に、ふと記憶を刺激される。
「ちょっとまって。だとするとこうなる前。ギルバートがBGを持っていたのはどうして?」
(だってあれは、今のような戦争が起こる前よ?)
一体どうして、BGを生成する事が出来たのか。
その答えは……。
「ハーヴィストン侯は、父の命を受け……というか、あの二人は結託し、秘密裏に人の命を奪う仕事を請け負っていたんだ」
ルーカスが静かに語る。
「もしかして、ギルバートはその仕事の為にBGを持っていたというのか?」
ロドニールが訝しげな声で尋ねる。
「恐らく」
ルーカスは苦々しい表情を浮かべ、肯定する。
「まさか……」
かつて父が、私をフェアリーテイル魔法学校に入学させ、母と共にロドニール王国に戻る事になった時。確かあの時、グール絡みの事件が頻繁に発生しているからだと、そんな風に口にしていた事を思い出す。
(それらの事件に、ランドルフと、ハーヴィストン侯爵家が関わっていたのだとしたら)
かなり前から、BGの開発をしていたという事になる。
「あ、そういえば昔、新聞で読んだ気がする。確かハーヴィストン候の家に拉致された時だったような……」
薄れていた記憶が鮮明に蘇る。
ルーカスの個人的な楽しみのため、マンドラゴラに変身させられた私は、リリアナ・ハーヴィストンによってお城から誘拐された。その時執務机の上に置かれた新聞に、『グール向けに人間の売買を行っている』と、噂話レベルといった感じで、記載されていたはずだ。
「亡くなった者の事を悪くは言いたくはないが、ギルバートは人間に対し、人一倍差別的だった。それは、常日頃から人間を自分たちの『餌』だと思っていたからだろう。なるほどな、色々と理解できた」
ロドニールが納得のいった様子で、深く息を吐く。
「ハーヴィストン侯は金儲けのために、BGを作っている」
「どうしてそう言い切れるの?」
私は思わず疑問を口にする。
「自分たちは接種しようとしない。それが何よりの証拠だよ」
「なんて酷い話だ」
ロドニールが悲痛な面持ちで、言葉を絞り出す。
「あぁ、その通りだ。奴らをこのまま放置しておけば、永遠にこの戦いは終わらない。だからそろそろ決着をつけたいんだ。頼む、俺に手を貸してくれ」
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