復讐の始まり、または終わり

月食ぱんな

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第八章 別れと再会(十九歳)

077 思春期を呼び起こす

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 堕天使ルシファーの子孫である私は、後継者となる子をこの国に残す必要があるようだ。

 ただし、現在グールと戦争の真っただ中。
 しかも解放軍の面々が英雄視する父がはかなく散ってしまった。

 よって、私が今までより駆り出される事は間違いない。

 さらに私の婚活状況を付け加えるとすると、モリアティーニ侯に勧められた通り、ロドニールに結婚してもいいと伝えたものの、渋られたまま。そして何より、私の思い人ルーカスとは、因縁がありすぎる結果、もはや結婚なんて出来るはずがないという状況。

「うん、やっぱり、相手を紹介してくれると助かる。それと、出来れば神のパワーみたいなもので、短期間で出産出来ると助かるんだけど」

 私はダメ元で、神頼みならぬ、悪魔頼みをしてみる。

「お前……私をなんだと思って……。そんな簡単に、そのような願いを叶えられる訳がないだろう?」
「悪魔の子分ならそれくらい出来るはずでしょ?」
「あ、悪魔とか言うな!!それに私は子分ではない。神の遣いである観察者だ」
「じゃ、さっそく、私に結婚相手を紹介して」

 もはやどうにでもなれと、私はやけくそな気分で呑気のんきに椅子に腰を下ろすミュラーに迫る。

「確かに私は神に親しい存在だ。よって、お前に結婚相手を紹介する事も、懐妊かいにん期間を短縮できるよう、神に頼む事も出来ない事はない」
「じゃ、それでお願いします」

 厄介な事はさっさと済ませるに限る。
 私にはやらなければいけない事が沢山あるのだから。

 さっさと妊娠させろという勢いで、私はミュラーに詰め寄る。するとミュラーはうんざりとしたような、冷たい視線を私に向けた。

「だがそれはあくまでも最終手段。この世界で死霊魔法が禁忌きんきとされているように、生死を操る事は安易にすべき事ではない」
「どういう意味?」
「つまりは、自分で努力しろという事だ」
「えー」

 私は落胆した声を上げる。そんな私に対し、ミュラーは呑気に自分だけ紅茶に口をつけた。

(私のぶんは、用意すらされていないと言うのに)

 私はミュラーの向かいに用意された椅子に、ドスンと音を立て腰を降ろした。そして不満げに頬杖ほおづえをつく。

「そもそも神に頼み、自らの願いを叶える為には、それ相応の対価が必要だ」
「対価って、神様なのに?というか、そもそも私が子を産まなきゃならないのは、そっちの勝手な事情じゃない」

 私は口にして、この話のそもそもの問題点に気付く。

「ルシファーの血筋を引く者だからって、どうして私が後継者を産まなきゃならないのよ」

 散々聞かされた、「そういう星の下に産まれたから」という答えにはうんざりだ。もっと説得力のある解答が欲しいと、私はミュラーの言葉をジッと待つ。

「君の一部は神より授かったものだからだ」
「それを言ったら、みんながそうじゃない。ローミュラー王国に住む人は、神によって創られたって、前にガイドブックの中に飛ばされた時、ナレーションの女の人がそう言ってたわ」

 確かあれは、『馬でもわかる。ローミュラー王国の歴史』という、全ての馬に喧嘩を売るような挑戦的な題名がついたガイドブックだったはずだ。

「しかし、ルシファーの血を引く君は、他の人間とは違う。この地を平和に導く使命を授かった者だ。そもそもクリスタルの中に入る事が可能であり、こうして私と会話が出来ている。それは、君が特別である何よりの証拠だと思うが」

 ミュラーは面倒臭そうな表情をしつつ、一応私の疑問に答えてくれた。

「過去がどうであれ、この身に流れる血がどうであれ、私は私だわ。自分の気がおもむくまま、やりたいように生きる権利があるはずよ」

 私は誰しもが、平等に与えられているはずの権利を主張する。

「君はグールを殺す事に罪悪感を感じているのか?」
「正直、感じてない」

 突然問われ、私は素直に答える。するとミュラーはニヤリと意地悪く口元を歪ませた。

「それこそ、ルシファーの血が君の中に通っているという証拠だ」
「どういうこと?」
「普通の人間であれば、グールと言えど、同族である者に剣を向けることを躊躇ちゅうちょするはずだ。しかし、君はその事に罪悪感を感じない。それは神よりめいを受けているからだ。よってグールを始末する。その事に対する倫理観が欠如した状態になっていると言える」

 言い当てられ、私は口を噤む。

 確かに他の人はグールとの戦いを、苦しみながら行っている。

 人の姿であるグールが仲間を捕食する機会を目にし、狂っていく者も多いし、度重たびかさなるグールとの争いにより、憎しみを増し、悪溜まりにのまれ、グール化してしまう者を何人も目にしてきた。

 それに対し私は、グールを切り捨てたとしても、他の人のように、心に傷を負う事はない。

 その例として、ギルバートの事があげられる。

 私は彼を殺した責任を感じてはいる。でもそれは、あの事件がキッカケとなり、グール対人間の戦争が始まった事に対してだ。

 ギルバート個人の死に対しては、仕方がなかったと、すんなりと受け入れている自分がいる。

 でもそれは、私が普通じゃないから。
 ミュラーはそう主張しているようだ。

「増えすぎたグールを間引き、その事で精神的に病む事がない。それは君がルシファーの子孫だという何よりの証拠だ」
「冷酷な人みたいに言わないで」
「事実だろう?現に君はグール殺しに罪を感じていないのだから」
「う……」

 反論出来ずにいる私を見て、ミュラーは勝ち誇ったような笑みを浮かべる。

「まぁ、君に今必要なものは、時間だろう。少し頭を冷やして考えてみるといい」
「ありきたりな言葉ね」

 負け惜しみを口にし、私はテーブルに突っ伏す。

 いつだってこうして私は、子どもの見た目をしたミュラーに言い負かされる。そして最悪な事に、今後その事をなぐさめてくれる父も母もいない。

「そう案ずるな。この不毛な戦争にも終わりはくる。そのあと君は、好きなだけ子を産めばいい」
「終わるの?この戦争が」

 私はテーブルから顔をあげる。

「ああ。停滞ていたいしていた運命がまた、動き出したからな。きっと大きく戦況が動く事件が起きるだろう」

 ミュラーは自信たっぷりに言うと、目を細め紅茶カップに口をつけた。

「知ってるなら教えてよ」

 私はミュラーに身を乗り出す。

「神のみぞ知るだよ」

 自称神の遣いで観察者だというミュラーは、意地悪な悪魔の笑みを、私に向けたのであった。
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