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第八章 別れと再会(十九歳)

076 戦争と、後継者と

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 グールが触れることの出来ない、クリスタル。
 それに手を伸ばし、私は観察者を名乗る、ミュラーの住まいに転移した。

 ローミュラー王国内にあって、そこにないという不思議な場所に降り立った私は、目を丸くしその場で固まる。

「これはまた、なんと言うか……」

 目に映るすべてが明るく、まばゆい輝きに包まれた場所にいる。どこまでも広がる空間には、金色や銀色の輝きが揺らめき、神秘的な存在感を放っていた。遠くには、大きな宮殿が建ち、そこからは様々な色彩の光が放たれており、空間にさらなる輝きを与えている。

 空気は清らかで、穏やかな風が私の体を包む。それはまるで神々が息を吹きかけるかのように、心地よく感じられた。空間を満たす音は、美しい旋律とともに、穏やかな波の音や鳥のさえずり。全てが完璧に整然せいぜんとしており、美しく、神秘的だった。

 何度か訪れるうちに、ミュラーの住まいとなる不思議な魔力に満ちた空間は、その時々で姿形を変えるという事を私は理解している。ただ、現在私を迎え入れてくれた部屋は、自分の暗く沈む気持ちと真逆に位置する、とても明るい雰囲気だった為、戸惑いを隠せないというのが正直な所だ。

「ルドウィンの容れ物が、消滅したようだな」

 大きな木の下に置かれた、白い椅子に優雅に腰掛けるミュラーが私に告げた。

 相変わらずミュラーは、人々が想像する中でも最上級に美しい、まさに天使のような、無垢で可愛らしく、庇護欲をそそられるような子どもの見た目をしている。

 ただ、今日のミュラーにはいつもと違う点があった。

「その服なに?」

 普段は、右と左を白と黒にわけた、おかしなスーツを着ているミュラー。しかし今日は黒いモーニングの上着とウェストコート、プリーツの入ったピンストライプのトラウザーズ姿だ。

 私の記憶が正しければ、最もフォーマル度の高い喪服である。

「ああ……今日は、ルドウィンの容れ物をとむらおうと思ってね。人の世界ではこういう時、喪服に身を包むのだろう?」

 そう言ってほほ笑む彼の顔は、ひどく穏やかで満足気な表情を浮かべていた。

「そう、だけど……」

 私はミュラーのどこか浮かれた態度に、納得のいかない気持ちになる。

 ミュラーは父の体を「容れ物」だと表現する。それは以前聞かされた話通り、私達フォレスター家の者は死ぬ事が出来ないからだろう。

 体は消滅したとしても、ミュラー曰く本体となる魂は、よくわからない水晶に保管され、永遠にこの国を見守る存在としてクリスタルの一部になるとのこと。

 けれど私からしてみれば、グール化し、理性を失ったルーカスが父と母に剣を突き立てた。だから、私の両親は亡くなってしまったという認識で、決して浮かれるような状況ではない。

「私はね、とても気分がいいんだ。ルドウィンはようやく解放された。あのような小さな体に無理やり押し込められて、可哀想にと常々思っていたからな。ようやく自由になれたと、喜んでくれているといいのだが」

 嬉々ききとして語るミュラー。

「しかし、まぁ、そう簡単にはいかないようだ。私としては話し相手が増えて嬉しい。だが、ルドウィンはソフィアを救えなかった事を後悔し、君の事を案じているようだ」
「私は……」

 大丈夫だと言いたい。けれど、この先一人で生きていける自信はない。

 歳を重ね、子どもの頃のように両親にベッタリと依存していた訳ではなくとも、会いたい時に会えなくなる。それは思いの外つらい事だと、ルーカスの件で身に染みて理解しているから。

「父さん、母さん……」

 二人にもう会えない。

 こんな呆気なく別れを迎える事になるのならば、もっとちゃんと会話をしておけば良かった。

 感謝を、大事に思う気持ちを伝えておけば良かったと、今更悔やむ気持ちが一気に込み上げる。そして、望んでもいないのに、じわじわと私の目尻に涙の粒が溜まりだす。

「うっ……くぅ……」

 声を押し殺し、嗚咽おえつする私に気づいたミュラーがこれみよがしにため息をつく。

「泣いている暇はないぞ」

 ミュラーは私にいつも通り厳しい言葉を浴びせる。

「わ、わかってる。でも、うわぁぁぁぁん!!」

 今までこらえていた気持ちが爆発し、私は天を見上げまるで子どものように大泣きする。

「うるさい。君はこの先一人で、二人分の働きをせねばならぬのだ。泣いている暇があるならば、早く子を作れ」
「は?」

 ミュラーの口から飛び出した予想外の言葉に私の涙は、驚きで停止する。

「ルドウィンの容れ物が破壊された。戦いのせいでグールは増え続けている。しかしお前に血をわけた子はいない。実に嘆かわしい事態だ」

 ミュラーは私に責めるような視線をよこした。

「そ、そんな急には無理だし」

 私は視線を泳がせる。

「そうか?天使の中でも最も美しいルシファーの子孫であるお前だ。むらがる男は腐るほどいるだろうに」
「は?」

 あまりの言い分に、怒りを通り越し呆れた。

 というか、私の武器の一つ。持って生まれた美しさは、堕天使ルシファー譲りではない。

「私が美しいのは自他共に認めるけど、それは美形な母さんと、それから父さん譲りだからよ」

 私はジロリとミュラーを睨む。

「確かにソフィアは可憐な娘ではあった。しかし、ルドウィンの美しさはルシファー譲りだ」

 不機嫌そうな表情で言い切ると、ミュラーは両手をパンと合わせた。

「濁りきったその瞳でしかと、確認しろ。これがルシファーだ」

 ミュラーがイライラとした口調で私に告げた途端、目の前に、一人の美しい青年が現れた。

 光沢と滑らかさを持つ長い銀髪が背中まで流れ、透き通るような白い肌は、静かに輝く月のよう。蒼い海のように深く、憂いある青い瞳は神秘的な輝きを放っている――などと、うっかり私が詩人になりかけてしまうほど、目の前にうっすらと透過されたルシファーの美しさは、目を瞠るものだと認めざるを得ない。

「どうだ?悔しいくらい、美しいだろう」

 何故か頑なに、ルシファーの美しさ。そこだけは譲ろうとしないミュラー。

「まぁ、私の次くらいには、美しいわね」

 素直に認めるのがしゃくなので、遠回しに褒めておく。

「相変わらず口の減らぬ娘だな。そういう所だぞ?お前がモテないのは」
「くっ……」

 彼氏いない歴イコール年齢の私は、図星をつかれ、唇を噛み締める。

「とにかく、お前には後継者を産み落としてもらわねばならん」
「人を家畜みたいに言わないで」

 私はミュラーを睨みつける。

「家畜の方がまだマシだ。奴らは餌さえ与えれば、黙々と繁殖する。お前のように、いちいち子を成さないための、面倒な理由をつけたりしないからな」

 あまりの言い分に私は絶句する。

「おっと、これは失言だったかな。つい本音が漏れてしまったようだ。許してくれ」
「…………」

 私は無言で、拳を握る。そんな怒り心頭状態の私に対し、ミュラーは反応を楽しむよう、ニヤニヤと笑う。

「いい加減諦めろ。さあ、さっさと子を作れ。この国を守る為、民を救う為に」

 黙り込む私に、ミュラーは言いたい放題だ。

 確かに私が子孫を残さなければ、フォレスター家を通し、延々と続く堕天使ルシファーの血筋は絶えるだろう。そしてそれがこの国の崩壊を招く事を、私だって従順じゅうじゅう承知している。

 でもだからと言って、すぐに結婚して、子どもを作るなんて、そんなに簡単にいくわけがない。そもそも私が好きな人と結ばれる事はないのだから。

 私は降ろした手をギュッと握りしめる。

「この世界は美しく残酷だ。神が創り出した人間の営みの中、人は人によって、簡単に踏み潰される。だからこそ、全ての者が力を合わせ、生き抜かねばならない」

 さとすように語りかけるミュラー。

「私は……」

 反論しようと開いた口を、私はつぐむ。
 ミュラーの口にした事は正しいと思うからだ。

 戦争を起こし、人は自ら穏やかな日々を崩壊させている。そしてそれを元通りにする為には、憎み合う者同士が力を合わせるしかない。

 つまりグールだとか、人間だとか。そういうくくりをなくし、共に手を取り合わなければ、元通りの平和にはならないということ。

 ミュラーや私だけではない。誰もがその事に気付いているはずだ。

 けれど実際はそう上手くいかない。それは、長い間不満を抱えたグールと、少数派だからと、彼らの主張を無視し続けた人間。両者の間に出来たみぞが、思ったより深いから。

 ある意味、謎の病がローミュラー王国を襲わず、父も国外追放されなければ、この国は上辺うわべだけだったとしても、平和に見える国だったはずだ。

(だけど、それが本当の正解かどうかなんて、わからないし)

 いずれ、今のような状況が訪れていたかも知れない。

(というか、そもそも私一人の力でどうにかなる問題ではないし)

 私はつい横道にそれた思考を、目の前に積み上がる問題へと戻す。

「人は誰しも横道にそれる。だがそれを乗り越えてこそ、真の意味で強くなれるというものだ。そして共に歩く者がいればこそ、その力は更に強固なものとなる」

 ミュラーはダメ押しとばかり、どこかで耳にしたような、それっぽい言葉を浴びせる。

 どうやら神の使役者を紡いでいくという、いわゆる後継者問題。それはミュラーにとっても、一筋縄にいかない大問題のようだ。

(ま、こればかりはミュラーがどうこう出来る問題じゃないもんね)

 私が子を残す以外、方法はないのだから。

(ん?)

 私はもしかしてこれはある意味、チャンスなのではないだろうか、と突然ひらめく。

「わかったわよ。私は頑張って子孫を残す事にする」
「そうだな。それがいいだろう。まずはお前の両親のように、誰かと愛を育むところから始めるといい」
「……」

 何で、そんな上から目線で語られなければならないのか。私はムカつく気持ちをグッとおさえる。

「だから、私の伴侶になってくれる男性を紹介して」

 椅子に座り、偉そうに腕組みをするミュラーに、私は高飛車に言い放つ。

「は?」

 ポカンとするミュラー。

「そもそも今はグールと戦争中。父さんがいない今、私が戦わないわけにはいかない。つまり、私は自分で相手を見つける時間がない。だからあなたに相手を見繕みつくろってって、そういうことよ」

 私は胸を張って主張する。

 正直戦場でグールと対面した人間は脆い。

 BGビージーにより、グールとしての己を解放した者のがむしゃらな「人を捕食したい」という欲求を前に、残念ながら竦み上がるのが人間だ。そして目の前で起こる惨事に恐怖し、悪溜まりに飲まれ、グールとなる。

 よってそれを阻止する為には、絶対的な味方の存在が必要とされている。
 それは悪側でも、正義側でも同じ。

 人々を良くも悪くも導く、英雄と呼ばれる者の存在が不可欠なのである。

 今まで人間側におけるその存在は、私の父。ルドウィン・フォレスターであった。
 けれど父を失った今、人間側の士気が下がる事は間違いない。

(私が代わりとなれるかどうかわからないけど)

 それでも、ランドルフに復讐を果たすという使命を達成するために、私は誰かの英雄になってもいいと思っている。

 そんな忙しい日々の中、後継者を残せと無理難題を押し付けてくるのだから、ミュラーが私に適切な相手を探す必要がある。

 私はそう主張したのであった。
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