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第九章 前に進むため、動き出す(十九歳)
078 つれないロドニール
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突然現れたグールにより両親は殺害された。不意打ちだったこと、そして襲ってきた数が多かったこと。そのせいで、私は二人を守りきれなかった。モリアティーニ侯爵にはそう伝えた。
母がグールに捕食されたこと。
父がクリスタルの一部になったこと。
それからルーカスに再会したことは、何となく伝える事が出来なかった。
そのせいで、自分でもぼんやりと感じる歯切れの悪い説明に、当初モリアティーニ侯爵が信じてくれるかどうか不安だった。けれど、父と母の死を知ったモリアティーニ侯爵は、無念そうな表情のまま、思いの外すんなりとその事実を受け入れてくれたようだ。
『彼らの損失は痛ましいが……しかし、だからと言って、わしらが立ち止まる事は許されぬ事じゃ』
そう語る彼の言葉には、諦観とも達観とも言えるような響きがあった。
モリアティーニ侯爵とはその後二日ほど一緒に過ごしたのだが、その間彼はずっとふさぎ込んでいて、あまり多くを語り合う事はなかった。
『私より若い者の死は、やはり認めづらいものじゃな……』
時折ポツリと寂しげに口にするモリアティーニ侯爵は、立ち止まる事はないと私に告げた言葉とは裏腹に、やはり悲しみを隠せない様子に見えた。
そんな中、モリアティーニ侯爵は、遺体はなくとも私の両親のために、きちんとしたお墓を用意してくれた。
両親の名が刻む墓石が並んで建てられたのは、草むらに囲まれた丘の上。無数の石造りの墓石が立ち並ぶ場所だ。
『本来であれば、王族である二人の墓は、白の園に埋葬されるべきだ。しかし、今は状況が状況じゃ。すまないが、これで許しておくれ』
モリアティーニ侯爵は申し訳無さそうに、私に告げた。
父が王子であったことを知らない私は、お墓があるだけで十分だと思った。それに父の魂は、ミュラーのいるクリスタルの中にある。
自分がクリスタルに閉じ込められる事にいい思いはしない。しかし父がまだそこにいると思えるのは、本人の意志はどうであれ、私にとっては心強いものだ。
両親のお墓が立つ場所には、戦死した多くの者たちの名前が刻まれた墓石が既に並んでいる。そのほとんどが、私の母と同じ最期を迎えた人ばかりだ。つまりこの墓地には、無惨にもグールに襲われ、遺体が手元に残らない状態のまま、形ばかりのお墓が建てられているということ。
これ以上ないくらい、酷い最期を迎えた者達がひっそりと眠る場所。
私は両親のお墓をジッと見つめる。
時折風が吹き荒れ、草や枯れ葉が墓石の間を舞い上げる音が響く。その音の中には、この場所を訪れる人々の、悲しみを含む静かな足音が混ざっている。
それぞれの墓石には、散らばった花や手作りの飾り物などが置かれていた。そして、私の他にも、戦友や家族らしき人々が、それぞれの墓石の前で手を合わせ、祈りを捧げている。勿論その中には、涙を流す人もいた。
悲しみの詰まるその場所は、日が暮れていくと、夜空には星が輝き始め、どこか神秘的な雰囲気を醸し出す。不思議と私には、亡くなった者達の魂が今もなお、この世を彷徨い続けている。そんな気配を感じることができる気がした。
「ここにいたのですね」
輝く魔法石の入ったランタンが両親のお墓の前にたたずむ私を照らす。声の主はロドニールだ。彼は私の隣に立つとお墓に向かい、祈りを捧げ始めた。
「……どうしてここへ?」
私はロドニールに問いかける。
「あなたが心配で、探していたんです。確かに視界に収めていたはずなのに、いつの間にかいなくなっていましたので……」
「その言い方、まるで私のストーカーみたい」
私は静かに微笑み、再び両親のお墓を見つめる。
「そう思われても仕方がありませんね」
ロドニールは冗談めかして私に告げた。
「でもありがとう、心配してくれて」
私はロドニールに笑顔を向ける。
彼の腕には、喪に服すことを示す、黒い腕章がはめられていた。それは誰からともなく始まったこと。解放軍に所属する者が皆、日常的にはめているものだ。つまるところ、外す暇がないくらい戦争に明け暮れ、人の生命が日常的に奪われているという証でもある。
「戻りましょうか。明日もありますから」
「うん」
ロドニールの言葉に小さく返事をし、踵を返す。
「明日の予定なのですが……」
言いづらそうに切り出したロドニールの声に振り返る。すると彼の視線が、自分の足元に向けられている事に気がついた。
「その……」
どうしたのかと疑問に思っていると、彼がゆっくりと口を開く。
「ルーカス殿下が、あなたにお会いしたいとおっしゃっています」
「え?」
一瞬何のことかわからなかった。しかしロドニールが口にした意味を理解し、私はさらに驚く。
「ルーカスって、あのルーカス?」
私はロドニールと共通認識として知っているはずのルーカスなのかどうか。それを確かめるために、ひとまず彼に問いかけた。
「はい。あなたの知る、そして私の友である、あのルーカス殿下です」
ロドニールの表情からは感情を読み取ることはできない。しかし、彼が嘘をつく理由もないので、きっと本当なのだろう。
「そう……なんだ」
答えながら私は激しく動揺する。
(何で、いきなりそんなこと言い出したんだろう)
そもそも私は白の園でルーカスに会った事を、ドラゴ大佐にしか伝えていない。
「まさか、ドラゴ大佐が……」
(ロドニールに告げ口した?)
私は動揺のあまり、無意識のうちに呟く。
「やっぱり。白の園でルーカスに会ったのですね」
私の呟きに、ロドニールが反応を示す。
しまったと後悔するも、もう遅い。
「そ、そうだったっけかな……」
「目が泳いでいますよ、ルシア少佐」
「え、そ、そうかな」
私は咄嵯に誤魔化そうとするも、彼には通用しなかったようだ。
「安心して下さい。ドラゴ大佐が私に漏らした訳ではありません。ルーカス本人から連絡が来たのです」
ロドニールはため息混じりに、事の真相を私に告白した。
「あ、そうなの?なるほど、そういうこと」
「どうして隠していたのですか?」
ロドニールは責めるような口調で問う。
「別に隠していたわけじゃ……」
「では、何故教えてくれなかったのですか?」
「それは複雑な事情があるというか、何と言うか」
「ルーカスが好きだから……だから彼を庇うつもりなのですか?」
「違う、そんなんじゃないし」
私が否定すると、ロドニールは少し驚いたような顔をして黙り込む。そしてそのまま口を固く結び、何か考え込んだ表情になった。
「ごめん。でも安心して。私はルーカスとどうこうなるつもりはないから。彼は私の敵であって、味方じゃないし」
ルーカスと再会したこと。それを秘密にしていたことに罪悪感を覚えた私は、素直に謝罪を口にする。内心、結婚相手として俄然、有力候補であるロドニールにいらぬ誤解をされたくはないという気持ちも含んだ、計画的な発言だ。
(確かに私はルーカスが好きだけど)
私と彼の間に横たわる因縁を思えば、彼と結ばれる未来はない。しかし私は、後継者をこの世に残さなくてはならない。
その事を納得した訳ではないが、仲睦まじかった父と母の事を思い出すと、誰かと共に歩む人生もアリかなと思う。しかしそう思うのは私が今、両親を失った喪失感に囚われているからだ。
それでも、誰かに縋りたい気持ち。その気持ちがあるうちに、厄介な後継者問題を解決したいと願う気持ちに嘘はない。そして、大変申し訳無く感じつつも、消去法で行くと、やはりその相手はロドニールしか思い浮かばない。だから彼の気持ちはさておき、私はロドニールと結婚するつもりでいる。そしてさっさと子を成し、後継者問題から自由になりたいというのが本音だ。
(私って、酷い女だよねぇ……)
けれど悪を目指す私には、これくらいどうって事はない。目的のためには、手段を選ばないくらいで丁度いい。
ブラック・ローズ科でもそう教わった。
だから私は正しいと、良心が痛む心を消去する。
「敵であって、味方ではない……そう、ですか」
ロドニールは短く呟くと、それ以降何も言わなくなってしまった。
何となく気まずい雰囲気のまま、私達は無言で丘を下っていく。ふと、後ろを振り返ると、両親のお墓が、夜空の星々を映し出す湖の中に沈んでいくように見えた。
「ルシア」
「ん?」
突然名前を呼ばれ、私は振り向く。
「君の幸せは、ルーカスと共に生きる事じゃないのか?」
側から見たら上司と部下。私からすれば主人と下僕。そんなモードを解除し、ただの友人に戻ったらしいロドニールが、真剣な眼差しで問いかけてきた。
「そんなことはないよ。あの人とどうこうなるつもりはないから」
私は俯き、自分の足元を見つめる。
「祖父にルーカスが生きている事、そしてこちらの味方になってくれそうだと言うこと。それを告げたんだ」
「え?」
ロドニールの言葉を聞き、私は顔を上げる。
仕事の速さと正確さに定評があるロドニール。彼の性格を考慮した場合、モリアティーニ侯爵に報告するには、それなりに裏を取ってから報告するはずだ。
しかし私がルーカスと再会し、まだ数日しか経っていない。
「ルーカスから連絡が来たのはいつ?」
「三日前。君のご両親に……あった日だ」
ロドニールは言いづらそうに答える。
「実はルーカスに呼び出されて、君に内緒で昨日、あいつに会ったんだ」
「え、どこで?」
「白の園」
「……なるほど」
確かにあそこならば、こちらからは魔法転移装置で移動でき、グール側も好んで寄り付かない場所なので、密会には丁度いい。
とは言え。
「一人で行ったのは、褒められた事じゃないわ」
私はロドニールを真面目な顔で叱っておく。
敵地に一人で乗り込むだなんて、死にに行くも同然だからだ。
「そう言われると思ったよ。しかし、本当にルーカスが現れるかどうかわからない。そんな状況で、君に希望を持たせるような事はしたくなかったんだ」
ロドニールらしい優しい理由が返ってきた。
「その気持ちはありがとう。だけど、私はあなたに死なれちゃ困るから」
私は本音をぶつける。普段ならばニコリと微笑んでくれるところ、ロドニールは真面目な顔をしたまま、話を続けた。
「祖父にルーカスの事を告げたら、君とルーカスが結婚すれば、グールと人間が和解するキッカケになるのではと、そう言っていた」
(あの古狸め)
コロコロ話を変えやがって。私の脳裏に、杖をつくほど老いてなお、油断ならぬ鋭い眼差しを持つ、老年男性の姿が思い浮かんだ。
(折角ロドニールとの件を前向きに考えているのに)
私はともかく、乗り気ではなさそうな本人に対し、後ろ向きになるような言葉をかけないで欲しい。
何もかも上手くいかず、私は単純にいらつく気持ちに囚われる。
しかしふと、ルーカスがモリアティーニ侯と通じている事を思い出す。
現在グール側として戦闘に参加しているルーカス。けれど、その根底にある思想は、親を恨み当時王族派と名乗っていた、現解放軍に染められていたはずだ。
それなのに何故グール派についているのかという疑問に突き当たり、私は一つの可能性に行き着く。
(まさか、グール派を騙しているスパイとか?)
一見するとグール派であるように思えて、実のところ内部情報をこちらに漏らしている。
あり得ない事もなさそうだ。
(あ、でも)
それはない。と自分の考えを否定する。
何故ならルーカスは私の父と母を殺した。万が一グール派にこちらのスパイとして紛れ込んでいたとしたら、グールとなり理性が失われていたとしても、今や解放軍の英雄の代名詞となる、私の父を殺すはずがない。
それにルーカスはランドルフに人体改造のような事をされたと口にしていた。
そのせいで、もう昔の彼。つまり解放軍に都合よく操られる駒ではなくなったのかも知れない。その代わり、今度はグール側の駒として生かされているのだとしたら。
何とも皮肉な運命だ。
どちらにせよルーカスも私も、いつだって周囲に運命を左右されている。その状況は生まれてからずっと、変わらない。私は悔しくてつい、唇を噛む。
「君は今でもルーカスの事が好きなんだろう?だったら、祖父の言う通り、ルーカスと結ばれた方がいいと思う」
「そんなの嫌よ。私はあなたと結婚するつもりなんだから」
私は即座に否定し、ついでに告白までもを済ませる。ムードもへったくれもないが、予断を許さない状況なので仕方がない。
「そうか……でも私では君を幸せには出来ない」
ロドニールは寂しげに笑うと、再び前を向いて歩き始めた。
「そんなのわからないじゃない。私だってこの件は絶対、譲れないから」
私は前を歩き出した、ロドニールの後ろ姿に向かって叫ぶ。しかしロドニールは立ち止まってくれない。どうやら私は、彼にフラれたようだ。
(はぁ……)
私は何一つ自分の思い通りにいかない状況にため息をつくのであった。
母がグールに捕食されたこと。
父がクリスタルの一部になったこと。
それからルーカスに再会したことは、何となく伝える事が出来なかった。
そのせいで、自分でもぼんやりと感じる歯切れの悪い説明に、当初モリアティーニ侯爵が信じてくれるかどうか不安だった。けれど、父と母の死を知ったモリアティーニ侯爵は、無念そうな表情のまま、思いの外すんなりとその事実を受け入れてくれたようだ。
『彼らの損失は痛ましいが……しかし、だからと言って、わしらが立ち止まる事は許されぬ事じゃ』
そう語る彼の言葉には、諦観とも達観とも言えるような響きがあった。
モリアティーニ侯爵とはその後二日ほど一緒に過ごしたのだが、その間彼はずっとふさぎ込んでいて、あまり多くを語り合う事はなかった。
『私より若い者の死は、やはり認めづらいものじゃな……』
時折ポツリと寂しげに口にするモリアティーニ侯爵は、立ち止まる事はないと私に告げた言葉とは裏腹に、やはり悲しみを隠せない様子に見えた。
そんな中、モリアティーニ侯爵は、遺体はなくとも私の両親のために、きちんとしたお墓を用意してくれた。
両親の名が刻む墓石が並んで建てられたのは、草むらに囲まれた丘の上。無数の石造りの墓石が立ち並ぶ場所だ。
『本来であれば、王族である二人の墓は、白の園に埋葬されるべきだ。しかし、今は状況が状況じゃ。すまないが、これで許しておくれ』
モリアティーニ侯爵は申し訳無さそうに、私に告げた。
父が王子であったことを知らない私は、お墓があるだけで十分だと思った。それに父の魂は、ミュラーのいるクリスタルの中にある。
自分がクリスタルに閉じ込められる事にいい思いはしない。しかし父がまだそこにいると思えるのは、本人の意志はどうであれ、私にとっては心強いものだ。
両親のお墓が立つ場所には、戦死した多くの者たちの名前が刻まれた墓石が既に並んでいる。そのほとんどが、私の母と同じ最期を迎えた人ばかりだ。つまりこの墓地には、無惨にもグールに襲われ、遺体が手元に残らない状態のまま、形ばかりのお墓が建てられているということ。
これ以上ないくらい、酷い最期を迎えた者達がひっそりと眠る場所。
私は両親のお墓をジッと見つめる。
時折風が吹き荒れ、草や枯れ葉が墓石の間を舞い上げる音が響く。その音の中には、この場所を訪れる人々の、悲しみを含む静かな足音が混ざっている。
それぞれの墓石には、散らばった花や手作りの飾り物などが置かれていた。そして、私の他にも、戦友や家族らしき人々が、それぞれの墓石の前で手を合わせ、祈りを捧げている。勿論その中には、涙を流す人もいた。
悲しみの詰まるその場所は、日が暮れていくと、夜空には星が輝き始め、どこか神秘的な雰囲気を醸し出す。不思議と私には、亡くなった者達の魂が今もなお、この世を彷徨い続けている。そんな気配を感じることができる気がした。
「ここにいたのですね」
輝く魔法石の入ったランタンが両親のお墓の前にたたずむ私を照らす。声の主はロドニールだ。彼は私の隣に立つとお墓に向かい、祈りを捧げ始めた。
「……どうしてここへ?」
私はロドニールに問いかける。
「あなたが心配で、探していたんです。確かに視界に収めていたはずなのに、いつの間にかいなくなっていましたので……」
「その言い方、まるで私のストーカーみたい」
私は静かに微笑み、再び両親のお墓を見つめる。
「そう思われても仕方がありませんね」
ロドニールは冗談めかして私に告げた。
「でもありがとう、心配してくれて」
私はロドニールに笑顔を向ける。
彼の腕には、喪に服すことを示す、黒い腕章がはめられていた。それは誰からともなく始まったこと。解放軍に所属する者が皆、日常的にはめているものだ。つまるところ、外す暇がないくらい戦争に明け暮れ、人の生命が日常的に奪われているという証でもある。
「戻りましょうか。明日もありますから」
「うん」
ロドニールの言葉に小さく返事をし、踵を返す。
「明日の予定なのですが……」
言いづらそうに切り出したロドニールの声に振り返る。すると彼の視線が、自分の足元に向けられている事に気がついた。
「その……」
どうしたのかと疑問に思っていると、彼がゆっくりと口を開く。
「ルーカス殿下が、あなたにお会いしたいとおっしゃっています」
「え?」
一瞬何のことかわからなかった。しかしロドニールが口にした意味を理解し、私はさらに驚く。
「ルーカスって、あのルーカス?」
私はロドニールと共通認識として知っているはずのルーカスなのかどうか。それを確かめるために、ひとまず彼に問いかけた。
「はい。あなたの知る、そして私の友である、あのルーカス殿下です」
ロドニールの表情からは感情を読み取ることはできない。しかし、彼が嘘をつく理由もないので、きっと本当なのだろう。
「そう……なんだ」
答えながら私は激しく動揺する。
(何で、いきなりそんなこと言い出したんだろう)
そもそも私は白の園でルーカスに会った事を、ドラゴ大佐にしか伝えていない。
「まさか、ドラゴ大佐が……」
(ロドニールに告げ口した?)
私は動揺のあまり、無意識のうちに呟く。
「やっぱり。白の園でルーカスに会ったのですね」
私の呟きに、ロドニールが反応を示す。
しまったと後悔するも、もう遅い。
「そ、そうだったっけかな……」
「目が泳いでいますよ、ルシア少佐」
「え、そ、そうかな」
私は咄嵯に誤魔化そうとするも、彼には通用しなかったようだ。
「安心して下さい。ドラゴ大佐が私に漏らした訳ではありません。ルーカス本人から連絡が来たのです」
ロドニールはため息混じりに、事の真相を私に告白した。
「あ、そうなの?なるほど、そういうこと」
「どうして隠していたのですか?」
ロドニールは責めるような口調で問う。
「別に隠していたわけじゃ……」
「では、何故教えてくれなかったのですか?」
「それは複雑な事情があるというか、何と言うか」
「ルーカスが好きだから……だから彼を庇うつもりなのですか?」
「違う、そんなんじゃないし」
私が否定すると、ロドニールは少し驚いたような顔をして黙り込む。そしてそのまま口を固く結び、何か考え込んだ表情になった。
「ごめん。でも安心して。私はルーカスとどうこうなるつもりはないから。彼は私の敵であって、味方じゃないし」
ルーカスと再会したこと。それを秘密にしていたことに罪悪感を覚えた私は、素直に謝罪を口にする。内心、結婚相手として俄然、有力候補であるロドニールにいらぬ誤解をされたくはないという気持ちも含んだ、計画的な発言だ。
(確かに私はルーカスが好きだけど)
私と彼の間に横たわる因縁を思えば、彼と結ばれる未来はない。しかし私は、後継者をこの世に残さなくてはならない。
その事を納得した訳ではないが、仲睦まじかった父と母の事を思い出すと、誰かと共に歩む人生もアリかなと思う。しかしそう思うのは私が今、両親を失った喪失感に囚われているからだ。
それでも、誰かに縋りたい気持ち。その気持ちがあるうちに、厄介な後継者問題を解決したいと願う気持ちに嘘はない。そして、大変申し訳無く感じつつも、消去法で行くと、やはりその相手はロドニールしか思い浮かばない。だから彼の気持ちはさておき、私はロドニールと結婚するつもりでいる。そしてさっさと子を成し、後継者問題から自由になりたいというのが本音だ。
(私って、酷い女だよねぇ……)
けれど悪を目指す私には、これくらいどうって事はない。目的のためには、手段を選ばないくらいで丁度いい。
ブラック・ローズ科でもそう教わった。
だから私は正しいと、良心が痛む心を消去する。
「敵であって、味方ではない……そう、ですか」
ロドニールは短く呟くと、それ以降何も言わなくなってしまった。
何となく気まずい雰囲気のまま、私達は無言で丘を下っていく。ふと、後ろを振り返ると、両親のお墓が、夜空の星々を映し出す湖の中に沈んでいくように見えた。
「ルシア」
「ん?」
突然名前を呼ばれ、私は振り向く。
「君の幸せは、ルーカスと共に生きる事じゃないのか?」
側から見たら上司と部下。私からすれば主人と下僕。そんなモードを解除し、ただの友人に戻ったらしいロドニールが、真剣な眼差しで問いかけてきた。
「そんなことはないよ。あの人とどうこうなるつもりはないから」
私は俯き、自分の足元を見つめる。
「祖父にルーカスが生きている事、そしてこちらの味方になってくれそうだと言うこと。それを告げたんだ」
「え?」
ロドニールの言葉を聞き、私は顔を上げる。
仕事の速さと正確さに定評があるロドニール。彼の性格を考慮した場合、モリアティーニ侯爵に報告するには、それなりに裏を取ってから報告するはずだ。
しかし私がルーカスと再会し、まだ数日しか経っていない。
「ルーカスから連絡が来たのはいつ?」
「三日前。君のご両親に……あった日だ」
ロドニールは言いづらそうに答える。
「実はルーカスに呼び出されて、君に内緒で昨日、あいつに会ったんだ」
「え、どこで?」
「白の園」
「……なるほど」
確かにあそこならば、こちらからは魔法転移装置で移動でき、グール側も好んで寄り付かない場所なので、密会には丁度いい。
とは言え。
「一人で行ったのは、褒められた事じゃないわ」
私はロドニールを真面目な顔で叱っておく。
敵地に一人で乗り込むだなんて、死にに行くも同然だからだ。
「そう言われると思ったよ。しかし、本当にルーカスが現れるかどうかわからない。そんな状況で、君に希望を持たせるような事はしたくなかったんだ」
ロドニールらしい優しい理由が返ってきた。
「その気持ちはありがとう。だけど、私はあなたに死なれちゃ困るから」
私は本音をぶつける。普段ならばニコリと微笑んでくれるところ、ロドニールは真面目な顔をしたまま、話を続けた。
「祖父にルーカスの事を告げたら、君とルーカスが結婚すれば、グールと人間が和解するキッカケになるのではと、そう言っていた」
(あの古狸め)
コロコロ話を変えやがって。私の脳裏に、杖をつくほど老いてなお、油断ならぬ鋭い眼差しを持つ、老年男性の姿が思い浮かんだ。
(折角ロドニールとの件を前向きに考えているのに)
私はともかく、乗り気ではなさそうな本人に対し、後ろ向きになるような言葉をかけないで欲しい。
何もかも上手くいかず、私は単純にいらつく気持ちに囚われる。
しかしふと、ルーカスがモリアティーニ侯と通じている事を思い出す。
現在グール側として戦闘に参加しているルーカス。けれど、その根底にある思想は、親を恨み当時王族派と名乗っていた、現解放軍に染められていたはずだ。
それなのに何故グール派についているのかという疑問に突き当たり、私は一つの可能性に行き着く。
(まさか、グール派を騙しているスパイとか?)
一見するとグール派であるように思えて、実のところ内部情報をこちらに漏らしている。
あり得ない事もなさそうだ。
(あ、でも)
それはない。と自分の考えを否定する。
何故ならルーカスは私の父と母を殺した。万が一グール派にこちらのスパイとして紛れ込んでいたとしたら、グールとなり理性が失われていたとしても、今や解放軍の英雄の代名詞となる、私の父を殺すはずがない。
それにルーカスはランドルフに人体改造のような事をされたと口にしていた。
そのせいで、もう昔の彼。つまり解放軍に都合よく操られる駒ではなくなったのかも知れない。その代わり、今度はグール側の駒として生かされているのだとしたら。
何とも皮肉な運命だ。
どちらにせよルーカスも私も、いつだって周囲に運命を左右されている。その状況は生まれてからずっと、変わらない。私は悔しくてつい、唇を噛む。
「君は今でもルーカスの事が好きなんだろう?だったら、祖父の言う通り、ルーカスと結ばれた方がいいと思う」
「そんなの嫌よ。私はあなたと結婚するつもりなんだから」
私は即座に否定し、ついでに告白までもを済ませる。ムードもへったくれもないが、予断を許さない状況なので仕方がない。
「そうか……でも私では君を幸せには出来ない」
ロドニールは寂しげに笑うと、再び前を向いて歩き始めた。
「そんなのわからないじゃない。私だってこの件は絶対、譲れないから」
私は前を歩き出した、ロドニールの後ろ姿に向かって叫ぶ。しかしロドニールは立ち止まってくれない。どうやら私は、彼にフラれたようだ。
(はぁ……)
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