復讐の始まり、または終わり

月食ぱんな

文字の大きさ
79 / 126
第九章 前に進むため、動き出す(十九歳)

079 動き出したルーカス

しおりを挟む
 地上には無惨にも崩れさった瓦礫がれきの山。そして空には、この場を明るく照らす満天の星。そんな対比する光景を視界に映し、私は思わずつぶやいた。

「天国と地獄って、本当にあるのかもな」

 自分の口からうっかり飛び出した言葉に私は苦笑する。なぜなら、そういう場所があったとしても、クリスタルに魂を吸収される私には、どちらも関係のない場所だからだ。

 天国や地獄だなんて、普段思いつかないような単語が思いつくのは、私が訪れている場所のせいだろう。

 シンと静まる真夜中。私はロドニールと共に、数日前、両親が亡くなった場所。白の園に足を運んでいた。

 私たちは解放軍を示す、カーキ色の動きやすい制服の上に、黒いフード付きのマントを羽織っている。人もグールも寝静まる夜中とは言え、敵陣本部近くに足を運ぶ危険性。その事に前回、身をもって気付かされた。だから身分をカモフラージュする意味を込め、マントを羽織っているというわけだ。

「あぁ、もう来ているようです。ルシア少佐は私の背後に」

 仕事モードに切り替わっているロドニールは、いくぶん警戒した様子で、私に声をかけた。

 彼の手にした魔法のランタンが、夜の闇の中で揺れる。

 霊廟れいびょうに向かって導くよう、地面に突き刺さる姿で立てられた石柱の間を、私たちはゆっくりと進む。

 ロドニールが照らす石柱にふと目を向け、そこに魔法で削られた真新しい跡が残っていることに私は気付く。

(父さん……)

 数日前、この場所で繰り広げたグールとの戦闘が嫌でもよみがえり、同時に父と母の事を思い出す。

 私はつい足をとめ、出来たばかりに見える魔法の爪痕つめあとに指先で触れた。しかし、すでにそこには魔力が残っておらず、父の痕跡こんせきを感じる事は出来なかった。

(ま、そうだよね)

 私は何をしているんだろうと、削り取られた柱から手を離す。

「大丈夫ですか?」
「何が?」

 前を歩いていたはずのロドニールが、無言で足をとめていた。その表情はいつも通り冷静沈着といった感じ。しかし夜空の下だからか、それともここが私にとって感傷的になりやすい場所だからか。彼の表情は、どこか寂しげにも思える。

「いえ、まだ日も経たぬうちに、このような場所にお連れした事を少し後悔しただけです」
「別に平気だよ。それにここは、私にとっても思い出深い場所だしね」

(いい意味ではないけどさ)

 言葉を飲み込みつつ。私は彼に答える。

 そんな私の真意を探ろうとするかとのように、ロドニールが私を見つめる。

「では、参りましょう」

 ロドニールは私の言葉を深く追求する気はなさそうだ。私が頷くと、先導するように、前を向き歩き始めた。

 私たちはしばらく沈黙したまま、石柱の間を歩き続る。程なくして、大きな扉の前にたどり着いた。

「呼び出して、悪いな」

 扉に背をつける形で腕組みし、私たちを待ち構えていたのは、黒いローブに身を包むルーカスだ。

「この場所に呼び出した事は悪いと思っている。ただ、他に安全に君達に会える場所が思いつかなくて」

 ルーカスは言い訳を口にしながら、顔を隠すよう目深にかぶっていたフードを背中に落とす。
 その瞬間、闇夜に溶け込むような、彼の真っ黒な髪がふわりと風になびく。

「気にしないで。それで話って何? 私たちも暇じゃないんだけど」

 私は伴侶候補であるロドニールの手前、ビジネスライクな態度をあえて取る。

「あぁ、分かってる。できる限り手短に済ませるつもりだ」

 ルーカスはそう言うと、私たちに視線を向ける。

BGビージー……ブラッドオブグールについて、君たちはどこまで情報を得ている?」
「戦闘薬の一種とされ、無理矢理グールとしての力を覚醒させる薬。人としてのリミッターが解除されたグールの身体的能力は向上する。しかし理性を失うため、とても危険な薬物。私たちの間ではそういう認識だ」

 ロドニールの言葉に、ルーカスはゆっくりと首を縦に振った。

おおむね正解だが、一つだけ付け足すとすると、俺たちにとってみれば、すでになくてはならぬものになっている、ということだ」
「どういうこと?」
「BGは、人間の血肉けつにくを原料とする薬だ」

 ルーカスは、はっきりと口にした。すでにその情報を入手していた私とロドニールは、驚く事なく明かされた事実を受け止める。

「俺たちグールは一度その味を覚えたが最後、また味わいたいという、禁断症状に苦しみ続ける事になる。その苦しみから逃れるためには、BGを飲むか、定期的に人の命を奪う必要がある」
「つまりルーカスもってこと?」

 私はうっかり問いかけ、すぐに後悔する。なぜならルーカスは言葉で肯定はしなかったものの、その表情は明らかに「そうだ」とこちらに訴えかけていたからだ。

「……」

 私は知りたくなかったと、口を閉ざす。

「だから俺達は、人間を襲う。そして襲い続けた果てに、やがては人の姿を保てなくなり、人間を捕食する為に生きる、本当の怪物になる」

 ルーカスは淡々と言葉を続ける。

「このまま俺達を放置すれば、この国は滅びるだろう」

 思い詰めた様子で断言する、ルーカスの言葉は間違っていない。

 人の味を覚えたグールが増え続ければ、そのうち人を食い尽くしてしまうだろう。
 そうなれば、グールは共食いを始めるか、もしくは人を食べたいと思う生理的欲求が満たされず、気を狂わせるか。どちらにせよ、滅びの道を辿るしかなくなる。

「そもそもグールは何故BGなんて、おぞましい薬を作ったんですか。君たちの欲求を満たすため、どれだけの人が犠牲になったと……」

 静かに話を聞いていたロドニールが、怒りをあらわにした様子で口を挟む。

「それは、俺たちだって、人並みに寿命を終えたいからだ」

 ルーカスが絞り出すように呟く。

「グールは、人を捕食したいという欲求を、無理矢理クリスタルによって抑制よくせいされている。だからストレスで寿命が短いそうよ」

 別にルーカスの肩を持つ気はない。しかし事実として私は一応補足しておく。

「だからと言って、人を捕食するのは道理に反する行為だ」

 ロドニールが強い口調で主張する。

「確かにそうだな。だが、そんな事は俺たちだって分かっている。それでも本能的に食べたくなるんだ」
「そんな事、許されるわけがない」
「人である君には理解できなくて当然だ。ただ、俺達は生きたい。生きるために食べたいだけだ」
「そんなの、身勝手な言い訳だ」
「生きたいと願うことが罪ならば、全ての者が、その罪を背負うことになるんじゃないのか?」

 ルーカスの言葉に、ロドニールが息を呑む。

(まぁ、確かにそうだよね)

 誰だって、欲望は持っているし、一日でも長生きをしたい。そう思うのが普通なのだろう。そして、長生きをしたいと願う時点で、グールも人間もそんなに変わらない。

 食事とする対象が相容あいいれないだけで、根本的にはどちらも『人』なのだ。

 そんな事を思いながら、私はそもそもこうなってしまった。つまりグールが増えたキッカケを整理する。

 何より最初のキッカケは、ローミュラー王国を襲う謎の病の蔓延まんえんだろう。それにより、人々の生活に不安の影が落ちた。その結果、悪まりにのまれ、グールになってしまった人が急速に増えた。

 それからその少し後に、私の父がルーカスの母であるナタリアと婚約破棄をし、国外追放となったこと。そしてその後、息子の不祥事に関する責任を問われる形で、私にとって祖父にあたる前国王がランドルフにより殺害された事にある。

 その結果、ローミュラー王国では人知れずグールを間引きする者が存在しなくなり、グールは増加の一途いっとを辿る事となった。そしてランドルフのかかげる『グールによる管理社会』という政策も相まり、絶対数を増やしたグールは、自らが生き延びるため、人を捕食しはじめる事に手を染め始めた。

(生き延びたいから、人を襲う)

 その思いは、私たち人間側にとってみれば、脅威きょういであり、非人道的だと批判する行為でしかない。けれど、絶対数の増えたグールにとってみれば、それが正義だ。

 どちらが正しいのか。

 その答えは立ち位置によって変わる。よって、本当の意味で正しい答えなんてものは、一生かかっても導き出せない難問だ。

「ロドニール、君が俺たちを憎む気持ちはわかる。確かに俺達が生きるために、犠牲となる者が大き過ぎるのも事実だから」

 ルーカスは悔しそうな表情を浮かべる。

「今日ここに君たちを呼んだのは、頼みたいことがあるからなんだ」

 ルーカスは何かを決意したような表情で、私たちに真っ直ぐ視線を向けた。

「これ以上被害を出さない為、俺に手を貸して欲しい」
「手を貸すって、具体的には?」

 私は即座に問い返す。

「俺はBGを作り出す奴を潰したい」
「それって殺すってこと?」
「あぁ、そのつもりだ」

 私の素朴そぼくな問いかけに、ルーカスは真剣な表情で大きく頷いた。

「しかし、研究者の数人程度を始末した所で、また新たにBGを市場に流す者が現れるのでは?」

 怒りを納めたらしいロドニールが、冷静に指摘する。

「BGの開発は、ハーヴィストン侯爵家が取り仕切っている。そもそも人の血肉を集めること。それは通常であればとても難しい事だ」
「確かに、戦争中ならいざ知れず、通常であれば葬儀そうぎ屋とでも手を組まないと、人の体を手に入れるのは難しいわよね」

 私は自分で発した言葉に、ふと記憶を刺激される。

「ちょっとまって。だとするとこうなる前。ギルバートがBGを持っていたのはどうして?」

(だってあれは、今のような戦争が起こる前よ?)

 一体どうして、BGを生成する事が出来たのか。
 その答えは……。

「ハーヴィストン侯は、父の命を受け……というか、あの二人は結託けったくし、秘密裏に人の命を奪う仕事を請け負っていたんだ」

 ルーカスが静かに語る。

「もしかして、ギルバートはその仕事の為にBGを持っていたというのか?」

 ロドニールが訝しげな声で尋ねる。

「恐らく」

 ルーカスは苦々しい表情を浮かべ、肯定こうていする。

「まさか……」

 かつて父が、私をフェアリーテイル魔法学校に入学させ、母と共にロドニール王国に戻る事になった時。確かあの時、グール絡みの事件が頻繁ひんぱんに発生しているからだと、そんな風に口にしていた事を思い出す。

(それらの事件に、ランドルフと、ハーヴィストン侯爵家が関わっていたのだとしたら)

 かなり前から、BGの開発をしていたという事になる。

「あ、そういえば昔、新聞で読んだ気がする。確かハーヴィストン候の家に拉致された時だったような……」

 薄れていた記憶が鮮明に蘇る。
 ルーカスの個人的な楽しみのため、マンドラゴラに変身させられた私は、リリアナ・ハーヴィストンによってお城から誘拐された。その時執務机の上に置かれた新聞に、『グール向けに人間の売買を行っている』と、噂話レベルといった感じで、記載されていたはずだ。

「亡くなった者の事を悪くは言いたくはないが、ギルバートは人間に対し、人一倍差別的だった。それは、常日頃から人間を自分たちの『えさ』だと思っていたからだろう。なるほどな、色々と理解できた」

 ロドニールが納得のいった様子で、深く息を吐く。

「ハーヴィストン侯は金儲けのために、BGを作っている」
「どうしてそう言い切れるの?」

 私は思わず疑問を口にする。

「自分たちは接種しようとしない。それが何よりの証拠だよ」
「なんて酷い話だ」

 ロドニールが悲痛な面持ちで、言葉を絞り出す。

「あぁ、その通りだ。奴らをこのまま放置しておけば、永遠にこの戦いは終わらない。だからそろそろ決着をつけたいんだ。頼む、俺に手を貸してくれ」

 ルーカスは真っ直ぐな瞳を私たちに向ける。そんなルーカスに対し、ロドニールと私は大きく頷いたのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

(完結)姑が勝手に連れてきた第二夫人が身籠ったようですが、夫は恐らく……

泉花ゆき
恋愛
蘭珠(ランジュ)が名門である凌家の嫡男、涼珩(リャンハン)に嫁いで一年ほど経ったころ。 一向に後継ぎが出来ないことに業を煮やした夫の母親は、どこからか第二夫人として一人の女性を屋敷へ連れてくる。 やがてその女が「子が出来た」と告げると、姑も夫も大喜び。 蘭珠の実家が商いで傾いたことを口実に、彼女には離縁が言い渡される。 ……けれど、蘭珠は知っていた。 夫の涼珩が、「男女が同じ寝台で眠るだけで子ができる」と本気で信じているほど無知だということを。 どんなトラブルが待っているか分からないし、離縁は望むところ。 嫁ぐ時に用意した大量の持参金は、もちろん引き上げさせていただきます。 ※ゆるゆる設定です ※以前上げていた作の設定、展開を改稿しています

転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。  しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。  冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!  わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?  それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」 豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。 しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

処理中です...