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第八章 別れと再会(十九歳)
075 いつだって、別れは突然訪れる4
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ルーカスは私が好き。
私もルーカスが好き。
多分世の中では、こういう状態を両思いだと表現し、行き着く先に、ともに歩く未来が待ち構えているのだろう。けれど、私が好きな人は、私の両親を国外追放した者から産まれた子だ。そして今日、私の両親を殺したという、到底許せない罪を重ねた。
現在私の心の中には、ルーカスを好きだと感じる気持ちと、殺してやりたいほど憎い、でも殺したくはない。そんな真逆の気持ちがせめぎあっている。
実に複雑極まりない、気持ち悪い状況だ。
「君が生きてて本当に、良かった」
しんみりとしたルーカスの声が私の耳に、そして心に届く。
「私も……あなたに会えて、それなりに元気そうで安心した」
「それなりにって何だよ」
ルーカスは不満げに口を尖らせると、私の頬を軽く引っ張る。まるで三年前。毎日言い合って、じゃれ合っていた時のようだと、私は単純に懐かしく思う。
(だけど、私たちはもう、あの頃とは違う)
儚く消え散った、父と母の顔が浮かぶ。
(今度こそ、本当に復讐する理由、できちゃったな)
いつまでもこうして、ルーカスと再会を喜んでいる暇はない。
そう思うのに、いつまでもこの時間に浸りたいと感じてしまう。
自分ではどうにも出来ない、気持ち悪い感情だ。
「ごめん、つい本音がでちゃった」
私は謝りつつも、私の頬を撫でる、彼の手を払いのける。
「俺は、今でも君が好きだ」
「……」
「君を愛おしいと思っている」
「……」
「君の傍にいたい」
「もういいから!」
私はたまらず声を上げる。するとルーカスが私を揶揄うような、意地悪な表情になった。
「揶揄ったのね」
「違うよ、気持ちが溢れただけ」
「性格悪っ」
「でも、君は俺が好きだよね?」
ルーカスが私の左手を取り、ニヤニヤとした、とても感じの悪い笑みをこちらに向けた。
「こ、これは同郷のよしみなだけよ」
私はスルリと自分の手を引く。
「久々聞いたな。その可愛い言い訳」
ルーカスは余裕な素振りで、私に笑顔を押し付ける。
どうやらしばらく会わないうちに、パワーアップしてしまったようだ。
(でもたぶん)
私とルーカスは、お互いを特別に想い合っている事は確かだ。けれど、私は自分の気持ちを、ルーカスに告げる事は出来ないし、この先も二人が共に歩く未来なんてない。
何故なら、どんな事情があれど、彼は私の両親を殺した人だから。無念の気持ちを抱え、生命を散らした両親の事を思えば、私がルーカスと結ばれること。それは、絶対に許されないことだからだ。
「私はやっぱり、あなたに復讐する」
私は先程から浮かび上がる、実に悩ましく、私を惑わそうとする、厄介な気持ちを消し去り、きっぱりと宣言した。そして、立ち上がる。
「知ってる」
座ったまま、真っ直ぐ前を見つめるルーカスが答える。
「俺も、この戦いから背を向ける事はしない」
辛そうな、けれど覚悟を決めたような顔できっぱりと言い切るルーカス。
離れていた三年間。その間にルーカスに起きた事を全て知ったわけではない。
(だけどきっと)
ルーカスはその手で人間を殺害し、その罪を人知れず背負い生きている。
「俺は、俺自身は無理だとしても、この国をグールと人が友好的な関係を築いていた、正常な時代に戻したい」
私を見上げ、ルーカスが告げた言葉に迷いはなかった。
(そっか、変わってないんだ)
しばらく会わないうちに、ルーカスは見た目が少し大人っぽくなったし、生意気にも一人称が「僕」から「俺」に変わった。けれど、中身はホワイト・ローズ科に選ばれた時のまま。
グールだろうと何だろうと、正義側に立ち、純粋にこの国の平和を願い、戦っている。
不思議とその事に安堵する気持ちになった。そしてすぐに、そう感じた理由を思いつく。
(そっか、これで)
私は悪役に専念できるから。
最近忘れかけていた気持ちを思い出す。
国を追い出された両親の子として誕生した私の生きる原動力。それは、ローミュラー王国への、両親を追い出した者への、心から沸き起こる憎しみだ。
「俺は君に殺されるのであれば、本望だ。その気持ちは今でも変わらないよ」
ルーカスはフェアリーテイル魔法学校時代と変わらぬ言葉を口にし、優しい笑みを私に向ける。
私だって、ルーカスがいるから、悪役になれる。彼の言葉に対する私の気持ちは、あの頃と変わらない。
「私に復讐されるまで、絶対に死なないで」
生きていて欲しい。
私が彼に願うのは、それだけ。
そしてこれは、私が彼に許される最大限の愛の言葉でもある。
「私以外から、殺されたら許さない」
言い切った私は、ルーカスの返事を待たず、霊廟向かう扉へと足を進める。
「ありがとう」
聞こえてきた小さな呟き。
(お礼を言われる筋合いはないんだけど)
自分を狙う復讐相手に対し、随分と呑気な人だ。けれど、それが私の知るルーカスという人でもある。
(あ、ドラゴ大佐の事言うの忘れちゃった)
恩着せがましく、私が世話をしていると伝えたい。
(それにナターシャのことも)
無事にフェアリーテイル魔法学校を卒業したナターシャは、血みどろ紳士が所属する音楽事務所に就職した。そして現在、血みどろ紳士のマーケティング戦略を担当する、キャリアウーマンとして働いているのである。
彼女はブラック・ローズ科で培ったあの手この手の華麗なる悪どさで、血みどろの知名度を更に向上するため、日々邁進している。
三年間という年月にあった事や、変わった事。
その全てを伝えるには、圧倒的に時間が足りない。
(でも、ま、いっか)
ルーカスは生きている。そしてこの先も私が言いつけた「死ぬな」という命令を守ってくれるはずだ。
何故なら彼は私の事が、病的に好きだから。
そして生きている限り、マンドラゴラのことや、お互いの友人のことを報告し合えるチャンスはきっと訪れるだろう。
私は歩きながら左手の薬指を右手でなぞる。
「ルシア、愛してる」
背後から、不意打ちで投げかけられるルーカスの重たい愛の言葉。
私は込み上げる言葉を全て飲み込み、真っ直ぐ前を向いたまま歩く。そして背後にいるルーカスに、手だけを振る事で精一杯、「好き」の気持ちを伝えたのであった。
私もルーカスが好き。
多分世の中では、こういう状態を両思いだと表現し、行き着く先に、ともに歩く未来が待ち構えているのだろう。けれど、私が好きな人は、私の両親を国外追放した者から産まれた子だ。そして今日、私の両親を殺したという、到底許せない罪を重ねた。
現在私の心の中には、ルーカスを好きだと感じる気持ちと、殺してやりたいほど憎い、でも殺したくはない。そんな真逆の気持ちがせめぎあっている。
実に複雑極まりない、気持ち悪い状況だ。
「君が生きてて本当に、良かった」
しんみりとしたルーカスの声が私の耳に、そして心に届く。
「私も……あなたに会えて、それなりに元気そうで安心した」
「それなりにって何だよ」
ルーカスは不満げに口を尖らせると、私の頬を軽く引っ張る。まるで三年前。毎日言い合って、じゃれ合っていた時のようだと、私は単純に懐かしく思う。
(だけど、私たちはもう、あの頃とは違う)
儚く消え散った、父と母の顔が浮かぶ。
(今度こそ、本当に復讐する理由、できちゃったな)
いつまでもこうして、ルーカスと再会を喜んでいる暇はない。
そう思うのに、いつまでもこの時間に浸りたいと感じてしまう。
自分ではどうにも出来ない、気持ち悪い感情だ。
「ごめん、つい本音がでちゃった」
私は謝りつつも、私の頬を撫でる、彼の手を払いのける。
「俺は、今でも君が好きだ」
「……」
「君を愛おしいと思っている」
「……」
「君の傍にいたい」
「もういいから!」
私はたまらず声を上げる。するとルーカスが私を揶揄うような、意地悪な表情になった。
「揶揄ったのね」
「違うよ、気持ちが溢れただけ」
「性格悪っ」
「でも、君は俺が好きだよね?」
ルーカスが私の左手を取り、ニヤニヤとした、とても感じの悪い笑みをこちらに向けた。
「こ、これは同郷のよしみなだけよ」
私はスルリと自分の手を引く。
「久々聞いたな。その可愛い言い訳」
ルーカスは余裕な素振りで、私に笑顔を押し付ける。
どうやらしばらく会わないうちに、パワーアップしてしまったようだ。
(でもたぶん)
私とルーカスは、お互いを特別に想い合っている事は確かだ。けれど、私は自分の気持ちを、ルーカスに告げる事は出来ないし、この先も二人が共に歩く未来なんてない。
何故なら、どんな事情があれど、彼は私の両親を殺した人だから。無念の気持ちを抱え、生命を散らした両親の事を思えば、私がルーカスと結ばれること。それは、絶対に許されないことだからだ。
「私はやっぱり、あなたに復讐する」
私は先程から浮かび上がる、実に悩ましく、私を惑わそうとする、厄介な気持ちを消し去り、きっぱりと宣言した。そして、立ち上がる。
「知ってる」
座ったまま、真っ直ぐ前を見つめるルーカスが答える。
「俺も、この戦いから背を向ける事はしない」
辛そうな、けれど覚悟を決めたような顔できっぱりと言い切るルーカス。
離れていた三年間。その間にルーカスに起きた事を全て知ったわけではない。
(だけどきっと)
ルーカスはその手で人間を殺害し、その罪を人知れず背負い生きている。
「俺は、俺自身は無理だとしても、この国をグールと人が友好的な関係を築いていた、正常な時代に戻したい」
私を見上げ、ルーカスが告げた言葉に迷いはなかった。
(そっか、変わってないんだ)
しばらく会わないうちに、ルーカスは見た目が少し大人っぽくなったし、生意気にも一人称が「僕」から「俺」に変わった。けれど、中身はホワイト・ローズ科に選ばれた時のまま。
グールだろうと何だろうと、正義側に立ち、純粋にこの国の平和を願い、戦っている。
不思議とその事に安堵する気持ちになった。そしてすぐに、そう感じた理由を思いつく。
(そっか、これで)
私は悪役に専念できるから。
最近忘れかけていた気持ちを思い出す。
国を追い出された両親の子として誕生した私の生きる原動力。それは、ローミュラー王国への、両親を追い出した者への、心から沸き起こる憎しみだ。
「俺は君に殺されるのであれば、本望だ。その気持ちは今でも変わらないよ」
ルーカスはフェアリーテイル魔法学校時代と変わらぬ言葉を口にし、優しい笑みを私に向ける。
私だって、ルーカスがいるから、悪役になれる。彼の言葉に対する私の気持ちは、あの頃と変わらない。
「私に復讐されるまで、絶対に死なないで」
生きていて欲しい。
私が彼に願うのは、それだけ。
そしてこれは、私が彼に許される最大限の愛の言葉でもある。
「私以外から、殺されたら許さない」
言い切った私は、ルーカスの返事を待たず、霊廟向かう扉へと足を進める。
「ありがとう」
聞こえてきた小さな呟き。
(お礼を言われる筋合いはないんだけど)
自分を狙う復讐相手に対し、随分と呑気な人だ。けれど、それが私の知るルーカスという人でもある。
(あ、ドラゴ大佐の事言うの忘れちゃった)
恩着せがましく、私が世話をしていると伝えたい。
(それにナターシャのことも)
無事にフェアリーテイル魔法学校を卒業したナターシャは、血みどろ紳士が所属する音楽事務所に就職した。そして現在、血みどろ紳士のマーケティング戦略を担当する、キャリアウーマンとして働いているのである。
彼女はブラック・ローズ科で培ったあの手この手の華麗なる悪どさで、血みどろの知名度を更に向上するため、日々邁進している。
三年間という年月にあった事や、変わった事。
その全てを伝えるには、圧倒的に時間が足りない。
(でも、ま、いっか)
ルーカスは生きている。そしてこの先も私が言いつけた「死ぬな」という命令を守ってくれるはずだ。
何故なら彼は私の事が、病的に好きだから。
そして生きている限り、マンドラゴラのことや、お互いの友人のことを報告し合えるチャンスはきっと訪れるだろう。
私は歩きながら左手の薬指を右手でなぞる。
「ルシア、愛してる」
背後から、不意打ちで投げかけられるルーカスの重たい愛の言葉。
私は込み上げる言葉を全て飲み込み、真っ直ぐ前を向いたまま歩く。そして背後にいるルーカスに、手だけを振る事で精一杯、「好き」の気持ちを伝えたのであった。
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